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大根と王妃①  作者: 大雪
第五章 捜査協力
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第26話 広がる不信と特権

 その後、各村や街の男達は自分達の住む村や街へと戻っていった。

 まだまだ言いたい事はあっただろうが、それら全てを飲み込んで、彼らは怒りを静めてくれた。

 それにホッとした果竪だったが、話はそれでは終らなかった。

 男達を見送るべく領主館のある高台を降りて門まで向かった果竪は、周囲から向けられる視線の冷たさに気付いた。

 その視線は、共に歩く兵士達へと向けられていた。

 男達に同情し、兵士達に冷たい視線を向ける。

 その意味が分かったのは、男達が州都を立ち去った後だった。

「あ~あ、かわいそうにね、あの人達も」

 領主館に引き返そうとした果竪は、嘲るように言う女性に気付いた。

 まるでわざと聞かせるかのような口調に眉を顰める。

「どういう……事ですか?」

「だから、どうせ領主様に問答無用で帰されたんでしょう? っていう事よ。全く……あくどいんだから」

 そういった女性に、果竪は食らいつく。

「それはどういう事ですか?!」

「どういう事って……この州都の者達みんなが思ってる事に決まっているじゃない」

「え?」

「だ~か~ら、あの領主への不満よ」

「不満って……前は頑張ろうって」

「ああ、そんな時もあったかもね~。でも、今は心からそう思っているのは少ないんじゃない?」

 呆然とする果竪とは反対に、女性はカラカラと笑った。

「寧ろ、私としてはあんたの方が不思議だわ。どうやら領主に対して不満持ってなさそうだし」

「不満……何かあったんですか?」

 果竪の言葉に女性がニッと笑った。

 そして分かった事実。

 それは、州都民達も、領主に不満を抱き始めているとの事だった。

 数日前とは違う冷たい眼差しを前に、領主は頑張っていると告げる果竪に対して、彼らは言った。

 本当にそうなのか――と。

 つまり、こういう事だった。

 連日降り続く雨による水害を警戒していたが、もうすぐ年に一度の大嵐が近づいている事に気付いた。

 近年であれば既に対策が取られているが、最近の農作物被害によって対策は後回しとなっている。

 それだけならばまだ我慢出来たが、なんと昨年の嵐の後に直したとされる川の堤防に、幾つもの亀裂が入っているという報せを受けたのだ。

 このまま雨が続いた状態で嵐に突入すれば、確実に堤防が決壊し大洪水が起ってしまうのは必死である。

 しかも調べて見れば、とんでもない事が分かった。

 ――手抜き工事。

 その作業を中心として行った職人達の明らかなる手抜きが判明したのだ。

 勿論、それだけならばその職人達に怒りは向かうだろう。

 だが、その職人達は既に姿を消していた。

 しかも姿を消す前に彼らは飲み屋で酔っ払いながらこう言っていたという。

 あの方のおかげで本当に助かっていると。

 また、その職人達は工事後、皆金遣いが荒くなったという噂が立っていた。

 もともと、彼らを良く知る者達は、彼らが各々借金を抱えていたといい、どうしてそんなに連日のように飲み食い出来ていたのか不思議がっていた。

 その上、今年から今までの職人達ではなく新しい職人達が工事をしており、しかもその職人達をつれて来たのは領主だからだ。

 そこに、その言葉。

 手抜き工事が判明した時、職人達へと指示を与えた領主ではないかと疑った。

 更に、わざと職人達に手抜き作業をさせて、予算の差額を自分の懐に入れたのではないかと噂する者も現れ、彼らの疑念は大きく膨らんだのだった。

 そんな事はないと幾ら果竪が告げても、彼らは冷ややかな対応しかしなかった。

 それどころか、領主としての品格を問う者達まで現れた。

 それでも何とか事が収まったのは、やはり使者団の言葉だった。

 不正があるならば調べて見ようと。

 流石の王宮側の使者に、民衆も従うしかなかった。

 村の者達は、とりあえず納得はしてくれたが、領主への不審はいまだ残っており、州都の者達に関しては説明するまでもない。

「どうしよう……」

 これほど不審感が広まれば、信頼を回復するのは難しい。

「それで、領主様は?」

屋敷に残る数少ない侍女が聞く。

「相変わらずよ」

 領主は鬼気迫る勢いで仕事をこなしていた。

 扉一枚挟んでいるにも関わらず、その気迫は此方にまで伝わってくる。

 しかし――果竪にはそれが悪い前兆にも覚えた。

 というのも、領主はついさっきまで意識を失っていたからだ。

 診断は過労である。

 大の大人でも参ってしまう仕事量をたった十歳の少年が必死にこなそうとしているのだ。

 無理が来たっておかしくはない。

 そうして倒れて意識を失っていた李盟は、自分が意識を失っていた間に起きた暴動に泣きそうになっていた。

 自分が不甲斐ないからだと自分を責めた。

 そして、果竪が危険な目にあった事に必死に詫びを入れた。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 何度も違うと言った。

 李盟は頑張っていると。

 だが、李盟は頑張っても何も成果が出せてない事こそが罪だと言って聞き入れる事はなかった。

 李盟の焦る気持ちも分かる。

 しかしこのままでは取り返しの付かない事になるのは目に見えている。

 果竪は屋敷へと舞戻った。

「え?! 私達が領主館の手伝いを?」

「けど、それは……」

「俺達はこの屋敷の者です。それが、領主様の手伝いなど」

「お願い、今は緊急事態なの!!」

 難色を示す彼らの気持ちも分かるが、今はそんな事を言っていられなかった。

「このままじゃ、領主館に居る人達が倒れてしまう。そうなったら、政治機能が停止しちゃうのよ!!」

「その政治機能が問題なんですよ、王妃様」

侍従の一人が言った。

「我らは王宮の役人です」

その一言が全てだった。

「それぞれの領地は、各領主とその領主達に任命、または王都から派遣されている役人によって治められるのが通例です。そこに新たに王宮からの役人が関わるには、正式な手続きが必要です。それは有事の時でも同じ事。何故なら、領主はその領地を治める直属の主であり、ある程度の権力と、それに対する不可侵が保証されているからです」

 それは、領主と領民を守る為の処置であり、また王国を維持する為のものだった。

 大戦以前は強大な権力を持った天帝に度々領主の政治に好き勝手に介入する事があった。

 勝手に搾取や略奪するだけではなく、自分の好みの役人を重職に据えて領主を傀儡にする事さえあった。

 勿論、領主側もそれに対抗しようとした結果、政治は荒れ果てた。

 そのうち、領主の中には絶対的な権力を有する者達も現れ、反対に天帝側が弱体し、国内をしっかりと把握できないという事態までになった。

 もともと領地には、不輸不入の権というものがあるが、それが悪い方向で働いてしまったのだ。

 それを防ぐ為に、凪国では絶対王制をとってはいても、基本的にそれぞれの領主に領地を任せている。

 その上で、全体的な政治は王宮側が行い、もし領主が不正をすれば厳しい処罰を行う。

 一方で、民を守り懸命に仕事を励む領主には殆ど口を出さなかった。

 それは一領主といえど、その領地では王と同じ事。

もしもの時には例え相手が王だろうと、凛として民達を守る、その決意を持たせる為だった。

 中央に依存しすぎていても駄目だ。逆に中央を拒否しすぎても駄目だ。

 と同時に、中央もまた有事がなければそうそう領主の政治に口出しは出来ない。

 だからこそ、面倒な手続きという手段を行っているのだ。

「確かに、我らの元の役職は基本的に政治から遠い役職ではあります。そして、果竪様のお話だと、我らは政治ではなく、主にこの屋敷の仕事と同じく屋敷内の連絡係や領主の世話をしろという事でしょう。ですが、領主館はこことは違い、政治の中枢。王宮の役人でなくとも、本来ならば外部の者を入れる事は賛成出来ません。やはり正式な手続きが必要となります」

「それは……分かってるわ」

 果竪は頷いた。

「でも、それでは間に合わない。それに、有事の時の手続きは省略される事もある。今こそがその有事ではないの?」

「そうです。でも、だからといって全ての手続きがすっ飛ばされるのは了承出来ません。我らは法を遵守する役人。その役人が法を無視すれば、国が成り立たなくなる」

 侍従の言葉に果竪は俯く。

「ですが、領主側が危機なのも事実です。わたくしどもも、個人的に情報収集を致しましたが、領主様への不審はかなり高まっているご様子。このままでは、近いうちに三度目の暴動が起りそうですね」

 そう言うと、侍従は溜息をついた。

「今から、手続きをしても許可が出る前に事は起きてしまうでしょう」

 果竪はぎゅっと拳を握りしめる。

 侍従の言うとおりだ。

 手続きをしたところで間に合いはしないだろう。

 だからこそ、自分も「手続きを先に」とは言えなかった。

 手続きをして間に合うならば最初からそれを選んでいる。

「ですから今回は特別です」

「は?」

 思い悩んでいた果竪は、侍従の言葉に間抜けな答えを返した。

「え? で、でも」

「確かに手続きを無視するのは支持できません。ですが、今回は仕方ありません。それで処罰を受けるのならば甘んじて受け入れましょう」

 侍従の言葉に、他の者達も頷いた。

「いいの?」

「悪ければきちんと言いますよ。今までのように」

 その言葉に果竪は抱きついた。

「ですが、我らが出来る事は政治以外ですよ?」

「それは分かってる」

 先程も侍従が言ったとおり、屋敷に居る者達は政治とは殆ど関係のない部署にいる者達だ。

 政治まで期待するのは無理である。

 だからこそ、それ以外の面に関しての助力を頼んだのだ。

「そのお言葉だと、何か考えがあるようですね」

「うん……」

 そう考えはある。

 だが、彼らが果たしてそれを受け入れてくれるかどうか。

「……まあ、向こうが断るにしろ我らは果竪様に従いましょう」

 そう言うと、侍従はそれまで黙っていた明燐へと視線を向ける。

「明燐様、我らの意見は纏まりました」

「私からは特にありませんわ。貴方達が決めたとおりに動いて下さいませ」

「御意」

 侍従達が一斉に動き出す。

 あっと言う間にその場から居なくなり、果竪と明燐だけが残された。

 明燐がゆっくりと此方に歩み寄ってくる。

「それで、参りますの?」

「……あの、怒らないの?」

 果竪は恐る恐る明燐へと質問する。

 ずっと一言も口を挟む事がなかった明燐。

 だからこそ、それが恐かった。

「今更怒ったところでどうしようもありませんわ。それに、今はその暇もありませんし」

「……後で怒るんだね」

「当たり前ですわ。こういうケジメはきちんとしておかなければ」

「うぅ~~、私の方が偉いのに」

「ならば偉く振舞って下さいな。で、勝算はいかほどに?彼らを協力させれば、確かに今の状態は大幅に改善されるでしょう。けれど、彼らは屋敷に努める者達とは違い、王直々に果たさなければならない使命を背負ってここに来ています。その使命を後回しにしてまで動くとなれば」

 それだけの重大な何かがなければならない。

「けど、今ここで起きている事は、その使命よりも大切な事だと思うの」

「確かにそのとおりですわ。しかし、相手としては果竪を先に王宮に戻した後、改めて代わりを連れてくるという方法を選択するでしょうね、ほぼ間違いなく」

「……ならば、すぐに手伝わなければならない、そういう状況に持っていく必要があるって事?」

「ええ。但し、それをすれば果竪。貴方は王宮に戻らなければならなくなりますが」

 すなわち、果竪が王宮に戻る事と引き替えに手伝わせる。

 今まで王宮への帰還を拒み続けていた王妃が、帰還と引き替えに助力を求めれば向こうはすぐにでも手伝うだろう。

 果竪を見れば、その案も考えていたのだろう。

 自分の身と引き替えに助力を申し込む。

 いや、その案も――ではなく、その案だけしかない事を、果竪は何処かで気付いていたに違いない。

「……もし仮に、彼らが手伝ってくれるとすれば、それまでにどの位かかるかな?」

「彼らは王の代理人として来ております。王妃を連れ戻す為として、ある程度の権力は有しているでしょう。それこそ、王妃を安全に連れて帰る際のあらゆる事柄に対して、使者達は手続きなしに動けるという特権を持っております。それを使えば手続き為しに即日業務に携わることも可能です」

 但し――と明燐は言う。

「ですが、それは王妃を連れ帰る為に対してのみ効果を発揮する事です」

「……ならば、私が戻るのに今回の件が邪魔になっているとなれば、その解決のために、彼らは特権を行使してすぐに手伝ってくれるって事ね」

「ほぼ確実に。逆に言えば、その特権を盾に迫らなければ可能性は低くなります」

 向こうとしては、特に何事の問題もなく連れて帰りたいのだ。

 出来る事なら、余計な事はしたくないに違いない。

 となれば、最初から特権を盾に迫るしかないだろう。

「そう……なら、その特権を使わせて貰おう」

 果竪の重い言葉に、明燐は眉を顰める。

 確かにそれしか彼らを動かす方法はないだろう。

「でも、果竪はそれでいいの?」

 明燐の言葉に、果竪は拳を握りしめた。


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