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大根と王妃①  作者: 大雪
第六章 疾走
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第36話 転がる小石

「明燐殿、詳しい状況説明を」

 李盟を長椅子に横たわらせた後、使者団の長が詳しい説明を求める。

「昨日の午後の事です。突然、出かけると言われて町を飛び出したそうです」

「一人で?」

「すぐに武官の方が後を追ったそうですが、追いついた時には既に崖崩れが起きていたと」

「そして今も行方知れずと」

「捜索は行っていますが、崖崩れの規模が大きく……」

「そんな……でも、どうして一人で?」

「分かりません。ただ、周囲の者の話では、酷く焦っていたそうですわ」

「焦る?」

「ええ。他の者の話では、『まさか、そんな……』と呟いておられたとか」

「その時一緒に居た人物は?」

「いません。ずっとお一人だったとか。実その前にちょっとした騒ぎが起きていまして」

「騒ぎ?」

「はい。実は、一昨日の夜ですが、その町では盗難被害未遂がありまして」

「未遂?」

「はい。未遂です」

「未遂って……今までで初めてじゃない?」

 今までならば確実に盗まれていた。

「そうです。ですが、騎凰様の機転により、未遂に終りました」

「凄い!! 初めての快挙じゃない!! それで、犯人は?」

 しかし、明燐の様子から捕縛は無理だったのだと理解した。

「そっか……」

「新月が近い事もあり、兵士達も相手の顔は見えなかったそうです。まあ、もともと覆面をしていたそうですから」

「せめて満月だったらなぁ」

「ですが……その後から騎凰様の様子がおかしかったそうです」

 先頭に立って盗難を未然に防いだ騎凰。

 なんと、彼は犯人に飛びかかっていったそうだ――勿論、軽く引きはがされたが。

「滞在先に戻るとすぐに部屋に閉じこもってしまわれて……ただ、その時に『まさか、なぜこれが……』と呟かれていたとか。そしてその翌日の昼過ぎに突然騎凰様は外へと飛び出されてしまったとそうです」

「何処に行くつもりだったのかしら」

「分かりません。ただ、その村の川は騎凰様が向かった山からのものでしたので」

「毒」

「ええ。その町はまだ、毒が流されてはおりません」

「じゃあ、それを防ぎに?」

 毒についても既に各町村の官吏達に伝えてある。

「私はそう思っていますわ」

 そこで運悪く崖崩れに巻き込まれた。

 だが、なぜそんなにも焦っていたのだろう。

「焦らなければいけない何かがあったって事?」

「これは私の推測ですが、盗難が失敗した仕返しとして、大量の毒を流しにかかるという事もあるかもしれませんわ」

「子供の喧嘩だよ、それ」

 いや、子供にすら失礼だ。

「でも、騎凰様が行方知れずとなったからには混乱は必至ね」

「はい。残った武官と官吏も右往左往し、また町の者達の混乱も大きいとか……騎凰様はこの瑠夏州ではその名を知らぬ者はいない大官にして名官吏ですからね」

「それに匹敵する者を送り込まなければ、混乱の終息は厳しいか」

「どうしましょうか」

「……とにかく、誰かを向かわせる必要があるわ」

「私のところから向かわせましょうか」

 使者団の長が提案する。

「そうだね、お願いするわ」

「では、町に関する詳しい説明を致しますわ」

「お願いしたい。確か、瑠夏州でも比較的収穫高の多い町としか分からなくて」

「そうですわね――穀物よりは野菜中心で、その八割は大根でしかも瑠夏州ではかなり早い時期から大根作りに着手、あ」

 グルンとあり得ない首の周り方で此方を向いた果竪に、明燐はしまったと口に手を当てる。

「大根? じゃあ、被害に遭いかけたのは大根なのね?!」

「い、いや、果竪、あのですね」

「明燐、その町には私が行くわ!!」

「果竪!!」

「すぐに用意しなきゃ!!」

「待ちなさい!」

「何を待つというの?! こうしている間にも大根を救ってくれた勇者が危機に瀕しているのよ!!」

 勇者って誰だよ――と使者団の長は心の中でつっこむ。

 代わりに、明燐が口に出してつっこんでくれた。

「誰が大根を救ってくれた勇者ですか」

「騎凰様よ!! だって、その町は大根で栄えているんでしょう? 農作物の八割は大根でしょう? で、騎凰様は大根の危機を、盗難を未然に防いでくれた。それはすなわち大根を救う勇者!! それ以外に何があるというの!!」

 つまり、それで言うと大根は『姫』的役割か。

 大根が姫――王冠を被ってドレスを身に纏い、アハハとクルクルとスカートの裾を靡かせて踊り狂う大根の姿が脳裏に過ぎった。

「似合いません」

「似合わ?! 何が?!」

「そして騎凰様に対してとんでもなく失礼です。名誉毀損です」

「大根を助ける勇者様のどこが名誉毀損よ!!」

 ギャアギャアと喚く果竪。

「とにかく、私は勇者を捜しに行くわ!!」

 そう言って飛びだそうとする果竪に、明燐はフッと笑ったかと思うと、何処からか縄を取り出した。

 そして目にも止まらぬ速さで果竪を縄でグルグル巻きにすると、床に転がしその上に座った。

「ぎゃあぁぁ!! 離せぇぇ!!」

 俯せに転がされ、明燐の椅子にされた果竪が暴れまくる。

 一方で、明燐はその長い足を優雅に組み、豊満で形良い胸元から一枚の紙を取り出す。

 その胸元に思わず目がいってしまった使者団の長だったが、鋭い視線を向けられ誤魔化すように咳をした。

「丁度ここに町についての詳しい情報が書かれております」

「離せぇぇ!!」

 ジタバタと暴れ、ゴロリと横に転がり明燐を振り落とそうとするが上手く行かない。

 その蓑虫状態の王妃に使者団の長は顔を横に背けて涙ぐむ。

 侍女長の椅子にされる王妃。

 蓑虫状態の王妃。

 でも、侍女長はとても色っぽく足を組み淡々と情報を伝える。

 なんだこの格差は。

 そしてこの逆転現象はなんだ。

 どう見ても椅子にされているのが王妃だなんて思えない。

「くそぉぉぉ!! 大根大根大根!!」

 このままでは愛しい大根達を助けてくれた勇者を助けられない。

 そんな事、大根愛して×××年の自分に受け入れられるわけがない。

 愛する大根を、愛しい大根を、盗難という非道な犯罪から救ってくれた大恩人を見捨てるなんて出来ない!!

「負けてたまるかぁぁ!!」

 その時奇跡は起きた。

 肩から足首まで縄でグルグル巻きにされていたにも関わらず、果竪はゴロンと大きく一回転する。

「きゃっ!!」

 明燐がドサッとその上から落ちて尻餅をつく。

「イタタ……って、果竪!!」

 そのままゴロゴロと転がっていく果竪。

「待ってて愛しい大根達!!今貴方達の救い主を助けぶ!」

 惜しい。

 後たった五センチずれていれば無事に出口から転がり出られたのに。

 しかし無情にも、その五センチが果竪の顔面を入り口横の壁へと叩付けるという悲劇を引き起こしたのだった。

「果竪ぅぅ!!」

 きゅぅ~~と目を回すグルグル巻きの王妃。

 思いきりぶつかったのか、その顔は赤い。

「果竪、しっかりして!!」

「う……ああ……」

「何、どうしましたの?!」

 何かを言おうとする果竪に明燐はその体をゆさぶりながら叫ぶ。

 早く縄を解いてやれよとツッコむ者は残念ながら此処にはいなかった。

「……ず」

「え?」

「私……とも……」

「果竪?!」

 明燐がその口元に耳を傾けた時だった。

「私死すとも大根死せず――グフっ」

「いや、それ寧ろ逆って果竪、しっかりしてぇぇ!!」

 完全に白目を剥いた王妃もといヒロイン。

 そこにヒロインのヒの欠片も見当たらなかった。

 数時間後――

「すいませんが、宜しくお願い致しますわ」

「大根大根大根」

「果竪、落ち着きなさい!! それに大根ではなくて騎凰を探しに行くのですわ!!」

 何とか落ち着いたが、いまだ安静を強いられる李盟の代わりに見送る事となった領主館に仕える者達と使者団、そして果竪の屋敷の者達は明燐にペシンと叩かれる果竪に心の中で涙する。

 だから、立場が逆ですって。

「ってか、長。いいんですか?」

「いいも何も……このまま行かせなかったら逝ってしまわれる」

 どこに――とは誰も聞かない。

 果竪のグルグル巻き事件及びその後の壁激突事件を聞いた彼らは、容易に何処かを想像出来た。

「とりあえず、私も行くしな。後の事は任せた」

「御意」

 そして果竪達は旅立った。

「組合長!!」

 州都の農業組合本部の組合長室にてパイプ煙草に火を灯し一口。

 ぷかぷかと煙があがり、宙へと消える。

 徹夜も一週間目。

 そろそろやばくなってきたと思いながらも、仕事を続けてい組合長のもとに、その報せは来た。

 焦る部下に、組合長は厳しい視線を向けた。

「どうした?」

「とんでもない事が起きました!!」

 そうして報された報告に、組合長はパイプ煙草を床へと落とす。

「それは事実か?!」

「はい」

「だが何故……今まで情報が上がってこなかったのだ! ここから最初に起きた村まで五日ほどの距離だぞ!!」

「それが――」

 部下の新たな報告に、組合長の顔から今度こそ血の気がひいた。

「領主館にすぐに報告しろ!! わし等だけの手では負えん!!」

「は、はい!!」

 部屋を飛び出して行く部下を見送り、組合長は苛立たしげにパイプ煙草を拾う。

「全く……次から次へと……今年は厄年か?!」

 早くしなければ間に合わなくなる。

 組合長はその報せが間に合うことを心から祈った。


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