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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第46話 悲しい過去

今回は、李盟の過去語りなので、果竪達は出てきません。

 静まり返った舘。

 人一人居らず、恐いほどの静けさが満ちる。

 自分の息遣いが、これほど大きく聞こえた事は初めてだ。

 思い返してみれば、こうして自分一人だけで舘に居るのも初めてだ。

 李盟は、書類を書く手を止め、雨が打ち付ける窓を見た。

 止まなければ、水害に直結する雨。

 でも、適度に降れば恵みの存在となる。

 でも……自分にとっての雨はそれだけの存在ではない。

 雨の音が、昔の記憶を呼び覚ましていく。

 変わり果てた両親と再会した時も、沢山の雨が降っていた。

 大量の雨粒が大地に降り注ぐ様に、天も領主と夫人の死を悼んでいるのだと言った。

 だが、李盟にとっては泣けない自分の代わりに、天が泣いているかのように見えた。

 そして――その雨だけが、李盟の両親の死を悲しんでくれているように見えたのだ。

 ――なんという事だ

 ――領主様と奥方が亡くなってしまうとは!!

 ――これでもう瑠夏州も終わりだ!!

 李盟にとってはかけがえのない両親でも、他の者達にとっては領主達でしかなく、仕えるべき主を失った事に恐れ戦くだけだった。

 そんな彼らが、李盟の事に考えが及んだのは、騎凰を始めとした能吏達に一括された時だった。

 だが、それでさえも、「ああ、そういえばそんなのが居たな――」程度の反応しかしなかった。

 ――というか、次の領主は誰がなるんだ?

 ――何でも、補佐役の一人の伯冨(はくふ)が領主の座を狙っているとか

 ――補佐役の伯冨か……前々から狙っていたっけな

 ――ああ、あいつはとびっきりの狸さ。表では前領主を褒め称えながらも、裏では散々に罵ってやがった

 ――けど、仕事が出来るのも事実だ。それに、あいつが進言した政策の幾つかは見事に大当たりしたし、確かに政治家としては有能だ

 ――と言う事は、領主はあいつで決まりか?

 そこに、領主様の子息はどうするんだ?という声が上がったが、すぐに笑い声に消された。

 ――馬鹿だなお前!子息様はまだ子供じゃないか。子供に政治をさせるのか?!

 ――確かに前領主様の子息だけど、それは無理だろう。ってか、子供に何が出来るんだよ。

 子供に出来るほど政治は単純ではない。

 そんな声があちこちから聞こえる。

 ――それに、俺はこの州に住む者として、子供に政治なんてされたくないよ

 ――そうそう、政治は遊びじゃないんだ。それこそ、メチャクチャにされてしまう

 ――それに比べれば、伯冨の方がマシって事か

 伯冨で決まりだなと言う官吏達を、自分は物陰で聞いていた。

 そして彼らが居なくなるまで、ずっと物陰に隠れていた。

 みんなの言うとおりだ。

 子供が政治だなんてとんでもない。

 そんな事は分かりきっていた。

 けれど、両親の死からまだ一週間しか経ってないのに、もう新たな領主の話に傷ついたのも確かだ。

 まるで死んだら後は用無しだ――そう言われているようで、辛かった。

 そればかりか、まだ葬儀も終っていないにも関わらず、それまで父に従順だった者達の一部が、少しずつ自分勝手に動き始めていった。

 我こそが領主に相応しいとして――

 そこには、前領主への敬慕の念もなければ、遺児に対する配慮もなかった

 その様に、父が居た時には領主の子息でも、その父が亡くなれば自分は唯の子供であり、何の価値もないのだという事を、痛いほど思い知らされた。

 そして始めて――共に連れて逝ってくれなかった両親を恨んだ。

 愛情は憎しみに代わり、悲しみは心を歪める。

 誰も自分などいらない。

 あれほどこの州の為に尽くした両親ですら、死んだ途端にさっさと忘れられる。

 怒りと憎しみに支配された李盟は眠る事も忘れ、その怒りをぶつけるべく両親の棺へと向かった。

 でも――

 両親の棺の前には、騎凰が居た。

 静かに涙を流し、声を上げる事こそなかったけど、確かに彼は泣いていた。

 棺に縋り付き、どうして死んだのかと。息子を残して死んだのかと、両親の入った棺に訴えていた。

 その次の日のことだ。

『李盟様――』

 騎凰が自分に領主になるように頼んだのは。

 既に、伯冨という者が派閥を造り始めたのをきっかけに、少しずつ水面下で幾つかの派閥が出来はじめた。

 我こそが領主に相応しいとして振る舞い、領主として就任するべくあちこちに働きかけた。

 それを抑える為には、一刻も早く自分が領主になるしかない。

 騎凰は他の能吏達と協力し、自分を領主へと就けた。

 勿論反対も多かった。

 特に、伯冨は猛反対し、子供である事を理由に退位を迫ってきた。

 最初は優しく、それで駄目だと分かれば脅迫に近い口調で自分を罵ってきた。

 そこには前領主の遺児に対する遠慮は何一つなく、あるのは嘲りと見下しのみ。

 彼にとって、自分は己が領主となる為の邪魔ものでしかなかった。

 一方で、領主になるには大金も必要になったのだろう。

 税金を懐に入れ、巧みに領収書を書き換え、大量の使途不明金の存在を隠した。

 よからぬ者達との付き会いも囁かれ、少しずつ伯冨の力は強まっていった。

 そこに、あの鉱山の件である。

 少しずつ政治は荒れ始め、内乱の前兆が見え始めた。

 もし、果竪が来てくれなければきっと伯冨に全てを奪われていただろう。

 そればかりか、瑠夏州の民達が彼の欲望の犠牲になっていたかもしれない。

「私は……本当に多くの人達に支えられて来たのですね」

 改めてそう思い、李盟はそっと書類に視線を戻した後、机の上にある時計を見た。

 その針が、もうすぐ夜の七時を示す。

「……あともう少しだけ」

 多くの人達に支えられている自分。だからこそ、出来る事をしたい。

 そうしてあともう少し、あともう少しと――李盟は組合長のもとに行く時間を先延ばしにしていったのだった。


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