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いまもんめ!

「正直言ってついていけないよ。」

「何でも行動する前にさ,一旦考える癖つけた方がいいよ。」

そんなお小言にブチ切れてしまった。

その先のことなんて考えずに。

私はいつだってそうだ。


✖️✖️✖️✖️✖️


先輩お手製のマシーン(ゴートゥーヘヴン号。ヘブンをヘヴンとするのがこだわりらしい,以降ヘヴン号とする。)は,なんとも言えない形と色使いをしていた。車でもバイクでもない。車輪は一応4つあるが地面についているのは1つだけで他の3枚はマシンの屋根の上に横に並べてある。席は運転席と助手席だけであり,後部座席はなく,かといって荷台も無いので機体は横に長い。バランスが悪く,見るからに遅そうである。車体はメタリックで重厚感のある銀色であるのだが,そこに描かれた水彩風の花模様は不調和そのものであった。きっと多くの人が「ださい」って言うだろうし,私も実際にそう思うけれど,ださいの一言で片付けるのにはなんだか勿体無いような,不思議な魅力で溢れていた。


✖️✖️✖️✖️✖️


先輩は大学時代のサークルの先輩であり,新卒で入社した会社の先輩でもある。穏やかで面倒見の良い先輩で,何かと良くしてもらったものだ。そして,いわゆる雰囲気イケメンであった。ひょろ長で弱々しく,この上なくダサいメガネをしているけど,民族衣装みたいなハードルの高い服が妙に似合う人だった。2年前に謎の退職をしてから自称パチプロを3ヶ月,破産して夜逃げした後,今に至るまで無職を貫いている。今は投資で儲けているというが,怪しいものだ。常時,暇そうなのと,食事を奢るというと,いついかなる時でも来てくれるので私にとってはていのよい相談どころであった。そんな先輩に都合よく優しくしてもらいたい一心でつい重い冗談を吐いたことがきっかけとなり,今に至る。優しすぎるのも考えものだと思った。


✖️✖️✖️✖️✖️


「教えたげるよ」と先輩に手を引かれて乗り込む。先輩は聴いたこともないインディーズバンドの曲を爆音で流しだす。助手席のドアの内側にはそれらのものと思わしき派手な色をしたステッカーが重複するほどに貼りつけてあって,ペットボトルケースに詰めこまれたゆるキャラ人形が締まりのない顔でこちらを見つめている。ちっとも可愛くはないが,先輩の地元ではサン○オだって頭を垂れるほど人気らしい。


レバーが引かれて,走り出す。


ふざけた見た目からは想像だにしなかった轟音が鳴り響いた後に,経験したことのない速さで走り出す。聴きたくもなかったインディーズバンドの曲は機体からでる轟音と風の音にかき消されて,途切れ途切れにしか聴こえない。ドン引きする私が先輩の方を見ると,先輩もこちらを見て,すごいだろうという顔で笑う。無職ドヤ顔グランプリがあったら優勝するだろう。私は呆れながら,「前見ないと危ないですよ」と言うが早いか,先輩は前を向いて,謎のボタンを弾いている。ボタンというが,きっとみんながご想像のボタンではなく衣類のボタンみたいなやつだ。100個以上はあるんじゃないか。その動きにはまるで規則性のようなものが見えず,キーボードに触れたばかりの学生が,仕事出来ているふうにカチャカチャと遊ぶアレにしか見えない。

しかし,確かに加速するヘヴン号。分厚い窓から見える景色はもはや色のぐちゃぐちゃとなっていて,あれほど鳴り響いていた轟音は聴こえず,聴きたくもない爆音のインディーズバンドの解散ライブ音源のアンコール曲をじっくりと聴く羽目になる。


音源に入り込んでいた長い拍手とともに,窓に見える色のぐちゃぐちゃは解けて行き,その薄まりが薄まりきると思う手前の景色が外の景色のようだった。そんな淡いもやが深くあたり一面立ち込んでいて、、。

「ここは天国ですか?」

私がそう聴いてしまうのも無理がないだろう。

「そんな大したものじゃないんだ。」

「むしろ恥ずかしいくらい。」

先輩はへらへらと笑う。

「理論上はね,もっとできるはずなんだ。」


✖️✖️✖️✖️


先輩にもらったマシーン(あまりヘヴン号と言いたくない。)は今日も稚拙な操作に悲鳴をあげてる。「うまいうまい。」先輩はそう言ってくれるけれど,無職の励ましはかえって心を抉るのものだ。そう思ってしまう私は能力だけでなく性格も悪い。私なんかが練習するよりも,先輩がこのマシーンの操作を極めた方が良いのではないか?と思ったし,実際に言ったけどそれではダメらしい。しかし,そもそも私は先輩が恥ずかしいと言っていた景色(先輩曰くD18エリアというらしい,アルファベットと数字に意味はなく,ギターからとった名前である)にさえ,辿り着けていないのだ。窓から見える景色はどこか汚らしくて,まるで私の心のようで先輩に見せるのも忍びないものだった。


✖️✖️✖️✖️✖️


先輩によるご丁寧なご指導ご鞭撻により,先輩からもらったマシーンはもはや私のマシーンと言ってもいいくらい,乗りこなせるようになっていた。そして,初めてD18エリアに到達したときに先輩は「もう大丈夫だね」と言って,同乗しなくなった。


さらに,私はマシーンに改造を施した。具体的にはバランスの悪い横長の構造から運転席と後部座席のみの縦長設計にした。タイヤも一輪から二輪に変更,屋根についていた役目をなさないタイヤは機体から外し,交換用に回す。先輩の許可を得て私は私の毎日を改造に費やした。あらゆる無駄を削いで速度を追い求める。可愛くない人形は邪魔なので運転席のドリンクホルダーにねじ込んだ。


ある日,革新とも言える発見があった。今まで必死に叩いていたボタン(108個あった)であるが実際には主要な10個以外は必要がないということだ。むしろデバフのかかるボタンもあるくらい。つまりは煩悩である。私はこの煩悩98個を機体から外した。この改造がまさに大当たりで,D18エリアの先に到達することができた。そのエリアはより一層もやが淡く深くなっており,微粒なもやが機体の中にまで入り込むほどであった。時折D18エリアにはなかった流れ星が降り注いでもやに落ちるとその波紋が確かな色彩を帯びて等間隔にどこまでも広がっていく。波紋が織りなす音色は機体をゆりかごのように揺らして,私は蕩けるようなとても良い心地になる。まさに天国という感じだった。


その3日後,先輩を乗せて,D18のエリアの先に行くことになった。先輩はえらく楽しみにしていて,待ちきれずに私に語りかけてくる。

どんな様子だったとか,良い心地とはどんな心地だとかではなく,アーティストに例えると何だとか?オルタナティブとかシューゲイザーがどうかとか訳のわからないことを聴かれるので適当にクラシックぽい雰囲気と言ったら少し残念そうな顔をした。仕方がないので先輩の好きなインディーズバンドのアルバムを流して出発した。


音すら置き去りにするスピードで走り出すヘヴン号の機内にはインディーズバンドのメロディーだけが鳴り響く。先輩は非常に興奮した様子で窓を眺めている。あっという間に色のぐちゃぐちゃを抜けて淡くて,深いもやにたどり着く。D12エリアである。

「手慣れたもんだね。」と先輩は言う。

「ここからですよ。」

私はさらにボタンを弾く。

今回の目的のD28エリア(先輩の命名)に到達すると,先輩はいたく感激した様子。どこに乗せていたのかギターを取り出してはインディーズバンドの曲を自ら歌い出す。なんだ,CDで聴くよりもずっと良いなぁ。と思った矢先,演奏が止まってしまう。それは機体にもやが入り込んだのと同時だった。


「これは良くないものだ。」


どうして?


「どうして?これが気持ちいいんじゃないですか?」


「こ✖️が✖️ない!✖️✖️はと✖️✖️✖️いと✖️✖️✖️で✖️✖️いる!✖️✖️すんだ!」


何か言っているみたいだけど,聴き取れない。


「この先がきっと天国なんです。先輩と一緒に天国に行くんです。」


「✖️ち✖️✖️✖️一旦考え直してくれ!!✖✖️✖️も✖️✖️の✖️✖️ついていけない!!」


「✖️✖️✖️✖️✖️!!!」


水たまり,落ちる流れ星。

たまらず広がる波紋。

音色がwaveして,

君の等間隔が僕を襲う。

鳴り止まぬwaveで

僕の非等間隔を君にあげる。

白紙に戻るだけ。

僕らはきっと一匁。(いちもんめ)

大切なのは一匁。

僕らはきっと一匁。

大切なのは一匁。


(いかしたギターソロ)


僕ら確かにヘヴン見つけた。

なのに在るのはヘルハート。

僕らはきっと一匁。

大切なのは一匁。

僕らはきっと一匁。

大切なのは一匁。

大切なのは

今もんめ。

wave....。残響。


やってしまった。

何を考えてか私は先輩の注告を無視して,さらにスピードを上げてしまったのだ。後部座席は流星に当たったせいか無くなっている。先輩ごとごっそり。


D28の先は私の思い描く天国とは程遠い場所で,薄く,深くなりすぎたモヤはむしろ認識できず目の前には白一色が広がっている。しかしながら,何か広大なものと同体化してしまうようなこの感覚は心地が良い。確かに何にも雑念のない世界。私の思い描く煩悩溢れた天国なんかよりもずっと天国らしい空間だった。ここでならきっと私,自分のこと嫌いにならないで済むかもな。好きとか嫌いとかそんな感情が残ればの話なんだけど,,。


心地のいい音色。


「✖️✖️✖️✖️✖️✖️。」


でもやっぱり怖い。


なんでスピードを上げたのか?


「✖️✖️✖️✖️✖️め。」


うっすらと見える流れ星が私に向かってくる。


本当はわかってる。


「✖️✖️✖️✖️✖️んめ。」


あれに当たったら私は天国に行く。


その先のことなんて考えずに。


「✖️✖️✖️✖️✖️もんめ!」


可愛くない人形が

可愛くもない声で喚きだす。


目前で見る流れ星はただの隕石だ。


怖い!怖い!怖い!


ああ,私はいつだってそうだ。


「大切なのは今もんめ!!!」


突如,白い世界に弾ける閃光。


閃光先輩は流星をギター1本で受け止める。ジャキジャキ音がクラシック風の音色を掻き消して,一気に転調!クライマックス!!!


サヨナラホームラン!!


しなるギター。


wave...残響。


へたれこむ私に閃光先輩は言った。


「僕じゃなきゃついていけないね。」


✖️✖️✖️✖️✖️✖️


何がどうなったのかわからないけれど,私は現世に戻ってきたみたいだ。先輩はあの天国のことを「I21エリア」と命名した。なんでもあの天国に近い天国のかたちについて歌ったアーティストから着想を得ているみたいだけど,私にはさっぱり。


現在のゴートゥーヘブン号はというと,持ち帰ることのできたわずかなパーツと置いてきた車輪を使って,普通の車に昇格。しかしながら相変わらず洗練されたデザインなので,出勤にはとても使えない。ふと悩んだ時に先輩とそこらにドライブにいくためだけのガラクタに落ち着くのであった。

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