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第14話 連携の壁と迫る影

 結局その後、授業時間終了まで決着が付くことはありませんでした。

 一色くんは一貫して受けに徹していましたが、天羽さんたちは打ち崩すことが出来ず、悔しい思いをしたようです。

 もっとも、あれが本当に彼女たちの全力かと言えば、首を傾げざるを得ません。

 少なくとも天羽さんに関しては、違うのではないでしょうか。

 一葉ちゃんと光凜さんも、まだ奥の手を隠している素振りがありました。

 これは想像に過ぎませんけど、攻めてすら来ない相手に使うのは、プライドが許さなかったのかもしれませんね。

 何にせよ、結果だけ見れば引き分けでしたが、内容は一色くんが押し切った感じです。

 それでも観戦していた生徒たちや先生方は、『肆言姫』が一文字使いに負けなかったことに、安堵していました。

 個人的には、何とも言い難い気分ですね。

 一色くんが負けるところは見たくありませんでしたけど、天羽さんたちにも頑張って欲しかったですし。

 そう言う意味では、引き分けは無難な落としどころに感じます。

 まぁ、3対1だったことを加味すれば、異常事態なんですが……。

 一色くんは、そのことを指摘することもなければ、ましてや誇ることもありません。

 しかし、天羽さんたちは冷静にその事実を認識しているようで、厳しい面持ちを作っていました。

 わたしが彼女たちの立場でも、同じような感情を抱いたと思います。

 そして、現在。

 帰宅したわたしたちは、丸テーブルに着いて夕飯を食べています。

 同室を続行することに、天羽さんたちは文句を言いたそうでしたけど、結果が結果だけに自重しているようでした。

 ただし――


「無明、何かあれば大声を出すのだぞ」

「四季ちゃんの言う通りよ! そのときは、あたしがボコボコにしてやるから!」

「甘いわよ、猪娘。 こう言うのは、社会的に抹殺するべきなのよ」


 などと、妙な心配はされましたが……。

 何と答えれば良いかわからず、乾いた笑いしか出て来ませんでした。

 わ、わたしと一色くんがどうにかなるなど、あり得ません……よね?

 黙々と食事を進めていた手を止めて、こっそりと彼の顔を窺います。

 何度見ても整った容貌ですが、そのようなことに関係なく、目を奪われてしまいました。

 わたし、どうしたんでしょう……?

 自分の感情を持て余して、困惑しました。

 尚も視線を外せず、頬が赤く染まっている気がします。

 僅かながら鼓動も速くなっていて、ますます取り乱しそうでしたけど、寸前で意識を引き戻されました。


「顔に何か付いているか?」

「へ……!? あ、いえ、何でもありません……!」

「そうか」


 こちらを見ることもなく、淡々と呟く一色くん。

 き、気付かれていましたか……。

 途轍もなく恥ずかしいですけど、今更なかったことには出来ません。

 無理やり頭を切り替えたわたしは、意識して食事を再開しようとしましたが、意外にも彼は話を続けました。


「俺と天羽たちの戦い、見ていたか?」

「え……あ、はい。 勿論です」

「どう思った?」

「……凄いと思いました。 天羽さんたちもですけど……それを完封した一色くんは、やはり普通じゃないです」


 問われたわたしは、率直な気持ちを伝えました。

 これはある意味、チャンスかもしれません。

 一色くんの、強さの秘密を知る機会。

 胸の内に思惑を抱きつつ、沈黙します。

 すると彼は焼き魚を咀嚼して、味噌汁を口に含んでから一息つき、次なる問を投げて来ました。


「俺が3人に、今のままでは勝てないと言ったことを覚えているか?」

「はい。 勝てる可能性はあったようですけど、彼女たちではそこに辿り着けない……そのようなことも言っていました」

「そうだな。 その理由がわかるか?」

「それは……一色くんが強いからでは?」

「30点の回答だ」

「う……」

「俺と奴らに実力差があるのは確かだが、言いたいのはそこじゃない。 もっと良く考えてみろ」


 その言葉を最後に、一色くんは手を再稼働させました。

 食べている間に、答えを出せと言うことでしょうか?

 まるで試験問題を出された気分で、わたしは必死に思考を巡らせます。

 彼の真意はわかりませんが……下手なことを言って、がっかりされたくありません。

 しかし、正直なところわかりませんでした。

 天羽さんたちが、真の意味で全力を出すことかと思いましたけど、なんとなくしっくり来ませんね……。

 たぶんですが、一色くんが問題視しているのは、単純な戦闘力ではないと思います。

 だとすれば、いったい何なんでしょう……。

 懊悩したわたしが、なんとか正解を導き出そうと苦心していると、彼は何でもないように声を発しました。


「そう言えば、九条陣営と神代陣営の連中は、どんな奴らなんだろうな。 もう1人の『肆言姫』の陣営も、気にはなる」

「あ……そうですね。 今は任務中のようですが、そのうち会えると思いますよ」

「俺もそう思う」


 それっきり、またしても一色くんは食事に戻りました。

 今のは何か、意味があったんでしょうか……?

 もし、何らかのヒントだとすれば……。


「あ……」

「どうした?」

「もしかしてなんですけど……わかったかもしれません」

「言ってみろ」

「は、はい。 天羽さんたち『肆言姫』は、それぞれの陣営を持っています。 それが悪いとは言いませんが、今回に限っては枷になったのではないでしょうか」

「具体的に言うと?」

「同じ特務組、同じ『肆言姫』ですけど……彼女たちは連携らしい連携を取らず、あくまでも個人で戦っていました。 あれでは、3対1の利点を活かし切れません。 つまり、天羽さんたちがしがらみを撤廃して協力することこそが、一色くんに勝つ方法だったのではないですか?」


 真っ直ぐに彼を見据えて、はっきりと告げました。

 それを対して一色くんは、正面からわたしの視線を受け止めています。

 う……なんだか恥ずかしいですね……。

 で、ですが、ここで目を逸らす訳には行きません。

 なんとか我慢していると、彼は小さく息をついてから言い放ちました。


「オマケして、及第点と言ったところか。 おおよそ、その認識で合っている」

「よ、良かったです……」

「もっと早く答えて欲しかったがな」

「す、すみません……」


 手厳しいですね……。

 でも、確かにこの程度のことは、すぐに気付くべきだったかもです。

 次の機会があれば、頑張りましょう。

 謎の決意をしつつ、正解した安心感に包まれていましたが、一色くんはまだ言いたいことがあるようでした。


「お前も他人事じゃないぞ」

「え……? わたしですか……?」

「あぁ。 お前の戦闘スタイルからは、1人で戦い抜く意志を感じる。 『無字姫』として生きて来たせいで、周りに頼る思考自体がないんだろう」

「それは……そうかもしれません……」

「無理もないことだが、今後は違う。 魔族たちと戦うに当たって、お前や天羽たちは、互いに協力することを覚えるべきだ。 陣営内の連携が取れるだけでは、足りない。 本当に強力な敵を相手にするなら、『肆言姫』同士が力を合わせる必要もあるだろう」

「確かにそうですね……」

「だが、すぐにわだかまりを解消するのは、難しいと思う。 そこで、お前の出番だ」

「わたしの……?」

「新人のお前は、どの陣営にも属していない。 だからこそ、奴らの間を取り持つ潤滑油になれる。 幸い、気に入られているようだしな」

「い、言いたいことはなんとなくわかりましたけど、わたしに出来るでしょうか……?」

「さぁな」

「さぁなって……」

「やってみなければわからない。 そもそも、やるかやらないかは、お前の自由だ。 俺に命令権なんてないんだからな」


 話は終わりだとばかりに、一色くんは残りのご飯に手を付けました。

 見方によっては自分勝手ですけど、責める気にはなりません。

 言い方は別として、彼がわたしたちのことを考えてくれていると、わかったからです。

 本当に、不器用な優しさですね。

 思わず苦笑したわたしですが、言っておきたいことがありました。


「一色くんもですよ」

「何?」

「ですから、1人で戦おうとしないで下さい。 わたしたちは仲間なんですから、頼るときは頼って下さいね」

「……俺のことを心配する余裕が、お前にあるのか?」

「いいえ。 それでも、貴方を1人にするつもりはありません」


 自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出て来ました。

 恥ずかしいことを言っている自覚はありますけど、紛うことなき本心です。

 一色くんは返事をしませんでしたが、拒否されなかっただけ良しとしましょう。

 表面上は普段と変わらない彼から、ほんの少しだけ照れた空気が漂って来たのは、決して気のせいではありません。

 ちなみに「美味しい」の一言は、今日も言ってくれました。











 唐突だが、魔物や魔族たちが住む世界を、人々は魔界と呼んでいる。

 人間が魔界に干渉することは出来ず、どこにあるのかも定かではない。

 だからこそ、一方的に攻め込まれているのが現状だ。

 弦蔵によって対抗出来ているものの、そうでなければ今頃、ヒノモトは滅んでいた可能性もある。

 しかし、【聡明叡智】をもってしても、全ての事象を察知出来る訳ではない。


「くく、今のところ順調だな」


 低く、愉快そうな声。

 ここはヒノモトとは全く違う、太古に存在した西洋風の居城。

 大広間に設置された玉座に腰掛けているのは、金の全身甲冑を身に纏った逞しい青年。

 髪は銀髪で、耳は細長く尖り、肌は病的に白く、瞳は血のように赤い。

 これらの特徴は、彼が魔族であることを示していた。

 全身から魂力とは違う、魔力が溢れており、常人であれば見るだけで卒倒もの。

 それも当然と言えば当然。

 何故なら彼は、ただの魔族ではないからだ。

 魔王に次ぐ力の持ち主、『十魔天』の1人。

 名はガイゼル。

 右手に持ったワイングラスを傾け、一息で飲み干す。

 視線の先では宙に映像が浮かんでおり、天羽陣営の『参言衆』の姿があった。

 作戦会議でもしているのか、顔を付き合わせて何事かを話している。

 音声までは聞こえて来ないが、その様子を見ていたガイゼルは、笑みを深めて口を開いた。


「何も、馬鹿正直に戦う必要はねぇ。 餌を撒いて、策を練って、大元をぶっ潰せば良いんだよ。 これが成功すりゃ、俺はもっと上に行ける。 他の『十魔天』どもを、置き去りにしてなぁ。 テメェもそう思うだろ、エニロ?」

「はい、ガイゼル様」


 床に投げ捨てたワイングラスが、甲高い音を立てて砕け散る。

 それに反応することもなく、平然と返事をしたのは、銀の全身甲冑を装備した魔族。

 ガイゼルほどではないが、相当な力を感じた。

 玉座の下で跪き、首を垂れている。

 彼はガイゼルの側近の1人で、魔族でも上位に君臨する実力者。

 端的なエニロの答えにガイゼルは、若干つまらなさそうにしていたものの、それが彼の性格だと知っているので、敢えて苦言を呈すことはない。

 小さく鼻を鳴らしたガイゼルは、瓶を掴んでワインをラッパ飲みにし、口元を手で拭ってから告げた。


「引き続き頼んだぜ。 しくじるんじゃねぇぞ?」

「かしこまりました。 ゾースとミンにも、伝えておきます」

「おう、よろしくな」

「はい、失礼します」


 挨拶を残して、エニロが消え去った。

 それを見届けたガイゼルは、映像に視線を転じる。

 すっかり日は暮れ、話し合いを終えた美紗と伊織、卓哉は、それぞれの野営場所に帰るところだった。

 改めて、自身の思い描いたシナリオ通りだと確認したガイゼルは、ニヤリと笑ってワインに口を付ける。

 まだ表面化していないが、そのときは刻一刻と近付いていた。

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