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大根と王妃①  作者: 大雪
第八章 新たなる疑問
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第55話 潰えた道

 伯冨達の最後は余りにもあっけなく、それでいて無残なものだった。

 体はバラバラに切り刻まれ、牢は血飛沫で真っ赤になっていた。

 最期の苦しみが容易に想像出来る顔は、首だけとなり床に綺麗に並べられていたという。

 そのあまりの悪趣味さと凄惨な光景に、倒れる者達が続出した。

「明燐様、どうぞ上へ。ここは我らが」

「いえ、それよりも果竪をここに近づけさせないで下さいませ」

 確かに悪趣味だが、惨い遺体など今までに何度も見てきた。そう―あの暗黒大戦時代に。

 吐き気に襲われる見張りの兵士達を下がらせると、明燐は今だ強烈な生臭さを放つ牢へと入った。

 まるで――壮絶な怨念が具現化したかの如き澱んだ空気が明燐を襲う。

「…………」

 広がる光景はその空気すら足下に及ばない地獄絵図。

 昔人間界で伝えられていた地獄の血の池が一番この光景に相応しいだろう。

 大量の血だまりの中、ぷかぷかと浮かぶバラバラの四肢がまるで助けを求めるようにピンと天井を向く様が何とも正視しがたかった。

「明燐様」

 使者団の長がそれ以上進もうとする明燐を押留める。

「私は大丈夫ですわ」

「ですが」

「それより、これは口封じと考えれば宜しいのかしら」

「それは……」

 明燐の中には既にある考えが浮かんでいた。

 それは、いまだ捕まっていない黒幕による口封じである。

 伯冨達は決してその名を言おうとはしなかったが、全てが明るみに出るのも時間の問題。

 黒幕が伯冨達の口を封じたと見るのが自然の流れだろう。

 それにしても……牢の兵士達に気づかれもせずに伯冨達を葬るとは、一体どんな手段を使ったのか。

 その鮮やかすぎる手腕が、いつまでも明燐に影を落としたのだった。

 数日後――。

 伯冨達殺害事件の捜査は終了という宣告と共に、果竪は一人領主の館から抜け出した。

 街を歩けば、今回の件で顔見知りとなった街の者達が気さくに声をかけてくれる。

 それに笑顔で返しつつ、果竪は自分のもやもやとした気持ちを持て余していた。

「仕方がない……仕方がない事は分かってる」

 伯冨達を殺したのは黒幕という事は、疑うまでもない。

 しかし、その黒幕に行き着く事は出来なかった。

 彼らの暴挙からしても、誰かから資金や物資の提供は確実に受けている筈だ。

 でなければ、百名を超える集団を維持など出来ない。

 けれど……辿ろうとすると、必ずある所でその道は消えてしまうのだ。

 関係者が行方不明だったり、既に殺害されていたり。

 これ以上の捜査は無理だった。

 改めて体勢を立て直し、更には国の力を借りる必要があるという明燐の言い分も最もである。

 そして……今はそれよりも民達への救援に回るべきだと言う使者団の長、そして李盟達の言葉も尤もである。

 捜査には人手が割かれる。

 その人手を救援に回さなければ、今年の冬に多くの餓死者が出るという予測が立てられれば、果竪もそれ以上の捜査を訴えられない。

 しかも、一番の被害者である李盟が民達を優先したならば、その想いを邪魔することは出来なかった。

「私もまだまだだな……」

 自分の事を後にしてでも民達を優先するその領主としての決意と誇りを見せつけられた果竪は、ゆっくりと空を見上げた。

 あれだけの長雨が嘘のように晴れ渡った空は何処までも澄み渡り、絶景とも言うべき美しさを称える。

 太陽の温かな日差しは眩しさよりも安堵の想いを抱かせる。

「今は……一休み中なだけ」

 そう……まだ何も終っていない。

 今は民達の為に退かなければならないが、全ての準備が整った時には――必ず。

 黒幕に行き着いてみせる。

「人の故郷をボロボロにしてくれたお礼は必ずするんだから」

 第二の故郷とも言えるこの州を痛めつけた者達を果竪は許さない。

「それに、私の大根達を拐かし廃棄処分にしたこの恨み、絶対に倍返しにして叩付けてやるんだからっ!!」

 愛する大根。

 愛しい大根。

 あの白く艶めかしい肢体を持つ魅力たっぷりな大根達との再会を夢見続けていたというのに。

 大根達は伯冨達によって廃棄処分にされたという。

 廃棄処分?

 私の愛する大根達の命を奪う行為を廃棄処分と言った伯冨達も腹立たしかったが、何よりも大根達の命を奪った事が許せない。

 それでも、せめてその菩提を弔おうと愛する大根達の散った場所を聞きだそうと伯冨達の居る牢を訪れてみれば、兵士達が大騒ぎしている処に出会した。

 それは凄まじい光景だったという。

 果竪はすぐさま遠ざけられて見る事はなかったが、あの明燐でさえ青ざめた顔をしていた。

 だから想像を絶する光景だったのだろう。

 しばらく空を眺めた後、果竪は歩き出す。

 なんだか無性に彼女に会いたかった。

 カヤ――。

 聖域の森で、彼女と話がしたかった。

 大通りを歩き、商店街を通り抜ける。

 人々は疲れた様子ながらも、その顔は清々しさに満ちていた。

 きっと彼らは頑張るだろう。

 州の復興に向けて。

 そんな様子を微笑ましく見ていた時だった。

 向こうに見えてきたのは、神殿。

 あの夜、果竪が逃げ込んだ場所。

「そういえば……色々と勝手に持ち出しちゃったっけ、薬類とか」

 神殿を見ている内に、果竪はそこで拝借した薬類の事を思い出した。

 誰も居なかったから仕方がなかったとはいえ、それでも神殿の者達にとっては大騒ぎになっているかもしれない。

 見れば、神殿は人で賑わっていた。

 来ている服から、神殿の関係者だろう。

「後で何か代りになるものを持っていこう」

 とりあえず、大根で作った栄養剤とか――。

 そうして、少しだけ身を竦めながら今は通り過ぎようとした時だった。

「それは本当なのか?」

「ああ、女神像が壊されて」

 え?

 果竪は思わず振り返ると、神殿の入り口で話をする男達に割り込んだ。

「うわっ!」

「女神像がどうかしたんですか?!」

「へ? いや、今朝掃除当番の奴らが聖堂に向ったっけ、そこに安置されている女神像が粉々になっていたって――って、おいっ!」

 果竪は制止を求める男達を振り払い、一人神殿の奥へと走る。

 巫女や神官達が驚いた顔が見えたが、それすらも気にせずに果竪は聖堂へと飛び込んだ。

 奥にいた者達が驚いた様子で果竪を見る。

「だ、誰だ?! ここは立ち入り禁止で」

 神官長の言葉も耳に入らない。

 果竪は聖堂の奥の床に散らばるそれらを茫然と見つめたのだった。

「女神像が……」

 どれだけ時間が経ったのだろう。

 ようやく果竪がそう呟いた時には、床に散らばる女神像の欠片を無意識に集めていた。

 側には神官長達が居た。

 が、そこには心配そうに見つめる明燐の姿がある。

「果竪……」

「女神像が……壊れちゃってる」

「果竪……」

 そんなに酷い顔をしていたのか。

 明燐は果竪を静かに抱きしめた。

「どうして……」

「誰かに壊されたらしいですわ」

「え?」

「神官長達の話では、像を発見した時に悪意がまとわりついていたそうですから」

「…………」

「果竪……もう一つ、哀しい報告をしなければなりませんわ」

 聞きたくないと思った。

 それほど、明燐がそう言い出した時、嫌な予感が果竪を襲ったからだ。

「……聖域の森が、焼け落ちました――原因は放火だそうです」

 カヤ。

 果竪の脳裏にカヤの笑顔が浮かび、泡沫のように弾けた。

 その後……女神像、聖域の森の件共に、犯人は最後まで捕まる事はなかった。


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