第49話 雨の中の疾走
今回は短いです。
雨は気づけば豪雨に変わっていた。
みるみるうちに、川の水かさが増し、橋の上にも水が被るほどだった。
はっきり言って、この状態の橋を渡る子は自殺行為だ。
しかし、後戻りしている暇はない。
「女も大根も度胸よ!」
一単語ほど余計だが、とにかく度胸と声をあげながら果竪は水没しかかっている橋を渡りきる。そうして果竪が渡りきった次の瞬間、橋は完全に水の中に消えた。
「ぎ、ギリギリセーフ!!」
が、言い換えればこれで退路は断たれたという事だ。
この先、もし高台に避難しなければならないとなれば、領主館ぐらいしか高いところはないだろう。
とはいえ、自分の向う先こそが領主館である。
だから、水没の心配はないとは思うのだが……。
「他の人達は大丈夫かしら」
橋の向こう側に関しては大丈夫だ。
小高い場所がいくつもある。
しかし、こちら側はそうではない。
果竪は周囲の建物を見まわす。
中に居る者達が避難してくる様子はない。
様子をうかがっているのだろうか?
それとももう避難し終えたという事か?
「気配は……感じられないわ」
となれば、避難し終えたという事か。
その時、一気に足首まで水につかった。
「まずい……」
思いの外、こちらの予想以上に水没が始まっている。
このままぐずぐずしていれば、あっという間に水に飲み込まれてしまうだろう。
「はやく行かないと」
そうして領主館に向けて走り出す。
水の中をこぐように走る足は重いが、それでも前に進むことに特に問題はない。
幾つかの商店を通り過ぎ、民家の前を駆け抜ける。
何の問題もない筈だった。
後は、ただ道なりに進めばいい。
距離こそまだあるが、この先に橋もなく、後は時間の問題だった筈。
ましてや、足に激痛なんて走る筈もなかった。
「あ」
足を貫く痛みに、果竪はバランスを崩して水没した地面に倒れ込む。
水の中に全身が沈み、ゴボリと大きな気泡があがる。
夢中で体を起こした果竪だったが、背後に禍々しい殺気を感じて立ち上がれば、二撃目が足をかすった。
「っ!」
何かが自分を狙っている
足から流れ出る血を手で押さえながら、果竪は背後を振り返る。
三撃目が飛んでくる。
それが、水の刃だと気づいた果竪は横に飛ぶ。
が、足に走る激痛が身のこなしを鈍らせる。
「きゃあっ!」
攻撃は何とかかわしたが、体は再び水の中に倒れ込む。
と、果竪の両脇を掠めるように水の刃が突き刺さった。
「だ、誰?!」
果竪の怒声は豪雨にかき消される。
代わりに、新たな刃が襲い掛かる。
「っ――」
それらを必死に避け、果竪は傷ついた足を引きずるようにして走り出す。
今はここを一刻も離れなければ。
誰が?何故?
そんな疑問も浮かんだが、悠長に立ち止まってまで考えている暇はない。
立ち止まれば確実に死ぬ。
それに、着実に何かが自分を追い込もうとする気配が近づいてくる。
果竪は必死に走り続ける。
追いつかれる前に、少しでも距離を離そうとする。
だが、そうこうするうちに相手との距離は更に縮まっていく。
このままではまずい。
足からの出血もいまだ続いており、果竪は必死に隠れる場所を探した。
その時だった。
果竪は遠くに見える建物に気づく。
それは、この州都の神殿だった。
「あそこに……逃げ込めれば」
建物の大きさでいえば、領主館に次ぐ広さを持つそこならば、隠れ場所としても最適だろう。
それに、誰かに助けを求められるかも知れない。
が、それは逆に言えば巻き込むかもしれない恐れもある。
その恐れに躊躇した果竪だったが、新たな刃が自分を襲おうとする様に、苦渋の決断をする。
「人目を気にしてくれる相手である事を祈るわ」
誰が居ようと襲い掛かる相手ではなく、秘密裏に自分を害そうとする相手であれば、人が居れば攻撃の手を休めるだろう。
果竪はただそれを願い、最後の力を振り絞るようにして神殿へと駆けだしたのだった。




