第25話 譲れない想い
その腕を掴み上げた人物は、そのまま男の腕を捻り挙げ手斧を抜き取った。
「誰だテメェ等!」
いきり立つ男達とは裏腹に、ゲッと青ざめる果竪。
というのも、そこに居たのは自分を迎えに来たという使者団の者達だった。
使者団の長が、奪った手斧を片手に淡々と告げた。
「お前達の言いたいことは分かった。ならば、この件は中央の預かりとする」
「何だと?」
「きちんと調査し、中央にて採決を下そう」
「うるせぇ! 俺達の所の問題は俺達自身で解決する!!」
「そうだ!! お前達は口を出すな!!」
そう言って、別の男が使者団の長に殴りかかる。
が、簡単にかわされ男が地面に倒れた。
その足の運びは酷く洗練されていた。
「そうか。ならば今後一切こちらには何の援助もせんが、それでいいか」
「ちょっ!」
果竪が口を挟もうとするが、使者がそれを許さない。
「領主の兵士が民を傷つけたとすればそれは大問題だ。だが、ここで裁判をするには領主の息が掛かっている。公平な裁判をするには第三者の立場が必要だ。よって、中央がそれを引き継ぐ」
「……てめぇら、何者だ?!」
「我らは中央からの使者だ」
その言葉に、そこに居た全員が呆然とした。
「これが証だ」
使者が懐から取りしだし印籠。
そこには、中央の役人の証が確かに刻まれていた。
「……本当に、中央の役人なのか?」
「そうだ。よって、この件についてはこちらで預かろう」
「領主を……裁いてくれるのか?」
男の言葉に、使者は淡々と告げる。
「それはまだ分からん」
「何だと?!」
「裁くにしろどうするにしろ、きちんとした情報収集や証拠集めが必要となるからな。慎重な調査の上で、判断は行わなければならない」
「ちっ……これだ。良いこと言っといて、結局領主を守ろうとしてるんだろうが!!」
「別に相手が領主だからではない。相手が農家だろうと漁師だろうと、誰だろうと変わらん」
「嘘だ!!」
「そう思うならば、そうでも良い。だが、領主を裁くよりも今は大切な事があるのではないのか?」
「なんだと?」
「一つは、兵士に切られた者達の安否だ。それを教えて貰いたい。必要ならばすぐに医師を差し向けよう」
使者の言葉に、男達が戸惑うのが分かった。
「次に、その兵士達の身柄拘束。証人になって貰わないとならないからな」
「兵士は……逃げたよ」
「逃げた?! 逃げたの?! 領主の兵士が?!」
果竪の言葉に、逃げたと言った男が頷く。
「そうだ!! 仲間を切った次の日の朝にはもう何処にも居なかった!!」
「ならば捕まえるべく追っ手を差し向ける必要があるな」
そうして淡々と他の使者に命じていく彼に、果竪は叫ぶ。
「待って!!」
「果竪様?」
「その兵士……領主の兵士じゃない……と思う」
果竪の言葉に、ようやく落ち着きを取り戻そうとしていた男達がざわめき出す。
だが、果竪は叫んだ。
「だって、そんなちょっとの抗議ぐらいで村の人を切るなら、前の暴動の時にとっくに切り捨てていた筈よ!!」
果竪の言葉に、男達が黙る。
「前の暴動?」
「そう……前にもあったのよ。暴動。でも……その時、兵士達は誰も帯刀しなかった。領主がそう命じたからよ。万が一でも民を傷つけるな。でも、帯刀していればもしかしたら抜いてしまうかも知れない。兵士達はそれに従ったわ」
「そんな……嘘だ」
「嘘じゃない!! なら、その時そこに居た人達に聞いてみればいいわ!! それに見てよ!! 今だって帯刀してないじゃない!!」
果竪の言葉に、男達はハッとして地面に倒れている兵士達を見る。
そして腰にある筈のものがない事にようやく気付いた。
「今回も同じ。あの子はそう命じた。帯刀するな。普通ならあり得ない。武器を持つ大勢の人達を止めるのに丸腰で行くなんて」
果竪は責めるように男達に叫ぶ。
「でも、そのあり得ない事をしたのよ。兵士達は貴方達を傷つけた? 傷つけてないじゃない!!」
確かにその通りだった。
怒りに我を忘れていたが、男達はその時の兵士達の様子を少しずつ思い出していく。
必死になって自分達を止めようとした兵士達。
だが、誰の手にも、いや、腰にも刀はなかった。
丸腰で自分達と向き合おうとした。
「領主が……事件を解決出来ないのは事実。結果も出せてない。みんなの暮らしをより大変にしている。それらは全て事実。でも……それでもこれだけは分かって。領主は貴方達を傷つけようなんてしてない。傷つけたくないと思ってる。それに、あの子はずっとかけずり回ってるの。寝る時間も食べる時間も全て削って、自分の食べる食事すら減らして頑張ってるの……そして、そんなあの子を見て、兵士達も文官、武官達もみんなかけずり回ってる。一刻も早くみんなを安心させたいから、みんなが頑張って作った農作物を盗む犯人を捕まえたいから。早く犯人を捕まえて……」
いつの間にかボロボロと涙をこぼしていた。
声が震え、嗚咽が込み上げる。けれどそれでも果竪は必死に訴えた。
「耐えろとは言えない。もう十分耐えてきたから。でも、それでも……領主は頑張ってる。そしてみんなを」
「分かった」
「え?」
男の言葉に果竪は言葉を詰まらせる。
「もういい」
「でも」
「もう分かったから、いい」
「果竪様。貴方様のお気持ちは十分に伝わっていますよ」
使者の言葉に果竪は男達を見て驚く。
彼らは皆、武器を持つ手を降ろしていた。
「俺達を止めようとしていた兵士達が武器を持っていなかった。それは真実だからな」
男の言葉に、果竪は胸が熱くなる。
「ありが」
「だが、兵士に仲間を斬り付けられたのも事実だ」
「…………」
「それとも、その兵士が領主のところの者でもなかったとでも言わない限り、俺達が領主への怒りを持つのは当然の事だ」
「……それは仕方のない事だわ」
「けど……領主が、俺達を傷つけようとする意思がない事は分かった」
最後まで刀を持とうとしなかった兵士達を見ながら男は言う。
そして、使者を見る。
「だから……さっきのはなかった事にしてくれ」
「中央の預かりはいらないと?」
「そうだ」
「そうか。それで決着が付いたのならばよかろう」
男が果竪を見る。
「あんたは……領主の兵士ならば絶対にそんな事はしないと言ったな」
「……ええ」
「……そうか……」
男が何かを考え込む。
「あの……どうかしたんですか?」
「いや……ただ、な。同じ兵士でも、そこで俺達にぶちのめされた兵士達とは雲底の差があるんだと思っただけだ」
「それは……どういう事ですか?」
「俺達の村に来た兵士達は最初から俺達の事を見下していた。いつも帯刀して、偉そうに振舞っていた。村の者達が自警団を組んで必死に畑を守ってる時も、嫌々手伝うという感じで……だから、余計に領主は俺達の事なんてどうでも良いんだと思った。そこに、あの斬り付け事件だ」
「そんな……酷い事をしたんですか?!」
「ああ。そして仲間を斬り付けた後、文句があるなら領主に言えと言った。そして自分達は領主の代理人だ。自分達に抗議するのは領主に抗議することであり、恐れ多い事だ。切られたって文句は言えないと」
「酷い!!」
「そう……俺達の命なんて、奴らにとってはそこら辺に転がる石ころの価値すらもない」
男は何処か遠くを見ながら呟く。
「なのに……此処に来れば、兵士達は帯刀すらしないなんてな……それどころか、たった十数人で俺達をどうにかしようとするなんて……最初から止められないのが分かっているようなもんじゃないか」
「それは仕方ないです」
果竪は悲しげに呟いた。
「だって……もう人がいないんですから」
「は?」
驚く男達に果竪は言う。
「領主は殆どの文官、武官、兵士達を村や町に飛ばしています。最低限、残しておかなければならない者達以外はすべて」
男達がざわめきだす。
それは、驚きによるものだった。
「普通はあり得ないですよね? でも、領主は……李盟はそれをしました。その分、自分にどれほどの負荷がかかるか……けど、それでも少しでも早く事件を解決したいからって……」
「……どうやら、俺達が見誤っていたようだな」
「もう少しだけ待って下さい。必ず、犯人は捕まえます」
「……それは俺達にとっては酷な言葉だ」
「分かってます」
「いや、分かってないな。俺達の村に来る人買いの訪問回数が増えているとしてもか?」
「え?」
「くそっ……足下見やがって……そうさ、これまでは時偶しか来なかった奴らが、近頃は毎日のように来ては娘を奉公に出せと言ってくる。奉公? 売れの間違いだろう? しかも、奴ら今まで下手に出ていたくせに、最近はでかい態度で脅迫まがいの事までしやがって!!」
「売られた……方はいるんですか?!」
「今のところはいない。だが、このままの状況が続くと……」
売りたくなくても、売らざるを得ない状況になるかもしれない。
「そんな状態の俺達に、あんたは耐えろと言うのか?」
それは重い言葉だった。
だが、果竪は迷いなく告げた。
「……お願いします」
強い眼差しにも決して目を逸らすことなく、果竪は相手の目を見つめ返した。
その揺るぎない眼差しに、男の方が気圧される。
「……分かった」
「ありがとうございます。貴方がたが身を削るようにして下さった猶予、決して無駄にしません」
果竪の決意溢れる言葉に男は口を紡ぐ。
何処にでもいるような少女。
十人並で、美しさの欠片もない容姿は、きっと一度人の波に埋まればもう二度と見つける事は叶わないだろう。
けれど……それでもこれほど心に迫るものはなんだ。
その強い眼差しに宿る光が自分を捕えてはなさい。
そしてそれは、自分だけではなく、仲間達も同様だった。
華奢な体から漲り溢れんばかりに放たれる凛とした――ああ、分かった。
その凛とした美しさが自分達をとらえて離さないのだ。