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大根と王妃①  作者: 大雪
第四章 大根を求めて
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第19話 女性像

 灰色の空。降り続く雨。

 けれど、色取り取りの傘が州都を色鮮やかに染め上げる。

 行き交う観光客の隙間を縫うように進む果竪、明燐、組合長の三人はふとある飲食店街の前で立ち止まる。

 店の扉が開き、観光客達がどっと外へと出て行く中、こんな話が聞こえてきた。

「美味しかったね」

「そうね~、でも量が前より減っていたわ」

「そうそう、特に野菜フルコース。一皿一皿の量がね」

「それに、前は野菜バイキングもあったのになくなっていたわ。この季節なら、いつもは食べ放題なのに」

「けど、料金が値上がっていたわけじゃないし……味自体はいいから、まあいいんだけど」

「それに、オマケで美味しい御菓子も食べられたしね」

 そんな事を言い残し、立ち去る観光客達。たぶんこの後は観光か買い物だろう。

 そんな彼らを見送る店の従業員達は、彼らの姿が見えなくなったところで店へと戻っていく。

 だが、それにも関わらず数名が店の前にも関わらず、立ち話を始めた。

「いつまでこんな事が続くんだろうな」

「いつまでって……そりゃあ、事件が解決するまでだろ」

「観光のイメージダウンを避ける為にも事件の事は禁句だからな」

「そりゃそうさ。農作物の盗難が酷くなっています、なんて言えるかよ。州全体の治安を疑われる」

「けど、このまま作物が盗られ続けたら……貯蓄だっていつまで持つか」

 そう――貯蓄には限りがある。

 その為に、いつもならば店のウリにする野菜の食べ放題も全て取りやめている。

 店側にとっては痛い打撃であると分かっていても。

「そうなんだよな~。けど、何とかなると思うしかないだろう」

「でもさ」

「でもも何もない。それに、領主様があれだけ頑張って下さっているんだ」

「そうだよ。盗難事件が酷くなっても、農作物が値上がりしないように貯蓄まで放出してくれてさ。王宮の方にもすぐに連絡をいれてくれたし、人手を割いて各地に警備までまわしてくれている」

「そうだなあ~。ってか、本当にムカツクよな、盗難の犯人」

「そうだそうだ! 農家の奴らが頑張って作ったものを根こそぎとっていくなんて」

「そっちは領主様にお任せしよう。俺達は何かあった時に動けるようにしておくだけだ」

「動けるようにって?」

「そりゃあ、美味しい料理を作るに決まっているだろ」

「あ、そっか」

 そういうと、残りの者達も店へと戻っていった。

「少しずつ……影響が出ているようですわね」

「うん……」

 でも……それでも、みんな領主を信じて自分達のやるべき事をしようとしている。

 例え、その心に言い尽くせないほどの不安が込み上げているとしても。

「……急ごう、領主舘に」

 それからしばらく歩き、急な坂道を登ること三十分。

 果竪達はようやく高台にある領主館に辿り着いた。

 顔なじみの門番達が自分達の来訪に驚き、すぐに先触れに一人が走る中、果竪はちょこまかと門の中に入る。


「果竪!」

「入り口付近にいるから大丈夫」

 そう言いながらも、果竪は周囲を見渡す。

 自分の住む屋敷の三倍の大きさはある大きな屋敷が奥に聳え立つ。

 三階建てからなる屋敷は木造で出来ているそこに住むのは、主である領主と彼に仕える者達だ。

 だが、ここは瑠夏州の政治が行われる場でもあり、日夜問わず多くの文官武官達が行き来しており、いつも沢山の人達に溢れていた。

 今は、殆どが盗難事件に人手が割かれているのか、普段よりも行き交う人々の数が少ない気がする。

「おや、これは果竪様」

 老官吏が果竪に気づき声を上げる。

「こんにちは、騎凰(きおう)様」

 彼は、前領主の代から官吏として働くこの州の重鎮であり、現領主の相談役の一人でもあった。

「突然どうされました? 先触れもなしに」

「えっと、組合長の報告を受けて居てもたってもいられず来ました」

 果竪の言葉に、騎凰がふっと笑みを浮かべる。

「貴方らしいですね」

「それで、領主は?」

「あの方ならば、屋敷の中におります。たぶん、玄関に入ってすぐの所です」

「え?」

「発見されたそれの今後について話合いをしております。ああ、でも来て下さって良かったですよ」

「騎凰様?」

「どうするにしろ、一度貴方様に見て貰ってからとの事でしたからね。向こうとしては、早く代わりが欲しいのですが」

 そこに、明凜達がやってくる。

「これは騎凰殿」

「明燐様、お久しゅうございます」

「果竪が勝手をしてごめんなさい。全く、先触れ途中だというのに」

「いやいや、組合長もご苦労様です」

「さて、それでは行きましょうか」

「え? でもまだ先触れが」

「戻って来る門番とは途中で会うでしょう。それよりも、一刻もお早く見て貰いたいのです」

 そう言うと、騎凰は果竪達を促し屋敷へと向かった。

 両開きの扉を押し開き足を踏み入れた瞬間、果竪はその場に立ち止まった。

 それは、明燐達も同じだった。唯一人、騎凰が玄関にいる領主へと近づいていく。

李盟(りーめい)様」

「騎凰、どうした? ……って、果竪様?」

「こんにちは、李盟。久しぶりだね」

 李盟と呼ばれた少年は、その見るからに育ちの良さと聡明さを漂わせた上品な美貌に驚きの色を浮かべた。

 彼こそがこの瑠夏州の正当なる統治者――瑠夏州領主である。

 その年齢から、彼はよく少年領主と呼ばれていた。

「って、李盟、それ何?」

 果竪は李盟の隣にある大きな物体を見た。

 それは、一体の美しい女性像だった。

 材質は白い大理石だろうか。

 目深くベールを被り顔全部は見えないのに、その美しさに思わずため息を漏す。

「これは……」

「これが、神殿の存在に関わる証拠かもしれない代物です」

 組合長の言葉に、果竪はギョッとし、すぐに像に視線を戻す。

 すると、横に居た李盟がゆっくりと口を開いた。

「これは……鍾乳洞の入り口があったと言われている洞窟から見つかったものです」

「えぇ?!」

「穴があったと思われる位置を掘ったところ、突然ガラガラと洞窟の一部が崩れましてね……あ、大丈夫。皆無事ですから。それで、その崩れた部分からこの女性像が出てきたのです」

 最初は一部だけが露出していたが、その後根気よく掘り続ければこの女性像が現れたのだ。

「こんなものが……」

 明燐もその美しさに酔いしれているらしく、ぼんやりと像を見つめた。

 清楚さを漂わせる足首、手首まである長い衣。

 なんの飾りもないのに、これほど魅入られるのは何故だろうか?

 美しい――ただその一言が果竪達の脳裏を占める。

「それで、果竪様。これをその神殿とやらで見ましたか?」

「え? ……う、ううん、見てない」

「そうですか……」

「で、でも、もしかしたら何処かにあったかもしれないわ。だって全て見たわけじゃないし」

 そう、もしかしたら何処か影になっていたのかもしれない。

 って、あの神殿の一部にあったものが何故地上の洞窟にあるのか?

 自分の言葉に自分で混乱する果竪だったが、それも女性像を見ればどうでも良くなってくる。

 目元は見えないが、すっきりと整った鼻梁、華奢な輪郭、ふっくらとした唇。

 そして何かを抱えるような両腕は、まるで聖母を思わせる。

 ああ……あの部分には何を抱き抱えているのだろう。

「美しいですわね……」

「そうですなあ」

 組合長が明燐の言葉に同意する。

「像でこれほどの美しさ。もし、この像が実在する女性だとしたら、きっと老若男女問わず誰もが虜となるでしょう」

「え?」

 驚いたように此方を見る果竪に組合長が慌てた。

「え、あ、ど、どうかしましたか?!」

「あ……ううん、何でもない」

 そう言いながらも、組合長の言葉を心の中で反芻した。

 実在すれば――。

「………なんてね」

 何故その言葉が自分にこれほどの衝撃を与えたのか分からない。

 けれど、その言葉を聞いた時、ふと誰かの顔が脳裏に浮かび上がりかけた。

 それは最後まで浮かぶことなく、泡が弾けるように消えてしまったものの、果竪の中にしこりとなって形を残す。

「………」

 果竪は像を見る。先程はただただ魅入られるだけだった像。

 けれど、組合長の言葉を聞いた後は何かがひっかかる。

「果竪?」

「あ、何でもない!」

「どうやら、確たるものはなかったようですね」

「ご、ごめん……」

「いえ、大丈夫ですよ。それに、どうやら鍾乳洞は完全に夢物語ではなさそうですし」

「でも、入り口がないし」

「ですが、像が見つかったんです。もしかしたらもっと掘れば何かが出て来るかも知れません」

「……けど、どうして鍾乳洞はなくなっちゃったのかな」

 自分は確かにその鍾乳洞に居たのだ。

「……もしかしたら、埋まってしまったのかも」

「え?」

「果竪様がその場を出た後に何かが起きて」

「埋ま――っ?!」

 埋まった――その言葉に、果竪は鍾乳洞の中で出会った少女を思い出す。

 あの少女は、カヤという少女は自分の後も鍾乳洞に残って……。

「果竪!!」

「あ、あ、あぁ……」

「果竪! 落ち着いて下さいな!」

 その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった果竪に駆け寄り、明燐が必死に声を掛ける。

「ヤが……カヤがっ!」

「カヤ?」

「鍾乳洞の中で出会った少女よ!」

「その子がカヤと言うんですか?」

「そう! カヤがっ!」

「落ち着いて下さい、果竪様」

「でも! 崩れたとしたら、カヤが埋まって」

「話を聞く限り、その少女は鍾乳洞に詳しかったんでしょう? ならば、きっと脱出している筈です」

「でも、でもっ」

 泣き出しそうになる果竪を周囲が必死に宥める。

 大丈夫、きっと脱出している筈だと。

「なんなら、その少女の居場所を探しましょう」

「李盟様?! ですが、今新たに人手を割く余裕は」

 その言葉に、果竪はハッと冷静さを取り戻す。

 そうだ、今は盗難事件で多くの人手が割かれているのだ。

「しかし、果竪様が」

「いいの」

「果竪様?!」

「いい、そっちは自分で探すから。だから、人手を割かなくていい」

「ですが……」

「ごめん……私が取り乱したりしたからだね。でももう大丈夫。大切な人手でしょう?私の事なんかより、民の為に使って」

 大変な状況に陥りながらも、領主を信頼していたあの飲食店街の店の者達のように、助けを纏めている者達のところにこそ人手は必要だ。

「いいんですか?」

「うん」

 本当は良くない。すぐに無事を確認したい。

 でも、そのせいで助けを必要とする人達への手助けを減らす事など出来ない。

 果竪が微笑むと、領主はようやく頷いた。

「分かりました」

「それにしても……本当に、綺麗な像だね」

「そうですね~~、実はこの像を初めて見た時に神殿関係者にも立ち会ってもらったのですが、一目で気に入ったらしく欲しいと言われまして」

「え?」

「もう凄かったですよ」

 領主が困ったように笑った。

 きっと……本当に凄かったのだろう。

「……それで、あげるの?」

「そうですね、差し上げたいと思っています。壊れてしまった像の代わりに」

「え?」

「それがですね、実は州都の神殿の像なんですが、十日前ほどに壊れてしまって……代わりの像となるものを神殿関係者達が探していたところなんですよ。それで、この像を見て、是非とも頂きたいという事です」

「あ、あげても大丈夫なの?」

「一応。もしかしたら今後返上という形になるかもしれませんし、再検査が必要になるかもしれません。ですが、重大な犯罪事件の証拠というものでもないですし、差し上げても構わないと思っています。ただ、その前に一度果竪様に確認して頂かなければならなかったのですが、今日こうして来て頂けましたし」

「そうなんだ……で、でも後で返せって言って大丈夫なの?」

「一応、その件については了承を得ました。まあ、見つける経緯が経緯ですしね。それに、今は盗難事件など色々とあって民達の心も疲れ果てています。そこに、像が壊れたとなれば、いらぬ不安を煽ってしまうでしょう。だからこそ、関係者は代わりの像を探していたのです。私も、この像ならば前の像と同じぐらい民達の心を静めてくると思います。やはりこういう時ですから、心の拠り所は必要です」

 神なのにおかしいですね――

 そう言って笑う領主に果竪も微笑んだ。

「神だって拠り所の一つや二つぐらい必要でもいいと思うわ。私にもあるし」

 そう言って、取り出すは大根のヌイグルミ。

 その場に居た者達の口元が引きつった。

「それで……前の像はなんで壊れたの?」

「……わかりません」

「え?」

「ただ、朝何時ものように祭壇の間に向かった者の話では、昨日までは何も異常がなかったのに突然次の日の朝には壊れていたと」

「そんな……」

「こんな時期ですからね。不吉な事がなければと皆も心配していまして」

「……なら、早く代わりの像が必要だね」

 そう言いながら、果竪は像を見上げる。

 像がここからなくなるという事実に、何とも言えない寂寥感が込み上げてくる。

「……神殿に行けばいつでも会えますよ」

 皆に開放するのだから、神殿に行けばいつでも見る事が出来る。

「……そうだね」

 また、後で見に行ってみようか。

 とりあえず、盗難事件が片付けばその時間はたっぷりあるだろう。

 その後、ほどなく神殿関係者が来た。

 どうやら、早く持って行きたくて仕方なかったらしい。

 領主から了承が出るやいなや、大喜びで像が運ばれていく。

 何度も何度もありがとうと告げ、もし何か像で調べることがあれば協力するといって彼らは立ち去っていった。

「それで……果竪様は今日どうして此処に?」

「勿論、盗難事件の事よ」

 その言葉に、領主の顔から笑みが消えた。


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