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大根と王妃①  作者: 大雪
第八章 新たなる疑問
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第57話 祭りの夜

 太陽が沈み、星が瞬き、月が本来の青銀の光を放ち始めた頃、州都では祭りが開催された。

 夜の闇の中、都中に灯された明かりは、参加者達全員の心にまで明かりを灯す。

 銅鑼の音。

 現れる舞手達。

 優美で力強い舞が披露されていく。

 出店では、救援物資から作られた料理や飲み物が振る舞われ、多くの者達が殺到する。

 毎年の祭りで使われる山車も登場し、勇壮、優美な巨大な行列が通りを進んでいけば、民達から次々と歓声が上がった。

「うわあ~、凄いね~」

「ええ、凄いですわね――自称大根の妖精達と普通に山車を見ている民達が」

「何を言うの明燐。これは至極当然の姿よ!! そう、種族の差を超えて愛する大根達と神々の楽園が現実のものとなった光景だわ」

 明燐は頭が痛くなった。

 大根達に街の復興を手伝わせるのは許可したが、まさか祭りにも普通に参加するとは思わなかった。

 しかも、大根達は民達と共に山車を歓声したり、踊ったり、出店で料理を注文したりまでしている。

 それ以上に頭が痛いのは、何の疑問も持たずに大根に料理を渡したり、一緒に舞や山車を見ている民達の姿だった。

 慣れとは恐ろしいものである

「ふっ! 艶めかしい大根達の魅力には誰も逆らえないのよ」

「ある意味最強のエイリアンよりも恐ろしいですわね」

「大根はエイリアンじゃないわ! あんな白く艶めかしい大根達のどこがエイリアンなのよ」

「全てがですわ」

 果竪と明燐の間には大根に関してだけ何処までも深い溝が存在していた。

「明燐は鬼だわ」

 あの後、泣きながら明燐の前から走りさった果竪は一人都の中を歩いていた。

 すぐ横では、歓声をあげながら山車を見物する民達の壁がある。

「う~ん……見えない」

 果竪の身長は女性としては低くはないが、だからといって成人男性、しかも中には子供を肩車している者達に勝つことは無理だろう。

「くっ! ここは愛する大根達に支えてもらって!」

「ああ、ここに居たのですね」

「愛する大根達! 私を空へと誘って」

「まだ地に足をつけておいて下さい」

 ガッと襟首を掴まれた果竪はそのままぐいっと引き寄せられた。

「ぐええぇ」

「はっ! すいません、少々力を込めすぎました」

 慌てて手を離すのは、使者団の長だった。

「すいません、王妃、いえ、果竪様が何処か別のところに行きそうで慌てて捕まえてしまいました」

「いえ、別に大丈夫なのでそこまで畏まらないでいいです」

 暗黒大戦時代、仲間達にはもっと凄い扱いをされた。

 それこそ、大根達のもとに行こうとした瞬間、縄でぐるぐる巻きにされて転がされた事もあるのだから。

 ってか、絶対に女の子として扱われていなかったと思う。

「とりあえず、ここでは何ですのでこちらに」

 そう言って案内されたのは、祭りの喧噪からそれほど離れていない小さな広場だった。

「あまり騒がしい所で話す事ではないので」

 とはいえ、男女二人きりにならないようにという工夫はされており、少し離れたいくつかある四阿では恋人達や家族がゆっくりとくつろいでいる。

「それで、話ってなんですか?」

「王宮への帰還日が決まりました」

「…………」

「帰還は明後日です」

「あ、明後日?!」

 確かに帰還する事は覚悟していた。

 だが、それにしても速すぎる。

「せめて、祭りが終った後であればゆっくりと見送れるでしょうからね」

「長……」

 それは、李盟達の事を言っているのだろう。

「それまでに、どうぞ――心残りがないようお過ごし下さい」

 そう言うと、長は去っていった。

「心残りが……ないよう……」

 一人残された果竪は長の言った言葉を反芻する。

 心残り……それは、果たして残り少ない時間で解消出来るものだろうか。

「でも……今までが異常だったんだよね……」

 この二十年は奇跡のような時だった。

 本来ならば王妃として王宮にて仕事をしなければならないにも関わらず、自分は王都から離れたこの地で穏やかに過ごすことが出来た。

 それは、もう二度と得られないと思える程の幸せな時間だった。

 ここでは王妃ではなくただの果竪でいる事が許された幸せ。

 この地を出れば、自分は再び王妃にならなければならない。次に自分がただの果竪に戻れるのは、王妃を辞めた時である。

 そしてそれは――夫や王宮の皆との別れを意味する。

 明燐も、王妃でなくなった自分の側にはいられないだろう。新しい王妃に……夫が愛する女性に仕え守らなければならないのだから。

「ただの果竪に戻る……」

 そう……自分が求めて止まなかった神生を、今度こそ遅れるのだ。

 それはどれほど幸せなことか。

 どれほど。

 嬉しいことか……。

「なのに……どうして涙が止らないんだろう?」

 嬉しいことなのに、幸せなことなのに、涙が止めどなく流れ落ちる。

 何度も納得した筈なのに、心の何処かで惨めに縋り付く自分がいる。

 ただの果竪となった自分にどれだけの価値があるのか分からない。

 でも、それ以上に、ただの果竪となった自分にはもう夫や皆の側に行く事は叶わないだろう。

 辛すぎて、夫が愛する女性と幸せになるのを、その女性を皆が大切にする姿を見るのが辛い。

 だから側に居られない

 それもある。

 けれど、王妃でなくなった自分が、夫の妻でなくなった自分が。

 何の取り柄も魅力もないただの自分が彼らの側に行く事は、果たして許されるのだろうか?

 いや――許されるはずがない。

 もう二度と会えない。

 会いたくないのではなく、会わないのではなく、会えないのだ。

 王妃を辞めれば、何の接点もなくなる。

 皆は優しいから、いつでも会おうと言ってくれるだろう。

 でも、そんな事が許されるはずもない。

 何の取り柄もなく、落ちこぼれな自分が彼らの側に行く事は許されない。

「せめて、もう少し頭が良ければなあ」

 そうすれば、官吏として側に上がれたかも知れない。

 いや、侍女でも武官でも……何か秀でたものがあれば。

 話すことが叶わない遠くからでも……その姿を見ることが出来たかも知れないのに……。

 でも……どれだけ努力しても人並みにしかなれなかった自分には、そんな願いさえも叶えられない。

「だよね……もう決めちゃったんだもの」

 こんな取るに足らない存在を、今まで妻として慈しんできてくれた夫。

 優しすぎるがゆえに、好きでもない子供を妻として大切にしてくれた。

 しかし、それゆえに今、本当に愛する女性を妻として迎えられずに日陰の花としている。

 自分の存在が愛する人を苦しめる。

「だから、私が動かなければならないの」

 あの日、私を救う為に動いてくれた夫に報いるために。

 そして、皆が真実の王妃を戴くために。

 夫の愛する美しく可憐な人を光溢れる場所へと連れていかなければならないのだから。

「……でも、最後まで言ってくれなかったんだね」

 果竪は使者団の長を思い出す。

 彼は最後まで、夫の愛妾の存在を明かすことはなかった。

 もしや、明かさずとも妻は気づいていると思っていたのかもしれない。

「それか……あまりにも哀れすぎて言えなかったのかな」

 果たして話して欲しかったのか、そうでなかったのか。

 でも、彼が話さなかったのならばそれはそれで仕方がない。

「さて……祭りに戻ろうかな」

 と、その時だった。

 振り返った果竪は、少し離れた場所で佇む李盟に気づいた。

 いつからそこに居たのだろう。

 心配そうに見つめる李盟に、果竪は彼が自分達の会話を聞いていた事に気づいてしまった。

「李盟……」

「す、すいません。果竪に渡すものがあって……」

「渡すもの?」

「これ……」

 李盟が渡してくれたのは、美しい紅水晶で出来た小さな置物だった。

 丸い玉に、二匹の龍が絡みついている。

「その、夫婦円満のお守りで……果竪が王宮に帰るから……その」

 ずっと会っていなかった夫との仲を心配して渡しに来てくれたらしい。

 その優しさに、果竪は胸がいっぱいになる。

 同時に、その優しさに答えられない自分に哀しみを覚えた。

「李盟……」

「あの、もし!」

 李盟が果竪を見上げて言う。

「もし、またここに来たくなったら何時でも来て下さい!」

「李盟」

「何か哀しくて辛い事があったら、何時でも来て下さって構いません!」

「……」

「お忍びでも何でも……いえ、たとえ王妃様でなくなったとしても!」

「李盟……」

 彼は気づいているのかもしれない。

 果竪が、何のために王宮に戻るのかを。

 でも、李盟は言わない。

 言えるほどの確証がないのかもしれない。

 けれど、それが李盟の優しさだと果竪は思った。

「待ってます、ずっと」

 いつの日か、再びこの地を訪れる時を。

「ありがとう……李盟」

 その言葉に、果竪は笑った。

 自分はこの地を自分の意思で出て行く。

 だから、この地に戻る時もきっと自分の意思で戻ってくるだろう。

 その時には……故郷に錦を飾るではないけれど、少しでも果竪が来てくれて良かった――そう言ってくれるような存在になっていたい。

「あの、祭りに戻りましょうか」

 気づけば、既に祭りも終わりに近づいていた。

 特に、山車は今日だけの特別イベントであり、見逃せばまた次まで長い間お預けとなる。

「そうね、行こうか――」

 そうして李盟の差し出した手を果竪はしっかりと握りしめる。

 さあ、お別れをつげに行こう。

 この地とこの地に住む全ての者達に。

 そしてこの二十年、自分を慈しみ守ってくれたもの達全てに再びの再会を約束しよう――。





あと、三話ぐらいですかね?


というか……ようやく終る!!

一応、全部書き上げたら再び加筆修正しつつ、(王宮編)を再開します!!

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