第3話 使者団
改訂版と入れ替え中です!!
果竪をどうコスプレ、でなく着飾らせるかで明燐が悩んでいた頃――彼らは着実に歩を進めていた。
凪国最北東に位置する瑠夏州の森。
視界を遮るほど生茂る木々が突然開けた場所に、ひっそりとその屋敷は佇んでいた。
それは紅い屋根に白い壁の典型的西洋様式の建築物。
人間界の西洋の国に居た神が、故郷を懐かしみ造った作品で、後に凪国国王に献上され、現在は国王個人の別邸とされていた。
屋敷を取囲むように聳え経つ塀の一角にある門を潜り抜け 隊列乱さず歩く十数名の男達が屋敷玄関に辿り着いた。
彼らの中には初めて訪れる者も多く、建物の美しさに言葉もなく見惚れている。
「ようこそいらっしゃいました」
聞こえてきた声に、慌てて視線を玄関に向ければ、出迎えの侍女達の笑顔があった。
「お久しぶりでございます」
使者の一人が気さくに挨拶をすれば、侍女の一人がにこやかに微笑む。
「心よりお待ちしておりました」
「あの方もそうであれば宜しいのだが……」
溜息一つ。
彼は他の使者達を代表するように、舘の主への取り次ぎを頼んだ。
程なく通された部屋は、広さに反して家具は少なく、あるのは主がけだるげに横たわる長椅子が一つきり。
それが美しい内装にもかかわらず、何処か物寂しげな印象を彼らに与えた。
しかも彼らは王宮の内装を見慣れている分、その印象は特に強かった。
だが、逆にそれが彼らを奮い立たせる。
一刻も早く、此処からあの方を連れ出さなければーーと。
今まで誰も果たせなかった難問。今回こそ成功するかは自分達の力に掛かっている。
緊張のあまり汗だく状態に陥る者達も居り、部屋の隅に立つ侍女達の中には思わず苦笑する者達も居た。
主君たる少女は怖い方ではない。
とはいえ、簡単に話を聞き入れてくれる方でもなく、残念だが……今回の使者達も今までの者達と同じくすごすごと退散する羽目になると予想する。
一方、問題の果竪は、顔を隠すベールを被ったまま、長椅子の上より使者達を見つめていた。
いつもの如く古参の者は誰も居らず、大半は初対面で、見覚えのある者でも、自分がこの屋敷に来る少し前に王宮勤めになった者達である。
使者の中でも、最も高位の青年が一歩前に進み出て、その場に傅く。
「この度はご尊顔拝謁賜り、恐悦至極に存じます」
尊顔も何もベールで隠された顔しか見せていない。
これは、ただの形式張った挨拶である。
「此方こそ、わざわざ王都からの来訪嬉しく思います」
そう言ってちらりと明燐を見れば、彼女は数人の侍女達と共に長椅子の後ろに並び、どんな事態にも対応出来るようにしていた。
まあ――突然襲い掛かる馬鹿は居なくとも、興奮して必要以上に前に出てくる者は経験上居たし。
「今回はどのようなご用件で参られたのですか?」
「もちろん、前回同様王宮への帰還を願いに」
「まあ――」
うん、やっぱり――というか、それ以外にはないだろう。
既に此処に居る理由を失って二十年余り経つと言うのに、いまだ此処に残り続ける自分。
放置してという選択肢は、最初から王宮側には存在しない。
「申し訳ありませんが、今回も戻れないとお伝え下さい。実は先日また体調を崩してしまって……」
「ならばより王宮へのご帰還を強く願い申し上げます。王宮には腕の良い女医が揃っておりますので」
……なんで女医って限定するんだろう。
「皆、貴方様の帰りを待ち望んでいます」
嘘つき。
そんな事、誰も思ってない。
ただ、義務だから言っているだけでしょう?
「しかし、このように弱ければ、戻ったところで多くの者達に余計な心労を負わせてしまうでしょう」
「そのような事ありません。寧ろ貴方様の世話を出来る事は至上の喜びでございます」
「嬉しい事を言って下さいますね。ですが私にはここの空気があっているのです。もう少しここで静養させて頂きたいですわ」
優しさを含んだ柔らかい声で慎重に答える。
大抵の使者はこれで引き下がるが、今回の使者は、静かにこちらを見つめていた。
やはり、今までの使者とは違う。
果竪がそう思った時だった。
果竪と問答をしていた使者とは別の年若い使者が、縋るような眼差しを向けて来た。
「王宮に戻られるのは嫌ですか?」
その言葉に、何だか嫌な予感がした。
他の使者達も気付いたのか、ちらちらと仲間を見る。
「そ、その嫌という事は」
捨てられた子犬の様な目で見つめられ、思わず言葉がどもってしまう。
「あ、あの~ですね、ただもう少しここに」
「確かにっ!」
使者の叫びに、果竪は言葉を止めた。
すぐさま明燐が制止をかけようとしたが、使者の方が早かった。
「確かに貴方様にとって、王宮は過酷な場所であり、そこに住まう方々を憎々しく思われても当然と思います」
使者の言葉に、果竪し顔を伏せた。
あの件を知る者達にとっては、そう思われても仕方がない。
しかし、自分が王宮に帰らない理由はそうではない。
「憎くなど思っておりませんわ」
そう言いながら、果竪は必死に使者との会話を終らせる術を考える。
だが、既にこの場の流れはその使者の手にあった。
「何故ですか? そもそも貴方様がこの屋敷に来たのは、二十年前にあらぬ罪をかけられ追放処分となったからではありませんか!」
今まで誰もが禁句としてきたそれを意図も容易く口にした使者に、果竪は唖然とし、他の使者達も呆然とした面持ちで仲間を見る。
だが、当の青年はそれに気付かず、更に続けた。
「いわれ無きその罪にて、貴方様はこのような辺境の地へと追放されました……本来ならば、貴方様は――」
絞り出すように苦しげに吐き出される。
「王妃として、王宮に在られる筈だったというのに!!」
使者の言葉に、誰もが顔を伏せた。
それは皆が思っていても決して口にしない真実だった。
それを、目の前の使者はあっさりと言ってしまった。
そう……果竪はただの少女ではない。
この国の王の正妻にして正妃――つまり、王妃だった。
何故一国の王妃が、辺境の州にある森の中の屋敷で暮らしているのか?
それは、今から二十年前に起きた事件が、平凡に暮らしていた王妃を此処に追いやったのだ。
前よりもわかりやすさを目指しつつ玉砕しております。