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大根と王妃①  作者: 大雪
第三章 大根失踪
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第9話 少女

 体は前の地底湖へ傾くが、グッと手首が掴まれて後ろへと引っ張られる。

 だが、力が足りないらしく、腕がピンと伸びた状態のまま地底湖すれすれで体の傾きが止まった。

 ガクンと肩が抜けるような衝撃が果竪を襲うが、それよりも湖に落ちずにすんだ事にホッと息を吐く。

「た、助かったぁ」

「驚き過ぎよ」

 と、今度は先程とは違い力強く、けれど優しく両腕を使って引き起こされた。

 ようやく不安定さから解放され、しっかりと地に足を付くと体を掴んでいた手が離される。

 途端に脱兎の如く距離を取る。

 自分でさえ知らなかった鍾乳洞に自分以外の人が居る驚きに後ろを振り返れない。

「もしかして、不審者とか思っているのかしら?」

「そ、そんなこと!」

 いや、ちょっとは思ったが――でも、自分を助けてくれた相手だ。

 悪い人だとは思えない。

 果竪は思い切って後ろを振り向いた。

「っ?!」

 そこに居たのは、一人の少女だった。

「ようやくこちらを向いたわね」

 その笑みの美しさは、大輪の華が咲き誇ったように艶やかであり、同性でありながら思わず見とれてしまう。

 少女は酷く美しかった。

 腰まである大地色の髪に金色の瞳。

 濡れたような紅い唇、白い肌、華奢な輪郭からなる美貌は鍾乳石の青白い光に照らされ、全身からゾクリとする様な色香が匂い立っていた。

 これほど美しい美少女は見た事がない。

 身に付けているものこそ、地味な町娘の服装だが、彼女が身に纏えば清楚な装いにも見えるから不思議だった。

 外見年齢は自分と同じぐらいか、それよりも一、二歳ほど年下か。

 果竪は食い入るように少女を見つめた。

「……見過ぎ」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 果竪が慌てて謝ると、少女が楽しそうに笑う。

「別にいいわ。ただ、あんまりにも人の事を見るから驚いただけ。そんなに食い入るように見るほど私に何があるのかなって」

 それは聞きようによっては嫌味とも取れるが、不思議と果竪にはそうは聞こえなかった。

「ふ、不愉快にしてしまったならば謝ります。ごめんなさい」

「いいのよ、それより本当に珍しいわね、ここにお客さんが来るのは」

「……そ、そうなの?」

「ええ、一度ならず二度も来る人は」

「へ?」

 一度ならず二度も?それって……。

「しかも、来た早々あっと言う間に調律してしまうなんてね」

「ちょ、調律?」

 彼女は一体何を言っているのだろうか?

 調律って何の事?

 ってか、一度ならず二度って?

 頭の中でぐるぐると幾つもの疑問が回る。

「『調律師』――いえ、『枷』と言った方が正しいわね。『枷』が後に『調律師』と呼ばれるようになったのだから。でも、貴方は『枷』なのに、『完未』持ちじゃない。そう――『はぐれ枷』。珍しいわね」

 『調律師』?『枷』?『完未』?『はぐれ枷』?

 言っている事がよく分からない。

「ふふ、それは自分で考える事ね。全ては貴女の運命なのだから」

「うん……めい?」

「ええ。けど、ヒントはあげるわ。ギブアンドテイク。貴女のおかげで、私もまだ留まることが出来るのだから」

「それはどういう……」

「ふふ……惑わしの道中、迷うことなくこの湖にやってきた勇敢なる少女。果たして貴女の訪れは偶然か、それとも必然と言う名の運命か」

「え? あ? へ?」

「それを決めるのは私ではないわ。でも、物事にはなんらかの意味がある。きっと、貴女が今日ここに来たのも一つの運命なのでしょうね」

 少女は何処か悲しげに笑う。

「でも、まだ貴女は選べる。その身に宿す力を誰にも悟られる事なく更に奥底に沈めるか、その力を発現させ己が運命に立ち向かうか……けれど、貴方はきっと……」

「うん……めい?」

「まだその時ではないわ。でも、いつか貴女は選ばなければならない時が来る。数多の先人達がそうだったように……」

「貴女は……一体」

 スッと唇に指を当てられ言葉を止められる。

 驚く果竪に少女は微笑む。

「自分で選びたいのならば聞いてはダメ」

 聞けば選べなくなる。その言葉に、果竪は言葉を飲み込む。

 何故この時それを選択したのか分からない。

 ただ、自分の中の何かが、無意識にそうしたのだ。

「さてと……不満そうね」

「そりゃあ……」

「ならば別の事を答えるわ。お礼として」

 少女の言葉に、果竪はしばし考える。別の事……。

「……ここは、何処ですか?」

「鍾乳洞」

 会話は五秒で終った。

「……って、そうじゃなくて!! 鍾乳洞は分かります!!」

「【聖域の森】の下に広がる鍾乳洞よ」

「いや、だから――って、やっぱりそうなんですか」

「そう。【聖域の森】の下で数千年という長い時をかけて造られた巨大な鍾乳洞。その昔は――洞と呼ばれていたわね」

 よく聞こえなかった。けど、聞き返す事はできなかった。

「ここにはね、神殿があったの」

「神殿?」

「そう、千年、ううん、それよりももっともっと昔に造られた神殿」

 でも、その殆どは壊れて、今は一部が残っているだけだと少女は説明する。

「それ……どこにあるんですか?」

「ふふ、貴女は既にそこに行っているわ。いえ、そこから来たと言えばいいかしら」

「そこから?」

「そう。そこで――してくれた」

「え?」

「神殿に行きたいのなら行ってみましょうか……ただし、貴女の場合は戻るになるけれど」

 そう言うと、少女は果竪を置いて先に進み出す。

 すなわち、地底湖の水面を滑る様に進む。

 まるで、そこが地面のように歩いて行く少女に果竪は度肝を抜かれた。

「え、ちょ、えぇ?!」

「何を驚いているの? 貴女も出来るでしょう?」

「で、出来るって?!」

「力を発現させてはいないけれど、その前に貴女は凪国王妃」

「っ?!」

 少女の言葉に果竪の顔から色が消える。

 今、少女はなんと言った?

「あ、貴女は」

「来るも来ないも貴女の自由」

 クスクスと笑う少女に果竪は茫然とした。

 この少女は一体何者だろうか?自分を王妃だと知るなんて。

 この領地で自分の素性を知る者達は限られている。そこから漏れたとは考えにくい。

 かといって、王宮に居た頃の知り合いだとは思えない。

 これほどの美少女であれば絶対に覚えている。

 一体少女は何者なのだろうか?

 そこで果竪は思う、そういえば、自分はあまりにも無防備過ぎてはいなかっただろうか?

 最初こそ警戒心を抱いていたが、いつの間にかまるで旧知の友人のように心を許していた。

 こんな初めての場所で、初めて出会った素性も知らない人に心を許す。

 それは時として命を危険にさらすほど愚かな行為だ。

 でも――

 果竪を決意する。

 ここで立ち止まっていても何も始まらない。

 虎穴に入らずんば、虎子を得ず。

 時として危険を冒さなければ欲しいものは得られない。

「行きます」

「良い顔ね。それでこそ――の子」

 少女が更に先に進む。

 果竪は湖面を見つめた。

 少女が軽やかに歩いているにも関わらず、全く揺れることのない湖面。

 その湖面に、果竪はピョンっと飛び乗る。

 バシャン!!

 ずぶ濡れになった。

「あらあら」

「ってか、無理!」

 よくよく考えれば、確かに自分は凪国王妃だが、王妃としての力は殆どない。

 水を操る力も使えるには使えるが、こうして水の上を歩く力は更にそれを上回る。

「凪国王妃なのに、女神なのに」

少女の言葉は何処か呆れというか、笑いを含んでおり、果竪に追い打ちをかけた。

「王妃だからって、神だからって何でも出来ると思うなあぁぁ――きゃっ!」

 絶叫の最中というのに、少女が果竪の腕を掴んで湖面の上に引き上げた。

「あわわわっ――って、へ?」

 今度は水の中に沈まなかった。

「さあ、行きましょう」

 そうして少女に誘われるように、果竪は地底湖の最奥へとたどり着く。

「あの、壁ですけど」

「ええ。でも、ここが神殿への入り口」

 そう言うと、少女が壁へと手をつく。

 その手が、ずぶりと壁にめり込んでいく。

「え、え、えぇ?!」

 ちょっと待ってという叫びは少女には届かなかった。

 そうして果竪の体は、壁へと消えていった少女に引きずられながら壁へと消えた。


なんか調子よく書けているので、この流れを逃さずアップしていきますね~。ってか、なんか全く違うお話に……。

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