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第13話 肆言姫VS一文字使い──不敗の真実

 つ、疲れました……。

 お昼休みなのに疲れると言う、不思議なことになりましたが、それが正直な感想です。

 いえ、その、彼女たちに悪気がないのは、わかっているんですよ?

 しかし、連れて行かれた食堂で4人でご飯を食べることになって、生きた心地がしませんでした……。

 天羽さんたちは口論こそしませんでしたけど、無言で殺伐とした空気を撒き散らしていましたし、周囲の生徒たちはわたしたちを見て、ヒソヒソ話していましたし。

 緊張のあまり、昨日とは別の意味で、お弁当の味がわかりませんでした。

 ちなみに、わたし以外の3人は、定食を頼んでいましたね。

 『肆言姫』は忙しいでしょうし、自炊する余裕はないのかもしれません。

 それはそれとして、なんとか食事を終えたわたしたちは、余裕を持って訓練場を訪れました。

 実技の時間までまだあるので、人の数はさほど多くない……かと思いきや、天羽さんたちを追って大勢が既に集まっています。

 彼女たちは全生徒、もっと言えばヒノモトの民の憧れなので、無理もありません。

 ただ……そんな彼女たちと一緒にいることで、わたしに対する目は、より一層厳しいものになっていました。

 天羽さんたち自身は何ら気にした素振りはないですけど、周りはそうじゃないんでしょう。

 だからと言って、折角出来た友人と離れるのは寂しいです。

 ここは辛抱して、少しずつ認めてもらえるように、努力するしかないですね。

 新たな目標が出来ましたし、今後は更に頑張りましょう。

 わたしが人知れず決意を新たにしている一方で、天羽さんたちは入念に準備運動していました。

 それぞれが真剣な顔付きで、微塵も気を抜いていないとわかります。

 うぅん……一色くん、これはかなり手強そうですよ……。

 あ……べ、別に、彼に肩入れしている訳ではありません。

 単に、目標としている人が、あっさり負けるところを見たくないだけです。

 そう、それだけのことですよ。

 内心で誰かに対して弁明しつつ、わたしは改めて3人の様子を窺いました。

 天羽さんは『雅美』を片手に、目を瞑って精神統一しています。

 一葉ちゃんは徒手空拳で、準備運動を続行していました。

 光凜さんは銀の鞘の刀――『雷切丸』と言うらしいです――の状態を、入念にチェックしています。

 三者三様ですけど、共通しているのは全力を尽くそうとしていること。

 そのことにわたしだけではなく、他の生徒たちも気付いているらしく、緊迫した空気が漂っています。

 本当は天羽さんたちに話し掛けたいようですが、とてもそのような状況ではありません。

 わたしも他人事じゃないですけど。

 少し離れた場所から彼女たちを見守っていると、背後から声を掛けられました。


「無明さん、これは何事?」

「あ、橘先生。 それが……」


 監督役としてやって来た橘先生に、わたしは事情を掻い摘んで話しました。

 もしかしたら、止めてくれるかもしれません。

 そのように期待した訳ですが、あまりにも儚い希望でした……。


「へぇ、興味深いわね」

「き、興味深いって……。 い、良いんですか?」

「うん? 何が?」

「で、ですから、一色くんが『肆言姫』3人と戦うことです。 いくら彼が強くても、流石に危険過ぎるんじゃ……」

「ふぅん。 無明さんは、そんなに透……一色くんが心配なのね」

「へ……!? あ、いえ、彼に限った話ではなく、わたしが言いたいのは、ヒノモト最強の『肆言姫』を同時に相手するなんて、無謀過ぎると言うことでして……」


 橘先生の言葉に、わたしは大いに取り乱してしまいました。

 こ、これは彼女が突拍子もないことを言ったからであって、図星だからとかではありません。

 頬が紅潮しているのは感じますし、無意識に人差し指をツンツン突き合わせていますけど、特別な意味はないです。

 それにもかかわらず、橘先生は何やらニヤニヤ笑っていました。

 ご、誤解されているのかもしれませんが、ここは下手に弁解するより、無視した方が良いでしょう。

 小さく息をついたわたしは、なるべく平常心を装って口を開きました。


「と、とにかく、出来ればやめさせた方が良いと思うんですけど」

「そうは言ってもね、今更どうしようもないわよ。 それに、1度思い切りぶつかった方が、お互いのことを理解出来るかもしれないわ」

「……本音は何ですか?」

「面白そうだから見てみたい」

「だと思いましたよ……」


 満面の笑みで告げた橘先生に、ジト目を向けました。

 しかし、彼女が堪えた様子はなく、むしろニコニコ笑っています。

 だんだんと腹が立ってきましたね……。

 確かに興味がないと言えば嘘になりますけど、一色くんの……コホン……生徒の安全を最優先するなら、やはり見過ごすことは出来ません。

 そう考えたわたしは、橘先生に苦言を呈そうとしましたが――


「大丈夫よ」

「え……?」

「一色くんなら、大丈夫。 たとえ相手が『肆言姫』でも、負けはしないわ」

「……どうして言い切れるんですか?」

「彼が強いからよ。 圧倒的にね。 無明さんだって、知ってるでしょう?」

「それは……はい……」

「だから、心配いらないわ。 むしろ、天羽さんたちは最近伸び悩んでいたから、殻を破る良い機会になるんじゃないかしら」


 先ほどとは打って変わって、このときの橘先生の顔には、至極真面目な表情が浮かんでいました。

 どうやら、ただ楽しんでいるだけではないようですね……。

 正直なところ完全に納得は出来ませんけど、わたしも信じてみようと思います。

 彼らの戦いが、決して無駄じゃないことを。

 ある種の覚悟をわたしが固めていると、訓練場の入口の方から騒めきが聞こえました。

 来ましたか。

 確信を持って視線を転じると、人垣が左右に割れて、姿を現したのは堂々たる歩みの一色くん。

 既に言魂を発動しており、刀を腰に佩いています。

 毛ほどの隙もなく、惚れ惚れしてしまいました。

 ……あ、実力に関してですよ……!?

 と、とにかく、彼も準備万端のようです。

 天羽さんたちもそれを悟ったらしく、鋭い眼光を彼に突き刺していました。

 いよいよですね……。

 どうなるかわかりませんが、最後まで見届けましょう。

 本当なら実技の時間は、自分の訓練に取り組むべきかもしれませんけど、今日に限っては見学こそが最善の選択だと思いますし。

 事実として、他の生徒たちも大半がこの戦いに注目しており、先生方も注意する気配はありません。

 もっとも、一色くんたちは外野のことなど、眼中になさそうですが。

 真っ向から相対した1人と3人を、静寂が包んでいます。

 か、かなりの緊張感ですね。

 思わず固唾を飲んでいると、口火を切ったのは、腕を組んで勝気な笑みを湛えた一葉ちゃん。


「良く逃げずに来たわね! その度胸だけは――」

「そんな定型文はいらない。 良いから、本気で来い」

「む~! 絶対、泣かせてやるんだから!」


 バッサリと言葉を遮られた一葉ちゃんが、涙目で地団太を踏んでいます。

 あの……先に泣いちゃっていますけど……。

 当然、口に出しては指摘しません。


「強気な人は、嫌いじゃないわよ。 でも、貴方のそれは驕りじゃないかしら?」

「そう思うなら、試してみろ。 神代家の剣技、俺も試させてもらう。 なるべく拍子抜けさせないでくれ」

「……先輩に対して生意気ね。 これは、少し指導が必要かしら」


 『雷切丸』を抜き放ちながら、目を研ぎ澄ませる光凜さん。

 あ、明らかに怒っています……。

 それでも一色くんが恐れ入ることはなく、最後の1人が言葉を連ねました。


「一色、貴様とはいずれ決着を付けるつもりだったが、まさかこれほど早く機会があるとはな」

「無明と引き分けたお前が、俺に勝てるとでも思っているのか?」

「ふん、単純な思考だな。 その余裕が、いつまでも続くと思わないことだ」


 優雅に『雅美』を操って、天羽さんも戦闘態勢に入りました。

 このときには一葉ちゃんも立ち直っており、力強く構えています。

 一方の一色くんからは、刺すようなプレッシャーが放たれていて、周囲の生徒たちは竦んでいるようでした。

 しかし……この程度、実際に刃を交えたことのあるわたしからすれば、どうと言うこともありません。

 隣をチラリと見ると、橘先生も全く問題なさそうに微笑んでいます。

 彼女の言魂が何か知りませんけど、やはり只者じゃないですね。

 橘先生のことも気にはなりますけど、今は一色くんたちの戦いに集中しましょう。

 意識を切り替えたわたしが4人を眺めた瞬間、授業開始を告げる鐘の音が響き渡り――


「行くわよッ!」


 大声を発した一葉ちゃんが、一直線に突貫しました。

 速い……。

 気性の割に緻密な体術を駆使して、下半身で生み出した力を余さず推進力に換えています。

 一色くんとの距離はそれなりに空いていましたが、既に間合いに飛び込んでいました。

 同時に地面を踏み締め、左拳で彼の脇腹を抉るべく突き上げます。

 この動きも、練度の高い見事な一撃。

 小さな体からは考えられないほどの勢いで、まともに当たれば悶絶必至でしょう。

 ヒノモトで最も武道に秀でていると言う評価は、誇張ではなさそうですね。

 身長差と武器の関係で、一色くんと一葉ちゃんのリーチには相当な開きがありますけど、懐に入ってしまえば小回りの利く彼女が有利。

 この考えには、わたしも天羽さんとの決闘の際に至りましたし、間違っているとは思いません。

 ただし、それが簡単に通用するほど、彼は甘くはないです。


「温いぞ」

「な!?」


 抜刀することもせず、難なく右手で一葉ちゃんの拳を受け止めた一色くん。

 わたしとしては驚くに値しませんけど、彼女はショックを受けた様子でした。

 まぁ、並の使い手なら、今ので終わっていたでしょうからね。

 もっとも、そのような心構えでは、彼と戦う資格はありません。

 驚愕からか、僅かに動きを止めた一葉ちゃんに容赦することなく、一色くんは行動に出ました。


「ちょ……!?」


 何事かを言おうとした一葉ちゃんを無視して、拳を握ったまま彼女を振り上げ――


「んきゃぁぁぁぁぁ!?」


 思い切り投擲。

 その先には、今まさに駆け出そうとしていた、光凜さんがいました。


「邪魔よ」

「ふぎゃ!?」


 言葉通り邪魔に思ったらしく、飛来して来た一葉ちゃんを、『雷切丸』の峰で打ち落としました。

 け、結構な勢いでしたけど、無事でしょうか……?

 心配になりましたが、光凜さんは意に返した素振りもなく、気を取り直して疾走開始。

 一葉ちゃんと同等……いえ、それ以上ですね。

 少なくとも単純な速度だけで言えば、彼女が上回っています。

 さて、肝心の剣技はどうでしょうか。

 わたしも刀が武器なので、興味津々です。

 ワクワクした気持ちを抑え切れずにいると、距離を詰めた光凜さんが『雷切丸』を真一文字に振り抜く……と見せて一色くんの左側面を取り、袈裟斬りにする……かと思いきや、再び正面に戻る……ふりをして背後から斬り上げました。

 幾重にもフェイントを混ぜた、慎重な攻撃。

 特筆すべきは、全てのフェイントに『実』があったことです。

 恐らくほとんどの人には、どれが本命かわからなかったんじゃないでしょうか。

 また、単に移動しているのではなく、絶妙に緩急を付けていることで、動きを追い難くしています。

 言うまでもなく、剣技そのものも素晴らしいの一言。

 ですが……ごめんなさい、光凜さん。

 一色くんには、届かないと思います。


「その程度か?」

「……ッ!?」


 当然のように振り向いた一色くんが、刀で光凜さんの斬撃を防ぎました。

 思いもよらぬ超反応だったようで、彼女は目を丸くしています。

 ですから、一葉ちゃんもそうでしたけど、一色くんを侮り過ぎですよ。

 そう易々と、彼を捉えられる訳がないじゃないですか。

 呆れた気持ちを抱きつつ、何故か誇らしくも感じています。

 あ……わ、わたしが威張るのはおかしいですね……。

 内心で恥じて俯きそうになりましたが、目を逸らしてはいけません。

 大して力も入れていなさそうなのに、一色くんは軽々と光凜さんを弾き飛ばしました。

 問答無用で後退させられた彼女は、悔しそうにしています。

 頭を押さえながら起き上がった一葉ちゃんも、硬い面持ちを作っていました。

 やっと、一色くんの強さがわかったらしいです。

 いえ、まだまだあんなものではありません。

 わたしも、彼の強さを正確に把握出来てはいませんが……。

 だからこそ、知りたいんです。

 いったい、一色くんの限界はどこにあるのかを。

 すると、それまで動きを見せなかった天羽さんが、真っ直ぐな声を発しました。


「九条、神代、思い知ったか? 無明がそうだったように、奴も言魂なしで勝てる相手ではない」

「う~! 悔しいけど、強いのは間違いないわね」

「猪娘は油断し過ぎよ。 でも、言っていることには同意するわ。 正直、想像以上ね」

「わかったなら、気を引き締めろ。 わたしたちが負けたら、無明の貞操が危ういことを忘れるな」


 あ、天羽さん……!?

 誤解を生む言い方はやめて下さい……!

 そのようなことを言ったら……。


「『無字姫』の貞操が危ういってどう言うことだ!?」

「これって、ただの訓練じゃないってこと!?」

「一色が関係してるのか!?」

「だと思うけど、詳しいことはわかんない!」

「くそ! 誰か説明してくれ!」


 あぁ……やっぱり面倒な事態に……。

 観戦していた生徒たちが混乱に陥って、わたしに視線を殺到させています……。

 み、見られても困るんですけど……。

 すぐにでも逃げ出したいですが、彼らの戦いは見届けたいです。

 訓練場に騒めきが広がり、収拾が付かないかに思われた、そのとき――


「はいはい、そこまで。 真面目に見学しないなら、罰則を与えるわよ?」


 さほど声量は大きくありませんでしたけど、何故だか良く通った橘先生の警告。

 それを受けた生徒たちは、ピタリと口を閉ざしました。

 そ、そんなに罰則って重いんでしょうか……。

 内容が気になるような聞くのが怖いような、複雑な思いを持ちながら、ひとまず棚上げして戦いに意識を戻します。

 一色くんたちは一連の騒動などなかったかのように、無言で視線を交換していましたが、唐突に沈黙は破られました。


「言ったはずだ。 本気で来い。 言魂を使わない『肆言姫』など、戦う価値すらないからな。 それとも、負けたときの言い訳を残しておきたいのか?」


 い、一色くん、何てことを……!?

 ヒノモトの象徴と言っても過言ではない、『肆言姫』を愚弄するなんて……!

 一瞬にして周囲に殺伐とした空気が蔓延し、その源は生徒のみならず、先生たちも例外ではありません。

 橘先生は何故か、必死に笑いを堪えていますけど……。

 彼の自業自得ではありますが、これでもし負けるようなら、非難の嵐でしょうね。

 むしろ、勝っても良い感情は持たれないと思います。

 どうして一色くんは、自ら己を窮地に立たせるのか理解出来ません。

 ですが、全くの無意味でもなかったようです。


「ふん、心配するな。 本当の勝負はここからだ」


 右手の人差し指と中指を伸ばして、途轍もない速さで宙に文字を書く天羽さん。

 それと同時に彼女を中心として、風が荒れ狂い始めました。

 宣言通り意識しているのか、昨日よりも目で追うのが難しかったです。

 これほどの短期間で改善するとは……凄いですね。

 胸中で惜しみない賛辞を送っていると、一葉ちゃんと光凜さんも続きました。


「一色! 光栄に思いなさい! あたしが言魂を使うなんて、珍しいんだからね!」

「3対1なら使うまでもないと思っていたけれど、望みを叶えてあげる」


 2人が同時に、指を虚空に走らせましたが、文字は見えません。

 天羽さんと同じく、彼女たちも隠匿発動を習得しているんですね。

 でも……たぶん、見えました。

 具体的な能力は不明ですけど、言魂に関しては読み取れたと思います。

 すると、天羽さんの視線がこちらを向きました。

 何かを尋ねているようですが、恐らく2人の言魂がわかったかどうかでしょう。

 そう結論付けたわたしがゆっくりと首を縦に振ると、彼女は小さく苦笑していました。

 しかし、すぐに表情を改めて、一色くんを見据えています。

 天羽さんも言っていましたけど、ここからが本番ですね……。

 言魂を発動しても、一葉ちゃんと光凜さんには、目に見える変化はありません。

 ただし……全身に尋常ではない魂力が、漲っています。

 一色くんもそのことはわかっているのか、ほんの少しだけ目を細めました。

 空気が張り詰め、硬直した生徒の1人が喉を鳴らし――


「ふッ……!」


 瞬間移動のような速度で接近した光凜さんが、大上段から『雷切丸』を振り下ろしました。

 速過ぎませんか……!?

 はっきり言って、わたしでは辛うじて反応するのが精一杯だと思います。

 反撃するなど、到底不可能でしょうね。

 それでも、一色くんなら……。

 自分勝手な期待を押し付けているのかもしれませんけど、彼は決して裏切りません。

 冷ややかな目で光凜さんを見やりながら、あっさりと斬撃を刀で受け流しました。

 流石としか言いようがないです……。

 呆れと感心が綯い交ぜになった思いを抱いているわたしの一方、光凜さんは平然とした面持ちで後方に跳躍。

 言魂を使っても倒せなかったのに、ショックを受けた様子はありません。

 もしかして、何か狙っているんでしょうか……?

 注意深く探っていると、光凜さんは一色くんの周りを走り始めました。

 例の如く緩急も付けて、彼の目を慣れさせない工夫がされています。

 残像を幻視するほど流麗な動きで、実際よりも速く見えて……あら……?

 これ、本当に速くなっているのでは……?

 間違いありません、徐々にですが速度が上がっていますね。

 光凜さんの言魂は確か……なるほどです。

 おおよその見当は付きましたけど、速度上昇だけが能力だと決め付ける訳には行きません。

 一色くんも、それは承知しているでしょう。

 最早、視認するのも難しいレベルになっていますが、彼が焦ることはありませんでした。


「な……!?」


 タイミングを見計らって踏み込み、光凜さんに袈裟斬りを繰り出す一色くん。

 まさか付いて来るとは思っていなかったのか、彼女は『雷切丸』で咄嗟に受けながら、驚愕の声を漏らしていました。

 速さだけなら圧倒的に光凜さんが上ですけど、それだけで勝てるほど彼は容易くないです。

 まぁ……一色くんがおかしいだけで、充分以上に凄まじい力なんですけど……。

 仮にわたしが戦うなら、刺し違える覚悟が必要でしょうね。

 鍔迫り合いの状態になったことで、光凜さんの足が止まり、得意の機動力が封じられました。

 今度は平静を取り繕えず、彼女の顔が強張っています。

 だからと言って一色くんが手心を加えることはなく、刀を振り抜いて光凜さんを強引に弾き飛ばしました。

 ダメージ自体はなさそうですが、完全に打ち負けたことで、不愉快そうにしています。

 気持ちはわかりますよ、光凜さん……。

 などと思っていると、入れ替わるように一葉ちゃんが仕掛けました。


「喰らいなさいッ!」


 高くジャンプすることで、自由落下の勢いも乗せた拳を、一色くんに振り下ろします。

 うぅん、大振り過ぎますね。

 あのような攻撃が、彼に当たるとは思えません。

 実際、一色くんは淀みなく回避に成功して、拳は地面を叩き――訓練場が揺れました。

 攻撃は空振りに終わりましたが、一葉ちゃんを中心に陥没した地面が、その威力の高さを物語っています。

 なんて破壊力なんでしょう……。

 あれがまともに当たれば、一色くんでも大ダメージは免れないかもしれません。

 当たれば、ですけど。

 すぐさま体勢を整えた一葉ちゃんは、怒涛の勢いで彼に襲い掛かりました。

 左右の拳と両脚による蹴り技を主体に、手刀や貫手、背刀、肘打ち、何なら頭突きまで。

 ありとあらゆる打撃を、披露しています。

 素晴らしいのは、連携の繋ぎ目がスムーズなことで、無駄が全くありません。

 加えて、恐らく言魂の力だと思われる破壊力が、常に一撃必殺のプレッシャーを与えていました。

 それでも――


「この! ちょこまかと!」


 一色くんが揺らぐことはないです。

 顔色を変えることなく全ての攻撃を避けられて、一葉ちゃんの方が苛立っていますね。

 断っておきますが、彼女の体術を躱し続けるなど、通常不可能でしょう。

 少なくとも、わたしには出来ません。

 そのような神業を、さも当然のように成し遂げる彼は、やはり次元が違う使い手だと言えます。

 感心を通り越して畏怖すら覚えていると、一葉ちゃんが大きく間合いを空けました。

 一旦、仕切り直すことにしたらしいですね。

 忌々しそうに一色くんを睨んでいますが、彼の興味は既に別のところにありました。


「はぁッ!」


 右手を突き出した天羽さんの意志に従って、猛烈な風が一色くんに襲い掛かります。

 直接的な攻撃力はなさそうですが、その代わりに範囲が広く、彼であっても逃れることは出来ません。

 ただし、あれだけの強風に吹かれたら普通なら体勢を崩すところですけど、彼は微動だにしなかったです。

 どれだけ強靭な足腰なんですか……。

 思わず溜息を漏らしかけましたが、天羽さんが微塵も動揺していないことに気付きました。

 この展開は、織り込み済みのようですね。

 となると……。


「行けッ!」


 吹き荒れていた風が刃の檻となり、全周囲から一色くんを斬り刻むべく放たれました。

 どうやら最初の強風は、彼を足止めすると同時に、刃とする風を集めるのが目的だったようです。

 風系統の言魂は汎用性が高いと聞きましたが、天羽さんは特に使い方が上手だと感じました。

 しかし、この戦法自体はわたしのときにも使っていたもの。

 それが一色くんに通用するとは、思えません。

 確信したわたしの目の前で、彼は刀を超速で振り乱しました。

 風の刃をことごとく撃墜し、隙を見て呆気なく突破。

 わたしはあんなに、苦労したのに……。

 一色くんとの実力差を、まざまざと見せ付けられた気分です。

 天羽さんも悔しそうに、奥歯を噛み締めていました。

 それにしても、彼は本当に『肆言姫』を3人も相手にして、全く引けを取っていません。

 一色くんの限界は、いったいどこに――


「やはりそうか」


 彼の口が、前置きなく言葉を紡ぎました。

 刀を構えてはいますが、どこか落胆しているように見えます。

 何の話でしょうか……?

 疑問に思ったのはわたしだけではないらしく、天羽さんたちも怪訝そうにしており、周囲の生徒たちは困惑していました。

 ところが、一色くんは欠片も頓着することなく、これ見よがしに嘆息して続けます。


「今のままでは、どれだけ戦っても俺には勝てない」

「何ですって!? 言っておくけど、あたしはまだまだ本気じゃないんだから!」

「それを踏まえた上でだ、九条。 厳密に言えば勝てる可能性はあるが、お前たちがその可能性に辿り着くことはない」

「ふん。 ろくに反撃も出来ていない奴が、偉そうに語るな」

「反撃出来ないのではなく、していないだけだ。 天羽、それすらもわからないのか?」

「それが本当なら、証明してみなさい。 口では何とでも言えるのだから」

「俺はそれでも構わないが……」


 光凜さんの言葉を受けた一色くんは、初めて他の生徒たちに目を向けました。

 どうかしたんでしょうか?

 いまいち彼の考えがわからず、小首を傾げていると、隣で観戦していた橘先生が、小声で耳打ちして来ました。


「一色くんはね、気を遣ってるのよ」

「気を遣っている……?」

「そうよ。 これだけの衆目がある中で、『肆言姫』が3対1で一文字使いに負けたなんてことになったら、ヒノモトの根幹が揺らぎかねないでしょう? だから、自分から倒しに行ってないの」

「と言うことは……彼は、本当に勝とうと思えば勝てるんですか……?」

「でしょうね」

「……橘先生」

「何かしら?」

「一色くんは……何者なんですか?」


 今更過ぎる気はしますけど、どうしても聞きたくなりました。

 最弱と呼ばれる一文字使いであるにもかかわらず、常軌を逸した強さ。

 どう考えても、秘密があります。

 橘先生は彼と親しいようですし、何か知っているかもしれません。

 ……と言いますか、どう言う関係なんでしょう。

 まさかとは思いますが……だ、男女の関係とか……?

 い、いえ、あり得ません……!

 先生と生徒がそのような関係になるなど……。

 でも、もしそうだったら……?

 わ、わたしには関係ありませんが、学院の風紀と言う観点から見れば、よろしくないのでは――


「無明さん? 聞いてる?」

「へ……!?」

「もう、自分から質問しておいて、どうしたのよ」

「す、すみません……」

「今回は許してあげるけど、座学の授業中なら減点だからね?」

「は、はい……」

「じゃあ、もう1回だけ答えてあげる。 一色くんが何者かって聞かれたら、生徒の1人って言うしかないわね」

「それはそうでしょうけど……」

「無明さんが聞きたいのは、そう言うことじゃないのはわかってるわ。 でも、そうとしか言えないのよ。 納得出来ないなら、自分で答えを探しなさい」

「……わかりました」


 橘先生に微笑み掛けられたわたしは、躊躇いがちに頷きました。

 彼女は言葉を濁しましたけど、何かがあるのは間違いありません。

 だったら、見付けてみせます。

 一色くんが何者か、その答えを。

 強く誓いを立てたわたしは、再開されつつあった4人の戦いを、脳裏に焼き付けるつもりで見つめました。

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