第11話 解放
戻って来れば、昔話の海の城から戻ってきた某太郎も驚き。
自分は三日間行方不明だったという。
え?たった三日じゃないかって?
とんでもない。
昔ならいざ知らず、王妃となった今の自分が三日も音信不通なんて有り得ない事態だった。
いや、有り得ないですむどころか、それこそ国を挙げての大捜索寸前である。
王妃という国の頂点の一人が行方知れずなんて、国にとっては一大事だろう。
それだけ王妃という地位は重いのである――追放されていても。
幸いにも王宮に連絡は行かなかったが、自分の予想以上の事態に、その事に申し訳なさを感じつつも、果竪は【聖域の森】での出来事を話し、泉の変化を告げると驚く答えが返ってきた。
すなわち、地震なんてなかったし、泉も干上がっていないという。
これはどういう事か。
明燐達の反対を振り切り【聖域の森】の泉へと向かえば、確かにそこには何時も通りの泉があった。
異形の姿どころか、居たという痕跡すら見えない。
ならば、鍾乳洞はどうかと探せば、洞窟は見つけたが、その奥は行き止まりになっており、鍾乳洞どころか穴さえない。
完全にパニックになる果竪の様子に、明燐達は夢でも見ていたのではないかと告げた。
そもそも、この辺りで鍾乳洞は見つかってないし、例えあったとしても入り口らしき場所はないのだから、果竪がそこに入れる筈がないと。
果たしてあれは全て夢だったのだろうか?
混乱する果竪だったが、ほどなくそれが真実だったという証拠が見つかった。
それは鍾乳洞を出る際に、少女から貰った鏡の欠片。
それだけが果竪の体験した事が全て事実だと教えてくれた。
そして一週間後――
曇天の空から降り注ぐ小雨の中、果竪は屋敷の敷地内にある四阿に駆け寄ると、備え付けられている長椅子にぱたりと倒れた。
しばらくして、息も絶え絶えにポツリと呟く。
「うぅ……ようやく……ば、罰勉強……終った……」
たとえそれは自分の身から出た錆だとはいえ、ようやくの解放に果竪は歓喜の涙を流した。
果竪が体験した事について、とりあえず明燐達も本当のことだと理解してくれたが、それと心配させた事は別。
報告に関しては他の者が行う事にして、果竪は怒り狂った明燐によって一週間部屋からの外出禁止と、罰勉強を命じられた。
王妃が侍女に命じられる――普通ならあり得ない事だが、公式な場はともかく、私的な場では果竪よりも明燐の方がはっきりいって偉い。
いや、偉いというよりは家の者達を取り締まっているのだ。
女主人といってもいい。
気高く威厳のある態度で、まるで自分の手足のように家の者達を使う様は正しく上に立つ者。
その絶対的なカリスマ性があの偉大なる兄から来ているのは間違いないだろう。
家の者達も心からの忠誠を誓い、彼女のために働ける事を誇りとする。
立場としては完全に主従が逆転していた。
だからといって家の者達が果竪を軽んじるという事はなく、至極良好な関係を築いた。
ようは、仕えるというよりは守る対象なのである、彼らにとっての果竪は。
「もう、こりごりだよぉ」
今回の明燐は今までの中で一番恐かった。
基本的に、明燐は自分に甘い傾向があり、口ではドS的発言を繰り返していてもその行動は優しい。
しかし、今回は違う。罰勉強とは別に、毎日二時間ずつ説教された。
そこまで言う事があるのかと驚きつつも、次第に申し訳なさが込み上げてきた。
確かに軽率だった自分の行動。
王妃という立場を完全に忘れたそれは、下手をすれば国すらも危機に陥れたかもしれない。
そこに普段の明燐は考えられない泣きっぷりが、余計に果竪の罪悪感を煽る。
もう二度とこんな事はしません
心からその言葉は出たのも当然の事と言えよう。
そうしてようやく明燐の怒りも収まり、罰勉強と外出禁止令は解除されたのだった。
「あぁ、これからなにをしよう」
とりあえず、畑の世話は決まっている。
「大根達がいつ戻って来ても大丈夫なように、しっかりと耕しておかないとっ!!」
果竪は諦めていなかった。
自分が居なかった三日間、そしてこの一週間、居なくなった大根達は戻って来なかった。
だが、いつかきっと戻って来る筈。
そう、自分はいつまでも待っている。家出した子供の帰りを待つ母親の気持ちで。
「たとえ大根達が私を嫌いになったとしても、私は待ち続けるわ!!」
しかし、果竪の中には未だにもう一つの予測もあった。
それは、森の中で行き着いた考え。
すなわち、大根達が誘拐されたのではないかと言う考えだ。
責任転換という言葉は好まないが、あれほど大切にし、想いを通じ合わせてきた大根達が己の意思で自分を捨てていく筈がないというのが、果竪の懇願にも似た願いだった。
「何か畑に証拠があるかもしれないわ」
大根が居なくなった時は衝撃の余り倒れてしまい、当然証拠探しも何もあったものじゃない。
あれから十日余り経ってはいるが、大丈夫。きっと何か証拠がある筈。
だが――
「ただ、問題はこの小雨ね……」
1週間前から降り続く小雨。空も曇天のまま、太陽の姿もここ一週間見ていない。
日照不足は農作物に多大な被害を及ぼす。
小雨に関しても同様で、降り続けば畑の土を流し、河川を氾濫させる恐れがある。
それどころか、土砂崩れだって起こしかねない。
果竪の証拠集めに関しても、少なからず影響を与えるだろう。
下手をすれば、証拠品が流されているかも。
「くっ! こんな事なら一週間前に、いや、どうして大根達が居なくなった時に倒れちゃったのよ、私ぃ!!」
果竪は自分を呪った。
大根が居なくなったと分かった時、すぐに証拠集めをしていればきっと何かが変わった筈。
果竪は今こうしている間にも危機迫る大根達を思い浮かべる。
暗く汚い牢屋に入れられている白く輝く大根。
たとえ闇に包まれた牢屋すらもその輝きで照らす大根。
その大根の美しさにトチ狂った看守がその魔手を伸ばす。
「ダメ! 逃げて、私の大根達!!」
看守が大根を押し倒し、その服を剥ぐ。
現れた白い裸体を汚い手でなで回し、舌でなめ回し、愛撫とも言えない強引な方法で大根を喘がせる。
そして終にそのほっそりとした両足を強引に割り開き――
「いやぁぁぁ!! 私の愛する大根になんて事をぉぉ!!」
一応、夫が居る身。
たとえどんなに見た目は十七歳に見えずとも。
結婚していると聞いた瞬間、誰もが絶句しようとも。
胸は断崖絶壁、お尻も小さくおよそ色香とは無縁と思われようとも。
一応、人妻としてやる事はやっている。
キスから始まり、A、B、Cその他全て済ませてしまっている。
特に初夜は自分の意思とは裏腹に迎えさせられ、その後もそういう事は痛くて怖くて、いくら宥められても涙が零れた。
そんな、そんな怖い事を今大根が無理矢理強いられているかもしれないなんて!!
男は獣。
男を見たら野獣と思え。
自分達以外の男には懐くな。
奴らの頭は性欲しかない、女を見たら犯る事だけしか思わない。
それと同時に、果竪は軍に居た時も、建国した後も、女性陣が男達に追いかけ回されているのを見ていた。
美人だから仕方ないと思っていた。
が、男性陣もまた女どころか同性にまで追いかけ回され肉体関係を強要されていたのをいつも見ていた。
つまり、男が獣ならば女も獣。男を見たら体を交える事しか考えてない。
いや、そんな人達ばかりじゃない事は知っているし、きちんとした人達がいる事も分かっている。
だが、そうではない人達にとっては、相手が美人で優れていれば相手の迷惑など考えずに本能のまま突っ走る生き物だという事も分かっている。
仲間達でさえそうだったのだ。
これが、美しく気高く全ての面において優れた宇宙一素晴らしい大根ならば、男女問わずあっと言う間に大根に襲いかかりたくなるだろう。
そんな考えのもとに、果竪の暴走思考は更に突っ走った。
「私の愛する大根達が犯されるぅ!!」
その絶叫は屋敷の周囲はおろか、中まで届いた。
ぶつぶつと大根を呟き、手足をバタバタさせて暴れる果竪。
それを陰から見守っていた明燐及び侍女達は思った。
末期だ――と
何が末期なのか?
勿論、神として大切な何かが死に絶えているという末期だ。
そこに、侍女の一人がやってくる。
「すいません、明燐様、街の方がいらしています」
「街? ……報告の件かしら」
果竪に頼まれ、屋敷の者を領主の元へと報告に向かわせた。
その後音沙汰がなく、どうしたものかと思っていた。
「何か分かったのかも知れませんわね」
明燐は侍女を連れ、玄関へと向かった。
なんか筆が進んだので、またまた連続更新。
もしかしたら、こっちの方をある程度勧めてから王宮編に戻るかも……。