第21話 毒
次の日、果竪は明燐と共に【車】に揺られて州都から六時間かかる村へとやってきた。
そこは、今までの結果から、次の被害地になると予想された場所だった。
その日も雨が降り注ぎ、果竪と明燐は肌寒い中、【車】から降り立つ。
既に警備の為の兵士が送り込まれており、先に送った伝書鳩による連絡を受けた彼らが果竪を出迎える。
因みに天界十三世界では、その殆どの世界の通信・連絡において、主に伝書鳩や手紙などが主となっていた。
冷蔵庫や電子レンジ、テレビ等々、便利な代物で溢れていた二十世紀頃の人間界。
その科学技術が取り入れられた炎水界。
ならば、同じく人間界で多く使用されていた通信機器――電話やパソコン、メールだって存在すると思われるだろうが、実は空間の不安定さが通信関連の電波に影響を及ぼすらしく、場所によってはノイズが酷くて上手く送受信出来なかったのだ。
その為、ノイズに邪魔されない確実な方法として、昔ながらの伝書鳩や郵便が主流となっていた。
果竪は出迎えてくれた者達の顔色を見て、既に遅かった事を知った。
「申し訳ありません!」
「盗まれたのね……」
「はい。未成熟なもの以外はすべて――他の場所と同じです」
「状況は?」
「それが……気付いた時には」
まただ。
また、厳重な警備をしているにも関わらず、気付いた時にはなくなっている。
だが、問題はそれだけではなかった。
畑に向かう途中、果竪は村の中を通る川沿いに茂る植物の異変に気付く。
「……枯れてる?」
力なく項垂れるように枯れている草花に首を傾げる。
今は夏だ。こんな、枯れ木のような枯れ方を……しかも、沢山。
「あの、この植物はどうしたんですか?」
兵士の一人に聞けば、彼も首を傾げながら答えた。
「それが、私にもさっぱり。村人達の話では、数日前から突然枯れ始めたそうです」
「突然枯れ始めた……」
「はい。村長の話では、何かの病気ではないかという話です。幸いなのが、畑にはそれが及んでいないことですね」
「畑は大丈夫なの?」
「はい。ですが……それが良かったといえるかどうか……結局は盗難によって作物を盗られていますからね」
悔しそうに呟く兵士に、果竪は今一度川沿いの植物を見た。
その後、畑を調べたがおかしなところはなかった。
畑は柵で囲まれていたが、壊されていた様子もない。
足跡を――と思うが、連日の雨で既に消されているという。
「しかも、この雨です」
村長は困り果てたように言った。
恵みを与えてくれる雨も、過ぎれば厄介な代物でしかない。
それどころか、水害を起こす危険すらある。
「作物を盗まれ、この上水害まで起きたら……」
どうやら、事態は果竪が思うよりも深刻な様子だった。
特に、水害が起れば畑だけの被害に留まらなくなる。
規模によっては家財道具、いや村ごと流されてしまう。
「水害への対処については」
「今、堤防を作っております。ですが……」
「作物を盗まれてすぐ。ショックも大きいですよね……」
必死に育ててきた作物。
後は収穫だけの作物全てを盗まれたとなれば、そのショックと怒りは大きい。
すぐに切り替えて動けと言っても無理があるだろう。
「果竪、戻りますか?」
ここで得られる情報はもうないだろう。
だが、果竪は首を横に振った。
「もう少しだけ残るわ。被害に対する補償問題についての話もあるし、それに堤防造りも手伝わないと」
「手伝うって、そんな事をしていたら他の場所に行く時間がなくなるわ!」
「分かってる。でも……それに、気になることもあるから」
「気になること?」
果竪が頷くと、川沿いの植物について話す。
「病気であるとすれば、サンプルをとってその対策をしないと」
盗難事件だけではない。
この村で困っている全てについて対処しなければ。
果竪の言葉に、村長が頭を下げる。
「ありがたいお言葉です。本当に……盗難や水害だけでなく、川沿いの植物まで……畑にその被害が及んでいないのは幸いですが……あの川はわしらの思い入れのある場所でしてね」
村長は語る。
そもそもこの村にとって、村の中を流れる川は大切なものだった。
というのも、他の場所のように幾つもの水源が近くにない村にとってこの川が唯一の水源だからだ。
建国以来、この川と共に村は生きてきた。
雨が降らない時は川の水を使い、作物を潤し村の者達を潤した。
神とはいえ、いまだ不安定な天界の安定の為に、好き勝手に術を使えない自分達の代わりにずっとずっと恵みを与えてくれた川。
そんな大切な川に村人達は感謝した。
「少しでも綺麗であり続けるように、流れてくるゴミをとったり、魚達が住みやすいように整備したり」
そうして、川の両端には水場に良いとされる花を植えた。
「季節になると、それは美しく咲くんですよ」
毎年農閑期になると、その花を見て民達は束の間の休息を楽しんだ。
なのに、そんな楽しみは花が枯れてしまった事であっけなく潰れたのだ。
「なら、それこそ原因を突き止めないと」
もう枯れてしまったものはどうしようもない。
だが、きちんとした鑑定結果を出して対処しなければ、もしかしたら他の場所にもその事態は広がるかも知れない。
「よろしくお願いします」
頭を下げた村長の姿が何処か小さく見えた。
それからすぐに、果竪は明燐を伴い川に生茂る植物を見た。
相変わらず枯れた植物は酷く痛々しかったが、想いを堪えて幾つかの植物をサンプル採取する。
その後、そのまま上流へと歩いて行った。
いつの間にか村から出ていたが、相変わらず植物が枯れていた。
「……何か……上流になればなるほど被害が大きくありません?」
枯れた植物も、ただ枯れているだけではなく黒く変色している。
「上流になればなるほど被害が大きい」
その言葉に、果竪は何かが引っかかった。
「しかも、川沿いの被害が大きくて……」
そういえば、村長が気になることを言っていた。
確か、畑の作物には被害がなくて良かったと。
その時は、畑の作物にかからない病気なんだと理解した。
だが――
「果竪!」
ガッと腕を掴まれて近くの茂みに引っ張り込まれる。
「な、何?!」
「あれを」
明燐が指さす方向を見れば、遠くに誰かがいるのが分かった。
「あれは……」
数人ほどの者達が川縁で何かをしている。
と思えば、まるで周辺を窺うように警戒する。
「何をしているのかしら……」
そうこうしているうちに男達が姿を消す。
それを見計らい、果竪と明燐が先程男達の居た場所へと近づいていった。
「確かここら辺よね……特に何も変わったものはないけど」
「これ、何かしら」
明燐が何かを見つける。
それは、川辺に引っかかっていた穴の開いた袋だった。
「あの人達の落とし物かな?」
「あら? 中にまだ何か残ってる……粉?」
袋には粉状のものが付着していた。
「これは……きゃっ!」
持っていた袋が突然何者かにひったくられる。
それは近くの枝に止まりこちらを見下ろした。
「か、烏?!」
「それを返しなさい!!」
どうやら、食べ物と間違えて奪ったらしい。
果竪は何とか取替えそうと試みる。だが、説得の通じる相手ではない。
「だ、大根あげるから!!」
果竪は懐から大振りの大根を取り出す。
これと交換してくれと頼む果竪だったが、烏はフンっと首を横に振る。
「酷い!! 私の大根の何がいけないの!!」
「大きすぎて持ち運びが難しいかと」
「食べ応えがあっていいじゃない!!」
そういう問題じゃないし……。
「ってか、それ返して!!」
だが、烏は付きあってはいられないとばかりに袋を加え直してその場を飛び立つ。
しかし……すぐに、烏が地面へと落下した。
「え?!」
地面に落下した烏はピクピクと痙攣し、すぐに動かなくなる。
驚いて近寄れば、烏は死んでいた。
「ど、どういうこと?」
「まさか、大根を選ばなかったから呪い殺したんじゃ」
「そんな事しないって!!」
物騒なことを言う明燐に怒りながら、果竪は烏が泡を吹いている事に気付く。
「これって……まさか、毒?」
でも、毒なんて一体……まさか!!
果竪は烏が加えていた袋を見る。
すると、先程粉がついていた場所が丁度烏が加えていた部分である事に気付く。
「もしやこれ……毒なんじゃ」
「何ですって?!」
詳しくは検査してみないと分からない。
だが、毒だとすればかなり強力なものだろう。
そこで果竪は戦慄した。
この袋は先程何処にあっただろうか?
そうだ、川辺にあった。
そしてそこには男達が居て……。
「もしかして……あの男達……」
男達が居た場所にこの毒のついていた袋が落ちていた。
とすれば……あの男達がしていた事は。
「毒を……流した?」
明燐が両手で口を押える。そうでなければ悲鳴をあげていただろう。
「ま、まさか……」
ようやくそう呟く明燐だが、果竪は厳しい眼差しで袋を見つめる。
今思えば、その徴候は色々とあった。
村長の話では、川沿いの植物に被害が起きていて畑に起きなかった。
その言葉に惑わされたのだ。
もし川の水が原因ならば畑にも被害が起きているはず。
何故なら、畑への水まきに使われる水は川の水だからだ。
だが、今の天気ではそれが行われない。雨が降っているからだ。
植物に異変が起き始めた時もずっと降っていたのだろう。
そうすれば、川の水は使わないから畑への被害はない。
そして毒を流されているという証拠としては、上流になればなるほど被害が大きい事も関係するだろう。
毒が流された場所に近ければ近いほどその濃度は高く、被害も大きくなる。
そして……そこで見つけた証拠。
ああ、やはりあの男達は毒を流していたのだ。
但し、それは今回だけではない筈だ。
最初に枯れ出したのが数日前。という事は、一番最初に流したのは数日前。
そして今日此処に居たのは……たぶん、毒性を強めるために回を重ねているのだろう。
川は流れがある。
最初は濃度が濃くても、下流に行けば行くほどその毒性は薄くなっていくだろう。
だから、量を増やすが、一気に毒を流せば勘付かれてしまうから、分けて繰り返すのだ。
果竪は川の水を汲むと、隣に居る明燐に叫ぶ。
「村に戻ろう!!」
その後、何カ所かで水を汲んだ果竪達はすぐさま村長に話をした。
当然驚く村長達だが、果竪の説明に次第に事の大きさに青ざめる。
すぐさま毒の成分を鑑定するべく州都に戻る果竪を止める者は誰もいなかった。