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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第38話 人買い

 あちこちから炎か上がっていた。

 既に焼け崩れた建物がある。

「こっちに逃げて下さいな!!」

 明燐が逃げ惑う村人達へと指示する。

 と、その一人で明燐に縋り付く。

「娘が、娘がいないの!!」

 母親らしく、煤と涙でぐちゃぐちゃになった顔で泣き崩れる。

「娘さんはきっと先に逃げているのですわ。とにかく、早く外に」

「うちの娘もいないの!!」

「アタシの娘も!!」

「オレのところの娘もいねぇ!!」

 あちこちから声が上がる。

「火事になる前は確かにいたのに!!」

 娘が居ないとパニックを起こし泣き叫ぶ姿に、明燐は頭を回転させる。

 村人達をスムーズに逃がすには、その娘達を探すしかない。

 だが、それでは火に囲まれてしまう。

「明燐殿!!」

「長!!」

「向こうは避難を完了しました」

「こちらは……もう少しかかりそうです」

「娘の事ですか?」

「――そちらも?」

 明燐が聞けば、長が頷く。

「娘が居ないと探し回ってまして、危うく火に巻き込まれるところでした」

「こっちもよ。一体どうなっているのかしら?」

「話を聞き出したところ、どうやら焦臭い事になっているようですよ」

「え?」

「それより明燐様、王妃様はどうなされました?」

「え? あの子ならば……って、いない?!」

「何ですと?! まずい」

 顔色を変える長に、明燐はその服を掴み鬼気迫る様子で問質した。

「どういう事ですか?」

「この火事が起きる前に人買いが来たそうです。しかも、今まで以上の強気な態度でして、断るなら何が起きても仕方ないと言って帰っていったそうですが、そのすぐ後にこのような火事に」

「それって……この火事が人買いの手によるものだという事ですか?」

「娘達が居なくなっている事からしてもそうでしょう。火事の騒ぎに乗じて攫われたか」

「そんな……きゃっ!!」

 突然、背後から腕をとられる。

「おや~、こんなところにまだ女が残っていたとは。しかも上玉じゃねえか」

 ネットリとした口調で呟くのは、人の良さそうな顔をした男だった。

「明燐殿を離せ!!」

「明燐? 明燐っていうのか? は! 確かに容姿に相応しい良い名だ」

 満足げに呟く男の息が顔にかかり、明燐は嫌そうに眉を顰めた。

 と、村人の誰かが叫んだ。

 お前は人買い――と。

「貴方……人買いですの?」

 美女からの質問に、男がヒュゥと口笛を吹く。

「話が分かってるなら早いな」

「村の娘達が行方不明です。それは、貴方がたのせいですか?」

「ああ。あんまりにも頑固だからな。って事で、あんたも一緒に来て貰おうか。な~に、嫌だって言っても強引に連れて行くけどな」

 そう言うと、男が舌なめずりをする。

「それにしても、凄い美人だな……滅多に見られない……いや、貴族の姫だって敵わない美人だ」

 匂い立つ様な美貌と色香に、男の中でむくむくと独占欲が頭をもたげてくる。

「惜しい、本当に惜しい。これほどの美女は中々いねぇ。くそ!! この女も連れて行かなきゃなんねぇのか? ……いや、待てよ。一人ぐらいちょろまかしたって、他の奴にはバレねぇよな」

 他の奴らはほぼ引き上げているし――そう呟くと、男は下品な笑みを浮かべて明燐を強引に振り向かせる。

「喜べ、お前を俺の女にしてやる。嬉しいだろう? 俺の女になれば、売り飛ばされる事もない。ましてや死ぬ事だって」

「死ぬ?」

「ととっ、これはまずい」

 男は慌てて口を閉じ、明燐を見下ろした。

「とにかく、お前だけは助けてやるよ。俺の女として一生楽しませてくれればな」

 男の中では既に自分が美女を組み敷く姿が浮かんでいた。

 泣き叫ぶ美女を強引に陵辱する様に、これ以上ない高揚感に陥る。

 いつもそうだが、女を強引にものにする時の快感はどんな快感にも勝る。

 中でもこれほどの美女だ。きっと仲間達は羨むだろう。

 ああ、でも今までの女のように味見させたりはしない。

 全部自分のものだ。

 ついでに子供も産ませてしまおう。

 きっと子供もとんでもない美人が生まれる。

 そうすれば逃げる気もなくすだろうし、一石二鳥だ。

 男は明燐を逃がす気はなかった。

 この思わぬ拾い物を一生自分のものとする。

 頭の中はそれだけだった。

 そうして舌なめずりをした男だったが、突如股間に衝撃を受けた。

「が……」

「ふざけないで下さいな」

 二度目の衝撃に意識が吹っ飛びかける。

「この私を貴方の女にする? はっ! 私はそれほど安い女ではありません事よ!!」

 そう言うと、男の手から自分の手首を引きはがし、今までとは比べものにならない蹴りを顎にお見舞いする下からの強烈な蹴りに、男の意識はあっけなく吹っ飛んだ。

「ふふ、どうせだから下、斬っちゃいましょうか」

「おおおおお、明燐殿!! それは、それだけはっ」

 長が止めに入る。それを振り払えば、村の男衆も止めに入ってきた。

「それならば一思いに首を切った方が」

「それでは苦しませられないでしょう?」

 ふざけた事を抜かす馬鹿は徹底的に苦しめる。

 それが明燐の信条である。

「さあて――切りますか」

「め、明燐殿!!」

 長は必死に止めにかかる。

 ああ、どうすれば止められるのか。

 と、その時きらりと閃くものがあった。

「明燐殿!! 王妃様をお助けしなくて宜しいのですか?!」

「果竪?」

「そうです!! いまだ姿が見えられないだけでも心配なのに、先程も申したとおり、今この村の娘達は人買いに攫われています。もし今こうしている間にも、村の娘達や、また明燐殿が今そうされたように、人買いに襲われていれば」

「人買いに」

「男の様子だと、他にもいるようですし」

「果竪が……人買いに」

 その途端、明燐が悲鳴を上げた。

「そうでしたわ!! 果竪が危険ですわ!!」

 そう叫ぶと、男にトドメの蹴りを入れて明燐は走り出した。

「その男は任せましたわ!!」

 そうしてあっと言う間に見えなくなった明燐を、長は追わなかった。

 あの人なら大丈夫。

 人買いが何人来ようと、さっきみたいに一人でとっとと撃退するだろう。

「宰相閣下……貴方様の妹姫はとてもお強いです」

 並の男など相手にならないほどに。


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