第四十六話「キャンピング・プリンセス」
話は前々日に遡る。
魔法の里イリシアを出た俺は、キャンピングカーを運転しながら魔王国へ帰るつもりだった。
しかしその途中で、見覚えのある少女が手を振っているのが見えた。
無視してもよかったのだが、道の真ん中にいたのでそういう訳にもいかなかった。
俺は車を止めて降り、その少女に声をかけた。
「こんな所で何してるんですか、エリス姫」
グムグム教国の、どういう訳か俺にご執心なエリス姫だ。
「魔王様をお待ちしていたんですの。魔王様がイリシアにいらっしゃるというので」
「護衛もなしにですか? 危ないんじゃ…」
「構いませんわ。わたくしを狙う者なんていませんし、人質にしても無意味ですから」
「…」
その物言いに引っかかる物を感じながら、俺はエリス姫に尋ねる。
「で? 俺を待ち伏せして何のご用ですか?」
「決まってるではありませんか」
エリス姫が、俺の腕に抱きついて蠱惑的な笑みを浮かべた。
「デートいたしましょう、魔王様」
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「随分変わったお乗り物ですね。馬もいないのにどうやって動いているんですか?」
「魔力で動かしてます」
「水が出るのも火がつくのも明かりがつくのも魔力ですか?」
「はい、そうですけど…」
「すごいですわ! さすが魔王様ですわね」
「いやあ、それほどでも…」
運転中のキャンピングカーの中をうろちょろしてるエリス姫をバックミラー越しに見ながら、俺はため息を吐く。
一体この娘は何が狙いなんだ?
何が目的で俺を待ち伏せ、この車に乗り込んできたんだ?
歳の割に中々の曲者で、聡明である事をうかがわせるエリス姫なだけに油断できない。
「姫には窮屈なんじゃないですか? 狭いでしょう?」
「そんな事ありませんわ。内装も素晴らしいですし、相当手練れの職人の仕事とお見受けいたしますわ」
「まあ、そうですね…」
ミノさんの腕は世界一なだけに否定できない。
それに気になる事がある。
エリス姫は王族にしては庶民的な感覚があり、貧富の差が激しいグムグムの姫らしくない。
普通の王族ならこのキャンピングカーの車内は狭くて我慢できないだろう。
俺達庶民には十分広いけど…
「姫様、グムグムまでは遠いですしこの車では明日までかかりますからテレポートで…」
「いえ、この車で構いませんわ。明日まで帰らないと伝えてありますから」
「…」
俺は今日帰るとクリスティーナに言ってるんですが…
辺りはもう暗くなり始めている。グムグムの近くまで寄って魔王国に帰るには間に合わない。
俺は諦めて魔道具でクリスティーナに帰りが明日になる事、仕事始めは明後日にするメッセージを送信した。
こういう押しに弱い所、断り切れない所が俺のダメな所なんだろうな…
せめてクリスティーナにこの事がバレないよう気をつけるまでである。
「魔王様、わたくしあそこに寄ってみたいですわ」
「どこですか?」
「あちらの建物です」
隣に来たエリス姫が指さす方を見る。
まるでお城のような建物には『休憩・宿泊』の文字が…
「…」
俺はアクセルを踏み込んでその建物を通り過ぎた。
「あん、意地悪ですのね」
そう言いながらも、助手席に座ったエリス姫に不満そうな色はない。
「ハア…、エリス姫、人をからかうのはおやめください」
「からかってなんていませんわ。本気でしたよ?」
「なお悪いです」
しばらく走った後、ちょうどよさそうな所でキャンピングカーを止める。
「姫、今夜はここで一泊します。お帰りになられるならテレポートで…」
「わたくしもご一緒しますわ。この車に泊まれるんでしょう?」
「…」
この世界にキャンピングカーはないのに、内装を見ただけで泊まれる車だと見抜いたエリス姫の慧眼には感心する。しかし…
「狭いし風呂はシャワーだけですよ」
「構いませんわ」
「…」
やせ我慢かと思ったが、本当に大丈夫そうなエリス姫の様子に俺は訝しむ。
やっぱりこの子、王族にしては何か変じゃないか?
そう思いながらも、すでに彼女のペースに巻き込まれている俺は諦めの境地でキッチン下の冷蔵庫を開く。
「夕飯にします。大した物はありませんけどいいですか?」
「もちろんですわ。わたくしもお手伝いします」
「いえ、姫の手を煩わせる訳には…」
「いいからいいから」
隣に並び野菜を切り始めた姫の手つきは、料理しなれている人間のものだった。
2人で他愛のない話をしながら食事を取った後は、エリス姫からシャワーを浴び、その後で俺もシャワーを浴びて歯を磨いてから寝る事にした。
「それじゃ俺は上で寝ますからエリス姫はここで寝てください」
「わっ、座席がベッドになるんですのね。…わたくしは魔王様とご一緒でも構いませんよ?」
「ここで寝てください」
「あん、いけず」
エリス姫を置いて、俺はポップアップルーフで寝ようとする。
寝ようとしたんだけど…はしごを引っ込める前にエリス姫が登ってきた。
「何してるんですか?」
「わたくしも、ここで寝たいですわ」
「…じゃあ俺は下で寝ます」
「魔王様と一緒がいいですわ」
「…」
腕に抱きついてきて話が通じなそうなエリス姫に、俺は強行手段を取ることにした。
「『スリープ』」
「無駄ですわ。魔法避けのペンダントをつけておりますので」
しかし魔法が防がれてしまう。どうやら準備万端でここに乗り込んできたようだ。
「ハア、エリス姫には敵いませんね…」
「それはつまり、わたくしをお嫁さんにしていただけるという事でよろしいですか?」
「そういう意味では…」
「冗談ですわ。それにしても……月がきれいですわね」
「そうですね…」
ポップアップルーフで見える星空は確かにキレイだ。
横になったエリス姫にならい俺も横になる。
「二人きり、ですわね」
エリス姫が俺の腕に抱きついてくる。しかしエリザベスで慣れているのと当たる感触もささやかなので動揺はしない。ウソ、滅茶苦茶動揺してる。
「………二人しかいませんしね。それより寒くないですか?」
「いえ、大丈夫ですわ。あそこに比べればまだここは天国ですわ」
「…」
一緒の毛布の中で、エリス姫がそんな事を言う。あそこってどこだ? 益々謎が深まる。
「魔王様」
と、エリス姫が何やら真剣な表情で俺を見つめてくる。
「この車、以前誰か女の方が泊まったでしょう?」
「なぜそう思われるのですか?」
「女の方の匂いがしましたわ」
「…作った1人が一応女性ですからね」
「いいえ、その方ではありませんわ。その方ならこの毛布から匂いがするはずありませんもの」
「…」
「あの秘書の方ですか?」
「違います」
「どなたか教えていただけますか?」
「教えられません。本人が知られるのを嫌がっているので」
「…まあ、どなたでも構わないのですがね」
「え?」
「わたくし、あなた様の事を諦める事にしましたの。魔王様」
「…」
「グムグムは近く滅びます」
「…」
「父上が流行病にかかったのはご存じでしょう? おかしいですよね? 神のご加護に守られてるはずなのに病にかかるなんて。まあ大半の国民はインチキだって知ってましたがこれで完全に信用を失いました。以前であれば恐怖政治で情報統制を敷いて病にかかった事を隠せたでしょうが、今やその求心力すらありません」
「…」
「ご心配なく、自分の身は自分で守る算段は建ててあります。あの国が滅びようと、わたくしの事はご心配なさらず」
「…お父上とお母上の事はよろしいのですか?」
「あの2人がどうなろうと知ったこっちゃありませんわ」
自分の父と母の事なのに冷たい声で言うエリス姫。やはり何やらあるようだ。
「王族でなくなればわたくしはもう魔王様とお会いする事はないでしょう。本日魔王様をお待ちしていたのは最後の思い出を作るためですわ」
「…」
「でも、魔王様」
やおらに、
柔らかな感触が頬に触れた。
「わたくしは、あなたの事が好きですわ」
「…スミマセン」
「謝る必要はありません。でもうらやましいですわね。魔王様に思っていただけるその方の事が」
「…」
「今日はありがとうございました。楽しい思い出ができましたわ。おやすみなさい」
そう言ってエリス姫が、俺に背を向けて眠り始める。
その肩が小さく震えているのは、暗くて見えない事にしておこう。
「………魔王様」
と、思っていたが10分くらいしてエリス姫がパッと身体を起こした。
「やっぱり寒いですわ。下で寝ませんか?」
「同感です」
この冬の時期にポップアップルーフで寝るのはやはり無理があった。彼女と寝た時は秋だったからまだよかったけど…
下に降り、ポップアップルーフを畳み、魔力で動く暖房を入れ俺とエリス姫は下のベッドで眠った。
そして翌朝、グムグムの近くまでエリス姫を送って俺は魔王国へと帰った。
エリス姫のメッセージカードが車に残されている事に気づいたのは、魔王国に帰ってからの事であった。




