第三十八話「魔王、魔法が使えなくなる」
「魔王よ、完成したぞ!」
ある日の午後。
いつものように仕事に追われている俺の元に、ティルが何かの瓶を手に持ってやってきた。
「何が完成したの? ティルさん」
「飲んだら魔法の威力を上げるポーションじゃ」
「おお! 遂に完成したのか!」
「ああ、効果も安全性も検証済みじゃ。持続時間も大幅にアップしたぞい」
「よし! これでクリスティーナをテレポートで国に送り返す事ができるな!」
「お断りします!!!」
クリスティーナが、ものすごい速さで席を立ち外へ逃げ出した。
すばやさでは俺の方が上だが本気で逃げられたらクリスティーナを捕まえるのは難しい。
アイツにはあの魔法を斬る聖剣もあるし。
「チッ……まあ魔法の威力を上げるポーションを試してみるとするか。ティルさん、飲んでいい?」
「モチのロンじゃ」
いかがわしい薬を作る事もあるがティルの腕の信頼と実績は十分だ。
俺は迷う事なく薬を飲み干した。
「早速魔法を使ってみるか! 『ウォータリー』!!!」
俺は窓を開けて外に向けて水の魔法を唱えてみた。
「……あれ?」
しかしなにもおこらない。
「ティルさん? 魔法、出ないんだけど?」
「おかしいのう……お? スマンスマン、これ『飲んだら魔法の威力を上げるポーション』じゃなくて『飲んだら魔法が使えなくなるポーション』じゃった」
「何やってんの!?」
「間違えちった。テへ☆」
「テへ☆じゃないよ! リッチーがやっても可愛くねえよ! 何してくれてんの!」
「心配するでない。魔法が使えなくなると言っても一時的なもんじゃ。しばらくしたら効果が切れるわい」
「…魔王様」
いつの間にか戻っていたクリスティーナが、ドアの隙間からこっちを見ていた。
「な、なんだクリスティーナ?」
「魔法、使えなくなっちゃったんですか?」
「あ、ああ…」
「『魔法が使えない』という事は、テレポートも使えないという事ですよね?」
「さ、さあ~、どうかな~」
「魔王様…………結婚してください!」
「『テレポート』! ………ああ、ちくしょう! やっぱ使えねえ!!! 逃げる!!!」
「逃がしません! この千載一遇の大チャンス! 絶対に逃しません!」
かくして、
俺とクリスティーナの、追いかけっこが始まったのだった。
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「待って下さい魔王様! この千載一遇の大チャンス! 絶対逃しません!」
「『スリープ』! 『フリーズ』! 『ミスト』! 『パラライズ』! ああダメだ!!! どれも使えねえ!!!」
「魔法の使えない魔王様なんてただのすばしっこいだけの人間です! さあ魔王様! 年貢の納め時です! 私と結婚して下さい!」
「誰がするか!!! ああちょうどいいところにマキシム! 助けてくれ!」
「何か知らねえけど断る」
「チクショウ!」
………
……
…
「魔王様ー!!!」
「ミノさん、助けて!」
「またですか魔王様。以前から申し上げている通り男ならはっきり…」
「チクショウ!」
………
……
…
「魔王様ー!」
「ガーさん、助けて!」
「え? どうしたんですか魔王様? って、クリスティーナさん!? このままだとぶつか……うわあああっ!!?」
「ぐわああああっ!!? ガーさん、邪魔だあああああ!!!」
「ありがとうガーさん! ガーさんの尊い犠牲は忘れない!!!」
「ま、待ちなさい! 魔王様!」
………
……
…
「魔王様ー!」
「ハカセ! 助けて!」
「何や? どないしたんや? …ってクリスティーナの嬢ちゃんやないか!? 風呂なら3日前に入ったわ! ウチは逃げる!」
「チクショウ!」
………
……
…
「魔王様ー!」
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
俺の方が足が速いはずなのに、振り切れないクリスティーナに心が折れそうになる。
息一つ切らしてないなんてどんな体力だ! 化け物かこいつは!!!
徐々に詰まっていく俺とクリスティーナの距離。
「も、もう足が…! 体力が…!」
「魔王様! お覚悟ー!!!」
気がつけばクリスティーナがすぐ後ろに迫ってきている。
ヤバイ! 追いつかれる!
俺は意を決して反転し、手を伸ばしてくるクリスティーナの袖と襟首をそれぞれ掴み、そのお腹に右足を当て背中から倒れ込んだ。
「…はっ? なああああああああああっ!!!!?」
見事な巴投げが決まり、クリスティーナが宙を飛ぶ。
思いもよらない反撃に、受け身を取る余裕もなかったようだ。
クリスティーナが廊下を派手に転がり、20数メートル先くらいで仰向けに倒れた。
「フ、フフ…、さすがですね魔王様…! それでこそ私が見込んだ男…!」
しかしすぐに起き上がろうとしてくる。
コイツ! タフすぎるだろ!
けれど距離を取る事ができた!
「逃げる!」
俺はすぐに立ち上がって、再び走り始めた。
「待ちなさい魔王様! くっ、背中が…」
受け身を取り損ねたせいか、クリスティーナがそんな事を言って追ってこない。
今がチャンス! 俺は廊下の角を曲がりクリスティーナの視界から消え、逃げる場所を探した。
どこだ? どこに逃げればいい?
辺りを見回す俺。
その視界の隅で、ある部屋のドアが開く。
そしてその部屋の持ち主がこっちこっちと言わんばかりに手招きした。
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「…ベス姐さん!」
「なあにクリスティーナ、今休憩時間中よ」
「ああスマン……それより魔王様が来なかったか?」
「魔王様? 来てないわよ」
「そうか……ああもう、一体どこに消えたんだ?」
「なあに? 魔王様がどうかしたの? さてはアンタ、また仕事中に魔王様に求婚したんでしょ」
「ち、違う! 違わなくはないが、違う…。」
「まああんまりよく分からないけど、程々にしなさいよ」
「…はーい。邪魔したなベス姐さん、また今度髪を整えに来るから頼む」
「はいはい」
…バタン。
クリスティーナが外へと出て行く。
「行ったわよ、魔王様」
その足音が遠ざかるのを確認して、私は美容室の奥の居住スペースに隠れている魔王様に向けて呼びかけた。
「ああ、ありがとうエリザベス。助かった…」
「いいわよティル爺から大体の事情は聞いたから。それにしても災難だったわね」
「ああ、巴投げが決まらなかったら今頃どうなってたかと思うとゾッとするよ…」
「トモエナゲ? …何か分からないけどクリスティーナにも困ったものね」
私は舌で唇を舐めてから、魔王様にこう言った。
「今日はこのままここに泊まっていったら?」
「え? でも…」
「私は構わないし、ティル爺の話だと『朝まで効果が続く』って事だったから朝までここにいれば? 一晩中クリスティーナから逃げる訳にもいかないでしょ?」
「…ああ、まあ」
想像したのか、魔王様がゲンナリした顔になる。
「クリスティーナは私の言葉を疑わないし、もうここに来る事はないはずよ。だとすればここが一番安全じゃない?」
「…ああ、まあそうだな。でも、急に泊まるなんて、迷惑じゃ…」
「何言ってるの? 長い付き合いでしょ。それにここに泊まるのだって初めてじゃないんだし」
「…まあ、そうだな」
「走ったから汗かいたんじゃない? お風呂入ったら? 魔王様の替えの下着と部屋着は置いてあるし」
「…ああ、そうする」
私の提案に頷き、魔王様が居住スペースへと引っ込んでいく。
『契約』もあって勝手知ったる我が家だ。魔王様がお風呂にお湯を溜める音がすぐ聞こえてくる。
「…うまく行ったわね」
これで今夜、魔王様はここに泊まる。
魔王様は知ってるけど、私の部屋のベッドは一つしかない。
私の部屋に泊まるという事はつまり……そういう事だ。
一晩中クリスティーナから逃げなくて済むけど、サキュバスの私と一晩中同じベッドにいて耐えられるはずがない。
どうなるかはもう想像ついてるだろう。ていうか、分かっていて受けたはずだ。
「…朝まで効果が続くなんて、ウソなんだけどね」
ホントはティル爺に『夜まで』って言われたんだけど、朝までという事にしておく。
せっかくのチャンスだ。今夜は魔王様を独占させてもらおう。
『サロン・ド・エリザベス』の扉に『臨時休業』の札をかけ、カーテンを閉める。
今日はもう予約も入ってないし、よくやる事だから誰も疑わないだろう。
「…もっと『契約』の日以外にも、来てくれていいのに」
月1回の『契約』だけじゃ物足りない。
もっと一緒にいたいと思うのはサキュバスの性だろうか。
それともこれは……私の気持ちだろうか。
「…ま、どっちでもいっか」
今はまだ、答えを出したくない。答えを出したらきっと……本気になってしまうから。
「久しぶりに一緒にお風呂とかいいかも。フフっ、楽しみ」
「本当の姿」に戻った私は、魔王様を誘惑しに居住スペースに続くドアを開けた。
魔王軍幹部 最近の悩み
魔王 クリスティーナ
クリスティーナ 魔王様が結婚してくれない
ミノさん 息子が反抗期
マキシム たまに首を忘れる
ティル 自分の姿を鏡で見て自分で驚く事がある
ガーさん 魔王様が変な物を作らせようとしてくる
エリザベス 特にない(魔王が何とかしてくれるから)
ハカセ クリスティーナが風呂に入れとうるさい
クロカゲ 特にない




