番外編②「くれいじー・あばうと・ゆー」
おかしい。
毎月来るアレがもう2ヶ月以上来ていない。
生理的に毎月きていたアレがずっと来ていない。
ついでにお腹も少し膨らんでいる。
「太ったのかな?」と思っていたがそうじゃないらしい。
むしろ吐き気を催して食事の量が減っていたくらいだ。
心当たりはある。ていうか、1人しかいない。
「…やっべ」
私は、これから起こるであろう厄介事の予感に身を震わせた。
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私の人生は、日の当たらない人生だった。
私が生まれた国は、グムグム教国と北の帝国の狭間にある小さな国。
気候に恵まれず一年中薄暗い雲がかかっている、産業にも指導者にも恵まないゆっくり衰退していっている国だった。
私の家は、母が営む夜の店だった。
母や仲間のサキュバス達が夜な夜な町の男達を虜にし精気を抜くいかがわしいお店。
子供の頃は無邪気にお手伝いなんかしていたが、背が伸び胸も膨らみ始めた頃自分を見る男達の視線が下卑たものである事に気づきイヤになった。
「手に職をつけたいの。美容師を目指すわ」
そう宣言した15の夜に、母は「好きにしたら」と言ってお金を渡してきた。
あれからあの家には帰ってない。そもそも国が滅んでしまって消息が分からない。
北の帝国の属国の美容師学校で2年間勉強、大きなお店で3年間修行、そこで貯めたお金で小さな町で自分の店をオープン。
その間ずっと本当の姿を隠し人間として過ごしてきたが、私の中に流れるサキュバスの血がそうさせるのか私はモテた。そして人間の女達に妬まれた。早く一人前になりたくて、誰とも付き合う気はないと言っていたのに妬まれ嫌がらせもされた。
そして私の中に流れるサキュバスの血は、私に男の精気を求めた。
しかし私はサキュバスとして欠陥品だった。
狙った相手に夢を見させる事はできないし、どこの誰の夢を見るのか完全にランダム。吸える精気の量もほんのわずか。
私は常に欲求不満の状態だった。
ある夜などは我慢できず誰でもいいから抱かれようと夜の町に飛び出しそうになったくらいだ。すんでのところで思いとどまったけど…
サキュバスに生まれた事を疎ましく思いながらも、自分がサキュバスである事を突きつけられる。
私はずっとモヤモヤとした思いと満たされない思いを抱えながら生きていた。
生きながら、一生このままなのかと絶望した。
あの事件が起きたのはそんなある夜の事だった。
そして私は彼に出会い、人生で初めて満たされたのだった。
それからの人生は一変した。
太陽のまぶしさ、風の匂い、花の美しさ、海のさざめき、緑の生命力、卵サンドの味。
灰色だった私の人生を、彼がカラフルに彩ってくれた。
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「おめでとう、妊娠してるわよ」
「…」
「何? その『えー、マジかー…』みたいな表情」
「えー、マジかー…」
ラミアの女医、ヘレナに言われ私は頭を抱える。
「なあにあなた、サキュバスは妊娠しないとでも思ってたの?」
「…ええ」
「バカなの? 生理来るんだから妊娠するでしょ。そもそもあなた、どうやって生まれてきたと思ってたの?」
「…人間の妄想が膨らんでこう、魔法的な力で?」
「そんな訳ないでしょ」
悪魔やモンスターってそういう生まれ方をしたんじゃないかって話を、前に魔王様からピロートークで聞いたから言ったらヘレナに一蹴される。
「学校で性教育で習ったでしょ?」
「私、学校行ってないし…」
「じゃあ親から…」
「母やお姉さん達からは主にどうすれば気持ちよくなるかみたいな手練手管しか教わってこなかったわ」
「…」
ヘレナがむっつりした顔で押し黙る。
まあ確かに、もっと大事な事教えろよって話よね…
「それにしてもベスにそんな相手がいたとはねえ…。相手は誰なの?」
「………魔王様」
「…はっ?」
「…魔王様」
「………え? ゴメン多分聞き間違いだと思うからもう1回言って?」
「だから魔王様よ」
「………oh」
私の告白にヘレナが固まる。
そんなヘレナに私は事情を説明する。
「つまり『契約』で1ヶ月に1回ヤっていたと」
「…ええ」
「それも魔王様と出会ってから8年間毎月」
「…ええ」
「避妊もしてなかったと」
「…ええ」
「そりゃするでしょ、妊娠」
「ま、毎回してた訳じゃないわよ。手とか口とか胸とかでしてた事だって…」
「そんな猥談聞かせなくていいわよ」
ヘレナがウェーブがかった髪をなでながらハーッとため息を吐く。
「それにしても……ベスが魔王様と付き合ってたとはねえ」
「いや、身体だけの関係というか…魔王様からプロポーズされた事はあったけど断った事があるというか…」
「どういう事!?」
ヘレナに問い詰められ、私はこれまでの事をかいつまんで話す。
そしてあの日の事を、思い出したのだった。
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寒い日だった。
すごくすごく寒い日の夜だった。
部屋の中の空気は吐く息が白くなるほど冷たく、触れば割れてしまいそうなほどとてもとても寒い日だった。
温かいのはベッドの中と、触れ合う裸の肌だけ…
「結婚してくれないか」
いつものように『契約』を終えた後のベッドで抱き合っている最中に、魔王様が突然プロポーズしてきた。
「結婚?」
「そう、結婚」
「誰と誰が?」
「俺と……君が」
「…」
いつかは言われるんじゃないかと思っていた。
だからその時何を言うかは用意していた。
「無理よ。サキュバスは子供産めないし」
「いや、子供産めなくてもいいから。一生傍にいてくれるだけで…」
「それなら別に結婚しなくてもいいんじゃない?」
「俺は、君と結婚したいんだよ」
「サキュバスと結婚なんて評判悪いわ。『だまされてるんじゃないか』とか『操られてるんじゃないか』とか。ミノさん辺りに猛反対されそう」
いつかはそう言い出すんじゃないかと思い、私は用意していた理論武装で魔王様の求婚を断る。
魔王様はしばらく粘っていたが、私に結婚する意思がない事に気づき最後は折れた。
背を向けて寝始めた魔王様の背中にキスをする。
うれしかった。
結婚したいと言われてうれしかった。
でも私は、魔王様と結婚できない。
サキュバスは子供が産めない、外聞も悪い。
そして何より…私と魔王様は『契約』でつながっているだけ。
私の『催淫』に引っかかり、夢中になっているだけ。
こんなの……サキュバスの力を使ったインチキだ。
神様。
いるなら私を人間にしてよ。
そしたら魔王様と……結婚できるのに。
私は自分がサキュバスである事を呪った。
求婚を断ってからも、私達の関係は続いた。
私はたまに魔王様の夢を見た。専ら私の夢だった。
魔王様は私に未練タラタラだった。
それが2年ほど前。
クリスティーナが魔王城に来た辺りから魔王様の夢はクリスティーナ一色になった。
オイ魔王てめえこの野郎?
アンタ私に惚れてたんじゃないのか。
と思っていたらある日の夢の相手は私だった。
毎月の『契約』もクリスティーナの代わりに私を抱いている訳ではなく私にゾッコンだった。
な~んだ、やっぱこいつ私の事好きなんじゃん。
クリスティーナ:私が6:4くらいなのは気になるが、新しい恋を見つけても私に気があるのは悪い気はしなかった。
割合が気に入らないけど、悪い気はしなかった。
それに私のためだけにお花を育ててくれたり、普段外に出ない私に外の世界を見せたいとキャンピングカーをハカセに作らせたりと私の事を思ってくれているのもうれしかった。
…そして世界最後になるかもしれない夜。
私は自分の部屋で魔王様が来るのを待っていた。
約束はしてないけど自分を抱きに来ると思って。
それに言い訳ができると思った。魔王様からのプロポーズを受ける言い訳が。
明日世界が滅びるかもしれないんじゃ仕方ない。
世界を救えたら結婚しよう、そう言われたら断れない。その時は結婚しよう。
そんな事を考えながら待ち続けた。けれども魔王様は来なかった。
きっと世界を救ってからご褒美に私を抱きに来るつもりなんだ。
私はそう結論づけて眠りに就いた。
闇の魔王との戦いから数日後、魔王様から連絡が来た。
私はウキウキしながら身だしなみを整え『サロン・ド・エリザベス』で待った。
「クリスティーナと結婚する事になった」
――――――――そして、奈落の底に突き落とされた。
「ずっとクリスティーナの事が好きだったんだ」
――――――――やめて
「闇の魔王との決戦の日の前に告白して、結婚しようって約束したんだ」
――――――――やめてよ
「報告が遅くなって済まない。君にはちゃんと話しておかないといけないと思ったんだ」
――――――――聞きたくないわよ! そんな話!
今すぐ彼の胸に縋り付いて泣き叫びたかった。
でも、グッと飲み込んで私はこう言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
胸の奥が締め付けられ、涙が出そうになる。
でも、あの時求婚を断ったのは私の方だ。
私がサキュバスでなければ。
私が人間だったらこんな思いをせずに済んだのに。
私は自分の血と運命を呪った。
「それで…『契約』の事なんだけど」
私はビクッとなった。
結婚する以上、私の存在は邪魔以外の何者でもない。
私は――――――――元の灰色の人生に…
「今までみたいに一晩泊まるって訳にはいかないけど、これからも時間を作るから続けさせてくれないか」
「……………はっ?」
今コイツ、何て言った?
「これからも『契約』を続けさせて欲しいんだ」
「…」
何この男、クリスティーナのグラマラスボディに飽き足らず、私のエロい身体もキープしたいって事?
あーんな美人でエロい嫁ができるのに愛人もキープしたいって事?
これだから男って奴は!……と、思っていたが次の言葉で違うと思わされた。
「俺は君に……これからもここにいて欲しいんだ」
「…」
ハッハーン。
さてはコイツ、まだ私に未練タラタラなんだな?
私の事が好きなんだな?
じゃないと毎月お花を贈ったり、『契約』を続けたりしないもんな。
「…いいわよ」
「え」
「これからも続けましょう、『契約』」
「そうか…! いや、よかった~…」
ホッと胸をなで下ろす魔王様。その表情は私とこれからも一緒にいられるという安堵に満ちていた。
…未練タラタラなのは私の方だ。
結局私の方が、素直になれないだけなんだ。
あのドッペルゲンガーの言葉が思い起こされる。
でも、仕方ないじゃない。私だって生まれたくてサキュバスに生まれた訳じゃないわよ。
こうして私達は『契約』を続ける事になった。その晩はいつもより多めに精気を吸ってやった。
しかしこの時気づくべきだったのである。
…毎月来ているアレが、ひと月来ていなかった事に。
******************************
「こ、子供ができた?」
「…ええ」
「サ、サキュバスは、子供ができないんじゃ…」
「ごめんなさい、私の勘違いだったみたい…」
「そんな…」
私の長年の勘違いに、呆然となる魔王様。
無理もない。それが理由でプロポーズも断られたんだから…
「養育費ちょうだい」
呆然としてる魔王様に、間髪入れずに要求する。
「えっ?」
「この子は私が育てるわ。ここを出てどこかの国で美容師しながら育てるから養育費ちょうだい」
「いやいやいや! 何言ってるんだよ! なんでここを出て行くんだよ!」
「だって…この事をクリスティーナが知ったらとんでもない事になるでしょ?」
「…」
顔面蒼白になる魔王様。
「…いや、それはダメだ。生まれてくる子供の父親として、責任を取らせて欲しい。金だけ渡して放り出すなんて、無責任な真似はできない」
けれどもすぐにそんな事を言ってくる。
「でも…」
「クリスティーナは俺が説得する! だからエリザベス! 俺と結婚してくれ!」
魔王様の言葉に、胸の奥から熱い物がこみあげてくる。
でも…
「ダメよ…。そんなの…」
「どうして」
「私はサキュバスの力のインチキであなたを夢中にしてるだけ。あなたは私の『催淫』に引っかかってるだけですもの」
「…」
そう。
魔王様の私への気持ちは勘違い。
全て、私の中に流れるサキュバスの血が見せている幻覚…
「エリザベス」
魔王様が、うつむく私の肩に手をかける。
「君の『催淫』は、俺には効いてない」
「……はっ?」
「ちょっといい匂いがするな~と思うくらいで、全然効いてないんだよ」
「…」
「俺は君の事が。ありのままの君の事が好きになったんだ」
「…ウソよ」
「ウソじゃない」
魔王様が、私を抱きしめる。
「君の事が好きだ、エリザベス。この気持ちにウソも、インチキも、勘違いもない」
「…っ」
「エリザベス、俺と……結婚してくれ」
私は泣いた。
声を上げて泣いた。
私より少し背が高い魔王様の胸に縋り付いて泣いた。
「………遅いのよ!」
「えっ」
「遅すぎるのよ! ずっと、ずっと待ってたのに!」
「…」
「もう1回プロポーズしてくれたら、今度は受けようってずっと待ってたのに…」
「…すまない」
「謝らなくていいわよ。素直になれなかった、私も悪いんだから……」
魔王様の服で涙を拭いて、私は魔王様の唇を奪う。
これまで何百回、何千回としてきたキス。そのどれよりも思いを込めて、強く、強く。
「あなたが好きよ、魔王様」
「エリザベス…」
「私を、お嫁さんにしてくれる?」
「…っ。ああ、もちろん!」
もう一度、私達は強く抱き合い唇を重ねる。
こうして私は魔王様の妻に………なる前に鬼門が待ち構えているのだった。
******************************
「…つまりベス姐さんのお腹にいる子の父親は魔王様で、ベス姐さんと魔王様はこれまでずっと愛人関係にあったと」
「「…は、はい」」
「私達に内緒で、毎月毎月ヤっていたと」
「「…は、はい」」
「…私に告白してからもヤっていたと」
「「…は、はい」」
床に正座させられた私と魔王様が、クリスティーナの尋問におびえながら答える。
裁判長クリスティーナ、書記エリス、被告人私と魔王様、判決死刑の逆転しない裁判が始まる。
「ベス姐さん」
「な、何かしら」
「今の姿はベス姐さんの本当の姿じゃないだろう」
「「えっ?」」
私と魔王様の驚いた声が重なる。
どうしてクリスティーナが、その事を…
「前にサウナでベス姐さんが気を失ったとき見たのだ。ベス姐さんの……サキュバスの姿を」
「…」
魔王様が「何? どういう事?」という目で私を見てるが、説明は後だ。
私は『本当の姿』を晒した。女悪魔、サキュバスとしての姿を。
「…」
エリスが興味深そうに私を見てるが、自分が口を挟む時じゃないと察してるのか何も言わない。空気の読める子だ。私と名前がかぶってるのが気に入らないが。
「やはりか…。すまないベス姐さん。その姿をこれまで見せてこなかったのは何か事情があるのだろうが、ここからは隠し事なしで腹を割って話したかったんだ」
「…ええ、分かったわ」
「単刀直入に聞こう。ベス姐さんは、魔王様の事が好きなのか?」
「ええ、好きよ」
「魔王様の事を、愛してるのか?」
「ええ、愛してるわ」
クリスティーナの問いに、自信を持って答えられる。
日の当たらない人生だった私に目映いばかりの日々をくれ、私の事を好きになってくれたこの人の事を愛していると自信を持って言える。
やっと、堂々と言える。
「…ん。ならいい。おめでとう、ベス姐さん。魔王様」
「「え?」」
「これからはベス姐さんも魔王様の妻だ。エリス、それでいいな?」
「ええ、わたくしも構いませんわ」
クリスティーナの問いに、エリスがにっこり微笑む。
…クリスティーナはともかく、この子は裏がありそうだが表向きは認めてくれたという事にはホッとする。まあ、新参者の小娘に何かを言われる気はないけど…
「魔王様」
「な、なんでせう?」
「ベス姐さんの結婚式はいつにするおつもりですか?」
「…お腹に子供もいるし、出産してからって考えてるけど」
「かしこまりました。ではそのように準備を進めさせていただきます」
お仕事モードに入ったクリスティーナが、スケジュール帳に何やら書き始める。
「え? い、いいわよ私は結婚式なんて…」
「よくありません。魔王様と結婚するなら周囲にはっきりさせないと。それに…ウェディングドレスを着たベス姐さん見たいでしょう? 魔王様」
「見たい」
即答する魔王様。この人はもう…
「問題は誰が第何王妃になるかだが…。第一王妃を譲るつもりはないぞ」
「わたくしも第二王妃の座は譲れません!」
「あら、私は別に何番目でも構わないわよ」
私は魔王様の腕にしな垂れかかり、その頬にキスをした。
「肩書きなんてどうでもいいわ。魔王様の1番は私ですもの」
魔王様は照れで顔を赤くし、クリスティーナとエリスは私への対抗心で顔を真っ赤にした。
「わ、私は負けないぞベス姐さん!」
「わたくしも負けません!」
「ちょっ!? エリザベスにクリスティーナにエリス!? ちぎれる! ちぎれるから! 引っ張らないでくれ!」
右腕を私に、左腕をクリスティーナに、下半身をエリスに抱きつかれ魔王様が叫ぶ。
エリス! この小娘! そこに抱きつくのはズルいわよ!
この子やっぱり油断ならないわ! 私は改めてエリスへの警戒度を上げた。
…こうして私は魔王様の妻となった。
何番目なんてどうでもいい。魔王様を1番愛しているのは私だ。
そして魔王様の1番も私だ。なんせ年季が違うんだから。
だからこの手は絶対に離さない。
「いい加減離してくれ! オイエリス! ズボンを下ろそうとするな!」
「そうよ! それは私の物よ離しなさい!」
「離しません! ここは譲りません!」
「私だって譲るものか! こうなったら誰が魔王様の1番か3人で勝負するか?」
「ええ!」「そうしましょう!」
「よし!これから魔王様と3人で4ピー…」
「お前ら! 正気に戻れ!!!」




