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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第41話 森2

「つ、疲れた……」

 ようやく怪我人の看病も一段落した頃には、既に夜明けに近かった。

 果竪は村の広場にある四阿のベンチに座り、ペタリと寝転んだ。

 夜風が少し肌寒い。また雨も少し冷たさを増したようだ。

 相変わらず降り続ける雨を眺めながら、果竪は溜息をついた。

「いつになったら降り止むんだろうね~」

 とはいえ、この雨のおかげで人買いによる放火が鎮火されたのだから、文句ばかり言ってはいられない。

「けど……どうせなら、放火される前に消して欲しかった」

 村が放火された時も降り続いていた雨。

 けれど、雨の勢いは珍しく弱かった。

 一方、放火は大量の燃えやすい、火の勢いを強める宝珠を使って行われていた為、降り注ぐ雨だけでは消える事はなかった。

 ただ、それでもその雨のおかげで村人達が逃げる時間を稼げたのも事実である。

「じゃなかったら、死者がゼロだなんて事はなかったと思うわ」

 そう呟くと、果竪は曇天の隙間から久しぶりに姿を現わした月を見る。

 ああ、気付けばこんなに欠けていたんだね……新月ももうすぐか……。

 果竪はベンチに仰向けとなる。

 雨がシトシトと降る音が耳に心地よい。

 気付けば、ご飯も食べず、ひたすら走り回り、思わず領主館に居た時を思い出していた。

「体力がなかったら、とっくの昔にぶっ倒れてたわ」

 現に、看病の為にかけずり回っていた村人達の何人かは、看病される側へと回っていた。

 そんな中も、果竪は頑張った。

 大根を噛り、時には大根を抱き締め自分を律し、何とか乗り越えることが出来たのだが――。

 何故か、周囲から変な眼差しで見られた。

「どうしてあんな目で私の事を見るんだろう……」

 果竪は不思議に思うが、誰だって突然大根を片手に

『負けるな私!! ここで負けたら愛する大根に二度と顔向けできないわ!!』

 なんて叫びだした相手を見れば、即座に危ない人だと認定するだろう。

 怪我人の為に必死にかけずり回る健気な少女。でも、大根片手に奇声を発する危ない人。

 きっと看病疲れのせいだ、疲れで頭がおかしくなったのだと生暖かい目で見守られ、時に涙される事実に全く気付かない果竪は本気で首を傾げたのだった。

「……まあ、いっか」

 きっとみんな看病疲れであんな風な目で自分を見たのだろうと勝手に自己完結する。

 互いに看病疲れで事を収めようとする双方の溝は何処までも深かった。

「さてと……この後どうしよう」

 疲れてはいるが、逆に疲れすぎて目が覚めてしまっている。

「寝るのは無理そうね……」

 となれば、起きているしかない。

 幸いなことに、明燐は向こうの村に残って使者団の長と共に少女達を助ける為の作戦を練っていて不在だ。

 起きてようが寝てようが果竪を叱る相手はいない。

「……踊ってようかな~」

 そういえば、以前作っていた大根音頭が途中のままになっている。

 一つずつステップを考え、指の先、つま先まで美しく見えるように徹夜で考えた。最初は全然上手く行かなかったけど、それでも何とか途中まで作り上げられた。

 ああ、でもどうして途中までしか作れなかったんだっけ?

 果竪はその時の事を思い出していく。

 確か――今まで全然考えつかなかったのが一気に思いついて

『大根が降臨したわ!!』

 と叫んだ瞬間、突然部屋の扉が吹っ飛び駆け込んできた明燐に病院に連れて行かれたんだっけ――。

『すいません、果竪が大根で末期になってしまいましたわ!!』

 と、文法がめちゃくちゃな悲鳴をあげて医者に泣き付いていた明燐を思い出す。

 ああ、確かそれで禁止されたんだ。

『とりあえず、降臨術は危険ですからおいそれと使うのは止めて下さい』

 医者にまで言われ、とても心外な思いをしたのは言うまでもない。

 危険って何?大根ならば大丈夫ではないか。大根は器となる人を支配などしない。

 そう、大根は……大根は!!

「大根は全てのものと見事なコラボという名の共存を推奨しているのよ!!」

 もし此処に明燐がいれば、再び何を犠牲にしても病院に連れ込まれただろう――心療内科という名の病院に。

 それか、脳外科に連れ込まれてX線CTかMRIの強制撮影をさせられたかもしれない。

「確かこうしてこうやってこう~~」

 果竪は次々とステップを踏んでいく。

 だが、足がもつれてその場に転んだ。

 ベシャっと、固い地面との熱烈なキスをした果竪は己の運動不足を嘆いた。

「くっ! こうなったら一刻も早く大根音頭を完成させないと!!」

 むくりと起き上がり、土を払った果竪の懐からそれは転がり出た。

「うわわっ!」

 地面に落ちる前に慌てて拾い上げたそれが、きらりと月の光を反射する。

「き、傷は……だ、大丈夫か…」

 カヤから貰った大切な鏡。

 そして、火事にパニックになりかけた自分を宥めてくれた鏡は、果竪の顔をしっかりと映していた。

 ふと、果竪は顔を上げる。

「【聖域の森】……カヤ……」

 あれから【聖域の森】には行っていない。

 当然、カヤともあれ以来である。

 果竪は鏡に視線を向けた。

「……お礼、言わなきゃね」

 カヤの言うとおり、この鏡はお守りとなった。

 自分を助けてくれた。

 大切なご神体を、欠片といえど自分に託してくれたカヤに果竪は心から感謝した。

 だが、やはりこういう事はきちんと相手に会って伝えた方がもっと良いだろう。

 それに果竪もカヤに会いたかった。

 が、すぐに思い出す。

 カヤと出会ったあの鍾乳洞はなかったと言われた。

 もしかしたら、鍾乳洞が崩れたのかもしれないと。

 だが何よりもカヤがそれに巻き込まれていたらと思うと恐怖に襲われた。

 そんな事はない。

 そう――信じている。

 だって、カヤは『またね』と言ったのだから。

 気付けば果竪は歩き出していた。

 雨の中、傘も差さずに歩く。

 向かうは村を守る森。

 【聖域の森】の木を移植された森に、とにかくカヤと会った場所に近い所に行きたかった。


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