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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第44話 領主の真価

 暴走運転間違いなし。

 乗り心地の良さも安全も全て犠牲にした結果、なんと来た時の半分ほどで州都へと戻れた果竪は、乗り物酔いも我慢して領主館へと走った。

 途中、使者団の長が組合長の方に報告するとかで離れると、果竪と明燐の二人だけとなる。

「ってか、どうして明燐はそんなに平然としていられるの? 酔わないの?」

「慣れではないですか?」

 慣れって何に?

「暴れ馬とかよく乗り回していましたし、酔いには強いですわよ」

「え? 暴れ馬なんて乗っていた事あったっけ?」

 寧ろ、明燐が乗る馬は全て

 どうか、この貴方様に触れる事すら叶わぬほど、卑しくものの数にも入らぬ私に、貴方様に触れ、乗られる馬となる崇高なる使命をお与え下さい

 と言わんばかりに馬が身を投げ出していたような――しかも、身を投げ出したせいで自分で起き上がれず、周囲がその馬を立ち上がらせるのに凄く苦労した経験がある。

「暴れ馬って初めの調教が大切ですのよ」

 清々しい笑顔なのに何処か真っ暗な気がして果竪は無言で走ることに専念した。

 しかし――

 ユサユサ

 プルンプルン

 横を走る明燐の胸が走る度に、大きく、誘うように揺れる様に果竪は立ち止まり、近くの建物の壁を殴った。

 なんて羨ましい――ではなくて、気になる胸なんだ!!

 真っ平らを通り越し、昔から仲間達に【断崖絶壁】とその胸の無さを揶揄されてきた果竪にとって、胸の話はタブーだった。

 しかも、自分のコンプレックスに塩を塗り込むように、周囲の女性達の胸は大きい。

 大きいだけではなく、弾力も張りも色も柔らかさも全てが美乳の名に相応しい代物である。

 そんな周囲に囲まれてきた果竪にとっては、大きな胸が自己主張するように揺れる事さえイラっとくる。

 でも、そんな事を明燐や仲の良い友人達に言えるわけでもなく……。

「果竪?」

「あ、なんでもないよ」

 壁を殴ったところを見たのか、明燐が心配そうに聞く。

 しかし、果竪は何でもないと本音を押し隠した。

「ならいいですけど」

 そう言って再び走り出した果竪達だったが、再びその胸が揺れる様に果竪は心の中で涙した。

 そうこうするうちに、果竪と明燐は領主館へと辿り着いた。

「開けてぇぇ!!」

 果竪の叫びに、門番の兵士が慌てて扉を開けた。

 それからほどなく、駆けつけてきた李盟と再会の抱擁をした後、すぐに果竪は本題に入った。

 時間がないのだと焦る果竪とは余所に、明燐が簡潔に分かり易く説明すると、領主はしばし考え込んだ後、果竪達を信じ、残りの兵士達も向かわせると宣言した。

「この屋敷に残る残りの兵士達全員を投入しましょう」

 しかし、それでも人数が足りず、果竪達の懸念通りに李盟は州都の民達に協力を頼む事にした。

「どうか、お願いします!!」

 集まった自警団の者達に、李盟が土下座して頼む。

 州都にも、自警団というものがある。

 領主館の兵士や武官にこそ敵わないが、一般の民達に比べれば鍛錬を積んでいる彼らならば十分に戦力になる。

 勿論、それには力有る指導者が必要だが。

 指導者としては、使者団の長がその役割を担う事になっている。

 李盟に土下座された自警団、そしてその様子を見守っていた民達は戸惑いの様子を見せた。

 突然自警団の本部へと駆けて来た李盟に、最初は皆が冷ややかだった。

 だが、その視線をものともせずに一つずつ根気よく説明し、最後は土下座までした領主に彼らは蔑みの言葉一つ出せなかった。

 一方、着いてきた兵士達がそんな李盟を止めようと説得する。

 どうか、領主がそんな事をしないでくれと。領主としての権威が低く見られると。

 しかし、李盟はそれら全て退けた。

「少女達の命がかかっている時に、領主の権威の高さなど問題ではないです!!権威は外交面では確かに大切な事です。容易く頭を下げてしまえば、いざという時に低く見られるかもしれない。けれど、今、私に求められているのは誠意です。こうまで民達に反感を持たれているのは、全て私の不徳と為すものなんです!!」

「ですが……」

「どれだけ頑張っていると言っても、私は事件を解決するどころか、更なる負担を強いてしまった。それは事実です。その償いはしなければならない。でも、その償いのせいで少女達を助けられなかったなんて事はあってはならない事です!!」

「李盟様……」

「皆さん、どうか協力して下さい。私の事が憎いと言うのならば、攫われた少女達の為に協力して下さい。少女達は被害者です。今もこうして助けを待っています。今すぐに動かなければ、少女達は助けられなくなります!!」

 そうして再び頭を下げる李盟に、自警団の代表が口を開いた。

「なんで……そこまでするんだ」

「領主だからです」

 李盟は言った。

「どんなに無能でも私は領主です。領主として、民を守る義務がある」

 そう言い切る李盟に、彼らは領主としての決意をこの小さな少年の中に、確かに見た。

「私の方からも、出せる全ての兵士を出します。また、指導者としては王宮からの使者の方が力を貸してくれます。ですから、お願いします!!」

「領主様!!」

 兵士達が悲鳴をあげる。

「全員ですと?!」

「それは無理ですよ、領主様!!」

「既に屋敷の兵士は残り少ない」

「勿論、王宮から来られた他の使者達にも助力は願い済みだ」

 そう、果竪を連れ戻す為に来て、今は領主館で仕事を手伝ってくれている使者団の全員にも李盟は頭を下げて頼み込んでいた。

「それでは誰も領主館に残らなくなる!!」

「そうです、警備が完全にがら空きとなる!!」

 それだけは了承出来ませんと叫ぶ兵士達に李盟は切れた。

「黙れ!!」

「っ?!」

「警備ががら空き? だから了承出来ない?! 今はそんな場合じゃない!!」

「ですがっ」

「ですがも何も無い!! 今大切なのは、攫われた民達を助ける事だ!! 僕の安全など後にしろ!!」

 その叫びに、その思いに自警団、そして民達が圧倒された。

 気付けば、ポツリと言葉が転がり出ていた。

「……協力しよう」

 自警団の代表の言葉に、他の者達が驚いたように見るが、それもほんの少しの間だった。

 何度か代表と李盟を見た後、他の者達もゆっくりと了承の意を示した。

「そこまでの覚悟があるのならば、我らもそれ相応の覚悟で応えましょう」

「ありがとうございます」

 李盟がもう一度深く頭を下げると、代表がその小さな体を立たせた。

「あの……」

「小さくとも領主と言う事ですか」

「…………」

「貴方が領主になった時は余りにも小さかった」

 代表は昔を思い出すように言う。

「いくら能吏達が居るとはいえ、まだ十歳の子供が領主という言葉に不満を覚えた者達も多い。二十年前はそれで内乱も起きたぐらいですからね。ただ、内乱を起こさずとも、内心そう思っていた者達はもっと多い」

「…………」

「貴方は沢山の良策を行ってくれた。それでも、心の何処かで私達は思っていた。それは、能吏の方達の策だろう?と。その方達が貴方を立派な領主にする為に行っている事を、そのまま貴方が行って居るだけなのだと。言ってみれば、良い意味でのお飾りの領主としか思えませんでした」

 領主を称賛する言葉を口にしても、心の何処かでは皆がそう思っていた。

 能吏達に助けられての政治は良くあるが、それを踏まえても領主の手腕を褒め称えるにはあまりにも領主が幼すぎた。

 心の何処かで、どうせそれらは能吏達によるものだと、侮っていた。

 そして今回の事件。

 能吏達が各地に飛んだ後、一気に事態は悪くなっていった事で、皆の心の中でそれは膨れあがっていった。

 やはり十歳の少年が領主なんて無理なのだと。

 実際、暴動の時は一度も出て来なかったぐらいなのだから。

 けれど、今、自分達の目が曇っていた事に気付かされた。

「貴方は反感を持つ者達の所に迷わず駆けて来た。乗り物にも乗らず、自分の足で駆けて来て、頭を下げた。誠心誠意、自分の言葉で私達に協力を頼んだ。確かに領主としては簡単に頭を下げすぎているかもしれません。けれど、攫われた少女達の為ならば地面に膝を突き、頭を下げる事すら厭わない貴方を好ましくも思う」

 その上、警備も全て投入するという覚悟に、その本気が見て取れた。

「ですから、認めます。貴方が……紛れもなくこの州の領主だと」

 危険を顧みず、必死に助けを求めてきた領主。

 他の州からすれば、みっともないと言われるかもしれない。

 けれど、自分は決めた。

 そんなみっともない領主こそ、自分達の領主だと。

 寧ろ、子供という事で侮っていた自分達こそ、みっともなく思う。

 子供だろうと何だろうと関係ない。

「というか、領主の真価は、そういうので判断するものではないですしね……って、泣かないで下さい」

 ボロボロと涙をこぼし始めた李盟に代表が慌て出す。

 しかし、止めようと思っても止まらない。

「す、すいません……」

 泣いている場合ではないのに、視界が歪み頬を涙が伝っていく。

 その姿に、見守っていた民達の中で反省する声が上がり出す。

 考えて見れば、自分達はあまりにも領主を責めすぎていた。

 完璧な領主などいないという事は分かっていたのに、幾つも襲い来る被害に、気付けば領主を責め立てていた。

 それは、やはり心の中に何処かで領主が子供では駄目だという思いがあったのだろう。

ましてや、前領主があれほど偉大であれば、比べる気持ちもあった筈だ。

 後悔と自責の念にかられた民達の謝罪の言葉が吹き出す――その時、割って入るようにして駆け込んでくる者が居た。

「李盟!!」

「果竪?!」

「向こうの準備は終ったわ。こっちは?!」

「皆さん、了承してくれました」

 その言葉に果竪が喜びの声をあげる。

 そんな果竪の前に、民達は自身が抱く後悔や自責、そして謝罪の言葉すら飲み込んでしまった。

 というか、周囲を一気に明るくするほどの喜びようの前で、泣きながらの謝罪はどう頑張っても難しいだろう。

「じゃあ、すぐに領主館に来て下さい!!」

 そのままの勢いで果竪が自警団の代表者に頼めば、気圧されたように了承の意を伝える。

 そうして、彼らはすぐさま領主館へと走ることになったのだった。

 それから一時間後。

 領主館に集まった自警団の者達は、使者団の長から計画の説明を受けると慌ただしく準備を調え、程なく全ての準備が整った。

「気をつけて下さいね!!」

「果竪様も」

 領主館の門前にて隊列を整える使者団の長に、果竪の隣に居た明燐も頷く。

 また、見送りに来た民達も彼らに応援の言葉をかけた。

 そうして――その日の午後。

 使者団の長に率いられた討伐隊が少女達を助けるべく、州都の北部の森へと出立したのだったのだった。

 遠くからその隊列を見守る者達が居た。

「計画どおりですね」

 若い男が言う。

「残りの兵士達もいるようだ」

「となると、領主館はこれで完全に空となったな」

「それに、煩い自警団もいない」

 中年ぐらいの男が笑う。

「ああ、自警団の方は上手く行くか分からなかったが、これであの方に報告出来る」

 自分達としては、領主館から兵士達が居なくなるだけで良かったが、あの方は自警団も含めて州都の警備を空にする事を命じた。

 その通りに自警団も人買いに攫われた少女達を助けに州都を離れた。

「まあ、王宮からの使者団も舘から離れてくれた事だし、万々歳だな」

 最初、王宮からの使者団が来た時には驚いた。

 というのも、彼らを殺すわけには行かないからだ。

 しかし、上手い具合にその使者団も討伐隊に参加してくれた。

「このままで行くと、討伐隊は夜には向こうに着くだろう」

 州都の北部の森の根城に。

 そうなれば、どんなに急いでも州都への帰りは朝になる。

「決行は今夜だ」

 その言葉に、彼らが頷いた。

「今宵……我らの悲願が達成する」

 忌まわしい過去、屈辱に塗れながらも必死の思いで乗り越えてきた全てが報われる時が来たのだ。

 男達が忌々しげに州都を見つめる。

「我らの受けた屈辱と恨み、必ずや果たしてくれよう」

 その為だけに、自分達は此処まで来たのだから――


ちょっと題名と内容が合っていないかもしれませんが……あとで修正するかもしれませんのでご了承下さい。

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