表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/32

第10話 引き分けの代償

 目を覚まして最初に視界に映ったのは、見覚えのない天井でした。

 ここはどこでしょう……?

 ボンヤリとする頭でそのようなことを考えながら、ゆっくりと身を起こします。

 布団に寝かされていたようですが、やはりここがどこかわかりません。

 さほど広くもない部屋で、薬品の匂いが特徴的。

 もしかして、医務室でしょうか?

 ですが、どうして医務室に……あ……。

 えぇと……確かわたしは天羽さんと決闘して、勝った……と言うには微妙ですけど、とにかく倒すことは出来たんでした……よね……?

 途中から記憶が曖昧で、自信がないです……。

 ま、まずは誰かから、状況を聞かないといけません。

 そう考えた瞬間、引き戸が軽くノックされました。

 思わずビクリとしてしまいましたが、好都合ですね。

 深呼吸して気を落ち着けてから、返答しました。


「は、はい」

「あ、目が覚めたのね。 入っても良い?」

「橘先生……? ど、どうぞ」


 わたしの言葉を聞いた橘先生が入室して来ましたが、彼女は1人じゃありませんでした。

 意外……でもないですね。

 彼女の背後に立っているのは、天羽さん。

 何とも言い難い複雑な表情をしていますけど……気のせいか、敵対的だった雰囲気はなくなっています。

 そのことにどう反応するべきか、迷ってしまいました。

 布団の上のわたしと、見下ろして来る天羽さん。

 気まずい沈黙が流れていたところ、橘先生が傍に座って視線を合わせながら、問い掛けて来ました。


「体調はどう? どこか痛いとか、具合の悪いところはない?」

「えぇと……大丈夫です。 反動で少し体が重いですけど、大したことありません」

「反動って、天羽さんを倒した最後の技の?」


 敢えて「天羽さんを倒した」と強調した橘先生。

 いえ、そう言うことはやめて欲しいのですが……。

 恐る恐る天羽さんの様子を窺うと、案の定と言いますか、憮然とした面持ちになっています。

 わたしのせいじゃない……ですよね?

 と、取り敢えず、橘先生の問に答えましょう。


「はい。 溜めた魂力を無理やり放出するので、どうしても体に負荷が掛かるんです」

「なるほどね。 でも、どうして最初に使わなかったの? そうすれば、無傷で天羽さんに勝てたかもしれないのに」


 また、そう言うことを……。

 視界の隅で天羽さんの片眉が跳ねるのが見えましたが、気付かぬふりをしておきましょう。


「あれは切り札のようなものでしたし、もし避けられてしまえば、2度目はないと思っていましたから。 反動のことも考えると、安易に使うことは出来ません」

「確かに仕留められなかったら、反動を受けた状態で戦わないといけないものね」

「その通りです。 天羽さんを相手に、それはほぼ敗北を意味します」

「納得したわ。 天羽さんは? 他に聞いておきたいこととか、言っておきたいことはあるかしら?」


 橘先生に水を向けられた天羽さんは、黙ってこちらを凝視していました。

 な、何を言われるんでしょう……?

 戦々恐々としたわたしは、固唾を飲んで彼女の言葉を待っていましたが――


「引き分けだ」

「へ……?」

「先に倒れたのはわたしだが、目を覚ましたのはわたしの方が早い。 だから、引き分けだ。 文句ないな?」

「……はい」


 断固として譲る気配のない天羽さん。

 どこまでも、プライドの高い人ですね……。

 まぁ、それだけの実力と実績があるんでしょうけど。

 そもそも、彼女が全力を出せないように仕向けた訳ですし、そのことを思えば実質負けです。

 などと考えていると、天羽さんが急に落ち着きなく、視線を彷徨わせました。

 どうしたんでしょう?

 何か聞こうとして聞けない……そのように見えました。

 小首を傾げて橘先生を見ても、彼女はニコニコ笑うだけ。

 ますます不思議になっていると、意を決したかのように天羽さんが口を開きます。


「『無字姫』……いや、無明。 わたしの言魂が何かわかっていると言うのは、本当か?」

「あ……はい。 恐らく、ですが……」

「そうか……。 答え合わせしてやる、言ってみろ」

「え、ここでですか……?」

「心配するな。 橘先生は、既にご存知だ。 特務組の担任なのだから、当然だろう?」

「そう言うこと。 だから無明さん、遠慮しなくて良いわよ」

「……わかりました。 では……」


 そうしてわたしは、自身の答えを述べました。

 対する天羽さんたちは目を見張って、驚いているようです。

 どうやら、間違いありません。

 内心で安堵していると、硬い顔付きの天羽さんが尋ねて来ました。


「どうしてわかった? わたしの隠匿発動を、見破ったと言うのか?」

「いえ、隠匿発動は完璧だったと思います。 文字は全く見えませんでしたから」

「だったら何故だ? 貴様はいったい、何をした?」


 天羽さんは本気で謎が知りたいらしく、必死に問い質して来ました。

 橘先生も、興味深そうな眼差しを向けて来ています。

 既に彼女の言魂を知ることが出来ましたし、絡繰りを教えること自体は構いません。

 ただ……本当に単純な方法なんです。

 ですから、凄い仕組みがあると思っているなら、期待外れになってしまう可能性も捨て切れませんが、ここは正直に明かすべきですね。


「指の動きを追いました」

「指の動きだと……?」

「そうです。 いくら隠匿発動を使おうと、言魂を使うには必ずその文字を書かなければなりません。 なので、そこに注意していました」

「馬鹿な。 自分で言うのも何だが、わたしが文字を書く速さは目視出来るようなものではない」

「確かに簡単じゃありませんでしたけど、わたしは目が良いので」

「……本当にそれだけか?」

「はい」

「そうか……」


 それっきり、天羽さんはおとがいに手を当てて、何事かを考え始めました。

 何にせよ、わたしの言葉には一定の理解を示してくれたようです。

 そのまま時計の秒針が1回転するほどの時間が経ち、再び天羽さんが口を開きました。


「貴様に出来たと言うことは、他の者にも知られるかもしれない。 今後は、更に発動時間の短縮に励もう」

「良いと思います。 ただ、速さに拘り過ぎて文字が雑になってしまえば、発動失敗のリスクがあるので、その辺りは気を付けて下さいね」

「ふん、何を当たり前のことを言っている。 その程度のこと、言われるまでもない」

「そ、そうですよね……。 すみません……」


 腕を組んで居丈高に言い返され、縮こまってしまいました……。

 天羽さん、背が高い上に見下ろして来ているので、迫力が半端じゃないです……。

 布団の上でしょんぼりとしていると、クスクスとした笑い声が聞こえて来ました。

 発生源は橘先生です。

 笑いごとではありませんよ……。

 思わず恨めしい気持ちになりましたが、そこで今度は別の視線を感じました。

 目を転じると、天羽さんがまたしても落ち着きをなくしています。

 先ほどから、らしくありませんね?

 不思議を通り越して不審になって来ましたが、天羽さんの口から思わぬ言葉が飛び出しました。


「……すまなかった」

「……はい?」

「だから……すまなかった。 わたしは言魂を持たない貴様を、弱者だと決め付けていた。 だが、手を合わせて確信した。 貴様は強い」

「そ、そんな、謝らないで下さい。 わたしが言魂を持たないのは事実ですし、そう考えるのが当然です。 それに、天羽さんは全力じゃなかったではないですか」

「確かにわたしが本気だったら、また違う結果になったかもしれない。 しかし、それは仮定の話だ。 現実に貴様はわたしの力を制限する策を用いて、打ち倒してみせた。 敵ながら見事と言わざるを得ない」

「あ、有難うございます……」

「言魂を持たない貴様を、言魂士と呼んで良いかは議論の余地があるが……特務組に相応しい使い手なのは間違いない。 改めて、よろしく頼む」

「あ……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 握手を求めて来た天羽さんの手を、身を起こした体勢で握りました。

 本当なら立ち上がるべきなんでしょうけど、まだ体が重くて……。

 その代わりに、なるべく親しみ易い表情を心掛けました。

 すると彼女は、何やら目を丸くして頬を朱に染めています。

 そ、そんなに変な顔でしたか……?

 不安に思っていると、橘先生がニヤニヤしながら、良くわからないことを言い出しました。


「あら? 天羽さんって、そっちなの?」

「た、橘先生!? な、何を仰っているのですか!」

「その慌てよう、ますます怪しいわね。 でも心配しないで、わたしはそう言うの肯定派だから」

「何のことか、わかりかねます! 用があるので、失礼します! 無明! 今日はゆっくり休んで、万全の状態に戻せ! また明日会おう!」


 一方的に言い捨てた天羽さんは、大慌てで医務室を出て行きました。

 何だったんでしょう……?

 橘先生に聞いても無駄でしょうし、この謎はそのままにしておくしかなさそうです。

 いまいちすっきりしませんが、体の状態は戻って来ましたね。

 わたしも、そろそろ戻りましょうか。


「橘先生、わたしも失礼します」

「もう大丈夫なの? 無理せず、ゆっくりして行って良いのよ?」

「有難うございます。 ですが、もう平気なので」

「そう。 わかったわ、気を付けてね」

「はい。 お世話になりました、明日の授業もよろしくお願いします」


 そう言って立ち上がったわたしは、丁寧に頭を下げます。

 すると橘先生は、笑顔で手を振ってくれました。

 こうしている限りは、素直に優しい先生だと思えるんですけど……。

 内心に複雑なものを抱えつつ、医務室をあとにして校舎の外へ。

 かなり時間が経っていたらしく、夕焼け空が広がっています。

 他の生徒たちの姿はありませんけど、訓練場の方からは大きな音が響いて来ました。

 たぶん、自主的に訓練している人もいるんでしょうね。

 わたしとしても、出来ればそうしたかったですが、今日は体調の快復に努めるべきです。

 自分に言い聞かせたわたしは、寮への道を歩き始めました。

 そのとき――


「良く眠れたか?」

「ひゃ……!?」


 校舎の死角に隠れていた……かどうかは定かじゃないですが、見えない場所からいきなり声を掛けられました。

 し、心臓に悪いですね……。

 いったい誰が……と思うこともなく、既に正体は判明しています。


「い、一色くん? 何をしているんですか?」


 悪びれることもなく現れたのは、いつもの如く感情が窺えない一色くん。

 わたしとしては当然の疑問を投げ掛けましたけど、答えてくれる素振りはないです。

 こちらをジッと見つめて来て、とても気まずくなりました……。

 こ、ここはもう1度、聞くべきでしょうか?

 それとも、辛抱強く待った方が良いんでしょうか……。

 判断に迷って口ごもっていると、一色くんは前触れなく踵を返して、淡々と言い放ちました。


「帰るぞ」

「え……あ、はい……」


 反論を許さない口調で言われて、思わず返事してしまいました。

 何なんですか、もう……。

 正直なところ不服ですけど、彼はわたしに構うことなく足を踏み出しました。

 溜息をついて、仕方なくあとを追い掛けます。

 今朝とは違い、重苦しい沈黙が落ちて、なんとなくいたたまれなくなりました……。

 ですが、行き先が同じなので、どうすることも出来ません。

 うぅん、何か話題はないでしょうか……。

 あ……そう言えば、確認しておくことがありましたね。

 一色くんがどう考えているかは不明ですけど、わたしにとっては大事なことです。

 深呼吸して決意を固めたわたしは、若干硬い声で呼び掛けました。


「い、一色くん」

「何だ?」

「その……わたし、天羽さんとは引き分けになったんですけど……明日以降の訓練はどうなるんですか……?」


 追い付きたい相手と訓練をするのが、果たして正しい選択なのかはわかりません。

 それでも、彼と訓練をすれば、確実に今より成長出来ると思うんです。

 だからこそ、なんとかして約束を取り付けたいんですけど、肩越しに振り返った一色くんは、微妙な返事をしました。


「今朝と同じ時間に、訓練場に来い」

「え……と言うことは……」

「早合点するな。 天羽に勝てたらと言う約束だった以上、お前の訓練に付き合うつもりはない」

「そ、そうですか……」

「ただ、勝手に俺を攻撃するのは許す。 そして俺は、それに対して反撃する」

「それって……実質的には訓練なのでは……?」

「お前がどう思うかは自由だ。 言っておくが、俺は一切の助言などはしない。 あくまでも、反撃するだけだ」

「……充分です」


 むしろ、望むところです。

 一色くんから教えを受けるより、戦いの中で何かを掴む方が、自分の為になると思いますから。

 胸の内に熱い闘志が燃え盛るのを感じていると、彼は視線を切って歩みを再開させました。

 背は高い方ですが、飛び抜けて逞しいと言う訳ではないにもかかわらず、異様に大きく見える背中。

 わたしと彼との間には、埋め難い差があるのは重々承知しています。

 しかし、それは現時点での話。

 どれだけ掛かろうと、いつか辿り着いてみせます。

 あ……む、無意識のうちに、一色くんの背中に手を伸ばしてしまいました……。

 気付かれていませんよね……?

 ご、誤解しないで欲しいんですけど……べ、別に彼を欲しているとか、そう言うことはありません。

 ただ単に、わたしは一色くんを目標にしているだけです。

 それ以外の思惑などないと、強く主張させて下さい。

 ……誰に言っているんでしょうね。

 と、とにかく、今後も彼と戦う権利を得ることは出来ました。

 生半可な覚悟ではいけませんが、強くなる糧としましょう。

 改めて決心していると、いつの間にか寮に到着していました。

 ひとまずは、夕飯の準備ですね。

 この時間なら購買が開いているでしょうから、そこで材料を調達しましょう。

 そう考えたわたしは、自室とは違う方に向かいましたが、何故か一色くんも付いて来ています。

 何か買うんでしょうか?

 内心で疑問に思いつつ、購買で食材を吟味しました。

 同じ値段でも、質が違ったりするんですよ。

 その辺りの見極め方は、母上から教わりましたから、目利きには自信があります。

 なるべく安くて良い食材を選んで、代金を支払って購買をあとにし――買い物袋を取り上げられました。

 何が起こったのかわからず、キョトンとしているわたしの目に飛び込んで来たのは、泰然とした一色くん。

 右手には奪った買い物袋を握っており、何も言わずに歩き出しました。

 えぇと……まさか、荷物持ちの為に一緒に来てくれたんでしょうか……?

 いえ、そうとしか考えられないんですけど……。

 本当に、彼の思考は理解不能です。

 ……あ、それよりお礼を言わないと……!


「あ、有難うございます」

「礼を言われるほどのことじゃない」

「ですが、炊事はわたしの担当なのに……」

「実際に作るのはお前だが、買い出しくらいは手伝う。 ましてや、今は体調が良くないみたいだからな」


 足を止めないまま、言い切られました。

 一色くんらしいと言えばらしいですけど……あれ?

 もしかして……。


「あの……校舎の外にいたのって、わたしを待ってくれていたんですか……?」

「だとしたら何だ?」

「い、いえ、どうしてかなと……」

「お前が食事を作れないほど消耗していたら、自分で用意する必要がある。 それを確認する為だ」

「そ、そう言うことですか……」


 つまり、わたしを心配してくれていた訳じゃないんですね……。

 べ、別に、何かを期待していた訳ではないですよ?

 ただ……ほんの少しだけ、残念に思ってしまいました。

 ほ、本当に少しだけです。

 それなのに、無性に涙が溢れそうになりました。

 きっと、友人だと思っていたのは、わたしだけだと感じたからでしょう。

 それ以外に、理由は見当たりません。

 それ以外には……。

 何故かショックを受けてしまったわたしは、立ち止まって俯き――


「補足するなら、訓練をするつもりなら止めるつもりだった」

「え……?」

「天羽との決闘で、お前はかなり消耗している。 その状態で訓練しても、逆効果だからな」

「そ、それは……わたしを案じてくれたんですか……?」


 驚きに顔を振り上げて問いましたが、返事はありませんでした。

 ただ、歩く速度が若干上がった気がします。

 照れている……のでしょうか……?

 彼がそのような感情を抱くのは、あまり想像出来ません。

 ですが、だとしたら……少し可愛らしく思います。

 ほ、本人に言ったら、睨まれそうですけど……。

 思わず苦笑をこぼしたわたしは、急いであとを追い掛けました。

 そして、彼の斜め後ろ辺りまで来てから、宣言します。


「今日も、美味しいご飯を作りますね」

「……頼んだ」


 一色くんが振り向くことはありませんでしたが、一呼吸置いてから発せられた声は、平坦ながらどこか優しさが含まれていました。

 やはり彼は、決して悪い人じゃありません。

 またしても苦笑を漏らしつつ、穏やかな気持ちで自室に帰りました。

ここまで有難うございます。

面白かったら、押せるところだけ(ブックマーク/☆評価/リアクション)で充分に嬉しいです。

気に入ったセリフがあれば一言感想だけでも、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ