第30話 報われない努力
とりあえず、時間がないので部屋のリフォームは後まわしにされた。
食堂に行き、食事をとりながら明燐と今日の予定について話合う。
「それで、王宮への連絡は?」
「昨夜、使者団の一人が向かいました」
「一人? 危険じゃない?」
こちらからの使者は王宮に辿り着いていない。
と言うことは、誰かが妨害したと言う事に他ならない。
ならば、相手が誰だろうと再び王宮に向かおうとする者がいれば、同じ目に遭うかもしれない。
「それはどうでしょうか? 今回は王宮の者ですし、正式な任務を受けております。何かあれば王宮側は黙っていませんわ」
しかも、今回の使者は宰相の駒である。
「確かに……宰相は絶対に黙ってないね。例え、表では笑っていても」
「そうですわ。兄はああ見えて、自分の部下は大切にしますもの」
「まあね~」
というか、自分のものを大切にするのだ。
その最たるものとして、妹へのぶっちぎった愛情があるが。
果竪はそんな行き過ぎた愛情を向けられている明燐をジッと見た。
美しく気高く誰もが虜となる美姫。
彼氏の一人や二人ぐらい既に居てもいいのに、彼女はいまだフリー。
どうしてなんだろうと思うが、それもあのシスコン宰相を思えば無理もない。
凪国宰相――国王の懐刀と呼ばれる別名最終兵器。
そんな彼は、御年二十二歳。
容姿、才能ともに極上で、その甘いマスクは相手の性別年齢問わずに虜にするほど。
そんな美貌を一言で表わせば「妖艶な女神」。
下手な美女よりもよほど麗しい美貌と色香の持ち主だった。
しかし、果竪からすれば好きな女からも「姫扱い」されている「究極のオトメン」だった。
オトメン――それは、乙女的趣味・考えを持ち、料理・裁縫など家事全般に才能を発揮し、乙女な心を持ちつつ、男らしさを兼ねそろえた男達を言う。
が、彼は更に「男の娘」という称号も持つ。
これは、女装の有無関係なく見た目が女の子にしか見えない綺麗な男の子のことを言い、同性愛も女装趣味もない。
また宰相には敵わずとも、基本的に凪国上層部の男性は本人全否定していようが皆この「男の娘」に当たる上に、「オトメン要素」もばっちりだった。
ただ、宰相だけが飛び抜けているだけで。
例外としては、王の影であるあの青年はそれに加えて「オカマ」か「オネエマン」という四大称号を持っている。
因みにオカマは、男色傾向ある男、女装趣味、女みたいな男のことなどの混合語で、オネエマンは女っぽい仕草や振る舞いをする男性で、必ずしも男色家、また女装趣味はない者達を言うらしい。
が、一々分けると面倒という事から、とりあえず女装趣味の男は全て「オカマ」と呼ぶのが凪国王宮の暗黙の了解だった。
余計な取り決めばかりあるなというツッコミは聞かない。
オカマ道――いや、男というものは奥が深いものだと果竪は思っている。
そんなオトメン&男の娘宰相は、宰相という地位と同時に王に次ぐ筆頭公爵の身分を持つ。
明燐はそんな宰相の唯一人の妹。
つまり、明燐は王妃に次ぐ地位と身分を持った大貴族の姫君なのである。
正しく高嶺の花という言葉が相応しいだろう。
だが、明燐を誰もが触れられない場所へと押しやっている最大の原因は、宰相である兄だと果竪は知っている。
いつも笑顔を浮かべているが、その裏ではブラックホールと仲間達から恐れられるほど腹黒い。
全く、オトメンのくせに生意気だ。
そもそも、あの大暗黒時代に夫に従った軍の仲間達は、大戦終了と同時にこの国を建国し現在も政治で尽力を尽くし、民達からの人気も絶大だが、その腹の中はとんでもなく黒い。
そんな彼らでさえ一目置くほどの腹黒さを持つ宰相は、もはや末期だと果竪は思う。
しかもその上、シスコン。
オトメンで、男の娘で、シスコン。
妹に近づく相手は容赦なく抹殺する最強美貌の宰相はもはや歩く凶器と言っても良かった。
本当にオトメンのくせに、男の娘のくせに、自分は好きな相手に「姫扱い」されてたくせに。
「まあ……まともなのっていないし」
というか、そもそも夫に従った軍の仲間達の中で「まとも」は誰も居ない。
果竪を含めた十数人を除けば美男美女率百パーセント。
豊かな才能を開花させて高い地位についている彼らだが、どうしたことかみんな揃って性格破綻者揃い。
ただ、宰相はその頂点に達しているというだけで――。
彼らを見て、果竪は初めてオトメンだろうが男の娘だろうが性格破綻者はいるのだと気付いた。
それは女性陣も同じだが、男性陣の方がその女らしい外見をしている分、余計に裏切られた気がする。
女性陣は最初から嫋やかで優しそうな外見をしているからまだ良いとして。
ってか、どんなに他が素晴らしくても性格が破綻している時点で色々と残念に思うのは自分だけだろうか?
「大丈夫ですわ、果竪。果竪も大根狂いの時点でまともではありませんもの」
「大根好きのどこがまともじゃないのよ!!」
類は友を呼ぶである。
しかし、果竪はそれを認めない。
「とにかく、王宮への報告に関しては大丈夫ですわ。まあ、途中で襲われるかもしれませんが、一番強いのを行かせたそうですし、何が何でも任務を遂行するでしょう」
万が一途中で暗殺されても、部下が帰ってこないとして宰相側から新たな者が来るだろうし。
そう淡々と告げる明燐に、果竪は少々ひきながら頷いた。
「さて、さっさと食事を取ってしまいましょう。今日も一日かけずり回ることになりますからね。きちんと食事しておかなければ確実に倒れますわ」
「大丈夫よ! 大根しっかり摂取してるし」
「大根以外も食べて下さいな。栄養が偏ります」
その後、大根以外もしっかりと食べさせられた果竪は、いささか食べ過ぎた感も否めない満腹のお腹を抱えて書類を片手にかけずり回ったのだった。
それから数時間経った昼の事である。
ようやく仕事を終えてお昼ご飯と食堂に舞戻った果竪のもとに、とんでもない報せが飛び込んで来た。
慌てて玄関に向かえば、兵士達に抱えられた李盟の姿があった。
だが、ただ抱えられているだけではない。
その額からは血が流れ、ポタポタと床に滴り落ちている。
「李盟!!」
手当を、医師をと叫ぶ声が聞こえる中、果竪は李盟に駆け寄る。
しかしそんな果竪を突き飛ばし、李盟は階段を駆け上っていった。
慌てて追いかける兵士、果竪に非礼を詫びる兵士。
そんな中、果竪は一人の兵士を捕まえて事情を聞いた。
「実は……一部の州都民が苛立ちを爆発させまして……」
つまり、こういう事だ。
李盟が仕事の件で組合長の意見を必要としたものの、組合長が仕事で忙殺されていた為、自ら組合長のところへ足を運んでらしい。
それは、今の州都民の様子からすれば自殺行為とも言えるが、李盟は自分の安全よりも仕事を優先したのだ。
そこで、事件は起きた。
外出した先で、李盟を罵る者達が現れたばかりか、石礫を投げつけられ、その一つが李盟に当たったのだ。
当然護衛の兵士は怒り狂ったが、李盟は何も言わずただ頭を下げ続けた。
その様子に更に石礫が飛んだが、その潔い姿に同情した者達も現れたらしく、何とかその場は収まったらしい。
だが、李盟はすぐに手当の為に領主館へと戻される事となり、今こうして戻って来たという。
そうこうしているうちに、医師がやってきた。
すぐさま李盟の元に向かい、一通りの治療が行われる。
傷はそんなに深くない。その言葉にホッとしたのも束の間。
李盟は部屋に閉じこもり、出て来なくなってしまったのだ。