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第18話 贈り物の意味

 しばし足を動かし続けて辿り着いたのは、商店が左右に並んだ大通り。

 今までよりも輪を掛けて賑やかで、大勢が楽しそうに行き交っています。

 呼び込みの活気が良いお店もあれば、静かに来客を待っているお店もあって、いろんな方針で営業しているんだと思いました。

 種類も様々で、目移りしてしまいます。

 特に目を引いたのは、和菓子屋さんや服屋さん、アクセサリー屋さん。

 しかも、1軒だけじゃなくて、似た系統のお店が何軒もあったりしました。

 それでいて全く同じではなく、それぞれ別の強みを前面に押し出しているように見えます。

 特に顕著なのが服屋さんで、ヒノモトで一般的に着られている着物類から、遥か昔に存在したドレスと言う衣装などの、再現までありました。

 知識としては知っていましたが、実物を見るのは初めてですね。

 着てみたいと思わなくもないですけど……わ、わたしに似合うでしょうか?

 まぁ、非常に高価らしいので、そもそも縁がなさそうですが……。

 ちょっぴり残念な気持ちを抱きながら、ここだけでも丸1日楽しめると思います。

 感嘆の息をついていると、何やら得意そうな天羽さんが言い放ちました。


「どうだ、無明? 中々のものだろう?」

「そ、そうですね。 見て回るのが、とても楽しそうです」

「うむうむ。 ここは天羽家が運営している、商店エリアでな。 首都の外からも、来客があるほどなのだ」

「それは凄いですね。 皆さんも、そう思いませんか?」


 純粋に感心したわたしは、笑顔で他の人たちに感想を求めました。

 ところが――


「ふんだ。 こんなとこ、誰でも案内出来るじゃない。 面白味は全然ね」


 例の如く腕を組んで、辛辣な意見を述べる一葉ちゃん。


「凄いのは店であって、四季さんじゃないわよね? 威張らないで欲しいわ」


 口元を手で隠し、微かに嘲りを含んだ笑みを漏らす光凜さん。


「何でも良いから、入るなら入れ」


 毛ほども興味がなさそうに、淡々と告げる一色くん。

 何と言いますか……酷いですね。

 あまりと言えばあんまりな反応に、口元が痙攣してしまいます。

 天羽さんを見やると、こめかみがピクピクしていました。

 無理もありません……。

 それでも、この場で争うのは許容出来ないです。

 今にも叫びそうな天羽さんの先手を打つように、慌てて言葉を挟みました。


「あ、あのお店に入ってみても、良いですか……!?」

「む……。 あぁ、勿論だ。 付いて来い」


 咄嗟に選んだのは、アクセサリー屋さん。

 わたしの望みを優先してくれた天羽さんは、怒りを抑えて先導してくれました。

 ふぅ……取り敢えず、なんとかなりましたね。

 それに、あのお店が気になっていたのは、嘘じゃないです。

 見るからに高級そうなので買うことは出来ないでしょうが、店先に並んでいる髪飾りがとても可愛らしくて。

 中でも桜の意匠が付いた一品に、目を奪われてしまいました。

 わたしはそれほどお洒落に拘るタイプじゃないですけど、妙に心を掴まれることがあるんですよね。

 目の前で見た髪飾りは、やはりと言うべきか、非常に好みです。

 ただ……予想を超えるほど高価でした……。

 言魂士がもらえる報酬は、他の職業とは比べ物にならないほど多いそうですけど、わたしはまだ任務を受けたことがありませんし……。

 お金が貯まるまで頑張って、そのとき売れ残っていたら買いましょう。

 気持ちの整理をしたわたしですが、そこに天羽さんが言葉を放り込みました。


「無明、その髪飾りが欲しいのか?」

「え? あ……まぁ、はい。 ですが、今はとても買えないので、お金を貯めてから出直そうかと……」

「ふむ。 それなら、わたしが買ってやる」

「へ……!? だ、駄目ですよ、こんな高い物をプレゼントしてもらうだなんて……!」

「高い? 大した額ではないと思うが」

「ほ、本気で言っていますか……?」

「無論だ」


 微塵も躊躇なく言い切る、天羽さん。

 何と言いますか……流石は天羽家のお姫様ですね……。

 一般人のわたしとは、金銭感覚が全く違います。

 だからと言って、甘える訳には行きません。

 彼女にとってはどうであれ、こちらからすれば、プレゼントされるには重過ぎますから。

 断固たる意志を持ったわたしは、断りの言葉を紡ごうとして――


「待ちなさいよ! 四季ちゃんだけ夜宵ちゃんにプレゼントするなんて、ズルいじゃない!」

「そうよ。 お金で釣ろうだなんて、下品だわ」

「ふん、何とでも言え。 ここはわたしの陣地だ。 その有利を最大限に活かすのは、当然のことだろう」

「む~! だったら、あたしもプレゼントする! 夜宵ちゃん、他に欲しいのはない!? 1個じゃなくても良いよ!」

「夜宵さん、これなんてどうかしら? きっと貴女に似合うと思うのだけど」


 いきなり参戦して来た、一葉ちゃんと光凜さんに押されて、口を閉ざしてしまいました。

 天羽さんは天羽さんで、別の商品を吟味し始めています。

 こ、これは大変なことになりました……!

 気持ちは凄く嬉しいんですけど、受け取る訳には行きませんし……。

 せめて、お互いにプレゼントし合うとかなら良かったんですけど、わたしには先立つものがありません……。

 なんとかして丸く収めるべく、必死に思考を回転させましたが、妙案が浮かぶことはありませんでした。

 もう、わたしの馬鹿……!

 だんだんと精神的に追い詰められて、泣き出しそうになりましたけど、状況を打破する声が耳朶を打ちました。


「本当に、浅ましい奴らだな。 それで良く、『肆言姫』などと名乗れたものだ」

「一色……貴様、何が言いたい?」

「わからないのか、天羽? 相手が嫌がっているのに押し付けるのは、プレゼントでも何でもない。 ただの有難迷惑だ。 違うか?」

「ぐ……!」

「本当に無明のことを思うなら、本人の意思を尊重するべきだろう。 九条、神代、お前たちもだ」

「……悔しいけれど、正論ね。 ごめんなさい、夜宵さん。 わたしたち、どうかしていたわ」

「う~! 一色に言われるの、腹立つ! ……でも、認めないと駄目かもね。 夜宵ちゃん、ごめん……」

「そ、そんな……! 光凜さん、一葉ちゃん、謝らないで下さい……! お気持ちは、本当に嬉しかったので……!」

「しかし……一色の言う通り、わたしたちは無明の気持ちを蔑ろにしていた。 そのことは、反省しなければならない」

「だ、大丈夫ですよ、天羽さん。 わかってもらえたなら、それで良いんです。 さぁ、気を取り直して楽しみましょう」


 場を仕切り直すべく、ことさらに明るく微笑を浮かべました。

 その甲斐はあったようで、少しばかり沈んでいた天羽さんたちも、苦笑をこぼしています。

 一色くんに対しては敵対的な態度を取ることも多いですけど、自分に非があると思ったときは素直に謝れる彼女たちは、素晴らしい人物だと再認識しました。

 こうしてわたしたちは、また1歩互いの距離を縮めることに成功したのですが――


「店主、これを売ってくれ」


 シレっと桜の髪飾りを購入する、一色くん。

 いや、何をしているんですか……?

 言っていることとやっていることが違い過ぎて、天羽さんたちも瞠目して固まっています。

 しかし、料金を支払って平然と商品を受け取った彼は、無言でわたしに向かって突き出しました。

 ど、どうしろと……?

 困り果ててオドオドしているわたしに、一色くんはまるで当たり前のことのように告げます。


「受け取れ」

「えぇと……先ほどのやり取りは何だったんですか……?」

「勘違いするな、これはプレゼントじゃない」

「はい……?」

「お前が金を貯める前に売れるかもしれないから、先に物を確保するだけだ。 ちゃんと対価はもらう」

「つ、つまり、一色くんにお金を返せば良いんですか……?」

「いや、生憎と金には困っていない。 だから、別のことを頼もうと思う」

「べ、別のこと……?」


 ようやく彼の考えがわかって来ましたけど、何を要求しようと言うんでしょうか……?

 お金じゃないとしたら……も、もしかして、体……!?

 ふ、普段の態度からは考えられませんが、一色くんも男の子ですもんね……。

 し、しかし、わたしが相手で良いんでしょうか……?

 そう言う経験がないので、満足させられる自信はありません……。

 そ、それでも構わないと言うなら――


「何を考えているか知らないが、たぶん違うと思うぞ」

「へ……!? あ、いえ、わたしは何も考えていませんよ……!?」

「そうか。 俺が頼みたいのは、夕飯に一品増やすことだ」

「え……? それだけですか……?」

「それだけと言うが、毎日のことだぞ? 積み重なれば、相当な負担になる」

「そうかもしれませんけど……」

「良し、契約成立だな。 よろしく頼んだ」

「……はい」


 控えめながら返事したわたしは、一色くんの手から、おっかなびっくり髪飾りを摘まみ上げました。

 はっきり言って、到底納得出来ません。

 ただ、あまりにも真っ直ぐな彼の言い様を前に、反論する術を失ってしまいましたね……。

 どうしても複雑な気持ちは残っていますけど……髪飾りが手に入ったことは、凄く嬉しいです。

 自然と頬が緩んでしまいそうになりましたが、これで済むことはありませんでした。


「一色……貴様、もう勘弁ならん!」

「美味しいとこ取りして! ズルいじゃない!」

「本当に、いい加減にして欲しいわ」


 メラメラと燃えているように見える、天羽さんと一葉ちゃん、光凜さん。

 わ、忘れていました……!

 このままでは、辺り一面が吹き飛びかねません……!

 慌てたわたしは、必死に止めるべく呼び掛けようとしましたが、それより早く一色くんが言葉を放り込みました。

 その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいます……。


「俺を責める暇があるなら、自分たちの詰めの甘さを恥じろ。 これは、今回のことに限らない。 戦闘にも言えることだ」

「偉そうに! あんた、何様なのよ!?」

「九条、気に入らないと喚くだけなら、誰にでも出来るぞ? 自分に都合の悪いことでも、成長の為なら受け入れられる者こそが、真の強者に近付ける」

「どこまでも上から目線ね。 言っていることはわかるけれど、貴方の言葉を受け入れるのが、成長に繋がるとは限らないんじゃないかしら?」

「そう思うなら、無視すれば良い。 だが、そのような姿勢では頭打ちになるぞ、神代」

「わかったような口を利くな。 出会ったばかりの貴様に、我らの何がわかると言うのだ」

「お前たちは俺のことを知らなかっただろうが、俺は天羽たちのことを前から知っている。 嘘だと思うなら、今ここで全員の言魂を言ってやろうか?」


 憎たらしいほど不敵な一色くんに、天羽さんたちは口を引き結びました。

 確証はありませんけど、彼の実力を考えれば、本当に知っている可能性もあります。

 いえ、わたしが看破出来たことを踏まえると、ほぼ間違いないでしょうね。

 それはともかく、もう少し優しく言えば良いのに……。

 一色くんは、天羽さんたちが強くなれるように助言しているんだと思いますけど、あまりにも言い方が厳しいんですよ……。

 わたしは徐々に慣れて来ましたが、彼女たちにはまだ伝わらない気がします。

 と言いますか、彼が気に掛けているのは、わたしだけじゃないんですね……。

 取引とは言え、髪飾りまで買ってくれたのに……思わせぶりはやめて下さい。

 何だか、不愉快になって来ました。


「皆さん、そろそろ行きましょう」

「無明……?」

「夜宵さん、どうかしたの?」

「何でもありませんよ、天羽さん、光凜さん。 次は誰が案内してくれるんですか?」

「えっと、あたしだけど……」

「では一葉ちゃん、よろしくお願いしますね」

「う、うん! 任せて!」


 ややぎこちない笑顔を見せた、一葉ちゃん。

 天羽さんと光凜さんは、不思議そうに顔を見合わせています。

 一色くんがどうしているかは……知りません。

 これは意識的に見ないようにしているんじゃなく、たまたま目に入らなかっただけです。

 ……本当ですよ?

 何はともあれ、お店をあとにしたわたしたちは、一葉ちゃんに付いて歩くのでした。

 髪飾りを付けることなく、手提げ袋に仕舞い込んで。

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