前世占い流行中
ざまぁ要素はないのんびりしたラブコメです。
諸々ゆるい物語の中のみの価値観であることをご理解いただけますようお願い申し上げます。
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ここアンシェド王国では、貴族の子や富裕層の子は十六歳から十八歳まで三年間、王立学園に通うのが一般的である。
王立学園では近頃、前世占いが流行っている。
占い方法としては、生年月日とイニシャルで調べるものが主流だ。
家にあった古い本――おそらく、母親のもの――を持ってくる者、書店から購入したばかりの最新版を持ってくる者、道にいた占い師から譲ってもらったという前世一覧表を持ってくる者などなど、休憩時間には前世関係の情報が飛び交っている。
自分の前世の職業やひととなり、それを元に現在気を付けることなどを知ることができるのだそうだ。
そして、思い人との相性がどうとか、婚約者とのこの先はどうとか、この先の二人はどうなるかとか、も。
なかなか面倒が予想されて、わたしは内心でため息をついた。
ドロイム伯爵家長女であるわたし――エディス・ドロイムには、親というか家同士で決めた同い年の婚約者がいる。
レイクン侯爵家次男のジェイミー・レイクン様だ。
濃い青い瞳、手入れに余念のない金色の髪。顔立ちは整っており、平均よりやや高い身長に細身の体型は、学園の濃紺の制服がよく似合っていた。
そしてとうとうジェイミー様も流行に乗り、書店から取り寄せたという前世占いの本を手に、わたしに言った。
「ぼくは、前世は古代王国の王子だったんだ」
「そうですか」
わたしは貴族の令嬢らしく微笑みを浮かべ、穏やかに応じた。
そもそも、それ以外どう答えろというのだ。
わたしのそんな反応に不満そうにしながら、ジェイミー様は義理のように聞いてくる。
「王子と相性がいいのは、王女と聖女だな。それで、エディス? おまえは? まだなのか? これで見てみろ」
「はあ……。ええっと、王に仕える研究者だったみたいです。生涯独身で様々な研究に明け暮れて、晩年は弟子を育てたそうです。相性がいいのは、神官、冒険家……」
特に興味もないが、ページをめくり、自分の前世を調べて、そう伝える。
「ふん。研究者。ぼくは、前世は古代王国の第二王子だ。文武両道で王太子になったんだが妬まれて、兄に暗殺されたんだ」
そこに割り込んできた声がある。
「まあ、ジェイミー様は古代王国の王子様でしたの!?」
憧れを隠しもしない彼女の登場に、ジェイミー様はとたんに胸を張る。
「この本の占いにはそう出たぞ」
「さすが、ジェイミー様ですわ! わたくしは、婚約者が暗殺されて後を追った異国の王女と占いに出ましたのよ」
「そうなのかい? 愛に一途な悲劇の姫なんだな。思えば、きみはそういう雰囲気がある。それに、王子と王女の相性はいいんだ」
「もしかしたら、わたくしたち、前世で恋人だったのかもしれませんわね」
「ああ。その可能性もあるな」
ジェイミー様と見つめ合っているのは、一年生の男爵令嬢イブリン・フアート様。
ふわふわした蜂蜜色の髪、同じ色の瞳、女性らしい体型で、仕草も言葉も、夢見る少女のようなものだ。
わたしの髪は黒くて真っ直ぐ。瞳はありふれた濃い茶色。容姿自体は、美人に入るだろうとは思うものの、特別美しいわけでもない。
礼儀作法は貴族令嬢として幼い頃から叩き込まれているので、完璧に近いはずだ。感情を表に出さず、常に優雅な笑みを浮かべる。
それが、可愛げがないとジェイミー様に言われる部分でもある。
イブリン様は、入学してからずっと、ジェイミー様にまとわりついている。
わたしという婚約者がいると承知の上だ。
ジェイミー様もまんざらでもない様子で、彼女の相手をする。
慕ってくる下級生を上級生が面倒をみるのは当然だ、というのがジェイミー様の言い分だ。
慕い方が下級生上級生のそれではないと思うが、ジェイミー様はわたしの忠告などには耳を貸さない。
次男とはいえ侯爵家の人間が、伯爵家の、しかも自分の妻となる女性の言いなりになどならないのだそうだ。
ジェイミー様と婚約したのは四年前――十四歳のときのことだ。
初対面の印象はよくなかった。
『ふうん。おまえがぼくの婚約者か。まあ、見栄えは及第点をやろう。光栄に思えよ。ぼくはおまえより偉いんだ。侯爵家の人間なんだからな。それに夫になる。おまえは出しゃばらず、ぼくを常に立てるんだぞ』
『――はい』
わたしとしては、恋愛感情はなくとも、お互いを尊重しあえる夫婦であればいいと、最低限そう願っていた。わたしの両親が友人のような距離感であり、それが普通だとも思っていたためだ。
数年経てばお互い大人になり、考えも変わるだろうと悠長に構えていたのだが、その希望は打ち砕かれそうである。
伯爵家に生まれたのだ。結婚は家のため、領地領民のためという貴族の義務は果たそう。
両親が良縁と考えているのなら、わたしは従うほかはない。
イブリン様がジェイミー様を狙っているのは、在学生で一番身分が高いのが彼だからだろうと、わたしは勘繰っている。
男爵家や伯爵家の長男もいるが、次男でも侯爵家との繋がりを選んだようだ。
ジェイミー様は、自分の魅力だと信じて疑わない。
学園に通うことが一般的とはいえ、家庭教師に習っている者もいるので、対象者全員が在学しているわけではない。
例えば、ラーム公爵家に同年代の令息がいたはずだが、病弱という噂で、学園どころか一度も会ったことがない。
ただこの学園には、過去には王太子殿下が身分を隠して通学していたという話もあるので、いま、そういう方がいないとも限らない。
まあ、それはおいて。
毎週水曜日は、わたしとジェイミー様はともに昼食を取る。
お互いを理解できるようにという、両家の言いつけだ。
婚約者同士の侯爵令息と伯爵令嬢がふたりでランチをしているのは、学園では周知の事実。
イブリン様が入学してくるまでは、わたしたちのところに誰かがやってくるなど、なかった。
イブリン様は月に一、二回、わざわざランチタイムに声をかけてきたり、近づいてジェイミー様やわたしの反応をうかがったりする。
今日も今日とて、わたしが黙っていることと、ジェイミー様の返事に気をよくしたのか、イブリン様は明るく話を続けている。
「前世のお話が聞こえたもので、つい来てしまいましたわ。あの、わたくし、お邪魔ではないといいのですけど」
「邪魔でなどあるものか。ここで食べていけばいい」
「ありがとうございます、ジェイミー様」
ジェイミー様が、イブリン様のために、椅子を引く。
そこに笑顔で腰を下ろし、イブリン様はわたしに話しかけた。
「わたくし、最近知ったのですけど。エディス様は、あのエルトン様の姪御様なのですわよね? 冒険のお話をお聞きしたいですわ。零れ話など教えていただけません?」
「無理無理。エディスはまったくそういうことに興味がない」
「まあ、本当に? わたくしの叔父様でしたら、とても誇らしく思いますのに」
イブリン様はほんの少しの批判と批難を込めて、口元に手を添える。
あと二か月ほどで、わたしたち三年生は卒業だ。
それまでに、イブリン様は、ジェイミー様との繋がりを切れないものにしたいのだろう。
わたしは黙々とランチを食べ終え、ふたりに断って席を立つ。
去り際、ちらりと目をやれば、ふたりは顔を寄せ合って話を続けていた。
それを食堂にいた生徒はほとんど目にしていたに違いない。
食堂を出る際、タイミングを合わせてくれたのであろう親友のフローラが、横に並んだ。
「お疲れ様、エディス。毎週大変ね」
彼女はフローラ・ドルハイン。鮮やかな赤毛に新緑の瞳。小柄な体のどこにそんなエネルギーを秘めているのか、いつも元気いっぱいだ。
父親が経営するドルハイン商会は、庶民向けの商品はもちろん、王室にも出入りする大商会である。
わたしは小さく肩をすくめた。
「もう少しの辛抱よ。卒業後は、まあ、それはそれで大変だとは思うけど。少なくとも、イブリン様のことは気にしないですむわ」
「本当にそうかな? あの様子で?」
わたしたちを追いかけるように現れて、そう顎をしゃくるのは、フローラの弟のランディだ。
鮮やかな赤毛、深い緑の瞳。色はともかく、面差しはあまり似ていない姉弟であるが、両親のどちらかにより似ているということなのだろう。
一歳年下で、現在二年生である。
はじめて紹介されたとき、幼さが残るものの爽やかな男の子だと思った。ほぼ二年経った今、凛々しい青年になりつつある。
ドルハイン商会は安泰だ。
ランディの言わんとしていることも、わかる。
それでも、わたしたちは婚約者なのだ。
「いくらジェイミー様でも、理解しているでしょう」
わたしはそう思いたかったのかもしれない。
そして翌週の水曜日である。
ランチに、イブリン様をともなってやってきたジェイミー様は、決定事項としてわたしに言った。
「エディス。今度のパーティは、エスコートできない」
今度のパーティというのは、卒業式前の、『卒業パーティ』である。三年生は学園を卒業すると、本格的に社交界へ顔を出す。
その前の、最後の練習とでもいうべき位置づけであるものの、学園の生徒であれば、誰でも出席できる。
婚約者がいるのであれば、婚約者同士でカップルになって出席するのが一般的な常識だ。
「イブリンに、エスコートして欲しいと頼まれてしまってな」
この一週間で、ふたりの仲はかなり進展したようだ。
ジェイミー様はとろけそうな目でイブリン様を見つめる。
わたしはそんな目で見られたことはない。
――あ、想像したら、鳥肌が。制服が長袖でよかったわ。
寒気に耐えているわたしに、イブリン様が手を組み合わせて身を乗り出してきた。
「エディス様。ごめんなさい。でも、前世のお話で盛り上がってしまって、わたくしたち、その、とても話が合いますのよ。やっぱり前世からの繋がりがあるのだと思いまして」
前世という単語で、わたしは気を取り直した。
そして微笑みを浮かべる。
「そうですか。ですが、婚約者はわたしです。貸し借りするものではありません」
「エディス。おまえ、パーティや社交はそれほど好きじゃないだろう。いいじゃないか。なんだったら欠席でも問題ないだろう?」
「ジェイミー様。お言葉ですが、特に嫌いというわけでもありませんし、貴族である以上、社交は避けて通れません。ましてや婚約者がいるというのに、別の女性と出席するという――」
そこへイブリン様が目を潤ませて口を挟む。
「ジェイミー様。わたくしがわがままだったのですわ。身の程をわきまえず、ごめんなさい」
「イブリン。きみが悪いわけじゃない。エディス。見損なったぞ。おまえは可愛げもなく冷たく見えるが、根は優しいだろうと思っていたのに」
婚約者がいる男性にエスコートを頼むのは悪ではないのかと、わざわざ指摘はしなかった。このふたりにとっては、自然なことなのだろう。
だから台詞の後半にだけ反論する。
「ジェイミー様。優しいか優しくないかの問題ではなく――」
そこで、イブリン様はわっと泣き出した。
とても白々しい――と思うわたしは、冷たいのだろうか。
「イブリン。泣かないで。パーティは欠席しよう。そうだ、ふたりでディナーに行こう。素敵なレストランを予約するから」
「で、でも」
「きみに似合うドレスを見てもいいし、アクセサリーもプレゼントするよ」
「嬉しいですわ、ジェイミー様」
ランチは食べることもなく、終了となった。
そして、その日の授業が終わる頃には、学園中に噂が広がった。
わたしは婚約者の立場をかさにきて、侯爵家の令息に憧れる女生徒を泣くまでいじめたのだそうだ。
とはいえ、噂によって実害は特にない。
なぜなら、三年生で一番格上なのは、わたしだからである。
一年生に公爵令嬢がひとり、二年生には公爵家の令嬢ひとりと侯爵家の令嬢がふたりいるが、四人とも知り合いであるし、ジェイミー様の言動には眉をひそめている。とはいえ、表立ってわたしの味方をするわけでもない。
状況が転がった方向によるのだろう。そういう意味では、社交はもうはじまっているのだ。




