第四十八話「ちょこれーと・ふぉー・ゆー」
窓を開けると、冬の冷たい空気が部屋の中に入り込んでくる。
外に降り積もった雪が、温度も、音も吸い込んでいったように静まりかえっている。
冷たく、静かな死の世界。しかしその上をモンスターの子供達のはしゃぐ声と足跡が上書きしていく。
雪合戦をしたり、雪だるまを作ってる子供達を、私は微笑ましく見守る。
私にもああいう時代があった。皆きっとそうだろう。誰にだって子供の時代があり、未来への希望に満ちあふれ、無邪気に何かを信じられた季節が。
彼の子供時代はどうだったのだろう。その頃に出会えなかったのが、ほんのちょっとだけ残念ではある。クリリとかいう幼馴染みから聞いた話を、クリスティーナが話してくれたし写真も見せてもらったからまあいいんだけど。
「魔王様…」
ここひと月何だか元気がない様子の彼の事を思うと、私は胸が締め付けられる。
前回の『契約』の日も私の胸に顔を埋める『充電時間』がいつもの2倍は長かった。魔王様はちょっとだけ元気になっていた。あっちも元気になっていた。
何とか元気づけてあげられないだろうか。私の胸でよければいくらでも貸してあげていい。むしろ私もうれしい。しかし次の『契約』まで2週間ある。
普段は関係をナイショにするため、私と魔王様の関わりはない。
何かいい口実ときっかけは…
「あっ」
私はカレンダーを見て思い出した。
そうだ、2月14日は……バレンタインデーじゃない。
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バレンタインデー。それは女性が男性にチョコを贈る日。
男性が女性にお返しを贈る3月14日はホワイトデーという。
「そこは俺が知ってるのと同じなんだな…」と魔王様がおっしゃっていたけど、ちょっと何を言ってるのか分からない。
「あれ? ベス姐さん?」
「クリスティーナ」
2月13日。手作りチョコ作りのために解放されているガーさんのスイーツラボに来ると、後からクリスティーナがやってきた。
「ベス姐さんもチョコ作りか?」
「ええ、魔王様に義理チョコをね」
「そうか……珍しいな?」
「そうね」
お菓子作りは苦手なので、いつも既製品をあげていたのだが今年は手作りしてみる事にした。
「な、なあベス姐さん」
「なあに?」
「その…一緒に作らないか? 私は料理は習った事あるのだがお菓子作りは習った事なくてな…。おいしい物が作れるか不安なのだ」
「…」
クリスティーナの言葉に逡巡する。
確かに1人より2人で作った方がよさそうな気はするがこの子は…
「…ええ、いいわよ」
しかしグッと飲み込んで私はクリスティーナの提案に乗る事にする。
「本当か! いやあ、ベス姐さんと一緒なら心強い!」
「あまり期待されても困るけどね。私もお菓子作りは得意じゃないし」
「それでもうれしい! さあ、魔王様のためにおいしいチョコを作ろう!」
………
……
…
「…ボソボソしてるわね」
「…ボソボソしてるな」
「…レシピ通りに作ったのに、何でかしらね?」
「…何でだろうな。チョコクッキーはなしだな」
………
……
…
「…魔王様が前に作った奴の方がおいしいわね」
「…魔王様が前に作った奴の方がおいしいな」
「…あの人、何でお菓子作り得意なのかしらね」
「…何でだろうな。チョコムースはなしだな」
………
……
…
「…ぺっちゃんこね」
「…ぺっちゃんこだな。あのクリリとかいう小娘くらいぺっちゃんこだな」
「…私かクリスティーナくらい膨らめばよかったのにね」
「…ベス姐さんか私くらい大きく膨らんでくれたらおいしそうだったのにな。ガトーショコラもなしだな」
「…いやでも、今まで作った中ではこれが一番マシじゃない? 初心者向けみたいだし、ガトーショコラにしましょう」
「…そうだな、そうするか。上手くいくか分からんが」
………
……
…
「…」
「…」
試作品5個めのガトーショコラを前に、私とクリスティーナが打ちひしがれる。
何でよ、何でキレイに膨らまないのよ…
「うわっ、何どうしたのこの失敗作の数々」
とそこにミノさんの奥さん、マーガレットさんがやってきた。
「「マーガレットさん」」
「ちょっとクリスティーナさんにエリザベスさん、何で私を呼んでくれなかったの? 私、お菓子作り得意なのに」
「「え?」」
「なあにその意外そうな顔? 作ってるのはガトーショコラ?」
「「は、はい…」」
「じゃあ私が作るのを見ててちょうだい」
「「は、はい…」」
マーガレットさんは、私とクリスティーナが見てる前でキレイなガトーショコラを作り上げた。
ちゃんと膨らませるには、メレンゲをしっかり泡立てる事と、チョコと合わせる時に混ぜすぎないのがポイントらしい。
クリスティーナと2人で、マーガレットさんに言われた通りガトーショコラを作ると、マーガレットさんの物ほどキレイではないが、まあマシなガトーショコラができた。
私達はマーガレットさんにお礼を言い、無事魔王様にあげるバレンタインチョコを完成させた。
しかし渡した後に気づいたのだが、ガトーショコラ(ホール)を1日2個食べるというのは中々大変だったのではないだろうか。
それでも魔王様は私達の目の前で(何切れかは私達も一緒に食べたけど)、ガトーショコラ2個を完食した。
魔王様は「ありがとう、おいしかったよ」と久しぶりに笑顔を見せてくれた。
見せてくれたんだけど……その後はやっぱり元気のない魔王様に戻ってしまった。
それがチョコの食べ過ぎじゃない事に、私もクリスティーナも気づいていた。




