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大根と王妃①  作者: 大雪
第三章 大根失踪
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第12話 組合長

「これは、明燐様」

「まあ――お久しぶりです」

 そこに居たのは、好々爺そのものの老人だが、それは仮の姿。

 この瑠夏内に二十カ所ほどある農業組合の本部長である組合長だった。

 真っ白でふさふさの髭を引っ張り、にこやかに彼は頭を下げた。

 彼は、この領地内では果竪が王妃である事を知っている数少ない一人である。

 そもそも、果竪の素性は安全の為に伏せられている。

 彼の他に知っているのは、昔色々とあった近隣の小さな村と、領主と一部の側近達ぐらいであり、前者は後から、後者は前もって素性を知らされていた。

 組合長の場合は前者であり、二十年前のある一件においてたまたま知った次第である。

 それ以降は、同じく農業を愛するものとして仲良くしていた。

 そのせいか、昔は頑固一徹だった顔もここに来れば即座に緩み、家族しか見た事のない優しげな笑みを浮かべる。

 だが今日に限っては挨拶も簡潔に済ませ、真剣な面持ちで口を開いた。

「わしが来て驚かれたでしょう」

「ええ、まあ――領主の側近か誰かが来ると思っていました」

「最初はその予定でした。ですが、最終的にはわしが来るのが一番だろうという事になりまして」

 その言葉に、明燐は驚愕の色を消した。

「……つまり、報告とは別に、組合長が関わる何かの報告があると」

「貴方様の考え通りですな」

「――此方へ」

 明燐が一階にある客間へと案内すると、近くの侍女にお茶を頼む。

 そして椅子に座るように促すと、自分も机を挟んで反対側へと座った。

 すぐさまお茶とお茶菓子が置かれ、侍女達が部屋の隅に控える。

「それで?」

「一週間前の報告の件から始めさせて頂きましょう――って、あの、王妃様は」

 そもそもの報告は王妃様からなされたもの。

 それを明燐が代わりに伝えて来てはいたが、やはり最初に報告をあげた王妃が同席して然るべきだろう。

「すいません、ちょっと頭の中身が遠くに行ってしまいまして」

 何となく理解した組合長は、出されたお茶を一すすりすると、すぐさま報告に移った。

 下手につっこんで目の前の佳人にボコボコにされたくはなかったから。

「地震の件、泉が干上がった件、魔物らしき異形の件について、調査の結果それらが起きた、又はあったという証拠は何もありませんでした」

「そうですか……」

「ただ……鍾乳洞の神殿の件については……もしかしたらこれが証拠ではないかというものが、【聖域の森】見つかったという報告はありますが」

「……あるもの?」

「はい。それについては実物を見て貰う事としまして……まあ、あの森は大戦前から残っている場所ですから、昔の遺物の類だとは思いますが……もしかしたらという事もありますし」

「そう……」

「次は今後の事についてです。一応、地震や泉が干上がった形跡はありませんが、鍾乳洞の件では一応それがあったという疑わしき証拠があるので続行、そして化け物の件については領民の安全もありますから、今後も調査を徹底されるとの事です」

「英明な判断です」

「しかし……本当にもし異形がいるとなると、これは大事ですぞ」

 大戦時代ならばいざ知らず、現在は凪国国王の結界によって魔や異形の類はほぼ居なくなっている。

 まあ、辺境の地などに行けば、少しはいるかもしれないが、他の国に比べれば被害も発見も殆どない。

「と言う事は、何処かに結界の綻びがある可能性もありますわね」

「可能性としてはそうですね……ですが、わしには信じられません」

 その強大な力でもって、建国以来百五十年という長き時に渡ってこの国を守り支え続けてきた王の力は絶大である。

 それでいて、まだまだ尽きることのないその潜在能力の高さを思えば、綻びなんてそんな。

 そもそも、凪国国王はあの十二王家に認められた者であり、この炎水界の支配者たる炎水家の領地に立ち入ることを許された数少ない一人である。

 領地に入るには、何も力の強さだけが問題になるのではない。

 能力、才能、人柄など多くの面から審査される。

 すなわち、認められるという事はそのどれもが優れているという事であり、その資格を与えられただけでこの世界に住まう者達全員から羨望の眼差しを向けられるのである。

 勿論、他の十二王家の領地でも同じであり、領地に、宮殿に上がれるものはごく僅かだった。

 因みに、天帝の領地には今の所はそこにもともと住まう民達の他には、十二王家しか自由に入れないと言われている。

「陛下のお力があるからこそ、この凪国は平和でいられるのです」

 それは強大な神力だけではない。

 安定した治世、続く平和と平穏。それらを齎すだけの政治力。

 それらはすべて凪国国王の努力の上に成り立っている。

「陛下だけではありませんわよ」

 明燐の言葉に組合長は頷く。

「勿論、他の能吏と呼ばれる方々にも心から感謝しております」

 高官から下働きの者達に到るまで、王宮の者達は国の平和の為に働き続けている。

 有事になれば、自ら被災地を駆け巡り不眠不休で働いてきた。

 それを民達は知っているからこそ、その忠誠心は厚く王達の為ならば命すら惜しくないと思えるのだ。

 だが、明燐は首を横にふった。

「違いますわよ」

「え?」

「この国に住まう皆全員のおかげですわ」

 組合長が驚きに目を丸くする。

「国は王だけでは成り立ちません。勿論、官吏や武官、貴族達だけでも同じです。国は民がいてこその国。王や政治に関わる者達も民達がいるからこそ。そもそも、国というものは民達がいて、その民達を守る為に作り出されたもの」

 明燐は優しく微笑む。

「更に国を維持するには、政治だけでは無理です。食べ物や着るものを作る者達も必要だし、家などの建物を作る者達も必要です。そしてそれらを教える 人、習う人、そうして沢山の人達がそれぞれ働いてくれるからこそ、国はこうして成り立っていけます。王がいくら命令をしても動いてくれる人がいなければどうしようもないように、国を動かすには王だけではない、民達、貴族達、皆が必要なんですわ」

「明燐様……」

「この国を建国させる際には多くの方達が尽力を尽くしてくださいましたわ。組合長、貴方もそうです。食料自給率が低いわが国にも関わらず、この領地だけでも農作業が活発に行われているのは組合長、そして農作業に関わる多くの方々とそれに協力する方達ですわ」

「……凪国は恵まれていますなぁ」

 組合長はポツリと呟いた。

 凪国は恵まれている。

 国自体が栄華と繁栄を誇り、飢えることなんて殆ど無くなった。

 貧しくても最低限の保護は受けられるし、働き場所だって働く意思さえあれば何とか食べていけるだけの稼ぎはもらえた。

 昔の……あの、いくら働いても飢え、間引きが普通のように行われ、死肉を食らわなければならなかった悲惨な頃とは大違いだ。

 天界に生きる殆どの者達があの大戦を経験した。

 食べるものも着るものもなく、獣の様な暮らしをした。

 弱ければ殺され奪われた。

 女子供は奴隷として略奪され、老人達は殺され、男達は働き手として死ぬまで働かされた。

 一日一日を、いや、一時間生きるのすら大変だった。

 そんな状況で、神として、他の世界の守護なんぞ到底出来るはずもない。

 その時に比べれば今は間違いなく天国だと言ってもいい。

 それに凪国は、大戦以降の混乱期を炎水界にある国々の中で一番早くに脱し、一番安定している国とされている。

 まだ神力の使用は大幅に制限され、不安定な場も多いが、貧困の差が激しいばかりか侵略戦争も起きている他の国々に比べればずっとずっとマシである。

「さて、報告の件について話を戻しますが、今後の調査については出来る範囲でこれからもお願い致しますわ――特に化け物の方を。そして、証拠については一度実物の確認に果竪を連れて参ります」

「御意」

 組合長は優雅に一礼をする。

 それは貴族すらも魅入るような洗練された動作だった。

「では、話を進めまして――組合長。今度は貴方からのお話を聞かせてくださいな」


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