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大根と王妃①  作者: 大雪
第五章 捜査協力
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第35話 思いがけぬ報せ

 夜が明ける。

 そこは草原を開拓した町だった。

 地平線が見えるほど広々とした畑の前に立ち、闇色から深藍色へと変わる空を静かに見つめる。

 もう何度こうした事か。

 両手の指の数ではもう数え切れない。

 ただ、今日は今までで一番肌寒く、夏とは思えない白い息が空へと消えていく。

「李盟様……」

 ポツリと自分が仕える主の名を呟く。

 他の町村の中でも比較的被害が大きいこの町に来たのは、もうかなり前になる。

 他の官吏や武官達が各地に散らばっていく中、自分は領主の元へと留まり続けた。

 古参の官吏の一人という事もある。

 他の官吏達から領主を託された事もある。

 だが、それ以上に騎凰にとって李盟は特別な存在だった。

『ほら、李盟……貴方のおじいさまよ』

 身寄りのない娘だった。

 盗賊に両親を殺され、荒野に放置されていた小さな娘。

 妻子を殺され死を願って彷徨い歩いていた自分。

 その出会いは偶然だったのか、必然だったのか。

 それでも、自分はその娘の手をとった。

 そ小さな娘は大きくなり、粗野と気品という、相反する二つを併せ持つ魅力的な青年と恋に落ちた。

 ――親父様――

 公式以外では常に自分をそう呼んでいた前領主。

 最後まで父と呼ばせなかった娘の養い親に。

 呼ばせられる筈がないのだ。

 生きる為とはいえ、沢山の罪を重ねてきた自分が父など。

 国が成り立ち、過去に貧乏官吏……といっても、結局無実の罪を着せられクビにされた自分をこの国の国王は引き立ててくれた。

 そして、貧乏州と呼ばれた瑠夏州に赴く前領主の力になるようにと命じられた。

命じられずとも行くつもりだった。

 だが、全てを知った上で陛下は自分を送り出してくれた。

 それからこの地に来て数十年……今でも思い出せる。

 李盟が生まれた時の事を。

 あくまで他人を装う自分に、あの娘は生まれたばかりの李盟にそう言った。

『お父様、もし私達に何かあった時には……李盟を頼みますね』

 何を馬鹿な、と思った。

 けれど、それから数日後に夫と共に娘は死んだ。

『騎凰、お父様とお母様はどうして死んだの?』

 泣くことも出来ず、ただ両親が収められた棺の前でそう告げる李盟に最後まで真実を告げる事は出来なかった。

 代わりに、自分は李盟に誓った。

 最後まで貴方の傍に居ると。

 そんな自分を、李盟は慕ってくれた……古参の官吏の一人として。

「おじいさま……か」

 李盟は知らない。

 自分の母と騎凰の関係を。

 知れば、李盟にとっては血が繋がらずとも、たった一人残った祖父となる。

 けれどそれは言えなかった。

 その時既に、隠れながらも不穏な動きをしていたあいつらに付け入られる隙は、一つも作ってはならなかったのだから。

「騎凰様!!」

 呼掛けに振り返れば、共にこの町へとやって来た武官が居た。

 もとは文官をしていたが、武官の方が自分にはあうといって途中から進路変更した変わり種。

「どうした?」

「これを」

 そう言って武官が手渡した書状に騎凰は目を通す。

 それは、李盟からの書状だった。

「先程、領主館から来た使者から託されました」

「使者……」

 領主館には果たして使者として遣わすほどの人が残っているのかと騎凰は訝しげに書状を見る。

 自分が旅だった時にはもうこれ以上人手が割けないほどだった。

 武官もそれを知っているせいか、書状に何が書かれているのか気になっているようだ。

騎凰は書状を開き中に目を通す。

「…………」

「騎凰様……ど、どうされました?!」

「いや……人手が増えたという事です」

「え?」

「王宮側から人手が……」

 それは、果竪を連れ戻しに来た使者団。

 けれど、果竪の説得で力になってくれているという。

 但し、それに纏わる代償もそこに書かれていた。

 それに心を痛めつつ、それでも李盟の負担が少なくなった事を騎凰は自分の事のように喜んだ。

「これで……少しはあの方も楽になる」

「そうですね……」

 不幸中の幸い。

 闇の中の一筋の光明。

 出口のない中で見つけた手がかりの如き報せに、騎凰は硬く書状を握りしめた。

「騎凰様、頑張りましょう」

「そうだな」

 今まで事態は悪い方ばかりに転がっていた。

 だが、これで何とかなる――騎凰はそう思った。

 そのすぐ先に待ち受けている、自分の未来に気付く事もなく。

 騎凰が書状を受取ってから二日後。

 領主館の方では相変わらず仕事に追われていた。

 最初は三十人居た使者達だが、やはり連絡やら何やらで領主館に留まれる者達が少しずつ減ってきていた。

「新しい人材はいつ入るのよ!!」

「そろそろ王宮側に使者がついている頃ですが」

 使者団の長がさらりと言う。

 しかし、連絡は未だない。

「せめて、王宮側に人がついたかどうかだけでも知りたいわ」

「電話があればいいんですがね~」

 電話――それは、人間界の機械文明がもたらした遠い人とも通話可能なそれ。

 だが、使えるものならとっくの昔に使っているし、前にも言ったがこの世界では電気製品の通信機器は使えない。

 他の天界十三世界であれば使える場所もあるが、炎水界では空間の不安定さがノイズとして現れ、通信機器に多大な影響を与えてしまっているからだ。

「勿論、テレビも見れないし、ラジオも駄目」

 人間界在住の神々がその事実を知った時、「もうここでアニメが見れないなんてぇぇ!」と、オタクな叫びをした者達が続出したという。

 そしてあまりの悲しさにオタクダンスを極めたとかはどうでも良いとして、炎水界でのテレビやラジオに代わる情報のやりとりは、新聞や雑誌が主たるもので、連絡手段は言うまでも無く手紙が一般的だった。

「これが月界とかなら、ボタン一つでメールなのにいぃ!!」

 話だけしか知らないが、一番機械文明が発達している天界十三世界が一つ――月界では、どうやらノイズなどの影響が殆どない為か、メールの類が使えるという。

 インターネットもばっちりとか。

 人間界在住の神々からは「オタクの聖地」と叫ばれていた。

「電話~、せめて電話だけでも欲しいよぉぉ」

 パソコンとかメールは無理でも、せめて電話だけでも欲しい。

 携帯が無理ならば固定電話でもいいから、一家に一台の電話プリーズ!!

 その時、ドタバタと誰かが走ってくる音が遠くから聞こえてくる。

「また何かあったようですな」

「またかい!!」

 そうつっこむが、今まで立て続けに色々とありすぎたせいか、口調ほど果竪は慌てては居なかった――その報せを聞くまで。

「果竪、大変ですわ!!」

 扉を蹴破るほどの勢いで飛び込んで来たのは明燐だった。

「大変? また暴動?」

「違います!! 各地へと飛んだ官吏の一人が事故にあったそうですわ!!」

「事故?」

「ええ。崖崩れに巻き込まれて崖下に転落して消息不明だそうです」

「誰? 何処の町の?」

 素早く質問する果竪に、明燐は息を落ち着かせながら、事故にあった官吏の名を告げる。

「……騎凰ですわ」

 バサバサと何かが落ちる音に、果竪は視線を扉の方に向けた。

 大量の書類と書物が地面に散らばる中、呆然とその場に立つのは――

「李盟!!」

 真っ青な顔。震える体。

 ぐらりと傾く体が床へと倒れるのを、使者団の長がすんでの所で駆け寄り支えた。



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