第五十二話「マキシムVSヒュドラ」
「よかった…オレ、犬苦手なんだよな」
牛野郎がケルベロスを引き受けてくれてホッとした。
昔からどうにも犬が苦手で友達の家で飼われている犬でも触れなかった。
オレの名前はマキシム。
グムグム教国とその周辺では知らぬ者のいない有名な騎士。
炎を纏った剣『炎剣』を扱える世界でただ1人の騎士、『炎剣のマキシム』。
『炎剣』はどんな物でも焼き斬り、剣を抜いただけで相手の戦意を削ぐ。
一つだけ欠点があるとすれば、馬が炎剣の炎を怖がるため騎乗して戦う事ができない事だがオレはそれでも戦果を上げ続けた。
上げ続けたのに………処刑された。
ヒュドラが毒液を吐いてくる。オレはそれを躱す。
「しっ!」
襲いかかってきたヒュドラの首の1本を、炎剣で焼き斬り落とす。
「本読んどいてよかったな!」
ヒュドラの首は、斬り落とすだけでは再生してしまう。
かの英雄は松明で斬り落とした首の断面を焼いて、再生を防いだという。
子供の頃、オレはその英雄の話が大好きでよく本を読んでいた。
オレの炎剣なら、ヒュドラの首を斬り落とす事と断面を焼く事が一振りでできる。
それがオレがヒュドラを相手に選んだ一つの理由。
そしてもう一つは…
「ドラゴン退治は騎士の夢だからな!」
毒液を躱し、オレはヒュドラの首をもう1本斬る。
続けざまに2本の首を落とした。
そのまま3本目を斬り落とそうと…
「…硬い!!!」
3本目に斬り落とそうとした真ん中の首に炎剣が弾かれ、体勢を崩してしまう。
襲いかかってくる毒液を、転がって躱し俺はヒュドラを睨む。
「真ん中の首が不死身の首って訳か…!」
ヒュドラの首の1本は不死身で、斬り落とす事ができない。
けれどもその首を落とせたら、俺の勝ちだ。
「しっ!」
オレは右の首を斬り落としにかかる。
けれども2本の首に同時に襲いかかってきて邪魔される。
「頭使うようになってきたじゃないか!」
オレは2本の首の攻撃を躱し、更に時間差で襲ってきたヒュドラの首を跳ね飛ばした。
「チッ! 斬り損ねた! …いや、今のは不死身の首か」
ヒュドラといえど首を落とされるのはイヤらしく、斬り落とせない真ん中の首を軸に攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。
「ならその首を狙うまでだ!」
オレは炎剣でしつこく真ん中の首に斬りかかった。
炎剣でも、ヒュドラの不死身の首は落とせない。
けれども目の前に炎を浴びせられたら、ヒュドラといえども目が眩むよな?
真ん中の首の目が閉じた瞬間を見計らって、オレは隣の首を斬り飛ばす。
ヒュドラが怒り狂い、四方八方から時間差で首が襲いかかってくる。
「しっ! しっ! しっ!」
オレは立て続けに3本の首を斬り落とした。
今日のオレは、すごく調子がいい。
魔王への忠誠心など持ち合わせちゃいないが、世界の命運が懸かった戦いとあっちゃ燃えない訳がない。
アドレナリンが全身を駆け巡り、今までにないパフォーマンスが出せている。
ヒュドラの動きが、自分の戦いがスローモーションのように見える。冷静に戦えている。
それと……周りの戦いもよく見えている。
牛野郎は心配いらないが、クリスティーナの動きが悪い。どこか痛めてるのか?
でも魔王の奴が後ろで見てるから大丈夫だろ。……癪だけどな。
真ん中の首の攻撃をいなし、上の首と下の首を斬り落とす。これで残りは1本。
最後の1本、不死身の首が真ん中に残っている。
「…やれるか? 炎剣?」
オレの問いかけに、炎剣が炎を大きくする。
聞くまでもなかったな。
真ん中の首は様子を窺うように、けれどもどこか余裕を浮かべてオレを見ている。
そりゃそうだ。今まで何回も斬りつけたけど傷一つ付けられなかったからな。
でもな……オレにはとっておきがあるんだぜ?
オレはヒュドラの不死身の首に向けて、剣を握ったまま人差し指を突きつけた。
「お前、今日死ぬからな!!!」
『 』
オレの『死の宣告』に、ヒュドラの動きが固まる。
効果は無いだろう。しかしオレの『死の宣告』は、受けた相手に効く効かないにかかわらず動きが止める効果がある。
オレは左脇に抱いた首を宙に放り投げ、炎剣を両手で握った。
宙に投げた首に目を取られたヒュドラの不死身の首が、無防備に晒されている。
「炎剣斬!」
オレは両手で握った炎剣を、魔王とハカセ以外には「ダサい」「カッコ悪い」と不評な必殺技の名前を叫び思い切り薙ぎ払った。
『―――――――――!!!!!!!』
ヒュドラが、声にならない断末魔を上げる。
斬り落とされた首の断面は炎で焼かれ、もう再生できない。
ヒュドラの身体は横倒しに倒れ、その存在が消滅した。
オレは宙から落ちてきた自分の首をキャッチし、炎剣を鞘に収めた。
オレの名前はマキシム。
かつては『炎剣のマキシム』といわれた名の通った騎士。
今は大物を釣り上げる事が夢の、ただの漁師だ。




