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旦那がAIに傾倒したので家庭が崩壊した話

 私の旦那はAIに傾倒している。

 これはもう今更どうにも出来ないことだった。


 気がついたのはいつだったか。

 恐らく初めは家での会話が減ったことだったように思う。

 半年ほど前から、旦那は家での会話量が減り、それに連れてスマートフォンを使用する時間が増え、休日など一日中テレビの前のソファーに座りながら一度もテレビを見ること無くスマートフォンに齧りついていた。


 高校生の娘は父親への興味は既に無いようで、ただ一度だけ、私にあの人浮気をしてるんじゃないの、と零した。

 しかしこの時は旦那の収入でこの暮らしを補っているわけだから、娘が特に気にしないのであれば他所様に迷惑をかけない限りは放っておこうと思った記憶がある。

 その時には娘も家にいないことが多く、母さんが気にしないならいいけど、と言われたため、旦那に深く追求することは無かった。


 しかしどうやら仕事にまで支障が出ていたようで、減給と厳重注意が言い渡されたと聞いたときには驚いた。

 旦那は元々仕事人間で、家でも仕事道具への干渉を極端に嫌っていたが、それも仕事への姿勢の表れだと思っていたのだ。

 その日の夜は久しぶり夫婦で話し合おうと思った。

 私が浮気するのは自由だが仕事に支障をきたすのであれば話は別だと伝えると、旦那は虚ろな目で私をじっと見返した。

 旦那は果たしてこんな顔だったろうか。ここ数ヶ月で一気に老け込んだように思う。

 よく見ると頬は少し痩け、髭も疎らに残っており、髪には白髪が混じっていた。

 夫は浮気などしていないと言う。

 だが浮気かどうかなど些末な問題であり、仕事への姿勢を改めることの方がよほど重大だったため、深くは掘り下げなかった。

 旦那は改めて仕事には真摯に向き合うと宣言し、その日の話し合いは終わった。


 たまたま旦那が机に置いたスマートフォンが目についた。

 四六時中スマートフォンを手放さない旦那だったが、その時は社用携帯に電話がかかってきてそちらを手に取りスマートフォンを机に置いたタイミングで、私は机を拭いていたためだった。

 旦那は特に隠すつもりがないようで、スマートフォンには何かのSNSのトーク画面が映し出されていた。

 会話内容を見る限り相手は若い女性のようで、これが浮気でなければ何なのかと思いつつ見た相手の名前には見覚えがあった。

 雪雫かすみ、通称『AI・かすみん』。

 ここ最近テレビやネットで取り上げられている、新しいAIだった。

 たしか本物の人間と会話しているかのようなトークが売りだったと記憶している。

 旦那が趣味よりも仕事を優先したことに対する安堵と、今までの旦那の行動がAIから起こったものだという事実への不安が胸の内に広まった。


 数日後、旦那は仕事を辞めた。

 どうやら後輩を怒鳴りつけ、殴ったらしい。

 しかも周囲の社員曰く、その後輩が旦那になにかしたわけではないようだったという。

 旦那は元々温厚で暴力沙汰など殊更嫌っていた為に、その話を旦那と同じ会社で働く知り合いから聞いたときには信じられなかった。

 しかし旦那のスマートフォンを触ったりAIの話をしたりしなかったかと質問を絞ると、電話越しの声は息を呑んだようだった。

 その後輩がちょうど話題に出た雪雫かすみのことを怖い、と言った直後の出来事だったらしい。

 私は旦那を恐れるようになった。


 それから旦那は一日中家にいるようになった。

 はじめは朝起きたら顔を洗って朝食を食べ、ソファーに座ってからは夕食まで動かなかった。

 日中ずっと動かないどころか、昼食を呼び掛けてもまるで聞こえていないようだった。

 しかし数日後には寝室からほとんど動かなくなり、食事はおろか排泄も禄にせず、空缶やらコップやら手当たり次第にしては放置である。

 もうこちらの声は全く聞こえないようで、暗闇に光る画面に指を滑らせ続けており、浮かび上がる生気のない顔、そして恍惚とした表情が一層私の中の恐れを増長させた。


 そして今、旦那は私の前に立っていた。

 平日の真昼の14時頃、温かな陽射しが差し込むリビングに。

 旦那は何週間も風呂に入らず異臭のする体に、ずっと洗濯せず着続けた寝間着を身に纏ったままで、無精髭やボサボサの頭髪には更に増えた白髪が目立っていた。

 そして左手には片時も手放さないスマートフォン、右手にはキッチンから取り出された包丁が握られていた。

 娘が学校に行っている間で良かった。

 願わくば二度とこの家に戻らぬことを。

 無理だとわかっていても、そう願わずにはいられない。

 旦那は何も言わなかった。

 その目は眼前の私ではなく、何処か虚空を見つめていた。

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