第15話 お出掛け計画と唇の行方
言魂学院に入学して、数日が経ちました。
その間は同じ顔ぶれで、特に大きな問題もなく、平穏な時間が続いていたと思います。
早朝に一色くんに挑み、午前中に座学の授業を受けて、午後の実技ではひたすら訓練に励みました。
訓練の内容は様々で、1人で取り組むこともあれば、天羽さんや一葉ちゃん、光凜さんに相手してもらうこともあります。
付け加えるなら、2対2の模擬戦なども行いましたね。
これは一色くんに指摘された問題点を改善するのが目的で、互いに連携を取れるようにと思ってのことです。
天羽さんたちは当初渋っていましたが、それとなく連携の重要性を説明すると、控えめながら納得してくれました。
もう少し説得に苦労するかと思っていたんですけど、もしかしたら彼女たちも漠然と、一色くんに勝てなかった理由を察していたのかもしれません。
そのこと自体にはホッとしましたが――
「じゃあ、あたし夜宵ちゃんと組む!」
「抜け駆けするな、九条! 無明と組むのはわたしだ!」
「四季さんも同類じゃない。 彼女と組むのはわたしよ」
などと、ペア分けに難航しました……。
一色くんに視線で助けを求めたりもしましたが、完全に無視されましたね。
このときの彼は、優しくなかったです……。
い、いえ、何でも一色くんに頼る訳には行きませんけど。
最終的にはクジで決めて、それ以降はローテーションで回すことになりました。
戦績としては、見事に互角だったと記憶しています。
わたしが入ったペアの方が押される傾向にあったものの、最後の一線は譲りませんでした。
戦う度に、皆さんの言魂にも慣れましたしね。
まぁ、相変わらず底を見せていない感じはありますが。
何はともあれ、わたしは充実した日々を送れています。
他の生徒たちとは距離がありますけど、天羽さんたちのお陰で寂しくありません。
それどころか、変にちょっかいを出されないように、守ってくれている節すらありました。
場合によっては嫌がらせに遭う可能性も考えていたので、申し訳なく思う反面、とても嬉しいです。
平穏無事に過ごせているのは、間違いなく彼女たちのお陰ですね。
今度、何かお礼したいと思います。
わたしに何が出来るか、わかりませんけど……。
ただ、唯一引っ掛かることがありました。
それは、一色くんが孤立していることです。
元々の性格もあるでしょうが、天羽さんたちとの一戦以来の彼は、まるで腫れ物のように扱われていました。
誰も一緒に訓練しようとはせず、話し掛けることすらありません。
それは天羽さんたちも例外ではなく、どこか敬遠しているようです。
もっとも、彼女たちの場合は倒すべき相手として認識していて、慣れ合うつもりがない……と言ったところだと思いますけど。
橘先生だけは気さくに話していましたが、基本的には独り。
帰りも別々になりましたしね……。
あれだけの強さがあれば、大した問題ではないのかもしれません。
ましてや、同室とは言え他人のわたしが、口出しするべきではないとも思います。
それでも、何故だか放っておくのは嫌でした。
今は放課後。
明日は初めての休日。
ここは特務組の教室で、5人揃っています。
帰宅準備を進めており、間もなく終わるでしょう。
切り出すなら、今しかありません。
そう思いつつ、中々口は動いてくれませんでした。
もし断られたらと思うと……怖くて仕方ないです。
ここはもう少し様子を見て、後日改めて……いえ、それではいけません……!
母上に恥じない人間になる為にも、1歩踏み出してみましょう……!
「あ、あの……!」
「ん? どうしたの、夜宵ちゃん?」
少し声が裏返ってしまいましたが、なんとか声は出てくれました。
そんなわたしを、一葉ちゃんが不思議そうに見ています。
天羽さんと光凜さんも、手を止めて目を向けてくれました。
一色くんは……変わらず、帰り支度をしていますね……。
どこまでマイペースなんですか……。
心が折れそうになりましたけど、挫けません……!
1度深呼吸したわたしは、震える口で強引に言葉を紡ぎました。
「わ、わたしは首都に来たばかりなので……よ、良ければ、皆で明日お出掛けしませんか……!?」
目尻に涙が浮かび、顔は真っ赤になっていると思います。
客観的に見て必死過ぎますが、わたしにとってはそれほど勇気のいることなんですよ……。
半ば叫ぶような言い様に驚いたのか、キョトンとした一葉ちゃん。
天羽さんも目を丸くして、光凜さんは苦笑しています。
だ、誰か何か言って下さい……。
恥ずかしさのあまり体まで震えそうになりましたけど、その前に明るい声が聞こえました。
「良いよ! 行こう、行こう! あ、陰険女と四季ちゃんは、無理しなくて良いよ?」
「猪娘と夜宵さんを、2人きりに出来る訳がないでしょう。 当然、わたしも行くわ。 四季さんは忙しいでしょうし、やめておいたら?」
「ふん、馬鹿にするな。 多少の日程調整くらい出来ず、天羽家を纏められる訳がないだろう? 何があっても、わたしも参加する」
和気藹々とは言えないまでも、ひとまず了承してくれました。
よ、良かったです……。
でも、これからが本番なんですよね。
ドキドキする胸に右手を添えていると、無言で席を立った一色くんが教室を出ようとしました。
ま、待って下さい……!?
胸中で悲鳴を上げたわたしは緊張すら忘れて、彼の背に呼び掛けました。
「い、一色くんも行きませんか……!?」
ピタリと、引き戸に掛けられていた彼の手が止まります。
な、なんとか耳には届いたようですね……。
天羽さんたちから驚いた気配が漂って来ましたが、気にしていられません。
心臓が爆発するのではないかと不安になるほど、鼓動が速くなっていて、頭は熱に浮かされたようでした。
ほとんど目を回しそうになっており、発言をなかったことにしたい衝動に駆られましたが、渾身の力をもって堪えます。
実際は数秒だったと思いますけど、わたしの中では永遠に等しい時間が流れました。
お、お願いですから早く返事を下さい……!
最早、泣き出す1歩手前まで来て、いよいよ限界かと思われた、そのとき――
「詳細は?」
「へ……?」
「場所と時間だ。 それがわからなければ、行きようもないだろう」
「あ……そ、そうですよね。 えぇと、その……」
「考えてなかったのか?」
「ご、ごめんなさい……」
「まったく……。 決まったら、あとで教えてくれ」
「え……じ、じゃあ……」
「明日は特に用事はない。 断る理由も見付からない」
「あ、有難うございます……!」
「礼を言われる覚えもないが……とにかく、頼んだ」
肩越しに振り向いて声を投げた一色くんが、今度こそ教室をあとにしました。
き、緊張しましたが……上手く行って良かったです。
無計画だったのは、反省点ですけど……。
心底安堵したわたしは、深く息を吐き出しました。
あまりにも無防備で、気が抜けていたんだと思います。
だからこそ、彼女たちの接近を察知出来ませんでした。
「随分と嬉しそうね、夜宵さん?」
「へ……!? あ……は、はい、光凜さん。 皆さんとお出掛け出来るの、楽しみです」
「ふ~ん、皆さんね~。 ホントは、一色と2人の方が良いんじゃないの~?」
「な……!? か、一葉ちゃん、変なことを言わないで下さい……!」
「無明……やはり貴様は、一色に恋をして……」
「ち、違いますよ、天羽さん……!? わ、わたしは純粋に、一色くんも皆さんと仲良くなって欲しいと思っただけです……! ほ、ほら、彼っていつも1人ですし……! 今後のことを考えれば、わだかまりは取り除いている方が良いかと……!」
目が笑っていない笑みの、光凜さん。
頬を膨らませた、一葉ちゃん。
感情の抜け落ちた、暗い瞳の天羽さん。
3人から詰め寄られて、またしても泣きそうになりました。
だって、本当に怖かったんです……。
なんとか誤解を……誤解、ですよね……?
そ、そうに決まっています。
とにかく誤解を解くべく弁明しましたが、彼女たちは納得出来ないようでした。
黙って見つめられて、冷や汗がダラダラと流れます。
うぅ……助けて下さい、一色くん……。
……て、誰に助けを求めているのですか……!
混乱のあまり、思考がおかしくなっているようですね……。
過去に類を見ないほど取り乱したわたしが、何を言えば良いかわからず、口をパクパクさせていると――
「あはは! 冗談だよ! 夜宵ちゃんが、そう言うつもりじゃないのはわかってるから!」
「猪娘に同意するのは癪だけど、わたしもよ。 夜宵さんが可愛過ぎて、ついからかってしまったわ。 四季さんも、そうでしょう?」
「え……? あ、あぁ、勿論だ神代。 無明、わたしも冗談だから気にするな」
心底楽しそうに一葉ちゃんはお腹を押さえて笑い、光凜さんは口元を手で隠して苦笑し、天羽さんは一瞬呆けてから首をコクコク縦に振りました。
じ、冗談だったんですね……。
こう言ったやり取りも、お友だちの醍醐味かもですけど、心臓に悪いです……。
それでもホッとしたわたしは、恐らくぎこちない笑みを湛えていました。
ところが、次の展開には驚愕せずにいられません。
「そ、そうでしたか。 では、行先を決めたいんですけど、何か案はありますか?」
「ふむ、それなら――」
「四季ちゃん、ストップ!」
「む。 何だ、九条?」
「どうせなら集合時間とかだけ決めて、誰が夜宵ちゃんを1番満足させられる場所を案内出来るか、勝負しようよ!」
「え……!? か、一葉ちゃん、何を……!?」
「ふぅん……。 猪娘の割には、面白いことを言うじゃない。 勝負と言うからには、勝てたら何かあるのかしら?」
「当然でしょ、陰険女! 勝った人が、夜宵ちゃんにチューしてもらえるってのはどう!?」
「ふぇ……!? ち、ちょっと――」
「乗った! 九条、神代、覚悟するのだな!」
あ、天羽さん……!?
「そう言うことなら、わたしも本気を出すしかないわね」
ひ、光凜さんまで……!?
こ、これは非常に不味いです……!
断固として拒否しなければ……!
わたしをそっちのけで睨み合っている3人の間に、渾身の力を持って割って入りました。
「ま、待って下さい……! こ、これも冗談ですよね……!?」
「ん? 本気だけど?」
「な、何を考えているんですか、一葉ちゃん……! そ、そんな簡単に、チ……チュー……など、出来る訳ないじゃないですか……!」
「あら。 夜宵さんは、わたしたちが嫌いなのかしら?」
「へ……!? ひ、光凜さん、それは……」
「無明……そうなのか……?」
「ち、違います……! 天羽さんたちのことは、大好きです……!」
「だったら問題ないわね! はい、決まり!」
「は……! 一葉ちゃん、今のは……」
「ふふ、楽しみね。 早速、いろいろリサーチしないと」
「無駄だ、神代。 情報収集力で、天羽家を出し抜けると思うな」
「ふんだ! 情報が多ければ良いってもんじゃないでしょ? どれだけ夜宵ちゃんを楽しませられるか、それが大事なんだからね!」
「それも踏まえての情報だ、九条。 どの道、わたしは負けるつもりなどない」
「残念だけど今回は譲らないわ、四季さん。 夜宵さんの唇は、わたしのものよ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、陰険女! 夜宵ちゃんの初めては、あたしがもらうんだから!」
駄目です……。
わたしでは、到底止められそうもありません……。
一色くん……いえ、この際、誰でも良いので助けて下さい……。
人知れず強く祈りましたが、その祈りが届くことはありませんでした。
それはともかく、わたしが初めてだと決め付けないで欲しいです。
まぁ……実際その通りなんですけど……。
まさか、こんな形になるとは、夢にも思いませんでしたね……。
願わくば、初めては心に決めた人としたかったですが……。
いろいろと諦めたわたしは――
「朝9時に、正門前に集合しましょう……。 お疲れ様でした……」
投げやりに時間と場所を告げてから、体を引きずるようにして教室を出て行きました。
天羽さんたちは真剣に考え込んでおり、返事はありません。
もう、何でも良いです……。
廊下の窓から沈み行く太陽を眺めると、やけに眩しく感じました。
疲れているのかもしれませんね……。
他人事のようにそんなことを考えつつ、ノロノロと歩みを進め、購買に寄って食材を購入。
自室に戻って夕飯を作ったのは覚えていますが、味は記憶に残りませんでした。
一色くんが心配そうにしていた気がしますけど……たぶん、気のせいだと思います。
ここまで有難うございます。
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