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大根と王妃①  作者: 大雪
第八章 新たなる疑問
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第54話 怨念と計画

「ふぅ……ようやく終りましたね」

 久しぶりの雨上がりの青空の眩しさに眼を細めながら、明燐は今までの事を思い出していた。

 始まりは農作物の盗難。

 しかも、果竪の大根まで盗まれてしまった。

 それは、果竪をこの一件に関わらせる事になった要因でもあり、領主側にとっては勝因、黒幕達にとっては敗因だった。

「今回の件は実に巧妙でしたな」

「長……」

 水溜まりを踏み締め隣に立ったのは、果竪に命じられて人買いに攫われた少女達を助けに向った使者団の長だった。

 彼は、事件が終結した三日後――昨日になってようやく戻って来た。

 少女達は全員無事だったが、酷い扱いを受けていたのだろう。

 性的な虐待こそ受けていなかったものの、逃げられないように手枷足枷は基本で、食事も満足に取らされていなかったとかで、皆酷い栄養失調となっていた。

 その為、すぐさま医師と物資をかき集めていたのだという。

「さて、この度の事を整理するとこうですか」

 始まりは二十年前の事件――伯冨の内乱にある。

 が、それはただの途中経過にしか過ぎない事が今は分かっていた。

 本当の始まりは、李盟の両親――つまり、前領主夫妻が生きていた時から己の立場と待遇に不満を覚えていた伯冨が自らの欲望を暴走させ、前領主夫妻を事故に見せかけて殺してしまった事による。

「その御陰で、李盟は領主にならざるを得なくなりましたわね」

 しかし、それは余りにも李盟には酷なことだった。

 いくら領主の息子とはいえ、まだ幼い子供。

 周囲の人格によっては、ただの傀儡にされてしまう危険性だってあった。

 そうならなかったのは、ひとえに周囲には思ったより多くの明官吏達が揃っていたからだ。

 それが、伯冨の計画を狂わせた。

 子供だからと李盟を追い落とし自分が領主の座に就こうとしていた伯冨の危険性に気づいた周囲が、李盟を領主の座につけてしまったからだ。

 当然、伯冨は怒り狂い、結果反乱を起こした。

 伯冨は欲深い男だが、官吏としても軍人としても有能な男だった。反乱は順調に進み、あと少しで李盟を追い落とせるというところまで追い詰めた。

 それを引っ繰り返されたのは、果竪の存在によるところが大きい。

 平凡平凡、自分は無力だ。

 そう言い切る果竪だが、あの伏魔殿とも言うべき王宮では以外に嗅覚を磨かれたらしい。

 しかもあの子の凄いところは、絶体絶命時に冴え渡る勘。

 本来危険な仕事をする者達は、緊急事態時であればあるほど冷静に対処しなければならない。

 果竪はその能力が人一倍優れているのだ。

 見た目こそあたふたとしているが、その頭の中では無意識に正しい選択を選んでいく。

 正しいというのは少し語弊がある。

 しかし、その中で最も最善なものを選び、なければ全ての法則を無視してでも新しい選択肢を作る。

 それは、誰もが望み誰もが持つことが許されない素晴らしい才能――それを果竪はいつの間にか磨いていたのだ。

「しかし、伯冨にとっては耐え難かったでしょうね」

 伯冨は大罪人として追放された。

 彼に与した者達も全て、徹底的に叩き出された。

 処刑しなかったのは、李盟と果竪のせめてもの優しさ。

 死んでしまったら永久に変わる機会はなくなる。

 人の上に立つ者として、強大なる権力と引き替えにあらゆる制約が課せられるのが権力者だ。

 それに気づいて欲しいという二人の願いゆえだった。

「ですが、その想いは裏切られましたわ」

 そもそも変わるという事は大変なことだ。

 それまで築き上げてきた価値観を変え、時には壊すことになる。

 伯冨は最後まで変わらなかった。

 恨みをため込み、怨嗟と絶望に身を震わせながら彼は最悪の方法を選んでしまった。

 すなわち、李盟への復讐である。

「最終目標は領主を殺す事。しかし、それには幾つもの難関が立ちはだかっていましたからな」

 使者団の長の言葉に明燐は頷いた。

 沢山の警備に守られた李盟を殺す事は非常に難しく、ましてや伯冨達は大っぴらに領地内を歩けない身分だった。

 そうするには、周囲の目を別の所に向わせる必要がある。

「彼らはそれらを解決する方法を行いましたわ。そう……最初は農作物の盗難ですわ」

 この領地の唯一の収入源は農作物である。

 その事を知っていた伯冨は、そこに目をつけた。

 当然の如く、農作物への被害に全ての者達はそこに目を向け、彼らはその隙に少しずつ李盟へと近づいていった。

「ただ、それは領主から全ての警備を取り去る事は難しかった」

 李盟は優秀だった。

 周りにも優秀な者達が揃っていた。

 彼らは巧みに人を動かし、最低限の人数で事態の収拾を図ろうとしていた。

 だからこそ、第二、第三の事件を起こしていかなければならなかったのだ、伯冨は。

「水場への毒混入事件、人買い事件、ああ、暴動扇動事件もそうですね」

 立て続けに起きたそれらに、李盟は結局全ての者達を現地に向わせ一人きりになるしかなかった。

「でも、それらの事件はただ李盟を一人きりにするだけではありませんでしたわ」

 彼の信用、信頼の全てを奪い去り絶望を味わせる為。

「そして……自分を追放したこの州全ての民達に復讐する為」

 その為に徹底的に伯冨は……彼らはこの州を痛めつけた。

 次の冬を越すことさえ難しいほどに。

 しかも、今回の水害で更なる不安をあおった橋の手抜き工事も、彼らの手の者の仕業によるという。

「しばらくは、国に頼らざるを得ないでしょう」

 幸いにも国としては、この州を援助するだけの物資は十分にある。

 だが、もともと食物供給量の少ないこの国のこと。長引けばそれだけ不利となる。

「そうですね……此処までで食い止められて本当に良かった」

 もし、伯冨達が領主となっていれば事態は更に悪化しただろう。

 なんでも、他の領地に攻め込む話も出ていたぐらいだから。

「それにまだ冬まで間があります。その間に巻き返せるところだけでも何とかしなければ」

 毒水の浄化に、民達への食糧配給と援助。

 そして、徹底的なダメージを受けた農作物をいかに増やすか。

 ただ、その前に。

「伯冨達に援助した者を炙り出さなければ」

 今回の件は彼らだけでは到底成し得なかったのは間違いない。

 それだけ、お金もかかる事は多々あった。

 しかも、彼らの言動からも黒幕がいる事は容易に伺える。

 伯冨達の素性を知っていて協力したのか、ただ利用されただけなのか。

 それらを明らかにするには、援助した者から話を聞く必要がある。

 幸いにも、人手は少しずつだが戻って来ていた。

 各地に散っていった官吏や武官達が戻り始めているのだ。

 その上、州都を含め民達が手伝ってくれる。

 伯冨の手の者達に扇動され李盟への心証を悪くし、不信感を抱いていた者達も、今では李盟への誤解をすっかり解いていた。

 その裏では、自分達の暗躍もあるが、結果的には李盟の今までの行動が彼らの不信感を拭い去る土台となっていたのは間違いなく、全ては李盟の努力によるものである。

 ちなみに、李盟に関しては果竪からの厳命でいまだ寝台から出して貰えないでいたりするが、それはある意味自業自得なので仕方がない。

 李盟がきちんと果竪の言ったとおりに屋敷を後にしていれば、あそこまでの事は起きていなかっただろうから。

 とはいえ、李盟が一人屋敷に留まったおかげで、民達への被害が免れたのも事実である。

 でなければ、伯冨達は民達すらも巻き添えにしただろう……李盟を討ち取る際に。

「それで、援助のほどは?」

「部下からの連絡では、一週間ほどで到着するとの事です。食料、医薬品を始めとした物資、全て揃っております」

 その報せはもう民達に伝えたという事だった。

 きっと今頃は歓声に沸き立っている事だろう。

 だが、明燐は笑えなかった。

 なぜなら、王宮からの援助は、明燐に否応が無しに既にその時が迫っている事を知らしめているのだから。

 そんな明燐の心情を悟った使者団の長が、静かに口を開く。

「まだ……別れを告げるぐらいの時間はあります」

「長……」

 それだけは、残されている。

 果竪がただの果竪でいられる時間は……もう少しだけ。

 その時だった。

「明燐、明燐!」

「果竪?」

 息を切らせて自分を呼ぶ声に振り向けば、果竪がこちらに走ってくるのが見えた。

 しかもその顔は酷く青ざめている。

 もしや、李盟に何かあったのだろうか。

「一体どうしましたの?」

「大変、大変なことが」

 全力で駆けてきたのか、息も絶え絶えな様子にまずはしっかりと息を整えさせる。

「はい、ゆっくりと深呼吸をして下さいな。私は逃げませんから、落ち着いてから話して下さいませ」

「お、落ち着いてなんかいられない!」

 そう叫ぶと、果竪は一気にそれを言い切った。

「は、はく、伯冨達が死んじゃった!」

 目を見開く使者団の長。

 明燐に至っては、余りの事に暫く固まったのは言うまでもない。


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