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かたたびこぞうさま

作者: 華嵐三十浪

妖怪マニアック二編目です。

 あなたはだあれ?

そう、幼い私が問いかけたのは、柔らかな日差し差し込む古い日本家屋の縁側で、仁王立ちをする同じ年頃の少年だった。


 通勤電車に乗りながら、ぼんやりと朝起きてから出勤までの時間を反芻している。

最近同じ夢を見ている。

どうということない、忘れていた子供の頃の記憶の繰り返しのような夢だ。

祖父母の家で出会った少年の思い出。といっても、ロマンチックでも初恋でもなく、法事に連れて行かれた子供同士で退屈を紛らわしていただけだったように思う。

会話もよく覚えていないが、お互い明後日の方向を向いていたような気がする。淡い思いどころか、夢を見るまでは少年のことを思い出すことがなかった。

 なんで、急に思い出したように夢を見るのだろう。

私は少年に恋い焦がれていたようなことはないし、3年前に結婚した夫の方が好きだ。もちろん、不満がないとは言わないが、それはお互い様なので心の隙間などは程遠い世界の話だろうと思っている。

 まぁ、強いて言えば、ぼちぼち仕事も中堅で責任と給料のバランスの均衡を保つことや、プライベートの人生設計に考え疲れしているかなとは思う。

 でも、これも現代社会を生きる社会人にとっては取るに足らない日常だ。どうということはないのだと思う。だから、昔に1度だけ出会った少年の夢を、今やたらと何度も見るのは不思議な事だった。

「。。名前。なんだっけ?」


 くつをはかずにおにわにでたらおこられちゃうよ。

すでに少年は庭に降り立ち、キョトンとした顔で私を見た。

 しらぬのか?よい。あさこのまごゆえおしえてしんぜよう。

庭で大口を開けて笑う少年を、キラキラとしたまばゆい光が取り囲んでいる。私はなぜか少年から目が離せず釘付けになっていた。


「コピー機鳴ってますよ。トナー切れじゃないですか?」

私は、あわてて後輩に礼を言いながら、ピーピーと機械音を鳴らすコピー機へと駆け寄った。

夢は大体眠りの浅い時や明け方に見るという。今日も少年の夢を見た。

今の所三日おきくらいだろうか。夢を見るから気分が悪いとか体調が悪いとか事故にあうとか、予言ができるようになったとかは一切ない。ごくごく普通に目覚め、前日の労わり(スィーツ)や悪行(夜更かし深酒)はその行いの通りに体に残っている状態だ。

 私は、コピー機のトナーをわざと大ぶりに振り回しながら、祖母のことを思い出していた。上品な仕草の物腰柔らかな人で、昔話などをしてくれたっけ。

お姫様がそのまま老けた、いや、姫は年老いても姫な感じがぴったりな人だった。

 阿佐子あさこという名前で、私がそれを知ったのは10年ほど前に亡くなった時だった。薄情だとか興味がないとかではなく。遠方に住んでいて年に何回かしか会わない孫には、おばあちゃん以外の呼び名が必要になる時がなかったためだ。

 田舎の素封家の家柄だったらしく、嫁入りの時には一生困らないだけのものを持たされ、ねぇやにばあやに小使さんを連れてきたらしい。

おかげで婚家(うちの家)ではとてもとても大事にされていたと聞いている。

残念ながら、年月が過ぎ行く内に、ばあやは鬼籍ねぇやは嫁に行き小使さんは成長して他家へ、その他諸般の歴史的な事情があり私の代まではその恩恵にあずかることはできなかった。が、田舎の家が広い立派な屋敷であったのは覚えている。

「。。なにを教えてくれたんだっけ?」



 画面に皮脂がつくなー、と思いながらスマホを耳にくっつけている。親からの連絡がめんどくさいと思い始めたのは、いつ頃からだったっけ?

「わかってるって、二人揃って行けばいいんでしょ。ダンナにはもう言ってあるから、孫夫婦で祖父母の法事に参加させていただきます」

 まだ何か言いたそうな母を遮り、多忙を理由に電話を切る。

多忙といっても、所詮は一介の職業婦人でサラリーマンだ。国家や世界情勢を動かすような要職ではないから、多忙といっても上限がある。ただ、なぜかわからんが暇ではない。というのを理由に親からの連絡を遮るのだ、我ながら親不孝だとは思う。

でも、やはり金であれ時間であれ、ゆとりを持って生活をしているわけでないのは、わかっていただきたいところだと思う。

 何年かぶりに行われる法事に私も呼ばれていた。祖父母の家が取り壊されるため、田舎の広い立派な屋敷での最後の法事になるからと、親戚一同寄り集まることになっていた。

 広くて立派と言っても、老朽化が進み修復に費用も時間もかかるため、下手に文化財などに指定されない内に取り壊すことにしたらしい。遺産の整理もついたらしいので、今更だが形見分けもするらしい。

正直、遺産はほぼ取り壊しに使用されているし、形見分けと言っても貴金属は早々に近親者に分けられた。  

 私にもいつ使うかわからない瑪瑙の帯留が回ってきていた。

他にも何かあっただろうか、と考えるが、蔵の片隅に放置されていたNationalの焼印が押された木箱とか満面の笑みの三波春夫の広告に包まれた何かとか、今となんては何ともはや、なものしか思い浮かばなかった。


いいの?もらって?

相変わらず少年は、陽射しのきらめきの中で笑っていた。

そちにしんぜる!れいじゃ!それにしてもびみである!すまぬがもうすこしたまわれぬか?

口元にキャラメルコーンとポテチの屑をつけた少年は、歯を見せ満足そうにしていた。


「靴下が片方ない」

まだ夜が明けぬ内、つまり深夜に起き出して身支度をしている私の耳に夫のつぶやきが聞こえる。

この人と結婚して3年目になるが、何度もこの台詞を聞いた。本当にミッシングをしているわけではなく、洗濯機の隙間に落ちていたり、タンスの隅に押し込んでいたりなどの本人の管理不足である。

だいたい、どこのご家庭でも高確率で起こる現象である。

「当日になってバタバタしないでよ。準備は前日の寝る前にする、ってお義母さんは教えてくれなかったの?」

歴史において理不尽に繰り返された嫁姑戦争が、現代で形を変えて夫に降りかかる。自分の身支度を邪魔された私は夫に嫌味を言ったが、自らが子供の頃そんなに勤勉かつ優秀であったか?と問われると返す言葉もない。

急に夫に申し訳ないと思う感情が湧き上がってきた。

私は、買い置きの新しい靴下を出して夫に渡した。手渡された夫は素直に、ありがとうとにこやかに礼を述べる。その対応が、なんとも言えない自己嫌悪を呼び覚ましていたたまれなくなった。

「でもさぁ、君の田舎に行くと必ず靴下が片方無くなるんだよね」

自らの行いに身悶えしている私にお構いなく、夫は新品の靴下を見ながら訝しんだ。

夫が荷物を詰めている後ろ姿を見ながら、田舎の洗濯機の隙間を思い出していた。

 そう言えば、伯父も父も靴下を探してたことがあったな。その様子を見た祖母が、ひとしきり笑っていたような気がするが。。。

「。。なにをもらったんだっけ。。。。」


 田舎の法事といえば、寿司日本酒ビールなどの宴席がセットでもれなくついてくるのだが、当主(伯父)の高齢と闘病を理由に寿司とお茶のみのお食事会となった。

残念がる面々もいたが、伯父が刺身こんにゃくとほうじ茶をもぐもぐしているので文句を言う人もいなかった。

宴席だからといって、嫌がらせとか強制労働をさせられたわけではないのだが、子供の頃の退屈なイメージが抜け切らないので私は大助かりだった。

「里佐ちゃん」

寿司をきれいに平らげお茶をすすっていると伯母が声をかけてきた。手招きをされるままに、縁側沿いの部屋に招き入れられた。

相変わらず、この家屋の縁側は明るいな陽射しがキラキラ。。。ふと、脳裏に快活に笑う少年が浮かび上がる。

「里佐ちゃん?」

伯母の声で、少年はすぐにかき消えた。

部屋の中は、おそらく蔵の中から取り急ぎ取り出したであろうものが積み上げられていた。部屋が明るいせいか、積み上げられた歴史ある荷物は禍々しく見えることはなかった。晴れやかに笑う三波春夫のせいでもあるかもしれない。。。。

伯母は、その荷物の中から茶色いツヤっぽい紙に包まれたものを取り出した。

「油紙ですか?最近見たことないです」

「そーよねぇ。里佐ちゃんくらいだと油紙自体、前世紀の遺物よね」

「これは?」

「それがねぇ」

伯母は座って油紙の包みを開け始めた。ごわごわと空気の音をさせながら油紙を開くと、達筆な力強い墨筆で〝里佐子へ〟と書かれた和紙が出てきた。

「里佐ちゃんに譲る物なんだと思うんだけど。。。」

「これは、おじいちゃんの字ですかね?」

「いやぁ、お義母さんだと思うわ。昔から習字になると、果たし状書いてるみたいな文字を書かれてねぇ。達筆は達筆なんだけど」

私の覚えている祖母からは、想像がつかないような力強く闊達な筆跡だ。文字は人柄を表すというが、あの、プリンセスオブ姫みたいな物腰柔らかなばあちゃんが、世紀末覇者が書くような果たし状を。。。。いやいや、違う。祖母について亡くなってから身近に感じるのは、今更すごく残念に思えた。

「で、中身なんだけど。。。」

声をかけられた時から、伯母はなんとなく申し訳なさそうにしていたが、油紙の中身を開示してさらに申し訳なさそうになっていた。

「。。。。。。これは。。。。?」

「そうよねぇ。わからないわよねぇ。これ、ものっすごい!古い足袋なの。革製よ」

伯母と私は目を見合わせ、驚きと困惑を隠さなかった。

 伯母はこれが出てきた時に、博物館の学芸員に見てもらったらしい。

とても古い時代に作られた革製の足袋で、保存状態がとてもいいもののようだ。金銭的な価値はともかく民俗的な価値があるとのことだった。


ーこの足袋は皮を使こうておる。ー


ー丈夫でつま先や足を守るものである。ー


ーだから、庭くらいなら降りても大丈夫である。ー


ー足袋はな、もともとたんぴと申す皮の袋でな。今の靴下とやらに似ておるの。ー


 目の前で伯母が話しているにも関わらず、現状そっちのけで思い出が堰を切って脳内に溢れ出した。笑顔の少年。興味のない明後日の方向の話。嬉々として語られる、足袋と少年自身と祖母の話。


 ああ、忘れてた!そうだ!そうだったんだ!

「いくらねぇ、価値があるって言っても。これはねぇ」

困り顔の叔母を後目に、私はものすごい勢いで譲渡を受諾した。

「いただきます!譲っていただきます!」

民俗的な価値があるといっても、見た目はただの薄汚れた服飾品だ。衛生的にも見えない上に、前にもらった瑪瑙の帯留めより使うところが一切ない。

伯母はゴミにしか見えない使い所のないものを、いくら遺言とはいえを譲るのはどうか、という顔をしていたが、私の蹴倒さんばかりの勢いに圧倒されてようだった。

私は、伯母から足袋を譲るの言質を取ると、縁側から裸足で飛び出し車でコンビニへと駆け込んだ。

「キャラメルコーンとポテチ!あるだけ頂戴!」


なまえをよんだらいいの?

少年は、そうじゃ、阿佐子にゆうておく。と言い、庭へ走り出た。少し陽の傾いた縁側で私は少年を見送り、残ったキャラメルコーンとポテチを食べた。


 黒服の女が裸足でコンビニに駆け込み、陳列棚から根こそぎキャラメルコーンとポテチをかっさらって行った奇行は、田舎ではしばらく語り草になるだろう。帰り道の運転で逸る気持ちを抑えながら、クラッチを踏み込むたびにストッキングのよじれた感じが伝わって来た。


「里佐ちゃん?何を探しているの?」

在りし日の祖母が幼い私に声をかける。

「靴下がないの」

にこやかな祖母は、私を見ながらさらに笑う。

その時の私は、祖母のひとりごちをしている表情に全く気がつかなかった。母に不注意を咎められたところだったからだ。それに、思い当たるところも探す熱意もなく靴下を探すふりをしているのに飽きたせいもあった。祖母は、そんな幼子のすることなど見通したように、新しいウサギの刺繍がついた靴下を出して来た。

「この家にはいたずら者がいるからねぇ。おばあちゃんが連れて来ちゃたんだけどねぇ」

「伯父さんのこと?」

私が靴下を押し頂きながら首をかしげると、祖母はひとしきり声を出して笑った。


 私は、思い出から現代に戻って屋敷にも帰着した。コンビニの袋を抱えて部屋に入ると同時に、伯母に奇行を心配され、母に雷を落とされた。

 伯母は、あんな薄汚れた古物を譲られたショックの奇行と思ったのか、祖母の真珠を譲ると言ってきたが丁重に断った。

 私は、母に怒られた後、縁側に置かれた油紙の包みの前にキャラメルコーンとポテチを山積みした。


ー阿佐子にも名を呼ばれ着いて参った。ー


「綿帽子のおばあちゃんを悲しそうに見つめるから、つい手を差し伸べてしまったらしいですよ」

甘い!しょっぱい!と言いながら、バリバリと咀嚼する少年が思い出される。


ー今度はそちの番じゃな。ー


「ふふふ、お屋敷無くなりますもんね」

少年は、私の家に来て姿を見せてくれるだろうか?

また、お菓子を分け合ってお互いに明後日の方向の話ができるだろうか?

ここよりも都会で家も狭い。少年は馴染むことができるだろうか?でも。。。。


ー名を呼ぶがよい。その時は一緒に参ろう。ー


「さて!私とご一緒に参りましょう。片足袋小僧様(かたたびこぞうさま)!!」

一抹の不安はある。でも、その時の祖母が手を伸ばし名を呼ばざるを得なかったように、私も少年の名を呼び手を伸ばす。片足袋小僧様が何者であれ、私と手を携えてくれるように願って。。。。


 あの時から、少々月日が過ぎた。屋敷は無事に取り壊され、需要があるのかないのかわからないコイン式駐車場になった。しばらくすれば、また様変わりをするだろう。

 あれから、残念ながら片足袋小僧様と顔をあわせることはなかったが、半年に一度の頻度で靴下が片方失われているので家の何処かにいるのだろうと思っている。

 1年ほど前私はめでたく母親となり、わずかながらプリンスオブ姫の血筋を残すことに成功した。

「ねぇ、また靴下がないんだけど。片方だけ」

夫が、小さな娘を抱きながら娘の片足を私の前に差し出した。夫は、あんよ冷えちゃいまちゅね〜。などと、己が姿と乖離した口調で娘に頬ズリをしている。

私は夫を姿見の前に誘導したい気持ちを抑え、探しておくからと、探す熱意のない生返事をする。

 また、娘の靴下とキャラメールコーンとポテチを買わなければと思っていた。


















お楽しみいただければ幸いです。

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