第39話 人買い2
声が聞こえてきた。
泣き叫ぶ子供の声。
気付けば一人焼け落ちそうになっている建物の中に飛び込んでいた。
そうして奥で今にも気を失い掛けている子供と傍にいる女性を見つけた。
「もう少し! 頑張って!!」
女性を背負った果竪は、子供に必死に叫ぶ。
自分が来た道はもう通れなかった。
火の勢いが強すぎる。
それでも、炎で崩れかかっている窓を見つけ、そこから子供を先に外に出した。
そして自らも窓へと飛び込む。
乗り越える際、その熱で肉が焼けるような臭いがして手を離しかけた。
だが、背中の重みに自分だけではない事を悟り、熱さを堪えて外へと這いずり出る。
どさりと外に出ると、新鮮な空気が果竪を出迎えた。
しかしまだ終らない。
「離れなきゃ……」
果竪は先に出ていた子供を連れ、女性を背負い直してその場から離れる。
そこは、丁度自分達が車を置いた村の入り口とは反対の場所らしい。
人気はなく、どうやら此処に残っているのは自分達だけと思われる。
「明燐達のところに行くには……」
果竪は辺りを見回すが、殆どが炎で塞がっている。
「行くとすれば、私一人になるわね」
きゅっと服の裾を引っ張られる。
見れば、子供が不安そうにこちらを見ていた。
「大丈夫、絶対戻って来るから」
そう言うと、果竪は二人を安全な場所まで避難させる事にする。
「とりあえず、待ってても大丈夫な場所……あれ?」
向こうの黒煙の中に人影が見えた気がした。
「まさか……まだ誰か中にいるの?」
先程よりも激しい炎の中、まだ人がいるとすれば……。
果竪は子供の手を掴み、出来る限り炎から離れた場所へと連れて行くと、しゃがんで子供の肩を掴む。
「ここで待ってて」
不安そうにする子供に果竪は言った。
「助けを求めている人がいるかもしれない。その人を連れてすぐに戻って来るから」
「……」
「私が戻ってくるまで、お母さんを守ってて欲しいの」
「……」
小さくだが、コクリと子供が頷く。
それにホッとしながら、果竪は人影の見えた場所へと走っていった。
黒煙を潜り抜ける。
恐いという感情はあったが、それよりも助けたいという思いが勝った。
それだけが果竪を突き動かしている。
でなければ、とっくに倒れているだろう。
「これなら案外……さっさと炎を克服出来るかも」
そんな事を呟きながら、果竪は走り続ける。
黒煙の中に入ると、やはり人影らしきものが動いている。
それを追いかけ、瓦礫を避け炎の中を飛びこみ走る。
因みに、その間はずっとハンカチを口に当てて煙を避けていた。
このハンカチは明燐が贈ってくれたもので、煙など有害な物質を除去し、正常な空気を濾過してくれる特殊な代物だった。
おかげで、煙に巻かれて倒れる事はなかった。
しかし……それでも、大声を出すと言う事は出来ない。
それが、何時まで経っても果竪が人影に追いつけない理由だった。
大きな声を出せば、それだけ大量に息を吸い込む。
そうすれば、このハンカチだけでは煙の浄化が間に合わなくなる。
だが、そんな果竪を嘲笑う様に人影は歩き続ける。
「お願いだから……止まって」
向こうも死に物狂いなのかも知れない。
けれどこのままでは……。
何とかしなければ――そう呟いた時だった。
突然、視界が開ける。
あれほどあった煙も瓦礫もなくなり、新鮮な空気に包まれる。
驚いて後ろを振り返れば、そこには燃えさかる建物が、村があった。
どうやら、村の外に出たらしい。
「外に……」
いつの間にか外に出たらしい。
という事は、あの人影も。
が――前に向き直った果竪の前にあったのは、予想外の光景だった。
「な……なにこれっ」
そこにあったのは、数台の【トラック】だった。
そしてその前には、複数の男達がおり、手足を縛られた少女達がいる。
――と、【トラック】の荷台の前に立つ男の手には同じように縛られた少女が居た。
その瞬間、果竪は驚くほどの速さで状況を飲み込んだ。
こいつらは少女達を【トラック】に詰込み何処かに連れて行こうとしている。
人買い――という言葉が浮かんだ。
一方、果竪と同じように呆然としていた男達だが、果竪の怒声に一気に我に返る。
と、そのうちの一人が叫んだ。
「あ、あの少女だ!!」
そう叫んだのは、ドライバーの男だった。
男は果竪を見て何度も叫ぶ。
そう、あの少女だ。
あの時轢きそうになった少女こそ、あそこにいる少女だ。
その男は、森で果竪を轢きそうになった【トラック】を運転していた男だった。
騒ぎ立てる男に、果竪はしばし男を見る。
「貴方……あの時の!!」
果竪も思い出す。
あの日、森の中で突然現れた【トラック】。
目の前にまで迫った【トラック】を運転していたのは、あの男。
そして、果竪は【トラック】を見た。
今正に少女を詰込もうとしているそのトラックは。
「あの時……私を轢きかけたきゃあ!!」
男の一人が飛びかかってきた。
それを寸でのところで避けた果竪は、男達が自分をギラギラとした目付きで見ているのに気付いた。
「どうする?」
「捕まえろ。見たところ条件に当て嵌まる」
「けど、幼すぎないか?」
「最終的な判断は向こうがしてくれる。男ならまだしも、女だからな。それに、殺すとしても、ここで殺すより向こうに連れて行って殺した方がいい」
「そうだな」
「おい、そっちから回り込め!!」
男達が素早く動く。どうも唯の人買いとは思えない。
「貴方方は人買いですか?」
「見れば分かるだろう」
「そうですか……では、この村がこうなったのは貴方がたのせいですか?」
唯の火災とは思えない。
どう考えてもこの火の広がりようは、唯の延焼ではない。
「そうだ」
「そうですか……」
「この村の奴らが悪いんだぜ? さっさと娘を渡せばいいのによぉ」
他の男が馬鹿にしたように言う。
「……この村の娘さん達は全員?」
「ああ、既に大半はこの【トラック】に詰め終えた。後は、ここにいる奴らとお前だけだ」
「そうですか……」
「ここの村は、他の村よりも娘が多かったから苦労したが、その分報酬に色をつけて貰えるって事よ」
男の言葉に、果竪がハッとする。
「……他の村? と言うことは」
「ああ、他の村でも稼がせて貰ったぜ」
怒りが込み上げる。
が、そこでふと気付いた。
「報酬……と言いましたね。では、誰かが少女を連れて来るように依頼したと言う事ですか?」
「ん? どうしてそう思う?」
「そんな気がしただけです」
「……どうやら、頭は回るようだな。顔は醜いくせに」
侮蔑の言葉にカチンと来るが、果竪は自分を抑えた。
「……どうせ、死ぬかもしれないんです。なら、教えて下さい。誰が少女を攫うように言っているんですか?何の目的で?」
「往生際が良いな……ふむ、気が変わった、教えてやる」
「お、おい!!」
他の男が止めようとするが、首領格らしき男の睨みには逆らえないらしい。
「依頼主は残念ながら教えられない。そして目的も同様だ。ああ、そんな目するなよ。所詮俺達は雇われの人買い。そこまでは教えて貰えない。ただ、なるべく多くの少女を攫って来いと言われた」
「今まで……どれだけの少女を攫ったんですか?」
「さあな。ただゴーサインが出たのは今から一週間前ほどか。今回の村で八件目だ」
男は取り出した地図を見ながら呟くと、果竪へと見せてきた。
その地図には、八つの×がつけられている。
「八件も……よほど、大規模な集団なんですね」
「まあな。ただ、実際の実行グループは俺達だけで、残りは待機組やら商品の監視組やらだ」
おかげで、一気に襲えず時間がかかると男はぼやく。
「攫った少女達は……その依頼主のもとですか?」
「いや、まだ届けてない。なんでも向こうも受け入れ体勢が整ってないらしくてな。とりあえず、体勢が整うまで出来る限り少女を集めろという事で、俺達の根城に集めてある。後は、時期がくればそこから輸送って事だ」
「……そうですか」
と言う事は、少女達は無事だと言う事か。
「にしても、処女でないと駄目だとかふざけた事を抜かすから手も出せねぇなんてよぉ。蛇の生殺しとはこの事だ」
他の男がぼやくように言う。
「仕方ない。そうしなければ報酬が貰えないんだからな」
「さてと、これ以上時間はかけてられないんでな。とっとと大人しくトラックに乗って貰おうか」
首領格の男が笑いながら果竪に近づく。
「そうですね……でも、それは無理だと思いますよ」
「何?」
と、次の瞬間、あちこちから悲鳴があがる。
「ね? 無理だって言ったでしょう?」
「果竪!!」
明燐が男達を鞭で叩き伏せながら此方に走り寄ってくる。
「明燐!!」
「一緒に居てと言っておきながら一人で何処かに行くとはどういう事ですか!!」
ペシンと頭を叩かれる。
「ご、ごめん……」
「もう二度としないで下さいな!!」
「善処します」
といっても、すぐにまた約束を破ると思うが。
「まあ……おかげで、私達も色々とお話を聞けたのでいいですが」
男からもたらされた話を隠れて一部始終聞いていた明燐達。
果竪もそれに気付いていたから、あえて話を引き出しにかかったのだった。
「それで……残念でしたわね?」
残りの男達は使者団の長によってねじ伏せられていた。
「く、くそっ!!」
悔しそうに睨付ける男に明燐はニコリと笑った。
「貴方方の根城、とっとと吐いてもらいましょうか?」
既に連れて行かれた少女達もいる。
その者達を助けに行かなければ。
「ふふ……吐かなければ吐かせますが」
「は……俺達にかかりきりになると、他の村や町が被害に遭うぞ」
「それはありませんわ」
「何?」
「だって、実行犯は貴方達だけで、多くの方達は待機組や監視組なのでしょう? ならば貴方方を捕えれば、これ以上の被害は食い止められるはず」
男達が悔しそうに明燐を睨付ける。
「ふふ、果竪に手を出そうとした報いですわ」
そう言うと、明燐は鞭をしならせる。
「あの、明燐?」
「王妃様、見てはなりません」
長が視界を遮るように果竪の前に立ったのとほぼ同時にそれは聞こえてきた。
「全てを薄情しなさい、この腐れゲスども!!」
薔薇の花弁の如き唇から紡がれたとは思えない言動。
男達すらも呆然とし、長に至っては泣いている。
「明燐……」
果竪は長を慰めながら疲れたように溜息をつく。
明燐の暗黒大戦時代のあだなは女王様。
ほどなく、鞭で激しく打つ音が辺りに木霊したのだった。