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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第43話 州都へ

 果竪が村に戻ってきた時には、もう殆ど夜が明けていた。

「早く……早くしないとっ!」

 すぐさま、明燐達のいる隣村――放火された村に向かおうとした果竪だったが、ふと自分を呼ぶ声が聞こえて立ち止まった。

「っ!! 明燐、長!!」

 そこに居たのは、明燐と長の二人だった。

 駆け寄った果竪に、彼らは丁度少女達を助ける為の準備が整い、報告に来たのだという。

「後はもう差し向けるだけです」

「それ待って!!」

 果竪の絶叫に、長と明燐が驚きの色を顔に浮かべる。

「王妃様?」

「果竪、どうしたの?」

「駄目、その根城に行っては駄目!! そこに少女達はいないの!!」

 必死の説得に、長と明燐は顔を合わせた。

「何を……言っていますの?」

「そうですぞ、王妃様。その根城にいるというのは、あの人買いの男達からの情報で」

「それは嘘なの!!」

「果竪?」

「あの人達は嘘をついているのよ!!」

 必死に叫ぶ果竪を明燐が落ち着かせるようにその肩を掴む。

「果竪、どうしてそう思うのですか?その証拠は?」

「証拠は――」

 が、そこで言葉に詰まる。

 証拠などない。

 あるのは、カヤの言葉だけ。

 それをどう伝えればいいのか。

「少女達の命がかかっているのです。間違いでしたでは済まされません。何故そう言うのか、何故あの者達の言うことが嘘なのかを説明出来なければ動く事は出来ません」

 明燐の言う事は尤もだ。

 自分だってそう思う。

 けど、カヤの言う事を果竪は嘘だとは思えなかった。

 だから、自分はカヤの言う事を信じた。

 でも、それを分かって貰うのは至難の業だ。

「と、とにかく、あの人達の言うことは……だ、だってその南の根城は小さくて、とても少女達を置いておけるような場所じゃないからっ」

「小さい……って、どうしてそれを知っているんですの?」

「それは……聞いたから」

「誰に?」

「それは……」

 カヤと言おうとして言葉を詰まらせる。

 そう言えば、今度はどうしてその少女が此処に?と聞かれるだろう。

 しかし説明している暇はない。

「お願い、信じられないかもしれないけど、でも信じて!!」

 何を言っているのかと自分でも呆れた。

 けど、説明している暇はない。カヤはギリギリだと言った。

 ギリギリ――そう、無駄な時間を使ってはいられない。

「後で……後で説明するから。どうしてそうなのか……だから、お願い!!」

「果竪……」

 しかし、二人は動いてくれない。

「申し訳ありませんが、それでは動けません」

「そんな……」

 ああ、何かないだろうか……何か、南の根城ではなく、州都の北側に根城があるという証拠が。

 果竪は願うように、自分の胸元をグッと握りしめる。

 その手が、何かに触れた。

 え――?

 何か硬いものに触れた。それを慌てて取り出す。

「これは……」

 それは、ぐしゃぐしゃに丸められた紙だった。

 が、こんなものを自分は持っていただろうか?

「果竪、それは?」

「わ、分からない、いつの間にか……」

 果竪はそれを綺麗に開いて行く。

 最初に出てきたのは、粗末な指輪だった。蒼い石が填っている。

 続いて、萎れた花が出て来る。

「あら?これは……『水晶花』ですわね」

「『水晶花?』」

「ええ。薬の材料でもあるのですが、乱獲されたせいで今は限られた場所にしか咲きません。この州ですと、州都北部の森にしか……え?」

 それって……、と言葉を無くす明燐を見た果竪だったが、横から長の叫び声が聞こえる。

「これはっ!」

「え?きゃあ!!」

 伸ばされた紙の上に踊る文字に果竪は危うく紙を落としそうになった。

 そこに書かれていた文字は


 タ   ス   ケ   テ


 それも――赤黒い字で。

 まるで血で書かれたように、その文字は禍々しかった。

「これは血、そのものです」

「う、嘘……」

 使者団の長が紙を手に臭いを嗅ぎそう断言する。

「果竪、これをどこで?」

「どこって……」

 その時、ふとカヤに抱きついた時の事を思い出す。

 あの時――懐にカヤの手があった。

 まさか、あの時に……。

 そこに、村長がやってくる。

「あの、兵士の方々がまだかと――そ、それはっ!!」

「村長?」

「それは、姪の、何故」

「姪? 姪のですって?」

「そうです!! 私が見間違える筈がありません」

 そう言うと、村長は指輪を持つ果竪の手を掴み、まじまじと見た。

「やはり……ここに、彫られています」

 その言葉に、果竪が見ると不思議な紋様が彫られていた。

「これは私の家の家紋です。こう見えても、大戦以前は貴族の家柄だったんですよ」

 ただし、それも遥か昔のこと。

 何代も前に罪を着せられ没落し、多くの財産は奪われたという。

「それでもこの指輪だけは残りました。代々の当主の妻、または娘に伝えられてきたもので、私の代でも唯一の女子である姪に渡しました」

 自分の子供達は全員男だったからと言う当主は何処か優しい眼差しで指輪を見る。

 しかしすぐに悲しみに満ちた目で指輪を見つめた。

「その姪御さんはどうなされたのですか?」

「……人買いに……攫われたと思われます」

 そう言うと、村長は人買いの被害にあった村の中の一つに姪が住んでいたと告げる。

 被害にあった村の少女は全て連れ去られているから、年頃の少女である姪も攫われた筈だ。

「その攫われた筈の姪御さんの指輪が、此処にある。しかも、助けてという文字。これはまず間違いなく、姪御さんが助けを求めるものですわね」

「ああ、くそっ!! 一刻も早く助けなければ!!」

「……長、急ぎましょう」

「はい、では南の」

「いえ、州都の北ですわ」

 使者団の長が驚きの声を上げた。

「ど、どうしてですか?!」

「この『水晶花』です。これは、州都の――果竪が言った森でないと咲いていません。それが、人買いに攫われたと思われる少女の助けを求める手紙に一緒に添えられているとなれば」

 少女の居る場所はそこという事になる。

「ですが……もし違った場合は取り返しが付きませんぞ」

「責任は私が取るわ」

「王、いえ、果竪様」

「お願いします、どうか信じて下さい!! もう時間もないんです」

「時間がない?」

「今急いで出て、州都で討伐隊を組んでギリギリ。お願い、早くしないと」

 果竪はその場に座り込む。

 それも唯座るのではなく、土下座の体勢を取った。

「か、果竪様!!」

「お願いします!!」

 その姿に、長の方が慌てた。

 村長も驚き言葉を無くして立ち尽くす。

「長、果竪の言うとおりにしましょう」

「……分かりました。ですからどうか立ち上がって下さい!!」

 これでは、自分が王に殺されてしまうと長は慌てて果竪を立ち上がらせた。

「じゃあ」

「分かりました。すぐに州都へと向かいましょう」

「ありがとう!!」

「しかし……そうなると問題は人員ですな。ここの者達を動かせたのは、此処から近い場所でしたが、州都の北部となると、人員確保はそこで改めてという事になります」

「あの、ここの者達を連れて行っても構いませんが」

 村長の申し出に長は礼を言うも、首を横に振った。

「いや、そこまで人を運ぶ乗り物が徹底的に不足しております。それに、大勢で動けばどうしたってスピードが落ちます。ならば、少人数で州都に辿り着き、そこで人員を確保した方が良い」

「でも、それは難しいですわね」

 現在、州都の者達は領主に反感を抱いている。

 果たして協力してくれるかどうか……。

 けれど、やらなければならない。

 その後の対応は早かった。

 集められた者達に使者団の長が代表として、人買いの根城の場所が違う場所にある事を告げ、集めた者達には焼け出された村の復興を頼んだ。

 勿論、それに反論する者達も居り、もしそれが本当ならばやはり人買い達に問質すべきだと意見を出した者達も居た。

 よって、駄目もとで人買い達にもう一度問質そうとした使者団の長だったが、それが叶う事は永遠になかった。

 何故なら、捕えてあった筈の人買い達は皆、物言わぬ遺体となって転がっていたからだ。

 誰かの口封じが行われた事は一目瞭然である。

 これには流石に誰もが納得するしかなく、彼らは不安を抱きながらも果竪達を送り出す事を受け入れてくれた。

 が、果竪達が出立しようとしたその時、領主館から出された使者がやって来た。

 人買いが暴走しだしたとの報せを果竪達に知らせるべく来た彼らに、実行犯は既に捕まえたと告げる。

 また明燐から、その者達に騎凰の件を託したらどうかという提案がなされ、彼らはそのまま果竪達が最初に行くはずだった村へと旅立っていった。

 集められた者達の代表が果竪達の乗る【車】へと近づき言葉をかける。

「絶対に、娘達を助けて下さい」

 懇願のような言葉に、果竪は力強く頷いた。

 そして果竪達は州都へと戻っていったのだった。


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