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大根と王妃①  作者: 大雪
第五章 捜査協力
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第20話 協力

「聞きたい事は何ですか?」

 領主の執務室で席を勧められ、果竪達は腰を下ろした。

 領主側としては、騎凰と組合長が同席している。

 領主――李盟の向かい側に座った果竪は、無駄口を叩かず知りたい事を聞いた。

「一つ目は、盗まれた時の状況について。二つ目は今後被害にあうと予測される場所について。三つ目は王宮側からの返答について」

「盗まれた時の状況……ですか?そうですね……最初の方で被害にあった村以外は、殆どが自警団を結成しました。その自警団と、此方から送った兵士と共に畑の警護をしていたのですが、その警護を縫うようにして盗まれています」

「一日中張り付いているわけではないの?」

「いえ、張り付いているらしいのですが……」

「なら、どうしてなくなるの?」

「それは……向こうも首を傾げています」

 本当に、気付いたらなくなっているのだ。

「ただ、皆嘘をついているようには思えません」

「そう……なら、余計に捜査に力を入れないと……それで、二つ目だけど」

「それについては後で報告書をお見せ致します」

「じゃあ、三つ目ね」

 すると、李盟は疲れたように溜息をついた。

「返事は……まだありません。遅れているのでしょう」

「遅れて……って、それ職務怠慢って言うと思うんだけど」

「仕方ありません。王宮側も忙しいのでしょうから……ただ、なるべく急いで欲しいのも事実です」

「何かあったの?」

「ええ……まあ……盗難とは別の件で……」

「……まさか、人買いが現れたの?!」

 その言葉に、李盟が頷く。

 盗難被害の後には必ず人買いが現れる。

 というのも、盗難事件で借金を背負った農家がその返済に追われて娘を奉公に出す機会が増えるからだ。

「でも、人買いは禁止されている筈」

「ええ。だから、奉公という話で出ているそうです。何でも、領主の屋敷に奉公に出さないかと」

「奉公……」

「身なりのいい相手で、礼儀もあるらしいですが」

「ああ、詐欺師の典型例ね。それで? 売られた娘はいるの?」

「今の所は……。村の方も不審に思って、こちらに報告してきましたが、そういった事は全くないという事です」

「そう……売られた娘が居なくて良かったわ」

「ですが……このまま被害が続けば分かりません。村によっては被害の大きさから大借金を背負います。そうなれば……」

「その前にとっとと解決しないとね」

「ええ、全力を挙げて捜査致します。盗難事件も、人買いの件も」

「にしても……昔はこんな事なかったのに」

 果竪は昔を思い出す。

 他の場所は違うだろうが、果竪の住んでいた村ではそんな事は全くなかった。

 田舎の山奥の村だったが、盗難など全くなかった。

「それは、あまりにも田舎過ぎて行くのが面倒だったとか」

「そんな事ないもん! 風光明媚の素晴らしい場所だもん!」

 明燐の言葉に果竪がカッと怒りの声を上げた。

「ただ、本当に四方を山に囲まれて隣の人里に行くまでは山越え谷越え峠越えて五日はかかるけど!」

 ド田舎じゃん!!

「でもでも! あそこの土は凄く素晴らしくて、愛する大根達の寝床にするには最高の場所だった! そう、あそこから私の全ては始まったのよ!」

 そう、あそこで自分は大根と語るも涙、聞くも涙の感動の対面を果たしたのだ。

 そんな……大根と自分を引き合わせてくれたのは父だった。

『果竪、泣かないで。ほら良い物を上げよう』

 そう言って大好きなお父さんがくれたのは

「泣いている娘に大根の種渡すなんてどういう神経してるんですか」

「ちょっと人の父親批判しないで!!」

「父親批判はしていません。その所行と思考を批判しているだけです」

 それだけ批判したら全部だろう――とは、李盟達は言わなかった。

「ってか、どういう思考回路をすれば泣いている娘に大根の種を渡すんです」

「普通の思考回路じゃない。泣いている娘に大根の種を渡すのは」

「少なくとも私は渡されませんでした」

「ふっ! 人生の五割は損しているわね」

 何で大根の種を渡されなかっただけで人生の半分も損しなければならないのか。

 しかし、果竪は勝ち誇った顔をしていた。

「大根!! そう、大根こそ野菜の王様よ」

「それはかなり反論が出ると思いますが」

「いいのっ!! 私にとって大根は人生に変革をもたらしたものなのよ」

 なんて安い人生なんだ。

 今は盗難で品薄状態だが、豊作時期は一本三十円で買えることもある。

 という事は三十円で変革されるような人生という事か。

 しかもそれがうちの国の王妃。

「ちょっと泣いていいですか?」

「大根の素晴らしさに感動して泣くなら良いわよ」

「いえ、逆の意味で」

「ってか私にとって大根はなくてはならない野菜なのよ。そう、私のコンプレックスをなくしてくれたのが大根なんだから」

 大根でコンプレックスがなくなる?

 そもそもそのコンプレックスはどんなものなのか。

「あ、あの、でもなんで大根の種を?」

 領主が恐る恐る聞けば、果竪は胸を張って答えた。

「それはね、私がいつものように作物を育てるのに失敗して泣いていたからよ」

「作物を……あの、信じられないんですが」

 どんな場所でも必ず大根を栽培して見事な大振り大根を収穫するのが果竪であると信じている領主にとって、その話はまさに衝撃をもたらした。

「昔は全然ダメだったの。そう……私の家を含めたあの村の人達は、五穀豊穣の血筋ではあるけれど、私だけは昔から作物を育てるのが下手でね」

 特に、五穀である稲・麦・粟・稗・豆は全て枯らしてしまった。

 両親や他の人はあんなに上手く豊かに実らせるというのに。

 そんな自分に父がくれたのが大根の種。

 他にも花の種やら色々くれた。

 そうして植えて世話をしてみたところ

「大根だけが実ってくれたの」

 花も駄目、他の野菜も駄目。

 しかし大根だけは白く太く実ってくれた。

 その時の白い輝きは金剛石すらも遠く及ばない。

「わかる?! あの時の私の気持ちが」

「全く理解出来ません」

「むきぃぃぃぃ!! どうして理解出来ないのよ」

 五穀豊穣を司る者としてようやく実らせられたのが大根。

 普通悲しむべきではないだろうか?

 畑違いではないが、作物違いで成功するなんて本来なら余計にショックだろう。

 けれど何処までもポジティブ思考の果竪にショックなんて言葉はない。

 そのポジティブ思考を王に対しても使えば凄くいいのに。

「とにかく、私は心底大喜びしたわ!! 私でも出来るんだって! だから私にとって大根は特別なのよ!」

 大根のおかげで、野菜も実らせることが出来た。

 花や、相変わらず五穀は今も無理だがそれでも構わない。

「私の夢は大根を極める事よ」

 そして世界一の大根農家になるのだ。

「だから大根王妃って馬鹿にされるのよ――ってそこで顔を赤らめないで下さいな!」

 大根王妃――それは果竪にとっては最高の賛辞である。

 はぁはぁとその衝撃に頬を染め、夢見るような瞳で呟く。

「素晴らしいわ」

 ダメだこの人。

 そこで、はっと組合長はある事を思い出す。

「そうだ、領主様。実は、果竪様のところも被害にあいましてな」

「え?!」

「そ、そうよ! 私の大根!! 私の愛する大根達が拐かされたのよ!!」

「果竪、拐かされるという崇高なる言葉は清らかな乙女に使われるものであって、大根には似合いません」

「大根の何処が似合わないのよ!! 良く見てあの一点の曇りもない眩しいほどの白い輝きを!!」

 あの眩しさは一度目にすれば決して忘れられないと叫ぶ果竪を、明燐は完全に無視した。

「むきぃぃ!」

「そ、それで、犯人の方は」

 李盟は何とか話を逸らすべく質問を投げかける。

 すると、予想外にも果竪は怒りを静めて質問に答えた。

「見ていないの。くっ! 私の大根を盗むなんて」

「そうでしょうね。それこそ地の果てまでおいかける大根狂いという魔王のいる畑から盗むなんて、とんだ命知らずですわ」

 明燐様……。

 男達が心の中で黄昏れる中、果竪が明燐をポカポカと叩く。

「というか、果竪も果竪ですわ」

「え?」

「だって、いつも愛する大根と言っているわりには、大根の危機を事前に感じる事が出来ないなんて」

 その瞬間、果竪は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「もしや、愛が足りないのでは?」

 ズドォンと果竪は更なる衝撃を受けた。

 愛が……足りない?

「それか、もとから助けを求めていなかったか」

 助けを求めていなかった?

 それはつまり、助けを求める相手として認められていなかった?

 果竪はぱたりとその場に倒れた。

「果竪様?!」

「そんな……そんな……」

 愛が足りない、助ける相手として認められていない。

 そんな事――

「あるはずないもん! 私の大根への愛は海溝よりも深く、この天界よりも広く大きいもの!!」

「危険に気づけなかったではないですか」

「だから助けるもん!!」

「助ける? もしかしたら手遅れかもしれませんよ? 今こうしている間にも大根達は大根おろしでジョリジョリ、ジョリジョリと削られていって」

「ひぃぃ!」

 果竪が絶叫する。

「いやぁぁ!!大根達をおろすのはこの私よ!!」

 おろすのはいいんかい。

「あの白い裸体をそっと掴み、優しく大根おろしという完璧な新形態に導くのは私だもん!! それを盗みという不届きなことをする人達にされるなんて我慢ならないわ!!」

 新形態――ロボットか、大根は!!

 だが、そんな李盟達の心のツッコミも果竪には届かなかった。

「絶対、絶対捕まえてやるわ!!」

 そう言うと、領主に詰めより果竪は叫んだ。

「すぐさま、次に被害が及ぶ場所を教えて!!」

「え? 教えるって、いや、どうするんですか?」

「勿論、犯人逮捕を手伝うのよ!!」

「はぃぃ?!」

 李盟は思わず後ろにひっくり返りそうになった。

 ってか、王妃が自ら犯人捜し?!

「何か問題でも? 最初に、次に被害に遭いそうな場所について教えてって言ったじゃない」

「だ、だからって、まさか犯人捜しをするとは思いませんよ!」

「犯人捜しする気じゃなきゃ聞かないわよ!! それより、場所」

「言えません」

「どうしてよ!!」

「王妃様を危険な目に遭わせられるはずがないじゃないですか!! そもそも、王妃様はこの領地で預かる大切な客人なんですよ!!」

「追放された罪人の間違いでしょう!!」

「果竪様!!」

「別に、私だって考えなしに言ってるわけじゃない! 人手は多い方がいいって言ってるのよ」

「それとこれとは」

「関係あるわよ!! だって、ここは私にとっても大切な場所なのよ!! 助けたいって思って何が悪いのよ!!」

 その言葉に、皆が言葉を失う。

「私みたいな扱いの難しいのを受け入れてくれただけではなく、私が暮らしやすいように気を配ってくれた。この二十年間、凄く楽しかった。いつかお礼がしたかった」

「それは、当然の事です」

「そうよね。王妃である私を守るのは当然の事。だから、私も当然の事として今回の件を手伝うわ」

「果竪様」

「そうよ、私は王妃。王妃として、下の者達を守る義務がある」

 果竪は思い出す。不安な中でも、領主を信じて頑張っている人達の事を。

「みんなそれぞれ頑張ってる。大変な中で、必死になって自分のやるべき事をしている。なのに、地位も身分もある私が何もしないでいるなんて、それこそおかしいわ!! 確かに、流刑中で権力なんて殆どないし、使えるものといってもこの身一つ。けど、それでも情報収集とか創作とかぐらいは出来るわ。既に被害にあった村や街の人達を助ける為には使えるものは何だって使うべきよ」

「果竪様……」

「ごめん、凄く我儘を言ってるって事ぐらい理解してる。でも、それでも……」

「分かりました」

 果竪の言葉を遮る様に李盟が言う。

「分かりました……そのお気持ち、嬉しく思います。ですが、どうか無理だけはしないで下さい」

「ありがとう! 李盟!!」

「李盟様! それは」

「騎凰の言いたい事は分かる。でも、今は人手が欲しいのも事実です」

「それは……ですが、王妃様を捜索に加わらせるなど危険すぎます」

「そちらについては私が守りますわ」

「明燐様」

「危なくなったらすぐに退かせます。それでいいでしょう?」

 果竪とは違い、博識で自分の引き際を知り、また武術にも幅広く通じている明燐の言葉に騎凰は唸る。

 確かに、明燐が傍に居れば安全だろう。

「……わかりました」

「ありがとう!!」

 抱きつく果竪に体勢を崩す李明。

 一方、他の者達は溜息をつきつつも、民の為に必死になる王妃にそれぞれ暖かな眼差しを向けたのだった。


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