第24話 二度目の暴動
その日はたまたま屋敷に戻っていた。
ずっと屋敷を留守にするわけにもいかず、とりあえず顔見せと屋敷にある貯蓄庫を開放出来るかどうかの確認が目的だった。
朝早く屋敷に戻り、その後は精力的に働き屋敷の者達に指示を飛ばしてきた。
そうして、ようやくお昼を回った頃、彼らはやって来たのだ。
「王宮からの使者ですわ!」
「は?! 使者?! 早くない?!」
今までは一ヶ月に一度ほどの到来だったというのに。
しかも来る前にはきちんと連絡が来ていたが、今回は既に屋敷の門前に居るという。
慌てた果竪に、明燐が仕方ないとばかりにベールを被せる。
通された使者団に、果竪は何時ものように病弱な様子を装った。
だが――今回は前回以上に一筋縄では行かなかった。
「今までの私達とは違います!!」
「違う?」
「ええ。今回は王妃様を必ず王宮へとお連れします」
もしそれが無理でも、いつ帰るかきちんと約束するまでは絶対に帰らないという。
そんな使者達は、ここに来る者達としては初めての顔ぶればかりだった。
いや、初めてだからこそ、無駄に強気なのかもしれない。
「ですから、この体調では無理ですわ」
しかしそれは果竪も同じである。
ここで負けるわけにはいかなかった。
しばし睨み合いを続けた後、使者の長格の男が衝撃の一言を口にした。
「王妃様、嘘はいけませんよ」
その言葉に、果竪は息を呑む。
「ここに来る前に都に数名ほど潜入させていた者から、王妃様がそれは元気に都の中を駆け巡っていたとお聞きしております。何でも、領主館では領主の仕事を手伝い働きまくっていたとか」
「……ドッペルゲンガーです」
答えに困った果竪の発言に、使者団だけでなく明燐達まで目をむく。
流石にその言い訳はないだろう――と。
唯一人冷静な長格――いや、使者団の長は言う。
「ドッペルゲンガー飛ばせるぐらいなら大丈夫です。ですから何としても戻って貰います! それか、いつ戻るのか教えて下さい。その日にあわせて迎えを出しますから」
長は強気だった。
何が何でも連れ戻すという決意に満ち溢れている。
なんて厄介な奴らなんだ、と思わず舌打ちしてしまう。
「さあ、王妃様!!」
何が、さあ!!だ。
くそ……どうにかして逃げ道はないだろうか……。
また睨み合いが始まる。
因みにその間、明燐達は何をしているのかといえば、傍観に徹してしまっていた。
明燐達からすれば、結局は此処に残ろうと王宮に戻ろうとどちらでもいいのだ。
それがまた腹立たしく、思わず悪態をついていた。
「全く……李盟が王宮に求めた救援はいまだに来てないくせに、こういうところだけは早いだなんて」
寧ろ逆だろうと心の中でつっこむ。
王妃を迎えに来るよりも民の救済を先に行うのが、政治を司る王宮側としての誠意ある対応ではないか。
ぶつくさ呟いた果竪だったが、思いの他声が大きかったらしい。
「は? 救援?」
使者の一人がそう首を傾げた時だった。
「王妃様!!」
勢いよく扉を開け放ち転がり込んできた侍女の不作法に明燐の鋭い声が飛ぶが、使者達も目に入らない様子で彼女は絶叫する。
「都が、都が大変なんです!!」
「え?」
「今連絡用の伝書鳩が来て、各地に飛ばしている領主様の私兵がその村の人を斬り付けたらしく、領主様の屋敷に大勢の暴徒が集まっているそうです!!」
その言葉に、果竪は立ち上がる。
「なんと……そんな恐ろしい事が――って、王妃様?!」
「果竪!!」
使者達の間を潜り抜け、果竪は走る。
目指すは勿論、州都。
あちこちから制止の声が飛ぶが、止める事は出来なかった。
領主館の門前には沢山の者達が集まっていた。
それは、数日前の比ではないほどの大人数だった
男達は止めようとする兵士達を殴り、門を開けるように脅す。
断れば気を失うほど殴られ、その場に転がされた。
だが、それでも門は開かず、男達は叫んだ。
「領主や兵士達は民を守る為に存在する!!」
「そうだ!! 民を守る為なのに奴らは領主ばかり守っている!!」
「俺達を守らない者達などいらない!!」
「民を守らぬ兵士達などいらん!!」
そして一人の男が叫ぶ。
殺せ――
その声に、次々と賛同する声が聞こえてくる。
殺せ、殺せ、殺せ
それは大きなうねりとなって、領主館へと襲いかかる。
手渡されていく武器を片手に、民達が門を叩く。
木で出来た門は幾つもの傷が付き、バキバキという音と共に穴が開く。
兵士達が止めようとするが、逆に蹴り倒される。
「殺せ、殺せ!!」
「領主を、領主の薄汚い飼い犬を殺せ!!」
そうして門を壊し、男達がなだれ込もうとした時だった。
「やめなさい!!」
凜とした空気を振るわせるような怒声が辺りに響き渡る。
それまで眼前にあるものを、ただ破壊する事しか考えられなかった男達すらも、思わず動きを止めた。
その隙に、門の前に滑り込むように果竪が男達の前に飛び出る。
突然現れた少女に驚く男達に果竪は叫んだ。
「何故こんな事をするんですか!!」
その言葉に、ハッと我を取り戻した男達が叫ぶ。
「そんなの決まってるだろう!! 領主が役立たずだからだ!!」
そうだそうだと男達が叫ぶ。
「自分の身しか守らない駄目領主などいらない!!」
「だ、駄目領主って……」
「駄目領主じゃないか!! 何時までたっても生活を楽にしてくれないんだからな!!」
「それだけじゃない!! また作物をぶん盗られちまったじゃねえか!! しかも川には毒まで流されるなんてよぉ!!」
「これも全て領主が無能なせいだ!!」
「無能な領主なんぞこの州にはいらん」
「っ!!」
無能という言葉に、果竪は苛立つ。
無能?無能というのか、この人達は。
確かに、いままでこれといった打開策は出せて居らず、それどころか新たな被害まで出してしまった事からも、領主としては完全に失策と言える。
それは果竪にも理解出来た。だが、果竪は知っている。
睡眠時間も食事時間も削って働く李盟を。
まだ十歳の子供にも関わらず、李盟は必死に頑張っていた。
勿論、領主という地位にいる者としては結果を出さなくてはならない事は分かっている。
特に、今回のような領民の生活に関わる事に関しては頑張ったけど駄目でした――なんて事は通用しない。
何しろ、領民の生活がかかっているのだ。
農作物は彼らにとっては食料であると同時に、大切な収入源だ。
それを盗られて、挙句の果てには川に毒まで流された。
それは、もはや死活問題を遥かに超えている。
耐えるには限度があるだろうし、耐えろと声高に言う事も出来ない。
だが、それでも李盟の頑張りだけは、誰にも文句は言わせない。
自分の身しか守らない駄目領主だなんて絶対に言わせない。
「そこをどけ、女!」
「嫌よ!! 絶対にどくものですか!!」
「ならば殺すぞ」
一番前に居た男が果竪に手斧を突きつける。
ギラリと凶悪な光を宿す刃が視界に入るが、果竪は気にせず男を強々にらみ返した。
その姿に、男達の方が息を呑む。
「……どうして怯えない? 殺されるかもしれないんだぞ?それとも俺が殺さないとでも思っているのか?」
「思ってないわ。でも、私もそう簡単に死ぬ気なんてないもの」
「何だと?」
「勿論、貴方達を死なせるつもりもないけどね」
男達が訝しげな表情を浮かべる。
「この奥にいるのは、凪国国王陛下から正式な任命を受けた領主よ。それを手にかけるその意味を貴方達はきちんと理解しているの?」
「何が言いたい」
「確かに、貴方達の言うことも一理ある。結果も出せていない。でも、領主としての仕事をあの子は必死に行っている」
「だから耐えろと? いつ終るか分からない苦しみを耐え続けろと?!」
男の言葉に、他の男達がいきり立つ。
「お前は分かってないんだ!! 作物を盗られる苦しみが!!」
「そうだ!!」
「いいか?! 俺達は何も収入源が減るというだけで怒ってるんじゃない!!」
その言葉に、今度は果竪の方が圧倒される。
「作物が盗られても俺達は耐え続けた。生活は一時的に苦しくなるかもしれないけど、それでもきっと領主が解決してくれるからとな!!」
「だが、事態はちっとも良くならない。それどころか更に悪くなった」
「それどころか、領主は俺達の信頼を無下に突き返した!!」
「こんな状況なら誰だって不満が出る。その不満を言っただけで、領主の私兵は村の奴らを斬ったんだ!!」
男達の怒りが一気に膨れあがる。
「俺の所だけじゃねぇ!! こいつの村の所も、あっちの奴の所も抗議した奴を斬り付けたんだ!! うるせぇ、黙れって!!」
男達の言葉に果竪は言葉を失った。
その様子から嘘ではないことはすぐに分かった。
男達は言う。
兵士達は村の者達を斬り付け嘲笑い、自分達を家畜扱いしたと。
許せなかった、腹立たしかった。
怒りに打ち震え、男達は立ち上がった。
そうして、数人の者達が村の代表として州都に向かえば、途中で同じような被害を受けた者達が寄り集まった。
全部で十数の村や町から来た者達はいつの間にか大人数に膨れあがった。
「領主は俺達を守るどころか傷つけた。領主が頼れないなら自分達で守るしかねぇんだよ!!」
男の言葉は最もだった。
だが、それでも果竪は納得出来ない。
兵士が村人を傷つけるなど、あり得ないとも思った。
確かに帯刀はさせていたかもしれない。
しかし斬り付けるなんて事は……。
「嘘……よ」
「嘘じゃねぇ!」
「あの子は……あの子に仕える者達はそんな事はしない!!」
「なら村の仲間を切った奴らがした事はなんなんだよ!!」
「うるせぇ! お前もどうせ領主側の立場に立ってしか物事を考えられない奴だ!」
「そうだ、そこをどけ!!」
「いや、殺してしまえ!!」
一人の男がそう叫び、果竪に襲いかかる。
勢いよく振り上げられた手斧が、果竪の顔面へと振り下ろされた。