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大根と王妃①  作者: 大雪
第五章 捜査協力
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第31話 重責

「緊張の糸が……切れたのでしょうね」

 李盟を赤ん坊の頃から見ている女医がそう言って扉を見た。

 今まで必死に頑張ってきたが、その強い自分への不審を石礫と共に味わい、心の糸が切れてしまったのだろう。

 どんなに頑張っていても、まだ十歳の子供だ。

 本来であれば、まだまだ両親に甘えている年齢にも関わらず、一人の大人として扱われ行動しなければならない。

 しかも、領主という重い重圧を負わされた立場として。

 その責務はどれほど李盟を苦しめただろう

 守るべき子供に沢山のものを背負わせている。

 勿論、領主という立場の前には子供も大人も関係なくなるのは事実だ。

 けれど……果竪は知っている。

 高すぎる地位が、時としてその地位につく者を苦しめる事を。

 王妃の地位と身分が自分を苦しめてきたことを。

 その地位についたからには逃げる事は許されない。

 何故なら、上に立つ者が逃げてしまえば、上を信じて従ってきた者達すらも捨てる事になるのだから。

 その心、命、全てを捧げてくれた者達を裏切ることになる。

 だから……逃げられないし、逃げてはならないのだ……その地位に居続ける限りは。

 でも……それでも、逃げたくなるときはあるし、心が折れるときはある。

 そういう時には休養だって必要になる。

 けど、李盟にはその余裕がない。

 いや、二十年前からずっとそうだった。

 両親が死に、李盟が領主になった時から。

「どうして……李盟ばかりこんなに大変なのかしら」

 どうして、あの子ばかり。

 両親を失って悲しむ暇すらも与えられず、すぐに即位させられた李盟。

 しかも即位したらしたで問題は山積みだった。

 そればかりか、その問題の殆どは――

 果竪はギュッと唇を噛み締める。

 本来ならば、李盟を助ける筈の者達がもっとも李盟を苦しめた過去。

 それが余りにも情けなくて腹立たしい。

 せめてあれさえなければ、李盟はこんなにも早く大人にならなくてすんだだろう。

 いや、全てを李盟に押しつけた周囲の大人こそが、一番の害悪かもしれない。

 本来なら大人達がするべき事を、幼い子供に背負わせたのだ。

 確かに彼らの言う事は尤もだっただろう。

 だが、それもあんな事をした後ではそう思う事すら出来ない。

 いくら最もでもやって良い事と悪い事がある。

「果竪……」

 女医がすがるように果竪を見つめる。

「領主様の事を頼みます」

「……分かりました」

 女医が心配そうに見つめる中、果竪は何度か扉を叩く。

 けれど返事はない。

 分かっていたので、果竪は自分で扉を開けた。

 中はカーテンも全て閉まっていて酷く暗かった。

 後ろ手に扉を閉めると、果竪は部屋の奥にある天蓋付きの寝台へと近づく。

 毛布にくるまったままの李盟の横に、果竪は腰を下ろした。

 その重みで寝台がたわむが、李盟は動かない。

 しばらくそうしていると、声が聞こえた。

「僕には……最初から無理だったんです」

「李盟……」

「僕に出来る筈がないんです」

 絞り出すような悲しい声に、果竪は毛布に触れる。

 それは涙で濡れていた。

「無理だった……無理だったんだ、僕には」

「そんな事ない、李盟、そんな事言わないで」

そんな事はない。そんな事はないのだ。

「李盟は頑張ってるじゃない。頑張って、みんなの為に必死になって」

 だが、果竪の必死の叫びは李盟には届かなかった。

「なら、どうして石をぶつけられるんですか!! どうしてみんな僕の事をあんな目で!!」

 毛布から飛び出し、李盟が果竪に殴りかかる。

 どうして、どうして、どうして

「それも全て僕が駄目だから、領主として駄目だからじゃないですか!!」

 今まで溜めていたものが爆発したかのように、李盟は泣き叫んだ。

 泣いて、喚いて、罵声を果竪へと浴びせた。

 勿論、泣き叫んだからといって、どうにかなるわけでもない。

 それが分かっていても、もはや李盟自身どうにもならないのだろう。

 今まで文句一つ言わずに仕事をしてきた。

 いや、今回の件だけではなく、今までずっと――この二十年間。

 父が死に母が死に、幼い身で重たい責任を負わされながらも必死に頑張ってきたのだ。

 結果が出ても当然とされ、逆に結果が出せなければ責められる。

 子供だからという言い訳は通用せず、常に気を張り詰めていた。

 能吏達が助けてくれてはいても、きっとそれだけでは足りないのだろう。

 果竪は王宮に居た時、ずっと夫達を見て来たから知っている。

 政治をするというのが、どれほど大変な事かを。

 たった一つの言葉で、民達の生活を大きく左右する事すら有り得るのが政治である。

 上に立つ者が優柔不断で言葉を二転三転させれば、振り回されるのは民達なのだ。

 強大な権力と同時に、重すぎる重圧を背負うのが上に立つ者達の定め。 

 その重責を、あの卓越した政治手腕を持っていた夫達でさえ必死になって背負っていたのだ。

 それを十歳の子供に大人達は背負わせた。

 それこそが罪。

 確かに最終的に受け入れたのは李盟だが、受け入れざるを得ない状況に貶めてしまったのは周囲の怠慢であり、彼は被害者でもあった。

 恐ろしくて、恐くて、辛いそれを受け入れてくれた李盟。

 現に、彼が領主となった後に起きた事件を思えば、他の者に権を譲り渡していれば、この瑠夏州はとっくの昔に潰れていたはずだ。

 それを防ぐべく、前領主に使えていた古参の能吏達は、前領主の遺児たる李盟に膝をつき頼んだのだ。

 どうか、この州の領主となって下さい――と。

 その言葉を、両親を失ったばかりの李盟は一体どんな思いで聞いたのだろう?

 二つの棺の前で静かに佇みながら、了承の意を伝えた時の李盟の顔を見た者は居ない。

 まるでその時の分もあわさったかの様に、李盟は暴れて泣き叫んだ。

 これがあの何時もは冷静沈着な李盟かと思うほどに、泣きわめいた。

 枕を投げつけ、カーテンを引き裂き、手当たり次第に家具を蹴り倒した。

 その間、果竪はじっと耐えた。

 李盟の様子は、同時に軽々しい慰めをしようとしていた果竪にその現実を突きつけるものだった。

 下手な慰めならば寧ろしない方がよっぽどマシだ。

 最初はそれでも言葉を探したし、どうにかして、その傷ついた心を癒したかった。

 だが、結局はそれが傲慢な事である事を……この苦しみを逃れるには、李盟自身がどうにかするしかないのだと分かって、果竪は口を閉じた。

 そして……いつしか気付いた。

 それが出来ないから苦しかったのだ。

 ならば思う存分行えばいいのだ。

 苦しいならば叫べばいいし、泣きたいなら泣けばいい。

 今まで誰もそれを許してこなかった事に、果竪はようやく思い至った。

 ずっと我慢を強いていた。

 そしてそれは今後も続くだろう。

 李盟が領主を続ける限りは。

 そう――李盟はどんなに泣き叫んでも、一つだけ言わない言葉があった。

 領主を辞めたい、と。

 無理だと言った事はあった。

 でも、辞めたいとは一言も口にしなかった。

 それが答えだ。

 どんなに苦しくても辛くても、辞めたいと決して口にしない。

 それがあの子の覚悟。

 だからこそ、果竪も伝えたい事があった。

 今まで誰もがそれを当然としてきた事を。

 それが当然ではなく、きちんと言葉で伝えるべき事を。

 他の誰もがやらないのならば、自分がやろう。

 この地に住まい、李盟の努力によってもたらされた恩恵を受ける一人として。

 そして……二十年前。

 辞める道を選ぶことも出来た李盟を、領主の地位に留めた者の一人として。


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