第13話 盗難事件
「実は……ここ最近ですが、農作物の盗難が流行っておりましてのう」
組合長の言葉に明燐が眉をひそめる。
「作物の種類は現在のところは野菜が中心です。まあ、時期が時期ですからなぁ」
現在の季節は夏。多くの野菜の収穫時期だった。
普通ならばこの時期は野菜の値段が格段に下がる。
だが、盗難で供給量が減れば、当然値段は下がるどころか上がってしまう。
「一応、貯蓄していた分がありますので、現在はそれを開放しまして値段の高騰は免れておりますが……」
「でも、組合長。農作物の被害は毎年あることではございません?」
声を大にしてはいえないが、農業をやっていると付きまとうのがこの盗難被害である。
どんなに気をつけていても、警備を厳重にしても盗られるときは盗られるのである。
相手は盗人だったり、獣だったりと様々だが、農作業の発展した瑠夏は毎年その洗礼を受けてきた――嫌な洗礼である。
「確かに明燐様のおっしゃるとおりです。だが、今年はあまりにも異常すぎるのですよ」
「異常?」
「ええ、被害額が大きすぎます」
それこそ、片っ端から盗まれていると組合長は言う。
「最初は領地の外れの村々が殆どでしたが、近頃は都に近い場所での盗難も起きています」
「捕縛は?」
「今のところは……」
「何か情報とかは? 目撃情報ぐらいは」
「それも残念ながらございません。よほど巧妙に隠しているのでしょう」
「だからといって……当然、村も警戒はしていますわよね?」
「勿論でございます。初めの方の村は無理でしたが、知らせを受けた後は、領主様から兵士も送られて共に警備していました。ですが、いつの間にか盗まれているのです」
「そんな……あり得ない」
村の者達、そして兵士達の誰も気付かないうちに作物を盗るなんて……。
「ええ、ありえません。しかも、畑に埋まっている作物の被害も多くて……」
畑に埋まっている作物?
「な……畑に埋まっているものって、そんなのを盗難するのは大変な事ですわよ」
機械で行えば簡単だが、そうでなければ一本一本、一つ一つ収穫しなきゃならない。
いや、機械での収穫だって時間はある程度かかる。
それよりは、収穫してきちんと箱詰めしたものを盗っていけばいい。
「ですが、それが行われているのです。情報も何もありません」
「で、では市場は? 農作物をお金に換える為には売らなければならない。この領地、いえ、安全を考えれば他の領地ですわね、それについてはどうなのです?」
「それが……売られた形跡がないのです」
「え?」
「いえ、もしかしたら売られているのかもしれませんが、他の領地で野菜が豊富に売られているという話は聞きません。そうであれば市場価格も下がりますからね」
組合長の言うとおりだ。品物が豊富になればその値段は確実に下がる。
「理由としては、小出しに売っているか、それとも買った側も結託していて、小出しに市場に出しているか」
それとも――
「売られた領地側がグルになって嘘の事実をこちらに伝えているか。つまり、沢山の作物を買い取った事自体を隠し、そんな事実はないとする」
「そんな……」
「それについてはまだ調査中です。但し、それならばまだいいのです」
「え?」
「売られていた事実さえ掴めば何とでもなります。しかし、一番厄介なのが流出していない場合です」
組合長が机の上に肘をたてて両手を組む。
「盗った農作物を流出させず、その場から全く動かさない。そうなると、動きが掴みにくい」
「そうでしょうか?私としては寧ろその方が分かり易くも思えますが」
意外そうに自分を見つめる組合長に、明燐は先を続ける。
「何故なら、盗られている農作物の量がかなりの数に昇るからです。正確な数は知りませんが、片っ端からあちこちの村で農作物を盗り、それを売らずにいるとすれば問題になってくるのはその保管場所です。よほど大きな場所でなければ保管など出来ませんわ」
明燐の指摘に組合長は頷く。
「ふむ」
「組合長。その点からは探れないのですか?」
「というと?」
「犯人を保管場所の点から探すのですわ。先程も言ったとおり、保管するには大きく広い場所が必要となりますわ。更にそれだけの広さならば、自ずと有名になる筈です。そして大切なのが、その建物や地下室を持つとなるとある程度の財力が必要となります」
「ふむふむ」
「勿論、建物だけではありません。盗難した作物を運ぶのにも沢山の【乗り物】が必要となるでしょう。それを用意するには普通の民では無理です」
「ある程度の財力を持たなければ……ですな」
「ええ。但し、建物や地下室は個人所有でなくても構いません。借りてもいいですわ」
「そうですな」
組合長が何度も頷く。
「勿論この領地内だけではありません。隣の領地も調べる必要があります。そちらに運ばれて保管されている場合もありますから」
「さすがですのう」
「他にも、他の領地に運ばれたとなると、関所を必ず通る筈ですが、その点についてはどうなのですか?」
「今の所情報はございません」
「となると、やはりこの領地内に留まっているという事ですわね。では、この領地内で探せば宜しいですわ」
組合長が拍手を送る。
「流石は明燐様」
「お世辞は宜しいですわ」
「お世辞などとんでもない、心底感心しているだけです」
組合長はそう言うとにこやかに微笑む。
だが……ほどなく、表情を曇らせた。
「明燐様の考えはわしらも考えました。勿論、すぐに対策は取りましたが、今のところは収穫なしです」
「……そうなのですか」
「だが、まだ全てを探しているわけではないですから、もしかしたらその線で犯人を確保出来るかもしれません。ですが……」
「ですが?」
「……いえ、何でもございません」
そう言うと、組合長は疲れたように笑った。
「まあ、そういうわけで、この度のことでは流石の領主様も頭を悩ませております」
解決にはまだほど遠く、こうしている間にも作物は盗まれていく。
たぶん打開策も殆どないのだろう。
「そうね……貯蓄を解放するといっても、それは一時的なものにしかならないし、尽きればそれで終わり。かといって新たな貯蓄は貯蓄分が現在盗まれている状態で不可能。冬になれば大変な事になるわ」
冬が旬という野菜があるが、それはごく少数だ。
ビニールハウス造りではお金が掛かりすぎる。
いや、それ以前にそのお金を作るのは今こうして作っている作物である。
瑠夏は他の領地と比べて鉱山が少なく、その収入面の殆どを農作業に頼っているのだ。
作物の殆どが盗まれれば当然収入は激減し、新たな作物を作る事も出来なければ、食料を買う事すら無理だ。
いや、そもそも他の領地にこの瑠夏よりも収穫高の高い場所はない。
他の領地の殆どは、国が輸入したものを必要な分だけ購入するのが殆どであり、寧ろ瑠夏の方が他の領地へ売っているという状況である。
瑠夏が売る分だけ減れば、当然他の領地でも物資が減り混乱を引き起こすのは間違いない。
だが、それ以前にこのまま農作物の盗難が続けば大赤字となり、輸入物を買う事すら難しくなる。
「輸入量を増やすにはある程度の時間がかかりますしね」
凪国はお金持ちではあるが、だからといって何でもすぐに手に入るわけではない。
他国から輸入するといっても、他国が飢えない分を確保し、その上で余っている分を買わせて貰っている身である。
ここで量を増やせば当然他国の供給率のバランスが崩れてしまう。
「そもそも、凪国の食糧自給率の少なさが問題なのですわ」
「同感ですのう」
他の領地は鉱山にばかり力を入れ、自分達の食べる分すら作らない。
瑠夏が農作業で成功すれば、お金にものを言わせて買っていこうとする。
他の領地の物資の足り無さは、はっきり言って瑠夏に依存しすぎた結果と言えよう。
「勿論、他の領地への売買は」
「ええ、今のところ事情を話して停止させました」
「一筋縄では行かなかったでしょうね」
「一筋縄で通しました。今強引に買い取れば瑠夏の民が飢える。そうすれば、今後の農作物は激減し、最終的には何も作れなくなるばかりか、貴方方の領地に大量の難民達がなだれ込む――と」
流石にそれでは困ると向こうの領主達も考えたのだろう。
食べ物を求めて瑠夏の領民達がどっと自分達の領地に流れ込めば、食料もそうだが治安の面でもまずい事になる。
「王宮への連絡は?」
「数日前に。そろそろ連絡が来ても宜しいのですが」
「そうですか……」
「それで、この屋敷は無事ですか?」
「え?」
「先程も言った通り、被害は近隣の村にも及び始めています。そろそろ、ここらも危険でしょう。こちらにも畑がありますから、とりあえず確認を――って……もう遅かったようですのう」
「組合長? ――って、果竪?!」
組合長の視線に振り返れば、果竪が大根人形片手に立っていた。