第23話 疑惑
暴動後、李盟の仕事への態度は鬼気迫るものがあった。
周囲が心配になるほどの仕事量をこなし、いくら止めても聞こうとしなかった。
今こうしている間にも民達の不安は募り生活が困窮していくからと言って。
川に流された毒の件についても、緊急に対策を練っては指示を飛ばしていく。
だが、それほど頑張っているにも関わらず盗難事件は多発し、まるでこちらを嘲笑うように被害は増えていく一方だった。
「李盟……大丈夫かな?」
「殆どの武官、文官を各地に飛ばしていますからね……その分、負担が李盟の肩に一気にのし掛かってしまっているのでしょう」
果竪も明燐も李盟を心配して屋敷に帰れないで居た。
暴動のあった日から屋敷に泊まり込み、その仕事を手伝っている。
「犯人捜し、補償、水害への対策、そして川に流された毒について諸々やることがあまりにも多すぎるのですわ」
「でも、やらなきゃどうしようもないわ」
そう――やらなければ、このままどんどん積み重なっていくだけである。
「どうにか尻尾だけでも掴めればいいんだけど……」
盗難の犯人か、毒を流した犯人のどちらか一方でもいいから。
そうしてその日も一日中、果竪達は李盟を手伝い続けた。
その夜――入浴を終えた明燐は、部屋で地図を見ている果竪に気付いた。
「どうしましたの?」
「あ、いや……」
「まさか大根分布表ですの?」
果竪がそこまで真剣に食い入るように見るとすればそれしかない。
「いや、違うし。見たいけど今はそんな時間ないって」
「では何を……地図?」
それは、瑠夏州の地図だった。
「報告書を纏める為に改めて被害状況の整理するって李盟が言ったから奪ってきたの」
それ以上仕事をすれば確実に倒れるといって。
「それで、見ていたら少し疑問に思う事があって」
「え?」
「暴動以降、更に忙しくなって殆ど被害状況の整理が出来てなかったらしいんだよね」
あれから一週間。
その間に文官達も殆ど出払い、今では残っているのは十人にも満たない。
だが、仕事は何も盗難事件だけではない。
その他、州を動かしていく多くの仕事があり、もはやパンク寸前だった。
だから、被害状況の整理だって途中で放り投げられたままだった。
果竪はその被害状況を整理し、地図に一つ一つ色分けして書き込んでいった。
そこで気付いたのだ。
「見て、これ」
「これが……どうかしましたか?」
「おかしいのよ、凄く」
果竪は被害のあった村や町を一つずつ指指しながら説明していく。
「最初に被害があったのはこの州境の村や町から。そこから少しずつ州都方向へと近づいていった」
「ええ」
「まるで円を描くように、州都を追い込むように被害は拡大していったわ」
被害にあった村や町を一番古い順からなぞれば、果竪の言うとおり円を描くような軌跡が生まれる。
「そうして、つい最近1週間前に被害があったのが、私達が訪れた村」
と、そこで果竪の手が止まる。
「これ以降、州都へと迫っていた盗難被害は止まったわ」
「え? で、でも盗難事件はまだ続いているんじゃ」
「続いているわ。但し、今度は逆方向でね」
そう言うと、果竪は先程とは逆の順番で村や町を指していく。
「今度はこういう風に、被害が進んでいるのよ」
「え? ど、どういう事ですか?! これじゃあ戻って……って、一度被害にあった場所がもう一度被害にあっているという事ですの?!」
「そうよ。それも、今度は農作物の被害だけじゃない……他の植物も枯れ始めている」
「っ?!」
目を見開く明燐に、果竪は力なく言った。
「毒よ。川沿いの植物を中心に被害が及んでいる」
「……川沿いって……それは、私達が行った村と」
「そう、一緒よ。それからすれば、たぶんあの毒を流していた者達もまた盗難事件の犯人だったという事ね」
「なんて事を……」
作物を二度にわたって盗まれるばかりか、毒まで流される。
これではその村や町は壊滅状態になる。
「それで、犯人は?」
「見つかってないそうよ」
というか、そもそもそれが毒だと知ったのは、こちらに報告が上がってきた後だ。
その状況を詳しく聞き、毒かもしれないと果竪が領主にサンプルを採取するように告げた。
その後、上がってきたサンプルから毒だと判明したのだ。
そこから犯人を捜したとしても、もはや遅いと言えよう。
しかも毒は人気のない上流から流されているのだ。
「せめて植物が枯れ始めた時にでもすぐに毒だと分かればね」
連日降り続く雨が証拠を洗い流してしまっているのだからどうしようもなかった。
また、その場所の記憶を探る過去見の術も検討されたが、何かが邪魔しているのかどうも上手く行かない。
今の所打つ手はなく、全てが後手にまわっていた。
「どうしてこんな事を……」
「ただ、これで分かった事があるわ」
「何がですか?」
「相手は唯の盗難集団じゃないという事よ。普通の盗難犯人が毒まで流さないわ」
「それは……そうですわね」
「こうなると、私達が目撃したのが、本当に運が良かったという事になるわ」
もし、毒だと気付いていなければ二つの件をあわせて考える事はしなかっただろう。
長雨やら植物の病気によるものと勘違いしたかもしれない。
その場所に行こうにも、人手が少なすぎる今、下手に動く事は出来ないのだから。
「果竪の言うとおりですわね。原因が分からなければ、余計に民達の心を不安にさせますもの」
このうえ、他の植物まで原因不明で枯れたなんてなれば、きっと民達は混乱する筈。
「果竪のお手柄ですわね」
「それはどうかな?」
「果竪?」
果竪が地図をもう一度指さす。
「毒の件では不安にさせない。でも、こんな被害範囲では近々不満が爆発する。だってそうでしょう? あれほど州都に迫っていた被害が、突然Uターンしたんだから」
Uターンした事で、州都とその近隣の幾つかの町や村は被害にあわず無傷なままだった。
代わりに、別の村や町が再び被害を受けていく。
「まるで……あえて州都を避けたように」
「でもそれは当然ではありません? 州都は今までの村や町とは段違いの警備ですわ。下手をすれば捕まってしまう恐れもありますもの」
「それはそうだけど……でも、被害にあった人達からすればそうじゃない。自分達の村はこんな被害にあったのに、どうして向こうだけ無事なのって普通は思う」
流石に明燐も言葉を失う。
そう――自分達だけ被害を受けたのに、どうして向こうは無事だったのか。
しかも、盗難犯人が捕まったのではなく、その盗難犯人達の意思でそちらを狙わず、再び自分達の方に牙を向けた。
どうして?どうして?
不満を芽吹かせるには十分なものだ。
もしかしたら、明燐の言うとおり警備の問題ゆえの行動かもしれない。
しかし、ならば毒を流す理由はなんなのか?
「毒まで流す理由が分からないわ」
というか、そもそも普通の盗難集団が毒まで流すだろうか?
彼らにとっては農作物こそが商品である。
なのに毒なんて流せば今の作物はおろか、来年の作物にまで影響が及ぶ。
そうなれば、来年の彼らの商品はなくなってしまうという事だ。
それは彼らにとっても望ましくない状況ではないだろうか?
「または、収入源となる作物がなくなってもよいという状況だという事でしょぅか」
「そうなんだよね~……なんか気になる」
なんか……作為的な匂いがする。
「もしかしたらこの農作物盗難って……唯の盗難じゃないような気がする」
「果竪……」
「ああ、でもそうなるとその証拠が必要になるよね。けどそんなものないし……いや、あっても目的自体が分からないからどうしようもないし……って、その前に!」
「どうかしました?」
「王宮側は一体何をしているのよ!! あれから何日も経っているのに全く音沙汰なしってどういう事よ!!」
果竪の叫びに明燐が頬をひくつかせた。
「か、果竪……」
「こっちは緊急事態だってのに、何を悠長にしているのかしら!!」
「し、仕方ありませんわよ。向こうも忙しいですし」
「こっちだって緊急事態よ!! ああもう!! とっとと救済処置でも何でもいいから来いってのぉ!!」
そう叫んだせいなのか何なのか分からないが、それから二日後の事である。
王宮からそれらはやって来た。
但しそれは――
「王妃様、そろそろ王宮にお戻り頂きたく思います」
果竪を王宮へと連れ戻す使者団だったが。