第29話 リフォーム
久しぶりに安眠出来た――か、どうかは定かではないが、すっきりとした目覚めではあった。
「なんか……色々あった夢だったな」
悪夢は何時しか道標と代わり、果竪は自分の進むべき道を選び取った。
何時の頃からだろう?
夢は果竪に色々な事を教えてくれた。
進むべき道を、進むべき未来を幾つもの選択肢から選ばせる。
進むも下がるも果竪次第。
それでも……果竪は進むことを選んだ。
今まで進むことを拒んできた道を選び取ったのだ。
「って、いっても……進まざるを得ない状況なんだけどね」
使者団の特権を使うと選んだ時点で、自分は王宮に戻らなければならない。
それが代償。
分かっていて選んだのだ。
もう戻る事は出来ない。
進むしかないのだ。
ああ……だから、あんな夢を見たのかもしれない。
寝台から降りると、果竪は着替えの服を手に取る。
今日も李盟を手伝い朝からかけずり回るので、動きやすい衣装を用意している。
既にヴェールは用意していない。
使者団に素をばらしてしまっている以上、そんなものはもう必要ないのだ。
まあ、王宮に戻ればまた必要になるだろうが、今はこのままでいい。
何故なら、この事態に美しさも上品さも必要ないのだから。
シュルシュルと帯を締め、後は顔を洗うべく洗面道具を取った時だった。
コンコンと扉が外側から叩かれた。
「はい」
「果竪、起きてますの?」
扉が開かれ、明燐がそう言いながら入って来た。
「今日の仕事配分はこのように――って、かじゅぅ?!」
「かじゅう? 誰それ」
私の名前は果竪だ。
果物の果に竪琴の竪と書いて、「かじゅ」と読む。
間違ってもかじゅう――果汁ではない。
最初の字は似ているけど。
だが、明燐はそんな自分の訴えを無視して叫んだ。
「この部屋は何なのですか?!」
「え? 李盟が貸してくれた私の私室だけど」
広さは屋敷の部屋と同じぐらい。
調度品はそんなにないが、使い勝手のよい素晴らしい部屋である。
「そんな事を聞いているのではありません!!」
「じゃあ何?」
「どうして部屋が大根で溢れているんですか!!」
明燐の叫びに果竪は室内を見る。
天井――某教会の天井画のように神々しくも雄大なる大根の絵が描かれている。
壁――どの壁も、鮮やかにして巧みかつ繊細な大根の絵が描かれている。
床――大根の悩ましげな肢体が幾つも軽やかに踊っている。
しかも、果竪が五年もの歳月をかけて作った逞しい大根の描かれた敷布が退かれている。
また寝台には、大根模様の布団が置かれ、枕も大根だった。
また、ちょこんと可愛らしく枕元に座る大根のヌイグルミがアクセントとなり、部屋をより心地よい空間へと変えている。
「昨日は、使者団が特権行使してくれるって約束してくれて安心したから」
「安心とかそういう問題じゃないですわ!! 部屋をすぐに元に戻しなさい!!」
「何てこと言うの明燐!! 私のマイパラダイス、心の楽園を否定する気?!」
「人様の家の部屋を勝手にリフォームするなって言ってるんですわ!」
もはや軽いリフォームではすまないこの部屋。
完全に大幅なリフォームがされている。
というか、屋敷の部屋ならまだしも、人の部屋を勝手にこんな風に変えてしまうなんて……。
「別にいいじゃない、少しぐらい内装を変えたって!!」
何処が少しなんだ。
天井も壁も床も直筆で描かれているじゃないか!!
だが、何処の特注だなんてそんな野暮な事は明燐は聞かない。
何故なら、これが全て果竪の手によるものだと知っているからだ。
大根に関しては天才的な才能を示す――それが果竪だ。
「って、良いからとにかく元に戻しなさい!!」
「絶対に嫌よ!! 大根は私の心の安定剤なのよ!!」
そんな安定剤いらん。
というか、年頃の少女――しかも人妻が大根大根って、色々とおかしくはないか?
「全く……大根大根と……こんなに大根狂いでは、もし大根がなくなってしまえば一体どうなるやら――」
そう呟いた瞬間、果竪が衝撃を受けて倒れる姿が見えた。
余りにも勢いよくバタンと倒れた果竪に明燐がヒッと悲鳴をあげる。
そのまましばらく時が過ぎた頃、果竪が俯せのまま口を開く。
「大根……大根が……大根がない?」
「か、果竪?」
「そんなの、そんな神生なんて考えられない!!」
果竪がくわっと起き上がる。
その瞳は燃えていた。
「大根は永遠不滅の世界のトップアイドルスターよ!!」
トップアイドルスター?!
なんか少しずつランクアップしてないか?
「なのに、大根がなくなるなんて受け入れられない!! 大根が、大根がこの世界からなくなったら……追放されようものなら、私は世界征服して街や国に大根推奨政策を施すわ!!」
「果竪?! 駄目よ、押しつけでは他人の心までは支配出来ないわ!!」
いや、そこは命令――なんていうツッコミを入れてくれる人はいない。
というか、大根の存亡で世界征服を志す時点で色々とツッコミどころはあると思われるが。
「果竪、人様に迷惑をかけてはいけませんわ!」
「明燐……」
「大根は世界のトップアイドルスターなのでしょう?! ならば、強制ではなく自然に人々が受け入れてくれるように努力するだけですわ!!」
「そう……そうよね、明燐!! 私が間違っていた!!」
そうしてキラキラと目を輝かせながら自分を見つめる果竪に、明燐はちょっとどころか結構な優越感と満足感を抱く。
いつもは果竪に厳しいが、実はかなりの果竪馬鹿なのだ。
恋よりも果竪
周囲にちやほやされ、自身が姫とする生活をするよりも果竪の世話を焼く事のり方が何倍も楽しい。
ゆえに、明燐は侍女長の地位を強引に奪い取り、果竪を守る事を決めた。
果竪を傷つけるものは許さない。
見た目も中身も、誰よりも王妃に相応しく、誰もが王妃と見間違うが如き美貌と気品に富んだ嫋やかな美姫。
同性からは羨望の眼差しを受け、異性からは星の数ほどの求婚を受けながらも明燐はそれら全てを振り払い、果竪の傍に居続ける。
だが、それを不満に思う者達がいる事も事実だ。
美しく嫋やかな明燐の関心を一身に受けるのが、こんな平凡な少女である事に苛立ちを覚える者達も多い。
何故あんな平凡な少女が?
何故何の取り柄もない少女が?
というか、どうしてあんな少女が王妃なのだ?
そうして嫌がらせを行い、罵詈雑言を果竪へとぶつける不届き者。
果竪を傷つける時点で、明燐は相手の価値を一欠片も認めないというのに、それに気付く事なく見た目だけで嘲る者達。
そんな彼らに、どれほど愛を囁かれても、心酔されても明燐の心を動かすことは生涯無理だろう。
明燐の世界は果竪を中心に回っている。
もし万が一明燐の心を掴むことが出来るものが居るとすれば、それを理解した上で、明燐を丸ごと受け入れられる存在でなければ無理だろう。
が、そういう相手が現れたとしても、そこから沢山の試練が相手には待ち受けているだろうが。
主に――明燐の兄とか、シスコン兄とか、腹黒笑顔鬼畜兄とか。
いや、それよりあれ、オトメンだっけ。