第12話 昼休み、仁義なき争奪戦
取り敢えず、午前の座学は無事に終わりました。
新たな生徒が登校して来ることはなく、5人での授業。
橘先生から改めて説明はありませんでしたが、恐らく任務に就いているんだと思われます。
昨日は歴史などの基本的な内容でしたが、今日は確認されている魔物の特徴など、より実戦的な内容でしたね。
母上から学んでいたので、問題なく付いて行くことが出来ましたよ。
天羽さんは当然として、九条さんと神代さんも流石は『肆言姫』でした。
一色くんは飄々としながら、終始完璧な受け答え。
そのことに天羽さんたちは、複雑そうな表情を作っていました。
仲間としては頼もしいけれど、諸手を挙げて称賛したくはない……と言ったところだと思います。
まぁ、彼の態度は敵を作り易いでしょうからね……。
悪い人じゃないですし、むしろとても親切で優しい一面もあるのですが……。
彼が誤解されるのはもどかしいですけど、わたしが口出しすることではありません。
そして今は、お昼休み。
わたしは昨日と同じように、作って来たお弁当を取り出しました。
い、一色くんの分もありますけど、それは役割を全うしているだけで、他意はありません。
それでも気恥ずかしく思いながら、若干躊躇いがちに手渡そうとしましたが、その前に声を掛けられました。
「夜宵ちゃん! 一緒にご飯食べよ!」
「え……く、九条さん、良いんですか……?」
「ん? 何が?」
「ですから……『肆言姫』である貴女が、『無字姫』と呼ばれるわたしと一緒にいても良いんですか……?」
両手を頭の後ろで組んで、ニコニコ笑っている九条さん。
悪意の欠片もない笑顔ですが、何を考えているんでしょう……。
わたしが他の生徒……いえ、ほとんどのヒノモトの民から嫌われているのは、知っているでしょうに。
しかし、そんなわたしの心配は、彼女の前では意味を成しませんでした。
「良いも何も、あたしたち友だちでしょ? 一緒にいて何が悪いの?」
「へ……? と、友だち……? わたしと九条さんが……?」
「そうよ。 さっき挨拶したじゃない」
「そ、そうですけど……」
「え? もしかして、あたしと友だちになるの嫌だった……?」
途端に九条さんの顔が曇りました。
い、いけません。
不安がないとは言えませんけど、彼女の想いを無駄にしたくないです。
即座にそう判断したわたしは、慌てて言葉を紡ぎました。
「そ、そのようなことはありません。 わたしで良ければ、是非お友だちになって下さい」
「有難う! あ、でも、1つだけお願い聞いてくれる?」
「な、何ですか……?」
このときわたしは、自身の発言を後悔していました。
いったい何を要求されるのかと、内心穏やかではありません。
ところが――
「あたしのことは、名前で呼んでね!」
「名前……?」
「うん! 九条さんなんて呼び方、他人行儀過ぎるじゃない!」
「えぇと……わ、わかりました、か……一葉さん……」
「うーん、惜しいけどちょっと違うわね」
「ち、違うと言いますと……?」
「一葉さんじゃなくて、一葉ちゃん!」
「そ、それは、いきなり馴れ馴れし過ぎませんか……?」
「えー? あたしは、夜宵ちゃんって呼んでるのに?」
「それはそうですが……」
「駄目?」
「う……」
身を屈めて下から覗き込むように、上目遣いで訴え掛けられて、思わず呻いてしまいました。
だって、反則的に可愛いんですよ……。
座ったまま僅かに仰け反ったわたしは、激しい葛藤の末に、羞恥に塗れながら口を開きます。
「か、一葉……ちゃん……」
「あはは! 夜宵ちゃん、顔真っ赤だよ?」
「うぅ……」
「もー、可愛いなー! 守ってあげたくなっちゃう!」
心底嬉しそうな一葉ちゃんに比して、わたしはこれ以上ないほど縮こまっていました。
は、恥ずかしい……。
ですが……お友だちが出来たのは、素直に嬉しいです。
頬が緩みそうになりましたけど、そこで気付きました。
一葉ちゃんの背後に、彼女が立っていることに。
「いい加減にしなさい、猪娘」
「痛ッ!?」
ビシッと言う感じに、神代さんが一葉ちゃんの頭に手刀を落としました。
言うまでもなく手加減はされていましたけど、間違いなく痛そうですね……。
実際、一葉ちゃんは頭を両手で押さえて涙目になっていましたが、神代さんは容赦なく言い放ちます。
「彼女が引いているでしょう? 少しは遠慮しなさい」
「何よ、陰険女! あたしと夜宵ちゃんの友情に、ケチを付けようってんの!?」
「初対面のくせに、良く言うわね。 あ、わたしのことも名前で呼んでくれるかしら? その代わり、わたしも夜宵さんって呼ばせてもらうわ」
獰猛な肉食獣を思わせる一葉ちゃんの迫力に動じることもなく、神代さんは淡々と告げました。
一色くんとはタイプが違いますが、彼女もマイペースですね。
などと思いつつ、提案には乗りましょう。
一葉ちゃんだけ、特別扱いする訳には行きませんし。
「わ、わかりました、光凜さん」
「あら、光凜ちゃんと呼んでくれても良いのよ?」
「え、えぇと……光凜さんは、なんとなくこの方が呼び易くて……」
「ふふ、冗談よ。 わたしも、自分がちゃん付けされる柄ではないことは、わかっているわ」
「で、ですよね」
「はっきり肯定されると複雑ね。 わたしって、そんなに老けて見える?」
「え……!? い、いえ、決してそのようなことは……! むしろ凄く綺麗で素敵です……! ただ、お姉さんと言う雰囲気が強いだけで、断じて老けているなどと言うことはありません……!」
「落ち着いて? 少し意地悪しただけよ。 そんな必死にならなくて大丈夫だから」
「そ、それなら良いのですが……」
「素直と言うか単純と言うか……可愛いわね」
「ふぁ……!?」
どことなく妖艶な雰囲気の光凜さんが、両手でわたしの頬を挟んで目を覗き込んで来ました。
ち、近いです……。
凄く真面目なイメージだったんですけど、それだけではないのかもしれません。
見つめ合っていると吸い込まれそうになって、体が硬直してしまいました。
ど、どうしましょう。
内心ではパニック状態でしたが、振り解くことも出来ずにいると、天羽さんが強引に割って入って来ました。
「無明から離れろ、神代!」
「邪魔しないでくれるかしら、四季さん? 折角、夜宵さんと親交を深めようとしていたのだから」
「貴様は面白がっているだけだろう! ふざけるのも大概にしろ!」
「四季ちゃんの言う通りよ! 夜宵ちゃんと1番仲良くなるのは、あたしなんだからね!」
「九条も黙れ! この中で最初に出会ったのは、わたしなんだぞ!? であれば、わたしに優先権があるはずだろう!」
「あら、出会った順番は関係ないわよ。 しかも、たったの1日違いなのだし」
「今回ばかりは、陰険女に賛成ね。 四季ちゃん、そんなことで有利に立てるなんて思わないでよ!」
「ぐぬぬ……!」
何やら意味不明なことで、言い争いを始める『肆言姫』たち。
あの……わたしの意思は、どうなるんでしょうか……?
いえ、彼女たちと仲良くなることに不満などないんですけど、当の本人たちが仲違いしているようでは、いろいろと困ってしまいます。
どうするべきか迷ったわたしは、ひたすらオロオロすることしか出来ませんでした。
すると、そのとき――
「無明」
それまで沈黙を保っていた一色くんが、不意に言葉を放り込んで来ました。
一瞬反応に遅れましたが、現状を打破する為にも、ここは乗らせてもらいましょう。
「は、はい」
「今日も弁当はあるのか?」
「え、えぇと……あるにはあるんですけど……」
「そうか。 時間が勿体ないから、渡してもらえると助かる」
「わ、わかりました。 ど、どうそ」
「有難う」
わたしからお弁当を受け取った一色くんは、珍しくこちらと真っ向から視線を絡めて、しっかりとお礼を言ってくれました。
な、なんだか恥ずかしいですね……。
思わずこちらが目を逸らして、顔が赤くなっているのを自覚しました。
とは言え、これで終わっていれば大きな問題などなかったんですが、彼の思惑は別にあったようです。
天羽さんたちを順に見やった一色くんは、邪悪な笑みを浮かべてのたまいました。
「無明の料理は絶品だぞ。 今後も俺は、毎日食べられる訳だが」
「ちょ……!? い、一色くん……!?」
いきなり飛び切りの爆弾を投下した彼を、わたしは信じられない思いで眺めました。
こ、この状況で、何を考えているんですか……!?
思い切り問い質したくなりましたが、そのような時間は与えられません。
「無明、今のはどう言う意味だ?」
暗い瞳で問い掛けて来る天羽さん。
「夜宵ちゃん! こいつと付き合ってんの!?」
何やら怒っている一葉ちゃん。
「もしくは、婚約でもしているのかしら?」
冷静ながら鋭い目付きの光凜さん。
こ、怖いです……。
怯えたわたしが何も言えずにいると、調子に乗った一色くんが平然と事実を明かしました。
「俺と無明は同室なんだ」
『え!?』
「言っておくが、これは学院側が決めたことだ。 俺たちにやましいことなど、何もない」
「だ、だからって、男女同室なんておかしいわよ!」
耳まで顔を真っ赤にして、一色くんに詰め寄る一葉ちゃん。
これに関しては、激しく同意ですね……。
まぁ、一色くんが聞く耳を持つとは思えませんが。
「何度も言わせるな。 学院が決めたことだ」
「たとえそうでも、受け入れるべきではない。 一色、貴様は絶対に間違いを起こさないと、断言出来るのか?」
あ、天羽さん、何を聞いているんですか……!
そ、そんなの、絶対大丈夫に決まって――
「絶対とは言い切れないな」
そこは言い切って下さい……!?
た、確かに一色くんも年頃の男性ですし、そう言うことに興味があっても、不思議ではないですけど……。
こ、ここであのような言い方をすれば、ややこしいことになるのでは……。
「なら、事前に防止する必要があるわね。 一色くん、わたしと部屋を代わりなさい。 『肆言姫』には1人部屋が与えられているから、不自由はしないはずよ」
率先して案を出したのは、光凜さんでした。
その顔には微笑が浮かんでいますが……な、なんとなく迫力を感じます。
そして光凜さんの案なら、問題は解決されるかもしれません。
ですが……何故でしょう。
わたしは素直に、彼女の案に賛成出来ませんでした。
理由がわからず、密かに戸惑っていると、事態は新たな展開を迎えます。
「待ちなさい、陰険女! それなら、あたしが夜宵ちゃんと一緒の部屋になるわよ!」
「馬鹿を言うな、九条! 貴様たちに、無明を任せられるか! ここはわたしに譲れ!」
「2人とも、勝手なことを言わないで。 最初に言い出したのはわたしなのだから、わたしがその役を担うのが当然でしょう?」
天羽さんたちは幾度目かの争いを始めていますが、わたしの意思は……もう良いです……。
ガックリと肩を落として、一色くんを恨めしく見やりました。
彼は顔付きこそ無表情でしたけど、面白がっているのを隠し切れていません。
隠す気もなさそうですが……。
また、全然嬉しくありませんけど、わたしはこのあとの流れを漠然と察しています。
「不毛な言い合いはやめろ。 どうしてもと言うなら、実力で奪うんだな」
「実力で奪うだと?」
「そうだ、天羽。 もしも俺に勝てたら、最も功績が大きかった者に、部屋の交代権をやろう」
「ふんだ! それとこれとは、話が別でしょ? 夜宵ちゃんの貞操は、あたしが守るんだから!」
か、一葉ちゃん、その言い方はちょっと……。
「なんだ、自信がないのか? 本当に自分たちが勝てると言い切れるなら、何の問題もないと思うが」
「安い挑発ね。 でも……良いわ、受けてあげる。 四季さんと猪娘も良いわね?」
「貴様に指図される覚えはないぞ、神代。 ……だが、今回ばかりは条件を飲んでやる」
「あたしも、やってやるわよ! 一色! 精々、首を洗って待ってることね! 夜宵ちゃん、行くよ!」
「え、あの……」
一葉ちゃんに無理やり立たされたわたしは、グイグイ引っ張られて教室をあとにしました。
示し合わすでもなく、天羽さんと光凜さんも一緒です。
背後を見やると一色くんが、お弁当を食べ始めていました。
味の感想、今日は聞けそうにないですね……。
そのことをなんとなく残念に思いながら、わたしは連行されて行きました。