第六十話「異世界転生したら魔王でした」
風は冷たく、日差しは暖かい。もうすぐ春が来る。
品種改良を重ねできた桜の蕾が今か今かと膨らんでいる。咲く頃にはもっと暖かくなっているといいのだが。皆でお花見をするのは春の楽しみだ。
…異世界転生したら魔王だった。
いや、最初から魔王というわけではなかったが。
思えば本当に色々あった。
幼馴染みにフラれ試練に挑んで失敗し、闇落ちして魔王になり、廃城をリフォームし、仲間を集め、童貞を失い、冒険者に命を狙われ、プロポーズを断られ、魔王ロボを作り、身内に貞操を狙われ、飲むヨーグルトを作り、皆と一緒にマージャンや卓球をし、プリンを作り、空飛ぶ船を作り、フラれた幼馴染みと再会し、世界征服しないと世界を滅ぼすと脅され、仲間の大切さに気づき、ずっと好きだったけど言えなかった相手に告白し思いを通わせ、世界の命運を賭けた戦いに挑んだ。
色々あって俺は、自分が魔王になんかなりたくなかった事に気がついた。
でも………
闇の魔王がうめき声を上げて、風の冷たさと日差しのまぶしさに顔を歪める。
「よう、目が覚めたか」
「…」
身体を起こした闇の魔王が、俺を見て怯えた顔になる。
怯えた顔をした後、自分の異変に気づき頭を触る。
「鏡ならあるぞ、見るか?」
俺が闇の魔王との連絡手段として使われていたあの鏡を取り出すと、闇の魔王が恐る恐る覗き込む。そして、驚いた表情を浮かべた。
「大したもんだろ? ウチのエリザベス…美容師の腕は。あっちの世界で店を開いてもカリスマ美容師になれるだろうな」
最初は渋っていたが、髪を切り始めると美容師の血がうずいたのかエリザベスは闇の魔王の髪をオシャレにカットし眉を整えヒゲまでキレイに剃り落とした。
おかげで闇の魔王はすっかり見違えた姿になった。
「…」
鏡から目を逸らした闇の魔王が、力なくうつむく。
「俺さ、異世界転生者なんだよ」
「…」
そんな闇の魔王に、俺は自分の秘密を打ち明ける。
「お前がいる世界のブラック企業で過労死して……この世界に生まれてきたんだ。アニメやラノベでよくある話だろ? 俺も自分がなった時は驚いたよ。こんな事なんてあるんだってな。なあ、ジ○ンプで連載してる銀○って漫画があるだろ? 完結したのか?」
「…」
俺の言葉に、闇の魔王が頷く。
「マジか……最後まで読みたかったな。でもまあ、あっちの世界に未練はないんだけどよ」
「…」
強がりでもなく、俺は本当に前世の世界に未練がない。
この世界でもっと大切な物を手に入れたからだ。
「トーストが食いたかったんだ」
「…」
「俺が住んでいた会社の寮…といっても家具家電付きのアパートだったがな。そこに電子レンジはあったけどトースターがなかったんだ」
「…」
「トースターを買う金はあったけど買いに行く暇と気力がなかったからな。朝5時半に起きて6時に出勤、夜12時に帰って夜12時半に寝る。休みは月に1日もなし、なのに勤怠では月4日休みを取った事になっている。無茶苦茶だろ? 自分でもよくあれで生活できてたと思うぜ」
まあ生活できてなくて過労死してしまった訳だけど。
「見たいアニメも見れなかったし、やりたいゲームもできなかったし、ギターも始められなかったし、アイドルのライブも行けなかったし、家に帰る途中にあった焼き鳥屋にも行けなかったし、旅行も行けなかったし、貯金も使えなかったし、彼女にもフラれたし、結婚もできなかったし、親孝行もできなかった。…まあ今だってできちゃいないけどな」
「…」
「………ありがとう」
「…?」
「お前さんが俺を魔王にしてくれたから、俺はみんなに出会えた。だから、ありがとう」
「…」
魔王になんてなりたくなかった。
でも魔王になれなかったら、みんなに出会えなかった。
「でもな、お前さんの居場所はこの世界にはないよ」
「…」
「お前さんだって分かってたはずだ。だから自分で世界征服しなかったんだろ? お前さんの居場所はあの世界で、自分で作っていくもんだ。誰かに作ってもらうもんじゃねえんだよ。それに他人はお前さんの都合のいい存在じゃない。上手くいく事より上手くいかない事の方が多いし悲しい事だってある。それが人生だ」
「…」
「でもな。人生ってそんなに捨てたもんじゃねえかもしれないぞ? 俺がいたブラック企業みたいな会社はあるけど、まともな会社だってあるかもしれないし、ただ単に俺の要領が悪かっただけかもしれない。逃げたい時は逃げたっていいんだ。また立ち直ればいいんだ。そうやって生きてたら、いいことあるかもしれないからさ。まあ、保証はできねえけどな」
「…」
闇の魔王が黙り込む。
一つの言葉で人生が変わるほど、人間は都合よくできてない。
でも一つの痛い経験があれば、人間は変わる事ができるかもしれない。
この先頑張っても痛い経験をするかもしれない。
でもその経験はいつか、必ず力になり役に立つはずだ。
「………鏡」
「ん?」
「…俺があっちの世界に戻ったら、鏡を壊せ。そうしたら俺はこの世界に干渉できなくなる」
「…いいのか?」
「…」
闇の魔王が頷く。
見た目を整えてもらったとはいえ、何かが変わったとは思わない。
でも俺はこいつの人生の責任は取れない。自分の人生は、自分で取る物だ。
闇の魔王が立ち上がり、別れの言葉も言わずに鏡の中へ消えていく。
「………行ったか」
「魔王様! 大丈夫!?」
「魔王様! お怪我はありませんか!」
遠くから見ていたエリザベスとクリスティーナ、他の幹部の皆が俺の元へ駆けてくる。
「ああ、何ともないよ。話をしただけだ。それに闇の魔王は力を失ってるって言っただろ?」
「でも…、心配するわよ…」
「ベス姐さんの言うとおりです。あまり心配させないでください」
「へいへい」
「これで全部片付いたのか?」
「ああ、あの鏡を壊せばもう二度とこの世界に干渉できなくなるってよ」
マキシムの質問に、俺が答えると皆が安堵の息を吐く。
「やれやれですな。あのような者が現れるのはもう勘弁願いたいですぞ」
「吾輩も人を殴るなんてもう二度とゴメンです」
「ホントよね。魔王様に言われたから髪を切ってあげたけど私ももう二度とゴメン」
「まったくだ! 私の魔王様を傷つけよって。ブッた斬ってやりたかった!」
「でもあの鏡を壊せば二度と来ないんだろ?」
「せやな! さっさとあの鏡壊そうで!」
そんな事を話していると、皆の輪から1人外れていたクロカゲが俺の前に来る。
「魔王よ、ここでお別れだ」
「どういう事だ?」
「小生はあちらの世界に戻り闇の魔王を見守る事にするよ。あれな闇の魔王の祖父君と約束したからな」
「そうか…」
「見守るだけで別に何もできぬがな。これまで楽しかったぞ、魔王よ」
「ああ……ってちょっと待て。お前がいなくなったら俺の魔王の力は?」
「なくなる。当然であろう」
「それじゃあ、俺はもう魔王じゃなくなる…」
「何を言っておるのだ、魔王よ。貴様はそのような物なくとも魔王であろう」
クロカゲの言葉に、皆が頷く。
「然り、我らの魔王様は魔王様だけですぞ」
「ええ、当然でしょ?」
「ミノさんやエリザベスの言うとおりです。吾輩達は魔王様について行きます」
「せやな! 当たり前やろ!」
「オレは別に…」
「ヒャッヒャッヒャ! 魔王よ、いい加減覚悟を決めんか。お前さんはこれからもずっとワシらの魔王じゃ」
「はい! 私が手籠めにされたい魔王は魔王様だけです!」
「お前はいつでもブレないな!」
「と、いう事である。魔王よ、貴様はもう魔王なのだ。大して強くなくとも、人の上に立つタイプでなくとも、飲むヨーグルトやらプリンやら妙な物を作らせようとも、お人好しで人に嫌われるのが怖くてNOといえない性格であっても、異世界から来た者であっても貴様が魔王なのだ」
「「「「「「「異世界???」」」」」」」
クロカゲの言葉に、皆が一様に首を傾げる。
「オ、オイ、クロカゲ!?」
「簡単な事であるよ。魔王は闇の魔王と同じ、こことは違う世界から来た者なのだ。まあ闇の魔王と違い、あちらの世界で一度死んでからこの世界に生まれ変わった異世界転生者であるのだがな」
「「「「「「「………」」」」」」」
これまでナイショにしてきた事を、あっさりバラされ俺は冷や汗をかく。
これで皆に受け入れられなくなったら…
「「「「「なーんだ、そんな事か」」」」」」
「え?」
「よく分かりませんでしたが変わりませぬぞ! 我らの魔王様は魔王様だけです!」
「よく分かってないのかよ…。オレは別にどうでもいいぞ。興味ないし」
「私は興味あるわね。今度ゆっくりその異世界の話を聞かせてちょうだい」
「私も興味あるな! 魔王様がどのような人生を送ってきたのかお聞きしたい!」
「ハア、それで飲むヨーグルトやプリンやら妙な物を作らされた訳ですね…」
「ヒャッヒャッヒャ! まあそんな奴がおってもいいじゃろ!」
「なあなあ魔王さん! もっとその異世界のモン教えてえな! ロボや空飛ぶ船以外にも、ワクワクするようなモンがいっぱいあるんやろ!」
「いや、ロボも空飛ぶ船も想像上の物でなかったけど…」
「なかったんかい!!!」
ハカセのツッコミが響き、辺りが笑いに包まれる。
「…という事だ魔王よ。貴様の気にしていた事など大した事ないのだよ。貴様がこの世界で作ってきた関係は、そんな簡単に壊れるほどやわなものではない」
「ああ、そうだな…」
クロカゲに諭され俺は頷く。そうだ、この世界で作ってきた俺達の関係は一生物だ。
「魔王よ、先ほども言ったが楽しかったぞ」
「ああ、そりゃお前は楽しかっただろうよ。俺達に化けてイタズラ三昧してたからな…」
俺やクリスティーナや皆に化けて、散々人をからかったクロカゲのイタズラを思い出し、皆がゆらりと殺気を漂わせながらクロカゲに詰め寄る。ある時から皆、クロカゲが化けている奴には影がない事に気づいて騙されなくなったとはいえコイツには散々イタズラされたからな…
「フーハッハッハ! では小生はあちらの世界に戻る! 皆の者達者でな! サラバだ!」
クロカゲが、鏡の中へ飛び込んで姿を消す。
「あっ! オイ! ハア…、最後まで勝手な奴…」
別れの言葉もなく、俺は最後まで自分勝手なクロカゲにあきれかえる。
「まったくですな。ですがクロカゲが協力してくれなければ我らの勝利はありませんでしたぞ」
「ああ、まあそうだね…」
「魔王様、この鏡どうするのですか?」
「クリスティーナ、頼めるか?」
「承知しました」
俺の意を受けたクリスティーナが聖剣を一振りする。
闇の魔王が残した鏡は真っ二つに割れ、地面に転がった。
「やれやれ、これで終わりかな」
「終わりじゃないだろ、城壊されちまったし」
「…ああ、まあ、そうだな…」
マキシムに言われ、壊されてしまった魔王城の事を思い出す。
ボロボロだったあの廃城をリフォーム・リノベーションして8年近く暮らしていたあの城の事を…
「なんの! 壊れたならまた建て直せばよいのです! 我ら力を合わせ新しい魔王城を作りましょうぞ!」
「そうね。でも……思い出の詰まったあのお城がなくなったのはちょっと寂しいわね」
エリザベスがそんな事を言うので、何とかしたくなる。
でも、どうしたらいいのか…
「ヒャッヒャッヒャ! 魔王よ、お主にはあの魔法があるではないか」
「あの魔法?」
「『壊れた物を元通りにする魔法』じゃよ」
「…ああ!」
ティルに言われて思い出す。
以前エリザベスがお気に入りの花瓶を壊してしまって落ち込んでた時に作った魔法か!
あの時は直した後大人のキスされたっけ…
「闇の魔王との戦いに備えて魔法の威力が上がるポーションも飲んでおったじゃろ。魔王城だって今なら元通りにできるはずじゃ」
「ああ! そうだな! それじゃいくぞ……『壊れた物を元通りにする魔法』!!!」
光に包まれた手を地面に当てると、木っ端微塵に壊れた魔王城がみるみる復元し……元通りに直った。
ふう、上手くいった……………アレ? なんか、変だぞ? なんで城がグルグル回ってるんだ?
「さすがは魔王様だ! 我が見込んだだけの事はある!」
「ええ! やはりこの城はいいですね! 吾輩感激です!」
「せやな! やっぱこの城やないと落ち着かへんわ!」
「…まあ、そうだな」
「ありがとう魔王様、お礼に……ねえ、魔王様の様子おかしくない?」
「え? 魔王様? どうされたのですか魔王様!!?」
「おおしまった。魔王は魔王の力を失っておったのじゃの。闇の魔王との戦いで無理した上に城を直して魔力を使い切ったのじゃろう」
「「「「「「ええええええええええ!!!??」」」」」」
「うっかりうっかり、テへ☆」
「テへ☆じゃないわよ! リッチーがやっても可愛くないわよティル爺!」
「魔王様! しっかりしてください魔王様!」
クリスティーナが呼びかける中、力を使い果たした俺は仰向けに地面に向けて倒れ込んだ。
ああ、空が青い―――――――――――――
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「………知ってる天井だ」
次に俺が目を覚ましたのは、見覚えのある天井のある病室だった。
「あら、目が覚めたのね」
ラミアで女医のヘレナが、俺を診察する。
「うん、大丈夫そうね。やっぱりただの過労だったみたい。皆大げさに騒ぎすぎなのよ」
「皆…?」
「決まってるでしょ? そこにいるクリスティーナと、皆よ」
ヘレナが指さす方を見ると、ベッドの脇で眠っているクリスティーナが目に入った。
「エリザベスが途中で変わろうかって言ってたんだけど、3日3晩あなたにつきっきりで看病してたのよこの子。自分だって疲れてただろうに」
「ああ、そりゃ悪かったな…」
「そう思うなら後で労ってあげなさい。……で? いつ結婚するの?」
「…まだ決めてない。まあなるべく早くとは思ってるが」
「あらあら、おめでたいわね。おめでたい事ができたら早めに来るように言いなさい。出産も私の担当だから」
「…ああ、その時は頼んだ」
「じゃ、今日の所は安静にね」
カルテを振りながら去って行くヘレナを見送った後、俺はクリスティーナの頭を撫でる。
「…ん、魔王様…?」
しばらくそうしているとクリスティーナが目を覚まし、大きく目を見開いた。
「魔王様!!! …あいった!?」
「いってー!? 寝起きにいきなり頭突きかよ!」
「も、申し訳ございません魔王様…」
「…ハア、もう逃げやしないからゆっくり抱きついてこい」
「魔王様!」
ゆっくりって言ったのに勢いよく抱きついてきたクリスティーナを受け止め、抱きしめる。
「魔王様魔王様魔王様! よかった! よかったです! このまま一生目を覚まさなかったらどうしようかと思いました!」
「そんな訳ないだろ。…まだお前と、結婚してないんだから」
「はい! まだ魔王様に手籠めにされてません!」
「お前はいつでもブレないな! …ハア、手籠めでも何でもしてやるからもう心配するな」
「はひっ!」
ズビっと鼻を鳴らしながらクリスティーナが答える。…鼻水がパジャマについてるんだけど。まあいいか。
「クリスティーナ」
クリスティーナの涙と鼻をティッシュで拭ってから、俺はその名前を呼ぶ。
「…はいっ!」
俺の意図を察したのか、クリスティーナが目を閉じて唇を少しだけ突き出してくる。
俺は、その肩を抱いて唇と唇を重ねた。
こうして、俺達の世界を守る戦いは幕を閉じた。
そして。
ここから更なる騒動が起こる事など、この時の俺達は知る由もなかったのである。




