表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大根と王妃①  作者: 大雪
第七章 事態急変
52/62

第51話 繋がる糸

 今までのように外から衝撃音は聞こえない。

 だが、そう遠くないうちに相手は此処に辿り着くだろう。

 そうなれば、もはや戦うしかない。

 果竪は覚悟を決めた。

 だが、戦うとなれば相手の正体や目的で重要となる。

 果竪は頭の中を整理する事にした。

「まず、相手の目的は私を殺す事よね」

 それだけは確かだ。

「でも、どうして?」

 殺そうとしても、そこには必ず理由がある。

 ただ殺す事が目的だとしても、それならば殺したいからという理由があるだろう。

 が、あの時感じた殺気に混じる憎悪は、たぶん怨恨からの殺意だ。

「となると、憎くて殺すって事よね……」

 自分はいつの間にそこまで憎まれることをしたのだろうか?

 いや、気づかないだけで色々としているのかもしれない。

 無意識の悪意というか、こちらは何も考えなくとも、何か相手の気に障ることがあったのかもしれない。

「もしかして……王妃の座を狙う誰かかしら?」

 今まで、夫の妻の座を狙う者達が何度も刺客を送り込んできた経験がある。

 とはいえ、それはすべて王宮に居た頃の事で、ここに追放されてからはとんと止んでいた。

 確かに、王の寵愛を失ったとして追放された王妃に手を出すよりは、王の寵愛を得るべく動いた方が得策だろう。

 どうせ何もせずとも、王妃はその身分を剥奪されるのだから。

 が、それが待てなかった誰かが刺客でも送り込んできたのか?

 あり得る――。

 となると、見逃しては貰えないだろう。

「この忙しい時に……」

 来るならばもっと時と場合を考えて欲しい。

「なんて空気が読めない刺客なんだろう」

 寧ろ刺客に空気を読む力はいらないと思うが、果竪はぷりぷりと怒る。

「大根はあれほど気遣いに溢れているというのに!」

 大根の気遣いって何なのか?

 だが、今この場にそれを突っ込む相手は誰も居ない。

「にしても……はぁ~~……誰か居てくれればなぁ」

 今までの刺客は、果竪が一人になると襲ってきた。

 となれば、誰か人がいれば向こうも一時的に退散してくれた筈。

「まあ……でも、王宮と違って口封じにかかる事もあるかもしれないわね」

 王宮に居た時は、側には明燐など間違って葬ってはいけない相手が側に居た事も、相手が退いた原因の一つだろう。

 ということは、もし此処に誰がいても、身分も地位もない相手がこんな辺境の地で一人消えたぐらいわけはないとして一緒に消しにかかるかもしれない。

「……寧ろ人が居なくて幸い?」

 というか、確実に幸いだろう。

 でなければ、共に消されていた。

「そっか……という事は、今の状況は良かったという事か……って、いやいや、他人を巻き込まない事は良いけど、私にとってはまずいわ」

 寧ろ刺客側にとっては誰も居ない事は好都合だろう。

 何せ、果竪一人に集中出来るし、誰もいないという事は誰にも気づかれずに葬ることが出来る。

 刺客としては、これほど素晴らしい状況はないだろう。

 とすると、やっぱり誰かが此処に居れば良かったと思う。

 しかも、一人ではなく大勢。刺客でもすぐには手が出せないぐらいに。

 もしかしたら爆弾とか使われて一気に葬られるかもしれないが、そこまで被害が大きければ確実に周囲が疑問に思うだろう。

「って、それ他の人の犠牲の上の話だってば」

 他の人を危険に晒さなくて良かった――と思った先からそんな事を考える自分に、突っ込みをいれる。

「けど、人の目が大切なのも確かなんだよね~」

 大根栽培をしていてもそうだが、ある程度監視の目があれば抑止力にはなる。

 たとえ刺客がそれを気にせずとも、どこかで躊躇が生まれるはずだ。

 そうすれば必ず隙が生まれてつけ込めるはず。

「それになにより、人知れず消されるって事はないし」

 誰にも知られずに消されてしまうのだけはごめん被りたい。

「明燐が良く言っていたのはこれだったのね……」

 一人になるな、一人で出歩くな。

 それは、刺客を警戒しての事。

 一人の時にもし襲われれば、誰も助けられない。

 誰も居なければ、誰も果竪を助けられない。

 誰も居なければ人知れず消してしまうことが出来る。

 そう……何をやってもバレはしない。

 殺しも犯罪も。

 誰もいなければ気づかれないのだ。

 その時、何かが果竪の心にひっかかった。

「誰も居ない……」

 ふと、ここと同じように誰も居ない場所が思い出される。

 領主館。

 李盟の居る場所。

『ここは領主館にも関わらず、あまりにも人がいなさすぎる』

 使者団の長の言葉が果竪の中に蘇った。

『しかし、本来いるべき最低限の人数すらもいないとは』

 今となっては、最低限の人数も領主館には居ない。

 全員、民達を助けるべく館を後にしたから。

 そう……あそこには、今は李盟しか居ないのだ。

 だからこそ、組合長のもとに行くように自分は何度も説得した。

 一人にならないように。

 それは、使者団の長の言葉がひっかかっていたから。

 何故ひっかかっていたのか?

 ひっかかるだけのものがあったからだ。

 それは何処かに、この状況があまりにも異常だと気づいていたから。

 果竪は、自分の中のバラバラのピースが再び一つずつ組み上がっていくのを感じた。

『まるで、わざと沢山の問題を立て続けに起らせる事で、領主館から人を居なくさせているような気がするのです』

 使者団の長はそう言っていた。

 自分達が過去に行っていた事を例にして。

『その邪魔を取り除く手段として、私達は陽動作戦を行いました』

「確か……そう言ってた……欲しいものを手に入れる為に、人目につく場所で大きな騒動を起こす。すると、皆の目がそちらに向かう。その隙を突いて、強盗に及ぶのだ。皆がそちらに向かっていれば、邪魔は当然無く盗み放題だって」

 誰も居なければ、何をしても咎められることはない。

 それは、今の自分の状況と同じ。

 目撃者がいなければ、罪には問われない。

 果竪の場合は、最初から此処に人が居なかった。

 けれど、李盟の場合はどうだ?

 本来いるべき場所から、別の場所に移動している。

 そう――居るべき警護までが、別の場所にいる。

 そうして今の領主館には誰も居ない。

 李盟しか居ない。

 誰もいないから気付かれない。

 何かあっても、誰もいないから好き勝手出来る。

「……誰も居ないから……誰も居ない……から」

 確かに、あまりにも急激に人が居なくなっていった。

 けれど、それは仕方のないことだと思っていた。

 あちこちで起きる騒動を収めるには、仕方のないことだと。

 しかし、今も考えてみればその騒動はどこかおかしくはなかったか?

 あんなにも立て続けに起きるものだろうか?

 いや、起きる事もあるかもしれない。

 だが、今もよくよく考えてみれば、その度に領主館からは人が消えていった。

 それはまるで李盟を守る者達を少しずつはいでいくかのように。

 何か事が起こる度に、李盟は身を削るようにして自分の周囲から人々を助けを求める場所へと向わせていった。

 それと反比例するように、李盟の守りが少しずつ薄くなっていった。

 使者団の長が危険だと思うぐらいに。

 でも、民達を守る為には仕方のないことだと思っていた。

 警備を薄くしてでも、人を向かわせなければならない状況が続いている今。

 そうせざるを得なかったから、李盟は動ける者達全てを現場へと向かわせるしかなかった。

 そうせざるを得なかったから、そうした。

 その結果が、領主館の無人化だとしても。

 善策を取っていった上で、たまたまそうなった。

 そう思っていた。

 けど、もしそれが誰かが故意にそうなるように仕組んだとすれば?

 自分達が善策として行っていた事が、誰かに誘導されていた事だとすれば?

 そうすればすべてが繋がるのではないだろうか?

 立て続けに起きた事件。領主に向かう反感。

 結果的に領主の立場が悪くなるように状況は動いていた。

 今日の一件では、確かに街の者達は領主への反感を薄めた。

 しかしその一方で、領主側には彼を守る人は今まで以上に殆ど居なくなった。

 そう、誰もいない。

 李盟を守れる者がいない。

 たぶん、現領主がこの地位について初めて位なまでに。

 それを誰かが意図的に造り出したとすれば繋がるのだ。

 息つく暇もないぐらいに起きた騒動の数々が。

 それらのどれもが、多くの人間をそこに向わせなければ対処出来ないようなものばかりだったから。

 そして、李盟に反感を向わせ孤立させるように動いていたから。

「……でも、どうしてそんな状況を作ったのかしら?」

 説明がつく。

 だが、その理由は?

 そして誰がそんな事を?

 意図的に造り出してまで、李盟を一人にしたかった理由。

 彼を守る者がいない状況をつくり出す理由。

 それらを理由があり、尚且つこんな大それた事をしようとしたのは誰?

 そこまでする理由があるのは誰?

「まさか――」

 その理由が、その者が果竪の脳裏に閃くように現れた瞬間――。

「此処に居たのか」

 背後から聞こえてきた声と共に、首が絞められる。

「ぐっ!」

「死ねよ」

 笑いながらそう言うと、相手が果竪の首を容赦なく締め上げる。

 酸素を失い、果竪は無我夢中で暴れた。

 ともすれば意識が薄らいでいく中、果竪は必死に相手の手をひっかく。

 と、その手が相手の目にあたったらしく、悲鳴のあと力が弱まった。

 その隙に、相手との距離をとった果竪は必死に呼吸をして酸素を取り込む。

「はぁ……はぁ……」

「この……アマああ!」

 相手が片目を押さえながら叫ぶ。

 その声に気圧されるようにして壁際に後退った果竪は、背後にあったスイッチを押してしまった。

 パッと聖堂内に明かりが灯る。

 そうして明かりの下に露わになった顔は、見覚えのある顔。

 そう――確か、二十年前にこの領地から追放された者の一人。

「貴方は」

 その先を続けることは出来なかった。

 再び間を詰められ目前まで迫られた果竪は、再び首を締め上げられたのだから。

「か……」

「シネシネシネ!」

「あ……」

 苦しい。

 意識が遠のく。

 がむしゃらに手を振り回すが、それは虚しく宙を切るだけだった。

 力を解放しようにも遅く、もはや意識を保つ事しか出来ない。

 だが、それももう限界だ。

 暗くなっていく視界。

 涙が頬を流れているのがわかったが、その感覚さえも薄らいでいく。

 ふと、視界の隅に女性像が映り込んだ。

「あ……」

 女性像に向って手を伸ばしていた。

 伸ばしたからどうなる事もないのに。

 像が助けてくれるわけもないのに。

 それでも、果竪は手を伸ばす。

「……」

 死ねないのに。

 このままここで死んでなどいられないのに。

 自分を殺そうとした相手がようやくわかったというのに。

 そして、自分を殺そうとした相手の正体が分かった瞬間、自分の考えが正しかった事。

 李盟にとんでもない危険が迫っている事が分かった。

 なのに、このまま此処で自分が死んでしまえば何にもならない。

 李盟が殺されてしまう。

 助けて。

 誰か助けて。

 自分は此処で殺されるのならばそれでも構わない。

 でも、李盟だけは。

 せめてこの事を誰かに伝えたかった。

 きっと明燐達も気づいてくれるかもしれない。

 けれど、もう時間がない。

「安心して死にな。すぐに仲間達が他の奴らも送るだろうからな」

「あ……」

「まあ、すぐに行くのはあのくそ領主だけどな」

 李盟。

「もしかしたら、先にあのくそガキが行っているかもしれないなあ? 仲間達もようやく殺せるって喜んでいたからな」

 誰か。

「その為に、ここまで面倒な事をして領主館から人を遠のかせたんだからよぉ!!」

 誰か。

「お前も不憫だよな? 俺たちの邪魔さえしなければもう少し生きていられたのに。まあ、どちらにしてもこの州都の奴らは全員殺す気だけどな。散々利用した後で、くっあははははは!! だから、安心して死ねよ! 俺たちの邪魔をしたくそアマがぁ!」


ダ    レ    カ


「果竪!」

 急に首への圧迫が消える。

 ごほっと大きく咳をした後、一気に酸素が体を満たし始めた。

 視界はまだチカチカするが、急に自由を取り戻した喉が歓喜の声をあげるように呼吸を始める。

「あ……あ…」

 まだ上手く話せない。

 話せないけれど、果竪は必死にその名を呼ぶ。

 自分から男を引きはがし、ボコボコにする明燐の名を。

「め……い…り…」

「果竪!」

 開け放たれた扉から、次々と入ってくる人達へとボコボコにした男を蹴り飛ばすと、明燐がこちらに駆け寄ってくる。

「もう大丈夫ですわよ、果竪!」

 ボコボコにされた男を縛り上げる人達に、彼らは明燐が連れてきた者達だと気づく。

 そうして抱きしめられると、ようやくホッと息を吐くことが出来た。

「良かった……果竪」

 屋敷の前で分かれた後も果竪を心配し続けていた明燐に、他の者達が後を追いかけるように言ったのは、果竪と分かれてから三十分ほど経過した頃の事だった。

 その後、数人を連れてすぐに追いかけてみれば、州都は異様な事態に陥っていた。

 民達がみんな眠っていたのだ。

 すぐに何かの薬が使われていると気づいた明燐は、彼らの様子を慎重に診ながら解毒薬を精製に入った。

 それに時間がかかってしまった為、果竪の下に駆け付けるのが遅れたのだ。

 が、明燐はその時間のロスに歯軋りしたいほど後悔していた。

 もし、そのロスさえなければ、もっと早くに果竪を助けることが出来たのだから。

 だが、男はもう始末した。

 話を聞かなければならないから生かしてはおいたが、それがなければ即座に首を飛ばしていただろう。

 解毒薬で眠りから覚まして引き連れてきた者達に委ねた男を睨み付ける。

 本当に。

 コロシテヤリタイ。

 が、憎悪に染まる明燐を引き戻すように服の袖がひかれた。

「明燐……」

「果竪……」

 いまだ涙が流れる果竪の目元に指をあて、そっと涙をぬぐう。

「果竪、もう大丈夫ですからね」

 明燐は、ようやく手に戻った大切な存在を抱き締めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ