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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第45話 留まる理由

 誰もいない建物は朽ちるのも早い。

 だが、流石にこれはないだろう。

 果竪は自分が住む屋敷を見上げながら思った。

「……明らかにこれって、人的被害よね?」

 屋敷の異変を報らされて駆け付けた果竪は呆然と一部が焼け焦げた屋敷を見つめたのだった。

 それは、討伐隊が出発してから間もない頃だった。

「だ~か~ら、李盟も一緒に行こうって!!」

 討伐隊を見送った後、果竪は李盟を説得した。

 全ての兵士達が居なくなった屋敷。

 果竪の屋敷からつれて来た者達も兵士ではなく、警備の面からすれば全くの無防備状態である。

 そんな所に、領主でもある李盟を一人置いて置く事は出来なかった。

 それに、使者団の長の話の事もあった。

 大規模な強盗集団が使うとされる戦法。

 陽動作戦で屋敷から人を遠ざけ、そこに襲いかかるという高度な技。

 実際にそれかどうかは分からないが、それでもこれほど人が居なくなれば、強盗からすれば絶好のチャンスであろう。

 そんな危険な場所に、李盟を置いてはおけない。

 しかし、李盟は首を盾に振らなかった。

「皆が危険な状況であるというのに、私一人が安全な場所に行くことは出来ません」

「それはそうだけど……でも、無防備なこの屋敷に李盟が留まるのは、危険な場所で必死に

 頑張っている官吏達を余計に心配させてしまうわ」

 どちらも退かず、互いの主張を曲げない。

「それでも、私は此処に留まります」

「李盟」

 その時だった。

 廊下から明燐が果竪を呼ぶ声が聞こえる。

 その声は焦っているらしく、ほどなく扉が開き、明燐が飛び込んで来た。

「果竪、大変ですわ!!」

「何?」

「屋敷が……燃えたそうです」

「は? 屋敷が燃えた?」

 呆然とする果竪に、明燐が説明する。

 実は数時間前に、買い出しに出かけていた料理人が、立ち寄った店で病気の子供に出会ったという。

 子供は、別の村から両親と共に州都に避難してきた者らしい。

 彼らが住んでいた村は、今回の盗難被害では特に被害が大きく、栄養面が非常に悪かった事が災いし、病気にかかってしまったという。

 その為、親戚の居る州都へとやって来たが、今日になっていよいよ病状が悪化したのだ。

 だが、その病気に効く薬草が屋敷にあるのを料理人は知っていた。

「料理人はすぐに屋敷へと向かったそうです。ですが、そこで屋敷が燃えているのを発見したとの事です」

 出火して間もなかった為か、一部を焼いただけで済んだ。

 だが、それは屋敷の事であり、蔵は完全に焼け落ちてしまったという。

 また、屋敷で被害のあった場所は使用人達の居住区であり、それを知った者達が不安を訴え始めているらしい。

「この降り続ける雨がなければ、とても一部が焼けるだけでは済まなかったという事ですわ」

「果竪様、どうか屋敷に戻って下さい」

「李盟、でもっ」

「燃えたのは、仕えて下さっている方達の部屋なんでしょう? 彼らにとっては大切なもの場所。大切なものだってあるかもしれない。一刻も早く被害の状況を知りたいでしょう」

「なら、李盟貴方も」

「私は行けません」

「李盟!!」

「果竪様大丈夫ですよ。たった一晩ではありませんか。明日の朝には少女達を助けた使者団の方達や兵士達も戻って来ます。そうすれば、また警備にも人をまわせます」

 たった一晩だ。

 そう告げる李盟に、果竪は一瞬だけその甘い誘惑に乗りかけた。

 が、すぐに頭を横に振って邪念を打ち消した。

「たった一晩でも駄目よ!!」

「果竪様……」

「李盟、果竪の言うとおりですわ」

「明燐様……分かりました、言うとおりにします」

「李盟」

「ただ、それでも果竪様達と行く事は出来ません。せめて、この都の中に居たいんです――何かあった時には、すぐにこの舘に駆けつけられるように」

「李盟」

「私はこの舘を守ると約束したんです。この舘は、今各地に飛んで必死に頑張っている者達の帰るべき場所。例え何があっても、ここに来れば何とかなる。そう思ってくれるように、私はこの場所を守りたい」

「……果竪」

「……分かったわ」

 李盟は自分の信念のギリギリの所で果竪の言葉を受け入れた。

 ならば、果竪もそれに見合った答えを返すべきだ。

「李盟の思いを受け入れるわ」

「ありがとうございます」

「それで、何処に滞在するつもりなの?」

「組合長の所にでもお邪魔しようと思います」

「そう……なら屋敷に戻る前に一言言って置くわ」

「助かります」

 そうして、果竪達は不安に右往左往していた屋敷仕えの者達を連れて屋敷へと戻ったのだった。

 雨の中、【車】に乗り戻って来た果竪達が屋敷に辿り着くと、そこには無残な光景が広がっていた。

「酷い……」

 聞いていたよりも酷い状況がそこには広がっていた。

 完全に焼け落ちた蔵、一部が焼け焦げた屋敷。

 蔵については予め聞いていたのでショックはそれほどでもなかったが、使用人の居住区に関しては違った。

 何人かが、自分の部屋だった場所を呆然と見つめている。

 その様子に、果竪が頭を下げた。

「ごめんなさい……私が、貴方達を領主館につれていかなければ……」

それであれば、きっともっと早くに誰かが気付いて、被害はもっと少なかった筈だ。

「私の……せいだね…」

 二十年此処で暮らして来たのだ。

 愛着もあるだろう。

 それに、部屋には愛着のある物、当人にとって大切な物もあったかもしれない。

 それらが、特に被害が大きい者に関しては全て焼けてしまったのだ。

「……ごめんなさい」

「王妃様のせいではありませんよ」

「でも!!」

「最終的に、領主館に行く事を選んだのは私達ですからね……それに、此処に残っていたからといって、果たして被害を防げたかどうか」

「え?」

「見て下さい、これ」

 そう言うと、侍従の一人が果竪を特に焼け焦げている部分へと連れて行く。

「っ!!」

 そこからはもの凄い異臭がした。

「ここが火元だと思われます」

「火元……」

「ええ。しかも、燃えやすい液体が撒かれていますね」

「燃えやすい液体?」

「それに、術の気配もある」

 術という言葉に、果竪が驚く。

「術って……」

「微かですが、残っています。よほど、強い力を持っていのでしょう。巧妙な隠し方です」

「どうして……分かったの?」

「これでも、大戦以降は新たに炎の力を与えられた者ですから」

 そう言うと、侍従がにこりと笑って、雨に濡れて艶を増した赤い髪を果竪へと見せた。

 炎水界では青系と赤系の髪が多い。

 そしてその髪の色は司る力を現わしている。

 青系ならば水を、赤系ならば炎を司る。

 但し、これはおおまかな分類であり、実際には両方の力を使える者、またはそれ以外の力を使う者も居る。

 というのも、これら炎や水の力は大戦以後に新たに与えられた力であり、もともと違う力を持っていた者達が殆どだからだ。

 しかも、新しい力が与えられた後も、大戦以前に持っていた力は消えること無くいまだしっかりと民達の中に残っている。

 これは他の天界十二世界の民達も同様である。

 しかし、侍従はもともと、生まれつき炎を司る炎神だったとかで、とくに炎系の術を得意としていたのを果竪は思い出した。

 それだけでも炎に関する知識はかなりのものがあるだろう。

 そこに、更に炎の力を与えられたとなれば尚更だ。

「でも、燃えやすい液体って……そんなもの、ここにあったかしら? しかも撒かれているって」

 ある場所でない場所に燃えやすい液体。

 しかも、術の気配。

 それらが表すものはただ一つ。

「間違いなく、放火ですね」

 侍従の言葉に、果竪はそれが撒かれていた場所を呆然と見つめた。

「……誰が……そんな事を」

 だが、その質問に答えられる者は誰一人として居なかった。

 その時、遠くから明燐の声が聞こえてきた。

「止めなさい!!」

「明燐?!」

 慌てて外に飛び出せば、倉の焼け焦げた場所で這いつくばる料理人が見えた。

「そんな事をしても、全て燃えているわ!!」

「ですがっ」

「ど、どうしたの?」

 ハラハラとそのやりとりを見守っていた他の侍女に問いかける。

「それが、薬草を」

「薬草? あ……」

『病気になった子供に薬草を持って行こうとして料理人が屋敷に戻ったんですわ』

 そうだ。

 薬草を届けようとして、その親切心から屋敷に戻ってきた為にこの火事を発見した料理人。

 けれど、その料理人が持ちだそうとした薬草はとっくの昔に焼けてしまってもはや一つも見つからない。

「薬草、薬草を」

「ですから……もう無理ですわ」

 その瞬間、料理人に掴みかかられた。

「無理ってなんですか!! 無理って!!」

「ちょっ、お、落ち着きなさい!」

「無理ってそれで済ませていい事なんですか?! 今死にかけている子供を、その一言で切り捨ててもいいんですか?!」

「そ、それは……か、果竪?!」

 果竪が料理人の肩を掴みこちらを向かせる。

「お、王妃様?」

「どうしてそこまでするの?」

 泥だらけになった料理人に問いただす。

「見も知らない人のために」

「それを貴女が言うんですか?」

「え?」

「見も知らない……確かにそうです。でも、見も知らなければ見捨ててもいいんですか?」

「それは……」

「助けられる手段を持っていれば使えと教えてくれたのは貴女ではないですか!!」

 料理人の悲痛な叫びに、果竪は黙った。

「……確か、王妃様でしたよね? あの薬草を見つけてきたのは」

 料理人が果竪にすがりつく。

「教えて下さい、あの薬草の在処を!!」

「……分かったわ」

「果竪?!」

「日没まで時間がある。戻って来たら真っ暗だけど、それでも薬草を採った後なら暗くても構わないわ」

「王妃様……ありがとうございます!!」

「果竪、ならば私も行きますわ!!」

「いえ、明燐はここに居て。どうやら屋敷は放火された可能性があるみたいだから」

「放火ですって?!」

 果竪の言葉に、その場にいた他の者達も愕然とする。

「ええ。そっちの調査をお願い。大丈夫、何人かは連れて行くから」

「ですが……」

「明燐、貴女しかこの場を収められる人はいないの」

 そう言って明燐を説得すると、果竪はその場にいた者達から数人を選んで共に行ってくれるように頼み込んだ。

「我らは構いませんが……」

 そう言ってくれた彼らに果竪は感謝の意を伝えると、果竪は料理人へと向き直った。

「子供の病状の事もあるわ。すぐに出発しましょう」

 その言葉に、料理人が涙を拭って頷いたのだった。


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