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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第42話 少女再び

 森に辿り着いた時には、夜の闇が薄まり藍色へと変化していた。

 時折、ホーホーと梟の鳴く声が聞こえてくる。

 幾ら村を守ってくれる森とはいえ、獣もいるだろう。

 しかし、果竪は躊躇することなく奥へと進む。

 一つは、森に入った瞬間に【聖域の森】と同じ空気を感じたからだ。

 それは、進めば進むほど強くなる。

 たぶん、森の奥に生えている【聖域の森】の木がそうさせているのかもしれない。

 そして二つ目は、果竪にとって夜の森を歩くのは慣れっこというスキルが大きく関わっていた。

「昔は山奥に住んでいたもんね~」

 隣村までは山を越え幾つか越えないと辿り着かないという山奥に住んでいた。

 そこでは、自然はすぐ隣にあった。

 自然の怖さも知っていた。

 たとえ、神といえども、自然の全てを支配する事は出来ない。

 自然は精霊界の領域でもあるのだから。

 そしてそれは今の世ではもっと顕著となっている。

 全ては、前天帝達のように独占による暴走を避ける為に現天帝達が行った処置だ。

 役割を分担する事で、もし天界が暴走しても他の世界がそれを押し止め補う。

 そうする事で、以前のように天界の暴走によって連鎖的に他の世界が壊れるのを止めるという意味がある。

「……王妃を辞めたら、こういう森の奥に住むのもいいかもね」

 色んな世界を旅して、いつか疲れて永住の地を求めた時には、こういう静かな場所が好ましい。

 何物にも煩わせられる事なく、王宮からの噂も届くことのない静かな場所で……一生を過ごすのもいい。

「ああ、でも大根は作りたいから、森の奥とか山だと耕さなきゃならないよね~」

 しかしそうなると、森林破壊にならないだろうか?

「まあ斜面とかでもいいけど、木とかあると邪魔になるからな~」

「そろそろトリップから戻らないとぶつかるわよ」

「え? きゃっ!」

 ぶつぶつ呟きながら歩いていた果竪は、突如聞こえてきた声に我に返ったものの、既に眼前まで迫っていた壁に足を止められず思いきり激突した。

「ぶっ――」

 そのまま後ろにヨロヨロとよろけて尻餅をつく。

 鼻を押えて視線を前に向ければ、そこにはどっしりと土に根を張った大樹が聳え立っていた。

「ふ、ふごいっ」

 鼻を抑えたまま呟く。

 それほどに見事な樹だった。

 呆然と見上げていると、カサっと葉っぱを踏む音が背後から聞こえてきた。

「前は湖に落ち掛けて、今度は樹に激突?見てて飽きないけど、気をつけないと大怪我するわよ?」

「っ?!」

 その声は――

 慌てて振り返った果竪の目に見覚えのある美少女の姿が飛び込んでくる。

「あ……あ…か、カヤ!!」

「久しぶりね、果竪」

 大地色の髪がさらりと揺れ、温かな光を宿す金色の瞳が果竪を見つめた。

 そうして飛びついてくる果竪を優しく抱き締めた。

「無事で良かったよ~」

「無事って……あのね~」

 普通、どうして此処にいるの?とか聞かないの、と呟くカヤだったが、それでもポンポンと宥めるように果竪の頭を撫でた。

「もしかしたら鍾乳洞が崩れたかもしれないって聞いたから」

「崩れてないわよ」

「え?」

 鍾乳洞崩壊説をあっさりと否定するカヤに、果竪は呆然とした。

「で、でも鍾乳洞は見つからなかったって」

「当たり前よ。だって普段は結界が張られていて見つからないようにされているもの」

「へ?」

「神殿のあった場所よ? 不審な者は入れないように仕掛けがされているのよ」

 あまりにもさらりと言われた。

「……でも、私は入れたわ」

「貴方の場合は呼ばれたからだと思うわ。それに縁深い人物であるし」

「へ? 呼ばれた?」

「ああ、こっちの事よ。それより、傘はどうしたの?」

「ないけど」

「……いくらこの大樹が立派だからって、少しは濡れるのよ」

 その言葉に果竪が大樹を見上げる。

 そういえばここに来てからはポツンポツンと雫が少し落ちてくるぐらいだった。

 暗くて見えないが、きっと生茂る葉が雨から果竪を守ってくれているのだろう。

「で、夜にこんな奥まで来るなんて一体どうしたの?」

「いや、眠れなくて散歩しに来ただけだよ。あと、移植された木を見に来ただけ――これがそれ?」

 気付けばカヤに問いかけていた。

 後から考えれば、どうしてカヤにそんな質問をしたのかと思う。カヤはあの村の者ではない筈なのだから、どれが移植されたものか知るはずもないのに。

 けれど、何故かカヤなら知っているとも思った。

「そうよ」

 思ったとおり、カヤは頷いた。

「それで、気が済んだ?」

「う~ん……どうだろう?」

 気が済んだかは分からないが、凄くホッとする。

 と、突然その疑問が浮かび上がってきた。

「……そういえば、カヤはどうして此処にいるの?」

「やっとそれ?」

「い、いいじゃん! 別にいつ質問しても」

 あの森の近くに住んでいるカヤは何故此処に居るのか?

 ようやくその疑問を抱いた果竪に、カヤは苦笑しながら答えた。

「ちょっと用事でね……近くまで来たの」

「用事?」

「そう。詳しくは言えないけど――これでも守秘義務っていうものがあるし」

 にっこりと笑ってはいるが、そこに確固たる意思が感じられる。

 これ以上つっこんでも無理だろう。

 そもそも、カヤとは出会いからして尋常ではなかったのだから、色々と不思議な事があってもおかしくはない。

 普通なら怪しんで警戒するところも、基本的ポジティブ思考で根が素直な果竪はそう思い納得することにした。

「それより……前よりも力が強まっているみたいね……『枷』……いえ、どちらかというと、『調律師』の方」

 小さく呟かれたそれは、果竪の耳には届かなかった。

「あと、そろそろ戻った方がいいわよ? 雨も強くなるから」

 カヤの言葉に、果竪が溜息をついた。

「雨か……一体いつになったら降り止むんだろう」

 ずっと降り続けば恵みの雨ではなく、水害を引き起こす厄介者でしかない。

「果竪はこの雨が嫌い?」

「嫌いっていうか……こんなに降り続くと水害が心配だもの」

 特に川や湖など水場の近くに住んでいる者達はその恐怖に怯えているのだ。

 それを考えれば、今すぐ降り止めと言いたい。

 しかし、同意を求めてカヤを見た瞬間、果竪はその言葉を飲み込んだ。

「そうか……そうよね……でも、それは無理だわ」

「カヤ?」

「ごめんね、果竪。でも、この雨は降り止んではいけないの。今はまだ」

「……どういう事?」

 降り止んではいけない雨。

 その言葉に果竪はただただカヤを見つめた。

 しかし、そんな追求の眼差しをカヤは笑み一つでいなすと、ポンッと手を叩いた。

「あ、そうだ。言おうと思っていた事があったのを忘れてたわ」

 あまりにも見事な樹への激突っぷりを見たせいで――と呟くカヤを恨みがましく見るが、スッと笑みを消したその顔に果竪は慌てて姿勢を正す。

「あなた達さ、確か人買いの根城に向かうのよね」

「うん。その為に兵士達を集めて――って、どうして知ってるの?」

 カヤにそんな事を話したっけ?

「別に、噂を聞いただけよ。ここに来る前に」

 その説明に、果竪は何処か納得出来ないものはあったが、とにかく先を続けようとするカヤの様子に疑問を飲み込んだ。

「それで、根城の場所だけど」

「ええ、此処から南の方にある岩場らしいんだけど」

「そこには少女達は居ないわよ」

「へ?」

「だから、居ないの。だってそこはもう遺棄された仮の根城。現在使われている根城は別の場所よ」

「え、で、でも」

「行けば分かるけど、そこの遺棄された根城は到底大勢の少女を置いておけるほどの広さはない。それに、一度もそこは使われてないわ。寧ろ、みんな現在使われている方の根城に運ばれている」

「え? け、けどそれって……じゃあどこなんですか?! 根城は」

 そう叫べば、カヤは根城の場所を淡々と伝えた。

 途端に、果竪の目が驚きに見開かれる。

「そ、それって」

 逆方向どころか、州都の方向ではないか。

「州都の北部の森の中よ」

「そんな……」

 呆然とした果竪だったが、すぐにある事に気付く。

「そ、そこに少女達が集められているって言いましたよね?」

「ええ」

「でもそれはおかしいです。だって、実行犯は私達が捕まえた人達だけでした」

 そう―実行犯は彼らの言う事を信用するならば彼らだけである。

「けど、犯行に及んだ日にちからすれば、そう開いてません。なのに、カヤの言う根城に集められているとすれば、そちらまで少女を運んでこっちに引き返しているという事ですよね?」

 果竪はポケットから地図を取り出した。

 それは、男達の持っていた地図そのものではなく、新しい地図に同じように被害場所を書き込んだものだった。

 その被害場所は全て放火された村の近くだった。

「州都よりも北に根城があるのに、どうしてこんな遠くで犯行に及ぶのか……運びやすさを考えたら、普通ありえません」

 それに、少女達を運ぶ【トラック】の数も、そうそう台数があるとは思えない。

「あら? 運ぶ方法なんて色々あるじゃない」

「あるって……大人数を運ぶにはトラックが必要です。それに、実行犯達は【トラック】で少女達を捕まえて」

「捕まえて一時的に集めるのはね。でも、そこから根城に運ぶのは【トラック】でなくてもいいわ。空間転移で飛べばいいんですもの」

 空間……転移?!

「そ、それはそうですけど、でも凄い力を使うもので!!」

 あの人買い達にそれだけの力があるとは思えない。

「あの人買い達にはね」

「え?」

「人買い達にはないわよ?」

 人買い達にはという部分を強調するカヤに果竪は眉を顰めた。

「それはどういう……」

 しかし、それ以上問質す事は出来なかった。

「残念、時間切れね」

「え?」

 カヤがくるりと踵を返す。

「ま、待って」

 叫ぶと、カヤの足が止まった。しかしこちらを振り向く事はなかった。

「信じるも信じないのも貴方の自由」

「カヤ?」

「……鏡、捨てずに持っていてくれたのね」

 突然話が変わった。

「カヤ、あの…鏡って!」

 鏡という言葉で、果竪はハッとした。

 そうだ、鏡、お礼、お礼を言わなきゃ。

 しかしそれを制するようにカヤが話し出す。

「それは貴方を既に主と認めているわ。大切にしてね。たとえそれが割れても、消えるまでずっと持っていて――きっと貴方の役に立つから」

 そう言うと、今度こそカヤは歩き出す。

 果竪が追いかけようと走り出すが、それを拒絶するように突然滝のような勢いで雨が降り注いだ。

「カヤ、カヤ!!」

 それから五分ほどして雨が上がったが、カヤの姿は何処にもなかった。


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