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異世界転生したら魔王でした  作者: アブラゼミ
61/65

番外編①「グムグム教国、滅びる」

「グムグム教国でクーデター?」

「はい。グムグム教国でクーデターです。しかも今回は成功したそうです」


 闇の魔王との世界を賭けた戦いからひと月後。

いつものように仕事をしている最中にクリスティーナからその報せが告げられた。


「まあいつかはそうなる気がしたけど」


 グムグムの姫、エリス姫にもそう言われてたし、遅かれ早かれそうなると思っていた。

まあ聡明で賢い彼女は、自分が逃げる算段をつけていると言っていたから大丈夫だろうが…


「国王と王妃は処刑され、その他の王族や貴族もほぼ処刑済み、逃亡していたエリス姫も捕らえられて明日の処刑を待つ身だそうです」

「…何だって?」

「エリス姫が明日処刑されます」

「…」


まさかの展開に、俺は言葉を失う。


「何かの、間違いじゃないのか?」

「エリス姫本人です。身内の中に内通者がいたそうで潜伏先で捕らえられたとの事だそうです」

「…」

「魔王様」


クリスティーナが、俺の顔を覗き込んでくる。


「どうなさいますか?」


その表情は、いつになく真剣だった。




******************************




 いつか悪い魔王が現れて、この国を滅ぼしてくれる。

そんな願いを、私は子供の頃からずっと抱いていた。

そう願わずにいられなかった。

孤児の私達に与えられるのはボロボロの服とひとかけらのパンとわずかなスープ、冬場は寒くて寒くてたまらない毛布1枚だけ。

学校にも行かせてもらえず、朝から晩まで働かされそのお金は私達の元には1ペトラも入ってこない。

孤児院を出たお兄さん達は兵士になり、無茶な戦争の犠牲になった。

孤児院を出たお姉さん達は貴族や商人の使用人となり、ボロ雑巾のように使い潰され捨てられて野垂れ死んだ。


―――――――死にたい。


 私の未来はお姉さん達と同じ未来を辿る。何の夢も希望もない。

美形に生まれたばかりに孤児院に来た貴族が私を買いたいという話が出ていた。

使用人としてではない、奴隷としてである。

その貴族は年端もいかぬ少女を集めている事で有名な変態だった。

そんな日が来るなら、私は首を吊って死のうと考えていた。

私の運命が変わったのは、貴族が私を買いに来る3日前の事だった。


「天啓が下った! この娘を我が娘とするぞ!」


 娘が生まれるというお告げが出たというのに、男の子が生まれてしまい女の子を探していた国王だった。

子供の存在を「表にしてはならぬというお告げが出た」と何年も隠してきたが、周りをごまかしきれなくなって娘が必要になった俗物の娘に、私はなった。

恵まれた立場になり、国の事を知れば知るほど私はこの国の事が嫌いになった。

富める者は富み、貧しい者は奪われる。それが当たり前だと疑わない王族や貴族達。

『天啓』などというインチキと恐怖政治で、国民を振り回しても何とも思わない国王と王妃。


―――――――私の両親はこの国王が起こした無茶な戦争で死んでいた。


 そして、

国王と王妃はその戦争があった事すら覚えていなかった。


 魔王様。

魔王様魔王様魔王様。

どうかこの国を滅ぼしてください。

この国を滅茶苦茶に壊してください。


 私はそう願わずにはいられなかった。

大陸の端に魔王国が誕生し、魔王が現れたのはそんな時だった。

攻め込んだグムグムの軍を魔王国がコテンパンにして追い返したと知った時、私は心の中で快哉を叫んだ。

ボロボロで帰国した国王の姿を見ていい気味だと思った。


 魔王様ってどんな方なんだろう? 私は可能な限り情報を集め調べてみた。

ところが魔王様は私が思い描いていたのと違う人物だった。

争いを嫌い自国が攻められた時以外は戦わず、世界を滅ぼそうとか世界征服しようという野心もない。行き場を失ったモンスター達を保護しているだけのお人好しの人物。

とてもこの国を滅ぼしてくれなさそうな魔王様に私は失望したが同時に興味を抱いた。


 そして……初めてお会いした時にビビビっと感じた。

この方はグムグムの俗物達とは違う。

人の痛みが分かり、寄りそう事のできる人物だ。

この方なら……私をここから救い出してくれるかもしれない。


「……まあそれは、わたくしの勝手な願望の押しつけだった訳ですがね」


 冷たい牢の中で、私は手枷をつけられ壁の鎖とつながった首輪をつけられていた。

ここまでしなくても逃げやしないのに。逃げられるはずないのに。

私には何の力もない。元はただの孤児なのに。


「いよいよですねえ、エリス姫」


 私の前に、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた大臣が現れた。

子供の頃の私を買おうとした貴族が、執念深く私を付け狙い大臣まで出世していたのだった。


「…」

「どうです? 気は変わりましたか? 私の愛妾になれば許して差し上げてもよろしいのですよ?」

「…気持ちは変わりません。私はあなたの物にはならない」

「本当によろしいのですか? ここで死ぬより私の物になった方が」

「っ!」


私の顎に手を当てようとした大臣に、唾を吐きかける。


「…このガキっ!」

「…っ」


唾が頬を直撃し、激高した大臣の平手が私の頬を叩く。


「そんなに死にたいなら死なせてやる! 死んで後悔するがいい! オイ! 処刑の時間だ! 連れて来い!」


 大臣の命を受け、兵士達が牢の中に入っていく。

私は後ろ手に手枷をはめ直され、首輪の鎖を引かれながら処刑台へと連れて行かれる。


 処刑台の前には人、人、人。

皆この国で虐げられた人達だ。

でも、私が貧しい人たちに手を差し伸べていたのを知っているのか私に同情的な視線を向けている人が多い。けれどもどうする事もできず見ているだけだ。

この国が植え付けた無力感はクーデターが起きた後も人々を覆っていた。

私は心の中で苦笑する。こんな国で権力を手にして新しい国を作っても、上手くいくはずないのに。

私が姫になった代わりに冷遇された王子を担ぎ上げ、いざクーデターを成功させると手のひらを返して王子を殺した大臣はこれから自分が王になりすべてを手にするのだと息巻いていたが上手くいくはずない。


「やれ!」


 大臣のかけ声と共に、処刑人の剣が振り上げられる。

私が覚悟を決めて目を閉じた瞬間。


「『サンダー』!!!」


バリバリバリ、ドゴーン!


「キャッ!?」


 耳をつんざくほどの雷鳴が辺りに、いや、近くに鳴り響いた。

おそるおそる目を開けると、処刑人が真っ黒に焦げ白目をむいて倒れていた。

そして…


「ま、魔王だ! 魔王が現れたぞ!?」

「魔王だと!? 一体何しに来たんだ!」

「……決まってるだろ? 姫を攫いに来たのさ」


 私の手枷を壊し、私の身体を抱き上げたその人が、あまり似合わない魔王らしい笑みを浮かべて大臣に宣言した。


「もう大丈夫ですよ、エリス姫」


 そして、私に微笑みかけそう言った。

私は魔王様の胸に縋り付いて声を上げて泣いた。

それは、私の新しい人生の産声だった。




******************************




「もう大丈夫ですよ、エリス姫」


 俺の胸に縋り付いて泣くエリス姫の頭を撫でる。

こんな子供に怖い思い、悲しい思いをさせてなんて連中だ。

俺の中で今までに感じた事がないほどの怒りが渦巻く。


「な、何をしている! 魔王を討ち取れ! エリス姫を取り戻せ!」


 悪い顔をした大臣が、周りの兵士達を叩きながらみっともなく叫ぶ。

前世の世界でもそうだったが、悪い奴は悪い顔をしている。あの王と王妃もそうだった。

自分の事しか頭にない、俗物の顔だ。


「エリス姫、飛びますよ! 『フライ』!」

「えっ? わわわわわっ!?」


いきなり空を飛んだ俺の胸を、エリス姫が驚いたようでしっかり掴んでくる。


「撃て! 撃てー!!!」

「撃たせるかよ! 『ウォータリー』!!!」


 兵士達が構える銃火器を、大量の水で濡らして無力化する。

この世界の銃火器は、水に濡れると使い物にならない。

空を飛んでいる俺達をどうにかする手段を失った大臣が、地団駄を踏み顔を真っ赤にしてなんとかしろと手下共にツバを飛ばしながら怒鳴っている。

その姿が、前世で部下に怒鳴り散らす上司の姿に重なって見えた。


「『ライトニング』!!!」


 俺はそんな大臣の服を、雷の魔法で引き裂いた。

パンツ一丁になってしまった大臣が、慌てふためいている。


「お、オイお前ら! 私に服を……ひいっ!?」


そこに、炎の剣を携えたデュラハンが現れた。


「え、炎剣……『炎剣のマキシム』だ!?」

「あの炎剣のマキシム!? 敵うわけねえ!」


マキシムの姿を見ただけで、兵士達が蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく。


「オイ待てお前達!? 私を置いていくな!!!」


 取り残された大臣が、腰を抜かした情けない姿で叫ぶ。

大臣に向けてマキシムが歩み寄る。


「ひいっ!? く、来るな! 来るなあ!!?」


 グムグムで知らぬ者がいないほど有名だった騎士だったデュラハンが、燃える剣を持って近づいてくる。

その恐怖に大臣が顔を歪め無様に腰を抜かしたまま後ずさりする。


「…」


そんな大臣に向けて、マキシムが剣を握った右手の人差し指を突きつける。


「ひ、ひいっ!? ………きゅう」


 『死の宣告』のポーズを見ただけで、大臣が泡を吹き失禁しながら気を失う。

あまりにも情けない姿。これでコイツの権威は地に落ちた。もう誰もついてこないだろう。


「…」


 マキシムが「もういいだろ?」と言わんばかりに肩を竦める。

俺は頷いてマキシムにサムズアップし、テレポートでマキシムを魔王国へ帰す。

結界が壊されていてよかった。おかげで乱暴な真似や余計な犠牲を出さずに済んだから。


「エリス姫」

「は、はい」

「ウチの国に来ませんか? まあ、魔王の国なんてあまりいいものでも…」

「いえ、行きます! 連れてってください!」


エリス姫が、俺の服の胸元をより一層ギュッと掴む。


「わたくしを、攫ってくださいませ。魔王様」

「…分かりました。では行きます! 『テレポート』!!!」


俺は、エリス姫を連れてテレポートで魔王国へと飛んだ。




******************************




「お帰りなさいませ、魔王様。そしていらっしゃいませ、エリス姫」

「…」


城の前に仁王立ちで待っていたクリスティーナに、エリス姫がビクンと身体を震わせる。


「エリス姫、落ち着いてください。クリスティーナはあなたの味方です」

「…え?」

「グムグムの情報を集め、俺にエリス姫を助けに行くよう勧めたのはクリスティーナなんです」

「はい。魔王様にはまだ申し上げておりませんが、あなたの事はすべて調べさせていただきました。出自の事まで、すべて」

「…」

「? 何の話だ、クリスティーナ?」

「それはエリス姫から聞いて下さい。それよりエリス姫」


クリスティーナが、エリス姫をギュッと抱きしめた。


「頑張りましたね。怖かったでしょう? ここに来たらもう安心です。誰にもあなたに手出しはさせません。魔王様と私が、あなたをお守りいたします」

「…っ」


 クリスティーナの言葉に、エリス姫が大きな瞳にいっぱいに涙を溜める。

気丈に振る舞っていても、まだ大人じゃない女の子。


「グムグムの……いえ、元グムグムの国の事は引き続き情報収集を続けます。まあ魔王様があの大臣をコテンパンにしたのでこれからは諸国に別れてバラバラになると思いますが」

「ああ、そうだな」


 元々バラバラだった上に、大臣があれだけ醜態を晒してしまってはもうどうにもならないだろう。

事実、その後大臣の汚職や非道な行為やら何やらが白日の下になり投獄され獄死したのだがまあその話はどうでもいい。


「それよりエリス姫に話しておきたい事があるのですが…」

「何ですか?」

「私とこのクリスティーナは、恋人同士で…もうすぐ結婚するんです」

「………そうですか。おめでとうございます」

「ありがとうございます。エリス姫の事はこのクリスティーナに任せる事にしますので何かあったら彼女に申しつけて下さい。それじゃあクリスティーナ、エリス姫の事を頼んだぞ」

「はっ」


クリスティーナにエリス姫の事を任せ、俺は城の中へ入っていく。


「フ~っ…」


 自分の部屋に戻り俺は大きく息を吐き出す。

エリス姫は俺の事はもう諦めたと言っていたが、もしも俺に気持ちがあるなら早めに告げておかないといけない。

それに正直、彼女が近くにいるのは俺にとって危ない。

あの子には呑まれそうになる場面がこれまで何度もあった。だから距離を置きたい。

まあクリスティーナに任せておけば大丈夫だろう。


「魔王様」


そんな事を考えながら疲れを癒やしていると、クリスティーナがノックをして入ってきた。


「エリス姫をお部屋に案内し大食堂や大浴場などの使い方等を説明して参りました。今はお疲れが出たのかお休みになられています」

「ああそうか、ご苦労様」

「いえ、それより……エリス姫をこれからどうなさるおつもりですか?」

「できれば他の国に……国賓として預けたいと考えている」

「それは難しいのではないでしょうか」

「まあグムグムは敵が多かったけど何処かいい国があるだろ」

「私が言っているのはそういう意味ではないのですが……我が国で暮らしていただくというのはダメなんですか?」

「ダメだよ。ウチは魔王の国だし…」

「エリス姫はそのような事気にしないと思うのですが、それにあの子、魔王様に好意を寄せていますよ?」

「…」


 クリスティーナに言われ、俺はエリス姫がまだ俺に気持ちがある事を確信する。

やっぱりそうか…


「だとしたら余計にだよ。俺は彼女を受け入れるつもりはない。俺は、クリスティーナ1人だけ…」

「いいじゃないですか」

「へっ?」

「妾の1人くらい、王なら当たり前ですし。私は構いませんよ」

「ええ?」

「妾がダメなら第二王妃でもいいじゃないですか。第一王妃の座は譲れませんが、エリス姫はきっと第二王妃でも魔王様の傍にいたいと思っているはずですよ?」

「ええーっ…。そんなのダメだろ。二人も妻がいるなんて…」

「法律上何の問題ありません。ウチの国でも、よその国でもそういう結婚はいくらでもありますし」


 そういえばこの世界は、一妻多夫、一夫多妻が当たり前みたいだけど…

魔王国に住んでるモンスターやアンデッド達にも両方いるし…


「ていうかエリス姫への態度随分変わってない? 前はあんなに目の敵にしてたのに」

「…彼女の事を調べてる内に気持ちが変わったんですよ。あのような事情があるとは思いませんでした」

「あのような事情?」

「それはエリス姫本人に聞いて下さい。エリス姫には明日から私の補佐として働いてもらう事になりましたから。では、報告は以上です」

「オ、オイ、クリスティーナ」


 引き留めるのも聞かず、クリスティーナが俺の部屋から出て行く。

エリス姫をクリスティーナの補佐として働かせる?

それってつまり、俺の傍に置くって事じゃないか? そんなの…

…それに、第二王妃ってアイツ本気で言ってるのか? 俺はクリスティーナに第二夫とかできるの嫌だし、俺の事独占したいと思わないのかよ…。

それに二人目の妻を娶っていいんなら、俺はエリス姫より…


「…ハア~」


 一度決めたら俺の話なんか聞かないクリスティーナの事だ、何を言っても耳を貸さないだろう。

俺は、疲れがドッと出てソファーで一休みすることにした。




******************************




 エリス姫がウチに来て1週間が経った。

飲み込みが早く頭の回転も早いエリス姫はクリスティーナの補助の仕事を完璧にこなし、新人とは思えないほどの優秀さを見せた。

愛嬌もよく幹部達やモンスター、アンデッド達魔王国の住人のハートも掴み道を歩けば声を掛けられ、大食堂では一緒にご飯を食べる友達ができ、見てはいないが大浴場で一緒にマージャンや卓球を楽しむ仲間ができたらしい。


「ハア…」


 他の国に国賓として迎えさせる試みも上手くいかず、このままズルズルと魔王国に住む事が確定しそうな展開にため息が漏れる。


「魔王様? お疲れですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど…」

「お疲れならマッサージしてさしあげます。わたくし、上手いんですよ?」

「ハア、いや…」

「いいからいいから、ううん、肩がこってますね。姿勢が悪いのが影響してると思います。魔王様、普段からもっと姿勢良く過ごしてくださいな」

「はあ…」


 そして事あるごとにスキンシップを取ってくるエリス姫が、俺に気持ちがある事はさすがの俺も分かる。これは、マズい…


「だから第二王妃にすればいいじゃないですか」

「いや、だからな…」

「私は構わないと考えています。エリスを第二王妃にするべきです」

「いやでも、彼女はまだ子供で…」

「心はもう大人です。そんじょそこらの大人より成熟しています。年齢の事が気になるというのなら、成人するまで待てばいいじゃないですか」


 クリスティーナとの話し合いも平行線を辿り、それまでのエリス姫への態度から180度変わりいつの間にか呼び方も変わったクリスティーナの説得は一向に進まず難航していた。

クリスティーナとエリス姫の仲は急速に進展し、2人で一緒に風呂に入る仲になったらしい。…それはちょっと見てみたい気がする。

正直に言おう。

俺はエリス姫に惹かれ始めていた。

いや、出会った時から可愛いなデヘヘとか思っちゃってた。

あれだけ可愛い子から好意を寄せられて、好きにならない男はいないと思う。

ていうかもうこのままだと危ない。いつか俺はあの子に手を出してしまう。

そうなる前にどこかの国に預けたいんだけど…


「魔王様、本日のお仕事終了です」

「ああ、そうか。今日は遅くまでかかっちゃったな。お疲れさん」

「お疲れ様です」


 いつものように、残業していた俺とクリスティーナが執務室で仕事を終わらせている。

未成年のエリス姫は労働基準法(魔王国準拠)により1週間で働ける時間数が決まっているため夕方5時の定時で上げた。


「では、私はお風呂に入ってきますので」

「…ああ、行ってらっしゃい」


 つい最近までは仕事で遅くなった時には俺の部屋の風呂で一緒に入ってたのに、最近は大浴場に入りに行くクリスティーナを寂しく見つめる。

エリス姫の事で対立とまではいかなくても、意見が一致しなくなってからイチャイチャしてないんだよなあ…。


「…ハア、早くも倦怠期なのかなあ。まだ結婚してないのに」


俺はため息を吐きながら自分の部屋を開けると…


「お、お疲れ様です。魔王様…」


 何ということでしょう。

下着姿のエリス姫がベッドの上で三つ指ついてスタンバイしていました。


「いや! いやいやいや! 何してるのエリス姫!?」

「夜這いです!」

「ダメです! そんな事しちゃいけません!」

「そんな事おっしゃらずに魔王様! わたくしを抱いてください!」

「抱けません! 犯罪です! おまわりさんにタイーホされてしまいます!」

「オマワリサンが何か分かりませんが私は構いません!」

「ダメです!!!」

「そうおっしゃらずに! 魔王様!」


あくまで断ろうとする俺に、エリス姫が抱きついてくる。


「『スリープ』!」

「無駄です! 魔法避けのペンダントを着けています!」


 グイグイ来るエリス姫、その白い肌と柔らかな肢体に俺の理性さんが負けそうになるのをグッとこらえる。


「な、なんでそんなグイグイ来るんですか…」

「クリスティーナ様がおっしゃったのです。『魔王様は押しに弱い』と」

「…」


俺はエリス姫の言葉に、この夜這いを吹き込んだのが誰なのかを悟る。


「クリスティーナ! ちょっと来い! クリスティーナ!」

「…何ですかあ?」


魔道具で呼びつけると、クリスティーナが面倒そうな顔をしてやってきた。


「何ですかあ? じゃない! エリス姫に変な事吹き込むな!」

「変な事じゃありませんよ。魔王様を落とす方法です。魔王様はヘタレなので押しに弱いですから」

「へ、へへへヘタレちゃうわ!」

「ヘタレじゃないですか。私の事が好きだったのに3年も手を出さなかったし」

「…」


それを言われるとちょっとあの、否定できないのですが…


「ダ、ダメだダメだ! クリスティーナがいるのにエリス姫を抱くなんて…」

「わたくしは妾でも第二王妃でも構いません!」

「…は?」

「立場なんて何でもよいのです。わたくしは、魔王様のお側にずっといたいのです…」

「エリス姫…」

「魔王様。実はわたくし、姫ではないのです…」

「へ?」


 そこからエリス姫は訥々と自分の話をし始めた。

自分は元は孤児だった事、グムグムの王と王妃の子供ではない事、戦争で両親を失った事を知り王と王妃を憎んでいた事、魔王に国を滅ぼして欲しいと願っていた事…


「…魔王様はわたくしの思い描いていた魔王とは違いましたが、初めてお会いした時にビビビと来るものがありました」

「…」

「魔王様に助けて頂いた時、わたくしは決めたのです。わたくしの全てを魔王様に捧げると」

「そんな、見返りが欲しくてしたわけじゃ…」

「分かってます。でもわたくしが差し上げたいんです。その覚悟で、ここに来たんです」

「…」


 クリスティーナがこの子に肩入れする理由がようやく分かった気がした。

それって……クリスティーナとほぼ同じじゃないか。

魔王への憧れを募らせ、俺への思いを募らせ、ここまでやってきた。

クリスティーナは、この子と自分を重ねていたんだな…


「魔王様」


そのクリスティーナが俺に声をかける。


「エリスにはもう、他に行く所も他へ行く気もありません。もうお覚悟を決められてはいかがですか?

「しかし…」

「エリスは本気ですよ?」

「はい、わたくしは本気です」

「…」

「では、私はこれで。失礼します」


クリスティーナが、俺の部屋を後にする。


「…エリス姫」

「姫ではありません。先ほども説明した通り、わたくしはただのエリスです」

「エリス」

「はい」

「本当に俺でいいんですか?」

「はい」

「後悔、しませんか?」

「いたしません。魔王様」


エリスが、やおら俺に抱きつき唇にキスをしてきた。


「わたくしを抱いてください」


顔を上気させたエリスがうるんだ瞳で俺をまっすぐ見つめながらそう言った。


「………分かりました!」


 据え膳食わぬは男の恥!

俺は、エリスをベッドの上に押し倒した!




*******************************




「昨夜はお楽しみでしたか?」

「…いや、ギリギリ踏みとどまった」


 危うく呑まれそうになったが、何とか理性さんに頑張って頂いた。

エリスはせがんできたが「大人になってから」「結婚しますから」と約束し何とかご納得いただけた。いや納得はしてなかったみたいだけど…


「ヤっちゃえばよかったのに」

「そういう訳にはいかないよ、相手はまだ子供なんだから」

「エリスは立派な大人ですよ。精神的な意味で」

「大人はふて寝なんかしないと思うんだけど」


 昨夜手を出してもらえなかった事に怒ったエリス姫は俺の部屋のベッドで現在もふて寝中だ。

呼びかけても起きようとしない。


「魔王様だってたまにするじゃないですか」

「…」

「仕方がありませんね。もうすぐ仕事なのに。起こしてきます」

「いいのか?」

「何がですか?」

「その……第二王妃を娶っても」

「構いません。王なら珍しい事ではありません。世継ぎができないという事を防ぐために複数の夫人や夫を囲うのは当然の事です。それに…」


クリスティーナがニヤっと笑みを浮かべた。


「エリスは優秀ですから、私が妊娠・出産・子育て休暇の最中に秘書の代わりとなれる存在です。私のバックアップとして育てておいて損はありません」

「…」


 どうやらただ優しさでエリスを押しかけた訳ではないらしい。

コイツって何だかんだで上流階級出身で合理的な所があるんだよな…


「ですがエリスの事を思い魔王様に押しかけたのも事実ですよ。彼女にはもう行く当てもありませんし、魔王様の事を本気で思っていますからね」

「…ああ、それは分かったけど」

「じゃ、エリスを起こしてきますね。魔王様、エリスのサイズの婚約指輪を用意しておきましたから仕事前に渡してください」

「…」


 クリスティーナに指輪の箱を渡され、俺はもう逃げられない事を悟る。

こうして、俺はエリスと将来結婚する事を約束した。

しかし。

このわずか1週間後に更なる騒動が起こる事など、この時の俺達は知る由もなかったのである。

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