第四十九話「秘書と魔王」
魔王様の様子がおかしい。
いや、たまにおかしい時はあるがそれとは違うおかしさのような気がする。
「魔王様、ボタンが一個ずつずれてますよ」
「………え? ああ、スマン…」
私に言われ魔王様がシャツのボタンを直し始める。
朝が弱い魔王様とはいえ変だ。
目の下にクマができてるし、あまり眠れてないように見える。
ここ1ヶ月以上、仕事中もどこか上の空だったし、昼食も食べなかったりしてたし何か変だ。
これはきっと何かある。さすがにもう見過ごせない。
「魔王様、どうかされたのですか?」
「え? ああ…。いや、何でもないよ」
ただ聞いても聞いてもはぐらかされる。一体どうしたというのだ?
これでも私は魔王の秘書として、仕事はそれなりにこなし信頼を得ていると思うのだが話してくれないなんて。
「…魔王様」
「何だ?」
「何か悩まれているのではありませんか」
「…」
「ここ1ヶ月の魔王様の様子は変です。何か悩みがあるなら、私に…」
「…何もない。何も悩んでなんかないよ」
けんもほろろに、魔王様がそれだけ答えてそっぽを向く。
「ウソおっしゃらないでください。何か悩んでおられるでしょう」
「悩んでないって」
「…」
これ以上聞いてもより意固地になるだけだ。
そう察した私はそれ以上聞かない事にした。
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翌日。
昨日よりクマを深くした魔王様がフラフラになりながら仕事部屋の席に着く。
その顔色は紙のように白く、血色が悪い。朝ご飯も食べておられないようだ。
「ま、魔王様…。大丈夫ですか?」
「…あ? ああ…、大丈夫大丈夫…」
魔王様は、何やら思い詰めた表情で一日過ごされていた。
「…」
そんな魔王様を、私は心配だったが何も聞かない事にした。
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更に翌日。
「魔王様」
「…」
「魔王様ー」
「…」
「ま・お・う・さ・まー」
「…あ? 何だエリザベス…」
「クリスティーナです。しっかりしてください魔王様」
「…ああ、スマン…」
「もうお昼ですよ魔王様。お昼ご飯食べないんですか?」
「…うーん、食欲ない」
「ちゃんと食べないともちませんよ」
「…でも、食欲ないよ」
「少しでいいですから。魔王様のお好きな卵サンド作ってもらいましょうか?」
「…うーん、それは悪いからいいよ」
「遠慮しないで下さい。そうやって遠慮しちゃう所、魔王様の悪い所ですよ」
「…いや、でも…」
「たまにはワガママ言って下さい。いつも皆のワガママ聞いてるんですから文句言う奴なんていませんよ。いたら私がぶっ飛ばしてます」
「それは、ちょっと…」
「分かってますよ。言葉の綾です。ですが魔王様は周りに遠慮しすぎです。何でも1人で抱え込み過ぎなんですよ。もっと人を頼って下さい」
「…」
「ですから、その……悩んでおられる事、話してください。私で力になれる事であれば、何でもやりますから」
「…」
「魔王様? 人が話してるのですからお返事を…」
「…」
魔王様の方を見ると、机の上に突っ伏してピクリとも動かない。
「魔王様!?」
私はすぐに魔王様を抱え、魔王城2階の病院へと連れて行った。
「…過労ね。点滴を打っておくわ」
ラミアで女医のヘレナがすぐに診断を下し、ベッドの上の魔王様にテキパキと点滴を打つ。
私はヘレナに礼を言い、魔王様の手を握って目を覚ますまで寄りそう。
小さな手だ。
身体のサイズからしても小さい。まるで子供のような手だ。
とても魔王の物とは思えない手だ。
この人は一体何者なのだろう? 試練とやらに失敗し、闇の魔王とやらの力で魔王になったというが、それ以外にも何か秘密があるような気がする。
知りたい。この人の、力になりたい。
この人の、一番になりたい。
「…ああ、やっぱり」
やっぱり私は、この人の事が好きなんだ。
子供の頃からの夢とは関係なしに。この人が魔王であるかどうかなんて関係なしに、私はこの人の事が好きなんだ。
「……うっ」
「魔王様!?」
「……知らない天井だ。どこだここは…?」
苦しげな表情をした魔王様が、目を覚ます。
「魔王城の病室です魔王様。いきなり意識を失われたから驚いたのですよ」
「…クリスティーナ? ………ああ、スマン…お前がここまで連れてってくれたのか…。ありがとう…」
「謝らなくていいですから安静になされてください。まだ点滴も終わってませんし」
「…ああ、そうする…」
身体を起こしかけた魔王様が、力なくベッドに横たわる。
紙のように白くなった顔は、病室の無機質さも相まって私に悪い予感を抱かせる。
今すぐどうこうという事はないだろうが、このままでは…
「…魔王様」
「…何だ」
「私は信頼できませんか」
「…」
「私はこれでも魔王様の右腕です。魔王様が悩んでおられるなら力になりたい。力になれます。大した力ではないかもしれませんが」
「…」
「ですから教えていただけませんか魔王様、ここ最近何に悩まれているのか」
「…別に何も。何も悩んでなんかいない」
「ウソおっしゃらないでください。ここ最近の魔王様は…何か思い詰めたお顔をされていました。私には分かります」
「…」
「魔王様。私じゃ頼りにならないかもしれませんが、話すだけで楽になるという事もあるかもしれませんし、話を…」
「うるさいなあ! 何も悩んでないって言ってるだろ!」
言葉の途中で、魔王様がベッドに拳を振り下ろしながら私に怒鳴る。
「なっ!? そんな怒鳴る事ないじゃないですか!」
「お前がしつこいからだよ! 人の気も知らないで!」
「知るわけないでしょう! 魔王様の気持ちなんて! 教えて下さらないんですから!」
「…」
「魔王様! 教えてください! 一体何に悩まれて…」
「しつこいな! お前に話す事なんてないよ! 出てけ!」
「…」
あー、そうですか。
そうですかそうですかそうですか。
どうやら話す気はないようですね。
「分かりました。ではお望み通り出て行ってやります」
「…」
「どうぞ、お一人で悩まれてください。お大事にどうぞ!」
私は音を立てて扉を閉め、魔王様の病室から出て行く。
その間、魔王様は私に背を向けて一切こっちを見ようとしなかった。
この分からず屋! ヘタレ! 多分童貞!
でも私は諦めませんからね。
私は、外から魔王様の悩みについて探る事にした。
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「魔王様が悩んでる理由? 知ってるわよ」
「マジか!?」
『サロン・ド・エリザベス』を尋ねた私は、一発目でいきなり当たりを引いた。
「ベス姐さん教えてくれ! 魔王様が悩んでおられる理由は何なのだ!」
「それは教えられないわよ。一応口止めされてるしね」
ベス姐さんが色っぽい唇を色っぽい人差し指で押さえ色っぽく片目をつむる。相変わらずエロいなこの人…
「そこを何とか!」
「ダ~メ」
土下座して頼んでも、断られる。
「このケチ! サキュバス! エロザベス!」
「誰がエロザベスよ」
「ウッソ心の声聞こえた!?」
「思いっきり声に出てたわよ」
「ス、スマン…」
「許さないわ。罰として胸を揉ませなさい!」
「ベス姐さん!? ちょっ、そこ触っちゃ……らめえええええええ!!!!?」
ベス姐さんに胸をもてあそばされてしまう。クスン、お嫁に行けない…
「ハア、ハア…」
「ふう、堪能したわ」
何やらツヤツヤした顔で額の汗をぬぐうベス姐さん。
「そ、それよりベス姐さん…魔王様が悩まれている理由を……ヒントだけでも…」
「教えられないわよ。教えて欲しかったら自分で聞きなさい」
「そこを何とか…」
「ダ~メ。魔王様の信頼を裏切る訳には行かないわ」
胸を揉ませてやったというのにケチな事をいうベス姐さん。
この人と魔王様って、結構長い付き合いみたいだけど一体何があるんだ?
2人で顔を合わせた時は、意味深なアイコンタクトとかしてるし…
「…でも、これはきっとアンタじゃないとどうにかできない事ね」
「ん?」
「魔王様が私に話してくれたのって、私じゃどうにもできないって分かってるから話せたと思うの。でもアンタなら、いや、アンタ達ならどうにかできる」
「何の話だ? ベス姐さん」
「魔王様のお悩みの話よ。でもねクリスティーナ。これを知ってしまったら後戻りできなくなるわよ」
「…」
「クリスティーナ、覚悟はあるかしら?」
「ある」
私とあの方は一蓮托生だ。ここまで来たら、鬼が出ようが蛇が出ようがとことん付き合ってやる。まあ鬼でも蛇でも斬るだけだけどな。
「………そう。ならいい方法を教えてあげるわクリスティーナ。魔王様の悩みを聞き出すいい方法をね」
「な、何だそれは!?」
「それはね…」
ベス姐さんは、その「いい方法」とやらを教えてくれた。
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「魔王様」
「…」
病室でふて寝している魔王様に、私は声をかける。
「ベス姐さんに聞きました。魔王様が何に悩まれてるかについて」
「………エリザベスの奴」
「魔王様。私に力にならせてください」
「…」
「私の力など、微々たるものかもしれません。ですがあなたの力になりたいのです。ですから…」
「覚悟はあるのか?」
「…」
「これは……命どころか、世界の存亡に関わる事だぞ」
「あります」
思った以上に大きな話になったが、覚悟などとっくにできている。私はこの人の力になりたい。
「…そうか、なら話してやろう。俺の秘密と……『闇の魔王』についてな」
そして。
魔王様はここ最近何に悩まれていたのかについて話し始めた。




