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大根と王妃①  作者: 大雪
第四章 大根を求めて
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第16話 トラック

「さ、差し出、がましいとは思います、が、そのような事をすれば、果竪様に嫌われてしまいますぞ」

「……ちっ」

 鋭い舌打ちが聞こえた。

 品位を極め教養高く、貴族のどんな姫君よりも優雅にして優麗なる清らかな美姫。

 そう謳われていても、実物をみればこんなものか、噂が先行し、真実の姿と掛離れる――そんな事はよくあった。

 だが、自身が初めてその姿を目にした瞬間、その噂は間違っていないどころか、そんな褒め言葉では到底その美しさを語り尽くせないと思い知らされた。

 その気品も気高さも全てが美しすぎる麗しき侍女長。

 そして王の有能なる懐刀と名高いかの君のたった一人の妹姫。

 別次元の美しさと謳われる天帝夫妻や十二王家の方々を除けば、絶世の美少女とは明燐のような姫君を言うのだろうとただ呆然とその姿に魅入られた。

 なのに………舌打ち。

 しかし、それすらも明燐の新たな魅力的な一面の開拓がなされたと思う自分は結構末期かもしれない。

 一方、明燐はそんな組合長の複雑な心境に全く気付く事なく、ただどうすれば果竪を止められるかを模索する。

「狙撃? 薬?」

 もはやそれは主君に対する行動ではない。

 というか、暴挙?

 そこに主従関係があるのか疑わしい。

 もしや、逆なのではないかと思う。

 だが、そんな事を言えば確実に殴られる。

「待っていて私の愛しい大根! 必ずや取り戻して、そのほっそりとした白く艶めかしい体を醤油で染め上げてあげるから!」

 醤油……という事は、おでんか?

 いや、おでんは味噌味もある。

 自分としては味噌味のおでんが好みだと組合長は心の中で思った。

「大根、煮物、おでん、ステーキ」

 そう言いながら軽やかにスキップを始めた果竪。

 なのに、何時まで経っても距離は縮まらない。

 全力疾走がスキップに負ける――やはり大根は偉大だった。

「うふふ、待っていて今助けに行くからね~って、あっ」

 目の前に迫った看板に果竪はようやく足を止めた。

 そこは丁度T字路となっている場所だった。

 そのまま前に進めば、目的地である領主の居る都。

 左側は途中からまた道が二つに分かれ、片方が近隣の村に行くための道で、もう片方が森への道となる。

 その森は茸が良く採れるので、季節になると沢山の人達で賑わっていた。

 だが、今は季節柄殆ど使われておらず、近隣の村に用事のある者が使うか、村から別の場所に行くために使用されているのみである。

 しかし果竪は知っている。

 その森を突っ切る方が、実は街道をこのまま進むよりも都までの距離が短い事を。

 一刻も早く大根達を助けたい果竪にとって時間短縮は大切だった。

 躊躇なく森への道を選び走り出した果竪に、ようやく追いついた明燐と組合長がギョッとする。

「果竪?!」

「果竪様?!」

 叫ぶ様に名を呼ぶが、果竪が止まる事はない。

「もう! 好き勝手ばかりするのですから!」

 明燐が怒りとも諦めともつかない様子でため息をつく。

 だが、すぐに果竪を追いかけて走り出す。

「果竪、待ちなさい!!」

「大根大根大根!」

 やっぱり実力行使……。

 明燐はすっと懐から愛用の鞭を取り出す。

 大戦時代はいつもお世話になってきたそれは、しっかりと明燐の手に馴染んだ。

「え?! 明燐様?!」

声を上げる組合長に明燐はにこやかに微笑んだ。

「大丈夫ですわ」

 ひゅんひゅんと素振りする様に、何が大丈夫なのかと問いたい。

 一応、周囲の目はないからまだいいが。

 横道は人気が全くないらしく、それてから今まで一度も歩行者にも車にも出会っていない。

 更に森の中に入った今、もはや人目を気にする方が馬鹿らしいだろう。

「完璧ですわ」

 近頃は鍛錬以外では殆ど鞭を振るう事はなくなった事から、万が一にも果竪を傷つけては困ると素振りしたが、これなら問題もないだろう。

 照準もバッチリ。

 走りながら鞭をしならせ、果竪へと向ける。

「行きますわよ!」

「ちょっ!お待ち下さい、明燐様!」

 流石にそれだけはと組合長が明燐に飛びついた。

 そのおかげで、明燐が体勢を崩す。

「え?! ちょ、ちょっと!」

 二人して横の茂みへと倒れ込み、その姿がすっぽりと茂みに隠れてしまった。

 一方、果竪はドスンと後ろから聞こえてきた音に、ようやく足を止めた。

「明燐? 組合長?」

 何かあったのかと振り返った次の瞬間。

 生茂る木々の合間から飛び出す黒い影ーー【トラック】が果竪へとつっこんできた。

「嘘ぉっ?!」

 目の前に迫った【トラック】に慌てて避けようとするが、突然の事に足がもつれる。

 その間にも迫りくる【トラック】。

 ああ、もうダメだ。ぶつかる――。

 その時、バリバリという不思議な音が果竪の耳に届く。

 殆ど反射的に音源を探した瞬間、視界が真っ白になる。

 続いて、果竪の体が後ろへと吹っ飛んだ。

「うわぁぁ!」

 そのままボスンと茂みの中に落っこちた。

 それからどれだけ時間が経っただろう。

 気付けば体をガクガクと揺さぶられ、目の前に明燐が居た。

「果竪! 果竪、大丈夫ですの?」

 泣きそうなりながら必死に自分を揺さぶる明燐に、頭がグワングワンする。

 だが、それでも明燐の必死な姿に果竪は何とか返事を返すと、力一杯抱き締められた。

「良かった……果竪に何かあったら……私……」

「一体……何があったの?……」

 突然目の前が真っ白になって……そうだ、【トラック】。

「【トラック】は……」

「私達が茂みから脱出した時にはもうかなり遠くを走っていましたわ」

 茂みに髪がや服が引っ掛かり、何とか脱出して元居た道に戻った時には、もう【トラック】は遥か遠くに居た。

「……私、ひかれそうになって……」

「ひかれ、え?! 轢かれたの?!」

「え、あ、違う、大丈夫!」

「でも轢かれたって!」

「いや、轢かれる直前に吹っ飛ばされたから」

 果竪はその時の事を説明する。

「だから、轢かれてないの」

「光……」

 明燐はそう呟くと腕を組んで、自分が果竪を見つけた時の事を思い出す。

 確かに眩しいほどの閃光の様な光を見た。

 続いて、ドォォンと空気を振るわす轟音が鳴り響いた。

 立ち上がれないほどに地面が揺れ、そのせいで茂みから抜けだそうとして立ち上がったにも関わらず、再び茂みの中へと舞戻ってしまったのだった。

 それから数分もしないうちに、【車】が走り去る音が聞こえた。

 そうしてようやく茂みから脱出した時には、【トラック】遥か彼方にあり、反対側を向けば遠くの茂みから二本の足が突き出ていた。

 それが果竪の足だと気付いた時には、血の気がひいた。

「やっぱり雷かな?」

 いまだ降り続く小雨。曇天の空。

 雷が鳴ってもおかしくない天気であるのは間違いない。

 そう考えると、先程のあの光は雷で間違いないだろう。

 果竪は恐怖に体を震わせた。

「打たれなくて良かったぁ~」

 一歩間違えれば死んでいた事実に、素直にそう思った。

 が、その頭をポカリと叩かれる。

「こっちは心臓が止まりかけましたわっ!」

「ご、ごめん……」

「果竪様、大丈夫ですか?」

 組合長も心配げに自分を見つめていた。

「にしてもあの【トラック】……果竪様を轢きそうになっただけではなく、雷で飛ばされた果竪様を助けもせずに走り去るとは」

「全くですわ!」

「い、いや、別に気にしてないから」

 そう言えば、そんな問題ではないと二人に怒鳴られる。

「で、でも! 雷で被害にあったのは私だけじゃないわ。私の目の前に雷が落ちたとすれば、当然【トラック】にとっても目の前で雷が落ちたようなものだわ。驚いて走り去ってもおかしくはないわ」

「けれど、果竪を轢きかけたのは雷が落ちる前ですわ!」

「そ、それはそうだけど……」

 ってか、唯でさえ人を轢きかけて、その上目の前に雷が落ちれば普通はパニックになるのが普通だ。

「くぅぅ! もし万が一もう一度見つけたら即刻捕まえてやりますわ!」

「いやいや、だから向こうもパニックだったと思うから仕方ないって」

 だが、明燐も組合長も怒りが収まらない。

 誰か助けて……と心の中で助けを求める。

「だから~、別に怪我なかったんだし、ね?」

 そう、怪我がなかったのだからもういいのだ。

「果竪は優しすぎますわ!」

「いや、私も暴走していたし……おあいこって事で」

 そう言うと、明燐も何も言えないのかようやく怒りを収めた。

 そう、自分も悪いのだ。

 だから、【トラック】に轢かれかけても自業自得で――って、ちょっと待って。

「果竪?」

「どうかしましたか?」

「いや、この森の中に【トラック】っておかしくないかな~って」

 街道とは違い、森は木々が生茂っている。

 普通に歩くのも大変なのに、あんな大型【トラック】が走っているなんて……。

 いや、そもそもどうしてあの【トラック】はこんな森の中を走っていた?

「それに……どうして、あの【トラック】は無事だったの?」

 自分とトラックの間に落ちたと思われる雷。自分が吹っ飛ばされたのだ。

 【トラック】にもある程度の被害が及んでいてもおかしくはない。

「果竪ってば……【トラック】の素材を考えてみて下さいな」

「素材?――ああ、そうか」

 【乗り物】はその素材から、そのままでは雷が落ちやすい。

 だから、それを避ける為に雷よけ、雷への耐性を強める塗装がなされているのだ。

「だから私だけ吹っ飛ばされたのね」

「そうですわ。もう! そう考えたらまた怒りが込み上げてきましたわ」

「め、明燐!」

「けど、そちらは無事解決したとして……確かに【トラック】がこんな森の中を走るのは珍しいですのう」

「確かにそうですわよね」

「ふむ……後で調べて見ましょう」

「お願いしますわ」

「ご面倒おかけします――っくしゅん!!」

「果竪?!」

「だ、大丈夫……くしゅん、くしゅん!」

「ああもう! 傘も差さずに走るからですわよ!」

 小雨とはいえ、ずっとその下にいれば当然体は濡れる。

 特に、今のようにずっと立ち止まっていれば尚のことびしょ濡れは免れない。

 幸い、そこまではいってないものの、果竪の体はかなり濡れていた。

「傘持って、それは明燐達も……って、あれ?」

 明燐達は濡れていなかった。

 髪も服も何処も。

 濡れているのは自分だけである。

「雨避けの術を使用していますから」

「そっか~~、って術使用してもいいの?」

「この区域なら、弱い術であれば大丈夫ですわ」

 場が安定していますから、と明燐が告げる。

 神力の使用制限は確かにある。

 しかしそれは全ての場所で適用されているわけではない。

 場所によってはどうしても神力が必要な場所はその限りではないし、他の場所に比べて安定した場所であれば力の影響を受けにくいとして、弱い術であれば使用はある程度認められていた。

 そもそも、神力の使用制限は神々の生活の場と命を守るためのものであり、神力制限により逆に命が危険に晒されれば元も子もない。

「そうか~~、ってずるい~!!」

「私が術を使用する機会を与えなかったのは果竪でしょう!」

 確かに明燐の言うとおりだった。

「もう無駄だとは思いますが、一応かけておきますね」

 明燐は果竪に雨避けの術を使用すると、あれほど肌に降り注いでいた雨が止まった。

 いや、雨自体は今も降っているが、術によって果竪を覆った透明な膜が雨を弾いているのだ。

「とにかく、街に急ぎましょう」

「そうね、っくしゅん!」

 明燐の言葉に、果竪はくしゃみをしながら頷いた。

 そして三人は再び街に向かって走り出した。


 そうして誰もいなくなった街道。

 だが、そこに一台の【トラック】がやってくる。

 それは、先程果竪と衝突事故を起こしかけた【トラック】だった。

「いないな……おい、本当に居たのか?!」

 横に居るドライバーに怒鳴れば、震えた声で彼は答えた。

「い、居た! 確かに居たんだ」

 雷が落ち目の前が白くなる前、確かにその少女は居た。

 その後、雷が目の前に落ち、その衝撃に大きく横にずれた【トラック】を制御するので精一杯だった。

 それでも、気付けば少女を轢きかけた場所からは遠く離れた場所を何事もなく走っていた。

 事故らなかった事にホッとしつつ、すぐさま車を駐めて積んでいる物を確かめ、積み荷が無事なことにホッと胸をなで下ろした。

 だが、安堵したのも束の間。

 突如脳裏にあの少女が蘇り、すぐさま相方を急がせ車をあの場所へと戻したのだった。

 この任務は極秘に行われている。

 故に、この時期人気のないこの森を選んだ。

 なのに、見られてはいけない【トラック】をあの少女に見られてしまった。

「ど、どうする?」

「まあ、大丈夫だろ」

「でも顔を見られた」

「見られただけで証拠はない。幾らだって言い逃れは出来る」

「本当に大丈夫か?」

「そう言っているだろうが! それに、生身で雷を受けて無事でいられる筈がない。ここは天界だしな」

「で、でも術を使えば!」

「あの状況で使えるか? オレ達でさえ無理だったんだぞ?」

 もしこの【トラック】が雷避けの塗装を施していなければ自分達も無事では済まなかっただろう。

「何の予兆もなしに突然雷が降ってきたんだ。唯でさえ轢かれそうになって、そちらに意識を向けているんだ。向こうもそんな暇はなかった筈だ」

「そ、そうか……」

「それにガキだったんだろう?」

「ああ」

「なら、強力な術者っていうわけでもなさそうだしな」

「ってか……怖かった」

「は?」

「だから、全身ずぶ濡れで、前髪が顔に張り付いていて、目元が隠れてた! まるでお化けみたいだったって!」

「……ああ、なら絶対大丈夫だわ」

 相方の言葉にドライバーの男が叫ぶ。

「何でだよ!」

「それ、幽霊だろ、どう考えても」

「え?」

 キョトンとする男に溜息をつく。

 なんだ、心配して損した。

「ったく、おかしいと思ったんだよ! こんな天気で、茸狩りの季節でもないのに森の中をガキがうろついてるなんてな」

「い、いや、でも」

「わ~たよ! けど、お前の考えすぎだ。まあ、もし仮に本当に生きてるガキでもあの雷だ。無事ではすまないだろう。死体でも見つければ安心だろうがな……だ が、今はそんな時間はない。唯でさえ納期が遅れているんだからな……まあ、もし仮にどこかで生きてるあのガキを見つけたら、その時は対処すればいい。ガキ の一人、簡単に始末できる」

「そうだな……他には居なかったし」

 相方の言葉にホッと息を吐く運転手。

 いきなり目の前に現れた少女に見られたかとビクついたが、確かに相方の言うとおりである。

 所詮自分達を見た相手は一人。どうにでもなる。

 その時、ゴロゴロと雷の音が聞こえた。

「ちっ! また鳴ってやがる。とっとと行くぞ」

「ああ」

 と、雨脚が一気に強まりゴォォォォとバケツをひっくり返したような雨が降り注ぐ。

 運転手はギアを入れ直すと、その雨から逃げるように【トラック】を走らせていった。


う~ん……また、40話ぐらい行くのかな~(汗)

見捨てないで読んで下されば嬉しいです。

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