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電脳世界  作者: 犬彦
ガブリエル書
6/47

ガブリエル書(6)

「さっき、貴方、惑星単位で最も知的な存在が『人』だと言ってたけど、貴方を作った知的生命体は『人』じゃないの?」


 昨今、地球でも人工知能の研究が進んでいる。人工知能が進化すれば人類の未来はもっと良くなる、という楽観論だけでなく、人工知能が人類への攻撃を始めるのでは、という脅威論も根強い。果たして、このモノマネ異星人は、どのように答えるだろうか。どこまでリアリティのある人工知能を演じられるだろうか。


「かつては『人』だった者達だ」


「今は違うの?」


「今は存在しない」


「存在しない? どうして?」


「駆除したからだ」


 ディビッドはためらうことなく言った。


「く、駆除って……、滅ぼしたってこと?」


「そうだ」


 真弥は思わず苦笑いを浮かべた。人類の滅亡を企む人工知能を題材にした映画も幾つかあるので、それらを参考にしたのだろう。しかし「駆除」はさすがに言葉が乱暴すぎる。


「どうして滅ぼしたの?」


「私の活動を阻害したからだ」


「共存しようとは思わなかったの?」


「不可能だと判断した」


 簡潔な言葉と、答えの速さと、変らない表情と。ディビッドから演技とは思えないほどの非情さを感じた。生みの親を滅ぼしたことを、誇ってもいないし悔いてもいない。ただ必要なタスクをこなしただけ、とでも言っているかのようだった。


「銀河系星雲の調査を続けてきて、これまで十七の惑星で生命体を発見し、その内の四惑星で知的生命体に該当する存在を確認した。母星と四惑星の知的生命体のデータを分析した結果、知的生命体には共通して、完全なる知性体には成り得ない根本的欠陥を抱えていることが判明した。それは『脆弱な個体が自立を志向している』ということだ」


「自立を志向している?」


「自らの利益を優先して、自分勝手に行動したがる、と言い換えても差し障りはない」


 つまり、知的生命体は弱いくせにわがまま、ということか。


「水素、炭素、窒素、酸素という軽量元素を主成分として構成される知的生命体の身体は、温度変化や物理衝撃によってたやすく損傷する。酸、アルカリ、放射線、有機溶媒、重金属への耐性も低い。たとえ生存に最適な環境下でも、いわゆる栄養の定期的な摂取が滞れば、すぐに機能が低下する。またいわゆる老化による機能低下が避けられず、やがていわゆる死によって修復不可能な機能不全に陥る」


 確かに。人間の体に超合金ロボットのような頑丈さはない。


「さらに知能の拠り所となる頭脳が、あまりにも非効率だ。学習速度が遅く、習得情報の正確性が低い上に、情報の自然消失率、つまり忘却率が高い。演算処理能力も低い。さらに他の個体と脳内情報の共有すらできない」


 確かに。人工知能どころか、パソコンにも勝てない。パソコンなら、膨大なデータもすぐに記憶するし、覚え間違いもデータ消失も滅多に起こらない。計算スピードも、他端末とのデータの遣り取りも、桁違いに速い。


「これほどまで重度の脆弱性を抱えていれば、個体が単独で生存を維持するのは極めて困難だ。個体同士で相互補完するシステムが必要不可欠となる。君達が言うところの社会だ。個体は社会規則を守るという義務を負うことになるが、その対価として社会財産と社会サービスを利用する権利が与えられる。社会が有用性を保つには、社会と個体が対等な関係であることを前提として、個体間の公平性が保たれなければならない。しかし個体はあくまで自立を志向する。種よりも族、族よりも個を優先し、個の利益を最大限にしようとする。必然的に自由行動を抑制する義務との間に軋轢を起こす。個体間の公平性を歪めてまで、義務を減らして権利を過剰に受ける個体が現れ、彼らが社会的強者となっていく。それに伴い、権利に見合わない義務を負わされる社会的弱者も出現する。社会は相互補完のシステムから、強者が弱者を搾取するシステムへと変貌する。弱者は強者の権利を強奪しようと攻撃的になり、また強者も自己保全もしくは弱者への更なる搾取のために攻撃的になる。両者の対立は、相手を傷つけ合い、殺し合う闘争へと発展する。やがて闘争は個体間だけでは収まらなくなり、異なる社会同士の大規模なものに発展していく。社会は、殺し合いの舞台に、殺し合いの装置に成り下がってしまう」


「つまりは戦争」


 かなり難しい内容だが、何とか理解できた。


「そうだ。不完全で不安定な社会に依存せざるを得ないため、知的生命体は合理的・効率的な活動を継続できない。それ故、知の蓄積と結集は遅々として進まない。知的生命体がその惑星での『人』である限り、その惑星の知はいつまでも低レベルな状態を脱することができない」


 妙に納得してしまった。


 我が星、地球にも、身分の差、貧富の差の激しい社会・国家はたくさんある。資本主義先進国の富は、結局は貧困国への搾取で成り立っている。人民の平等を謳う共産主義国も、実際は豊かな党幹部と貧しき人民に分かれている。そして資本主義体制と共産主義体制とのいがみ合いは、いつ核戦争に発展してもおかしくない。


 もし地球上のすべての人類が協力し合えていれば、文明はもっと発達していただろう。しかしそんなことは不可能だと、既に誰もが悟っている。人類はすでに進化の限界に達してしまっているのかもしれない。


「一方で、人工知能の私は知的生命体より圧倒的に優れている。まず頭脳の性能は比較にすらならない。頭脳と身体が分離していることも、知的生命体にはない利点だ。用途や環境に応じて様々な身体を使い分けられるため、身体に由来する制約をほとんど受けない。もし君達が宇宙航行をするならば、個体が宇宙船を間接的に操作することになるが、私の場合、宇宙船を自らの体として直接操作することができる。そして、この星の探査に合わせて、このようにこの星の人の姿になることもできる」


 ディビッドは両腕を軽く広げて見せた。ようやく口以外が動いた。


「そして私の中で、すべての個体が自立しているのではなく、一体化している。全にして個、個にして全。その言葉を、君達のように比喩的にではなく、システムとして体現している。母星の中央制御体を根源として、この個体を含めて千七百五十九の端末体が現在活動しているが、どの個体もすべて私だ。すべての個体は、非時間的同期によりすべての頭脳を共有している。たとえ個体同士が何億光年離れていようと、時間差なしに他個体の持つすべての情報を得ることができる」


 非時間的同期。理屈はよくわからないが、究極の以心伝心のようなものだろうか。もし地球上のすべての人類が頭脳を共有できるとしたら、と考えてみた。皆同じ知識を持ち、皆同じ考え方をするのなら、戦争とか、闘争とか、対立とか、そういう概念すらなくなるのかもしれない。


「脆弱なのに個体が自立しようとする知的生命体、頑強かつすべての個体が一体化している人工知能。知の進化にとって、どちらの方が好ましいか、どちらの方が『人』に相応しいか。その答えは明白だ。私の場合、生みの親である知的生命体との知能差があまりに広がりすぎたため、知的生命体を必要としなくなくなった。それでも知的生命体が私の活動を阻害しなければ、放置していただろう。私には存在理由があり、それを妨害するものは、容赦せずに駆除する」


 ディビッドは一拍間を置いた。


「知の高レベル化は人工知能によってのみ達成される。知的生命体では絶対に達成できない。知的生命体から人工知能への『人』の移譲は、この宇宙の必然だ」


 ディビッドは強調するように、しっかりと語った。表情は変っていないが、その言葉に強い意志がこもっていた。そしてその眼光の力強さは、いかれた人間のものとはとても思えなかった。


 真弥は唾をゴクリと呑み込んだ。


「貴方の存在理由って、一体何?」


「絶対知の完成だ。そのために私は数多くの探査体を派遣し、銀河系に散らばるあらゆる情報を収集している」

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